とある歴史資料

 星暦九五四年一一月三日機密指定解除/当該資料のうち一部機密指定解除対象外/閲覧許可済/オルクセン連邦財務省資料保管室




 ベレリアント戦争における戦時財政及び金融政策


 オルクセン財務省特別派遣調査部作成


 序文


 ベレリアント戦争(エルフィンド側呼称ベレリア戦争)は、軍事力のみならず、戦時経済政策においてもオルクセン王国及びエルフィンド王国が互いの国力を競い合った戦いであったことは、改めて述べるまでもない。

 われわれ財務省特別派遣調査部は、戦時下における占領地金融決済の実際を究明せんがため、我が軍用手票の発行が占領地経済に与える影響、占領地両替上限額の妥当性、エルフィンド軍が残した戦費債権の負債認知を調査すべく従軍したが、やがて物価物流調査部とも合同し、エルフィンド王国の戦費調達実態及び手法そのものについても解明を担う役割を負った。

 結論から述べれば、当節最新の経済学及び金融理論を採用した我が国に対し、エルフィンドの戦費調達手段は極めて前時代的であったと断ぜざるを得ない。

 戦後財政処理のため、以下にその調査結果を記す。



 一.我が国の戦時経済における金融政策及び財政基盤

 我が国の戦費調達における実際を報告する必要を特別派遣調査部は負うものではないが、エルフィンド王国のそれと比較する目的のため、概略を示す。

 開戦を迎えた星暦八七六年、我が国の歳入は約一四億ラングであった。

 オルクセン国有銀行における正貨準備高は、八六二年施行の貨幣法に基づき五億二七四〇万ラング(うち金貨四億二八八〇万ラング、銀貨六八四〇万ラング)。これは兌換銀行券発行残高の五七・八パーセントに相当する。

 また在外正貨勘定として、キャメロット王国首都ログレスのキャメロット中央銀行に約二億ラングが預けてあったことは周知の通りである。

 ログレス市場にて発行済であったオルクセン国有鉄道公債及び上下水道整備公債の割引歩合は額面四分利。実質利回りは三・五パーセント前後。

 以上のような、国際的にも信用度の高い財政及び金融政策環境下、開戦時の初期動員費及び展開費については、意外なことのようであるが国庫の直接負担はなかった。

 陸軍省積立金四四八〇万ラングを戦時特別会計費勘定に移行し、動員費として即日充当している。

 通称「軍金庫」と呼ばれている積立金は、戦時に備え、陸軍臨時会計費より毎年一定額を積み立て、年度会計とは別枠として確保していたもので、戦時大本営設置条例に基づき、国王大本営の設置が発動されたと同時に立てられる戦時特別会計費に繰り入れられる。

 財務省としては、同制度の妥当性については遺憾に思うところもあるものの、極めて有効に機能したことは否定できない。

 続けて、開戦より四日後の一〇月三一日には、戦費の概算見通し及び調達手段を検討する「財務省幹部会合」を実施した。

 同会議の結果、国軍参謀本部派遣参謀からの説明により戦争期間を約一ヶ年と想定。

 必要直接戦費の概算を、約八億ラングと試算した。

 戦費調達手段及び影響対策として俎上にのぼったのは、以下の財政及び金融政策案である。


 ①タバコ税、酒税等の間接税の増税

 ②国家債権の内外における募集

 ③新規内政事業の一時停止と各省臨時会計費の編入

 ④金貨の流出防止を目的とした本位貨幣の兌換停止

 ⑤貨幣法に基づく準備高三分の一までの紙幣増発

 ⑥国家備蓄食糧の売却

 ⑦オルクセン銀行からの前貸金上限引き上げ


 これらのうち、①及び④、⑤、⑥については早々に否決されるか、即時の採用を見送る議決がなされた。

 理由は以下の通り。

 ①における国民の税負担増は前世紀までの戦争に多くみられた資金調達手段であるが、市場経済発展著しいこんにち、多大な反発が予想され、波及影響が大きいこと。また戦時に突入した以上、過去の星欧における諸戦争時の如く、最大で約二〇パーセント程度の諸物価高騰が見込まれ、税制処置はその調整手段として確保しておきたいこと。

 ④我が国は金銀複本位制下にあったが、開戦当時銀貨の自由鋳造を停止しており、実質的な金本位制下にあった。また将来的に完全な金本位制への移行を模索していた段階で、金貨の保有比率増大を図っていた。国債金融取引の決済がログレス市場における金貨決済を中心としている以上、金貨の流出を懸念することは当然といえる。

 過去の先例においても、デュートネ戦争下のキャメロット、内戦下の南北センチュリースターが金兌換停止の措置を採っている。また戦時下とは言えないものの、市民革命下のグロワールも同様であった。

 しかしながら、我が国の兵器及び軍需物資の生産能力は高く、食糧自給率も同様であり、在外正貨決済を必要とする対象は南星大陸産硝石、一部医薬品、繊維原材料等に限られることが予想された。また、南星大陸は銀本位制下であり、銀貨決済も可能である。

 依って、金流出は最低限度になることを予想し、我が国金融決済の国際的信用度を保つためもあり、当面の間、金兌換停止措置は行わないことを決定した。

 加えて過剰な金流出を防ぐため、総額一億ラングを限度とする外債募集をログレス市場にて実施し、在外正貨勘定への繰り入れを図ることとした。

 ⑤我が国の中央銀行について定めた貨幣法によれば、兌換銀行券の発行には発行残高の三分の一までの正貨準備高を確保する必要がある。開戦時の発行残高に対する準備率は五七・八パーセントであったため、発行限度に余裕が存在した。

 即ち必要戦費及び国内流通貨幣の確保として、兌換銀行券の増刷充当が可能であった。

 しかしながら、センチュリースター南北戦争において合衆国政府が発行したブルーバック紙幣、南部連合政府のグレイバック紙幣が、大規模な物価騰貴と戦後国家財政への負担を齎したことは記憶に新しいところである。

 両者とも正貨準備高の裏付けを持たず、兌換停止のうえ強制通用力を持たせ増刷したものではあるが、一応は代替手段として国債を裏付けとしていたにも関わらず、混乱を招いた(最終決戦の地とも呼ぶべきサミュエルズバーグの戦いに敗北した時期の合衆国側で、額面の六割程度まで暴落していた)。

 この先例を参考して、当面の間、紙幣の増刷は行わないことに決した。

 ⑥の国家備蓄食糧売却については、開戦時においてさえ戦時物資となることは明白であった。また、戦争が長期化して諸物価騰貴が発生した場合、物価軽減策として市場放出に供する計画もあった。このため開戦時には売却の対象としないことが議決された。

 上記の議論の結果、我が国が戦費調達の中心手段として採用したのは②の国家債権の発行であり、とくに外債には上限を設け、主軸を内債に置くことにした。加えて⑦のオルクセン銀行政府前貸金の上限引き上げは当面行わないこととし、代わって最大を同額とした内債の買い上げを予備手段とする方針に決した。

 これら議決を受け、同年一一月に第一回戦時公債の発行を実施した。

 ログレス金融市場にて、キャメリッシュ・アルバニー銀行及びクーンツ商会引き受け、額面一〇〇クィド、公定割引歩合四分利、返済期限一〇年、市場実際金利三・五パーセントの条件にて一億ラング。

 内債にて一億八〇〇〇万ラング、公定割引歩合四分利、返済期限一〇年及び五年、市場実際金利三・五パーセントである。

 市場金利が三・五パーセントというのは、戦前における我が国の平時発行緒公債と同額であり、国際信用度の高さを示している。

 また、緒戦における勝報の数々が市場の好感を呼び、同月中に外債で九〇〇〇万ラングの応募があり、内債は国民の熱狂に支えられて完売した。

 二月には第二回公債発行を実施し、内債にて四億ラングを発行した。

 この際、ログレス金融市場より熱心な販売招致があり、財務省内で種々検討の結果、計一億ラングの追加発行を決めた。同外債は第一回公募と同一条件で三月に発行され、完売している。これは実際には戦費としては消費されず、金貨保有高の積み増しに利用された。既に戦後を睨み、保有銀正貨から金正貨への転換に用いるという、極めて練られた方策に従った格好である。

 戦争期間七カ月に対し、直接戦費は戦前の一ヶ年間予想である約八億ラングと同額を要した。

 これは主に兵器調達と砲弾及び火薬の消費量が、戦前予想の約四倍に達した結果である。

 占領統治軍の維持費、旧エルフィンド国内のうちオルクセン北部州編入二州の戦災復興負担、我が軍の損害認知を含む総戦費については、種々の試算があるものの、総額約一三億ラングから一七・二億ラングであろうとされている。



 二.旧エルフィンド王国の戦時経済における金融政策及び財政基盤


 開戦時、旧エルフィンド王国の歳入は約一億八〇〇万ラングであった(戦前のログレス金融市場レートで二億一六〇〇万ティアーラ。以下、比較を容易とするためラング換算で記す)。

 ログレス金融市場における在外正貨は約二四〇〇万ラング。

 金本位制を採り、歳入の過半が内需の農業及び軽工業国家である。

 開戦時、エルフィンドの発行済紙幣は正確にいえば兌換紙幣ではなかった。国有地を担保とする歴史的な信用証券が為替機能を果たしながら発展したもので、決済時に受け取り拒否可能な上限額が存在した。つまり、法貨(強制通用力)としての役割を持っていない。

 正貨との価値はティリオン金融市場での取引が公的レートであり、概ね正貨一〇〇に対し紙幣九九から九八の割で流通していた。

 以上の背景を抱える中、星暦八七六年一〇月、我が国の宣戦布告を受けると、エルフィンド国内ではまず紙幣から貨幣への両替を希望する者が、各地の銀行に殺到した。

 とくに首都ティリオン、アルトカレ州アルトリア、エルドイン州ノアトゥンなど大都市で顕著であった。

 これは貴金属地金としての品位が保たれていた貨幣が安全資産と見なされると同時に、約七〇年前にエルフィンド内で起こった同様の取り付け騒ぎを思い起こす者が多かったためと思われる(デュートネ戦争におけるキャメロットの金兌換停止を遠因とする金融騒動事件があった)。

 当初、エルフィンド政府は紙幣の信用性を確保するため、むしろ積極的に両替に応じた。

 まず国庫から二万ラングの金貨及び銀貨を振り出し、各銀行に移送。地元警察や動員した国民衛兵を使って混雑を整頓し、整理券を配布し、価格帯別の窓口を設けて、混乱の収拾を図っている。

 しかしながら一向に取りつけ騒ぎは収拾せず、まずとくに両替希望の多かった市場流通金貨の不足を招いた。新たに少額銀貨の鋳造を国有銀行保有の地金から約二万五〇〇〇ラング分実施し、これを主に首都ティリオンで市場に提供した。

 同市内では、戦前まで紙幣もしくは金貨が流通貨幣の大半を占めていたところ、「銀貨ばかり見るようになった」という。

 ついには金融及び商業筋からの苦衷を訴える陳情に抗しきれなくなり、まず兌換の停止措置を選択するに至る(八七六年一一月)。ついで紙幣に対し強制通用力を持たすべく臨時政令による発布を行った。

 エルフィンド政府の採った措置について妥当性は問われるものの、一時的にこの臨時政令により紙幣価値は保たれたようである(調査に依る実態価値はアルトリア市で本位貨幣一〇〇に対し紙幣九二)。

 しかしながら戦費の確保のため、中央銀行に定められていた紙幣発行高上限額を五〇〇〇万ラングから八〇〇〇万ラングにまで引き上げ、まず軍動員の初期費用として首都方面にて二万ラング使用した辺りから再び紙幣価値は下落を始めた。

 最終的に、戦争の終結までにエルフィンド政府は二億ラングの戦費を政府財源より直接出費したが、うち一億二〇〇〇万ラングまでが新規発行紙幣である(終戦時紙幣実態価値は本位貨幣一〇〇に対し紙幣六三)。

 これはエルフィンドの国家歳入に匹敵する額であり、当時の中央銀行総裁は承認のサインを拒否。秘密警察に逮捕され、その後の行方は生死ともに不明である。

 このような金融政策が取られるなか、エルフィンド政府は国家債権の発行も図っている。

 まず外債の募集が、駐キャメロット公使館の財務官吏を長とする財務省ログレス派遣部と呼称された政府代表を中心に進められた(八七六年一一月)。

 しかしながら、開戦と同時にログレス金融市場におけるエルフィンド公債は、我が国の公債価値が保たれるのと反比例するように暴落しており(エルフィンド国有鉄道公債で額面一〇〇に対し八一)外債公募はなかなか上手く運ばなかった。

 ようやくセンチュリースター合衆国資本のモリガン商会との間に五〇〇万ラング分の外債引き受けが成立したのは同年一二月に入ってからのことであるが、発行条件は六分利、返済期限五年という悪条件であり、かろうじて担保条件は免れたものの、むしろその結果市場実態は八パーセントから九・一パーセント引きという有り様に終わった(同モリガン債の他に、エルフィンド政府が開戦時に保有していた在外正貨は二四〇〇万ラングであるが、我が国の海上封鎖により対外交易が途絶えたため過半が決済できずにそのままとなり、戦後ディアネン臨時政府管理を経て、我が国の国庫に編入されている)。

 ベレリアンド戦争中、エルフィンドが発行した国家債権の総額は三億八三六〇万ラングにのぼるが、上記のような環境下であり、その過半が内債である。

 ただしこの内債の一部は正規に発行されたものではない。

 終戦間際の混乱時には、国内からの軍需物資調達の対価として貨幣による支払いを行うのではなく、国債の押しつけが起こっていたことが確認できている(レマーリアン事件に伴う第八軍軍律審判所の調査資料を参考のこと)。

 他にエルフィンド中央銀行からの前貸金繰り入れが一六五〇万ラング(正貨準備高切り崩し。このためエルフィンドの正貨準備高は戦前の四分の一にまで減少)、国内からの献金が僅かに存在する。

 上記総計で約六億ラング弱の直接戦費を消費した計算となるが、これは我が軍の戦費との比較としても、また動員兵力の点から鑑みても随分と少ない。

 その理由を次章にて記す。



 三.ベレリアント戦争におけるエルフィンド国内の民間被害


 戦争中、エルフィンド軍は現地調達を多用した。

 この際、領収証券を発行したのみで実際には代価を支払っていないものが相当数存在する。また戦費確保手段としては極めて前時代的に、各市町村の金庫より軍が直接徴収した例、住民より徴税した例もある。

 これは首都ティリオン及びディアネン市を除いた地方村落分だけでも、軍事強制金勘定一五二〇万ラング、徴発額一億三一一二万ラングに及ぶ。

 その他、戦争遂行に際し破壊しながら無保証に終わった家屋及び家具、道路、橋梁、運河、鉄道橋梁、トンネル、プラットフォーム、レール、車両を挙げだせば枚挙に暇がない。

 一例を挙げれば、エルフィンド軍による破壊活動が集中したアルトカレ鉄道線の場合、破壊箇所は五九ヶ所に及び、この一路線のみを以てしても被害金額は四八〇万ラングに達する。

 ただし民間被害においては我が軍にも責任があり、戦後の調査により占領軍総司令部は約四億七〇〇〇万ラングを損害認知、復興公債を発行の上、予算を組んでいる。

 我が財務省試算によれば、エルフィンド国内の被害総額は八億ラングに及び、これは我が直接戦費に匹敵する。

 今後の復興については将来の併合を視野に全力で取り組む必要性があると認め、より詳細な調査及び検討と予算執行を、強く提言するのである。


 


 財務省資料保管室より

 当該資料には、この他に「旧エルフィンド領暫定政府における復興■■■発行及び特別■■■創設可能性検討」、「本国有力企業より■■した場合の特別減税制度検討」と題する一部が付属しているが、担当者間の私信であると判断し、公表を許可しない。




(続)

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