随想録39 一三日間危機④
一〇月二〇日。土曜日。午後七時六分。
キャメロット首相ハロルド・マクラーレンは、報道陣のフラッシュを浴びながら海上封鎖発効の文書に署名し、この様子はテレビに中継され、ラジオの電波にも乗った。
これを受けて、東地裂海に集結した八〇余隻のキャメロット海軍地裂海艦隊が、エトルリア半島南東端からヴルカン半島にかけたファゴット海の入口を封鎖開始。
「ユーゴスラヴァに向かうロヴァルナ船舶に攻撃用兵器が積まれていた場合は阻止、必要とあらば拿捕せよ」
という内容だった。
公式には「
慎重に「
既にヴィルトシュヴァインの国際連盟本部では、一九日の時点でキャメロット政府の書簡をリチャード・ウォールデン特使がロヴァルナ連邦特使ユーリ・グルムイコに手交済みである。それは一八日のマクラーレン演説と同様の内容だった。
「私はフルシチョーリフ首相に呼びかけます。このような無謀な挑発行為は直ちに止め、即刻全ミサイルを撤去していただきたい。世界を破滅の道から救えるのは、あなただけなのです」
これを受けたフルシチョーリフ最初の対外的反応が、あのオペラ鑑賞後における、
「地獄で会おう」
発言である。
正式の返答書簡は、翌二一日、在ロヴァルナのキャメロット大使が手交を受けた。
「率直に申し上げて、マクラーレン首相が述べた手段は国際連盟憲章や船舶における公海上の航行の自由を認めた国際習慣を侵害するものだ。そしてロヴァルナ連邦とユーゴスラヴァに対する明白な内政干渉である。そのような権利は貴国にはない。私は貴国政府が認識を改め、世界平和を破滅に導きかねない行為を放棄されることを希望する」
強気の対応だ。
しかもこの時点でロヴァルナ政府は、ユーゴスラヴァへのミサイル配備を決して認めていなかったのである―――
ただし。
この「二枚舌」的対応が、ロヴァルナ政府を自ら苦しめていた。
ロヴァルナ連邦ニキータ・フルシチョーリフ首相は、キャメロット政府が「空爆」や「侵攻」といった手段を採らず、意外に柔軟な対応を示したことに安堵しつつ、自身の「大博打」が予想外の方向に進みつつあることに内心で大変驚いていた。
フリシチョーリフは、優秀な政治家と評せる。
とくに相手の機微を読むこと、ハッタリの巧緻、恫喝の用い方に優れていた。
それもそのはずで、この魁偉な禿頭の男が「政治」というものについて学んだのは、「赤い皇帝」とも称された独裁者コバーリンの下だ。
コバーリンは、良く夜間に会議をやった。それも抜き打ちで。
そうやって急遽招集した部下たちを震え上がらせたのだ。
にこやかな笑顔を浮かべて粛清の大鉈を振るうこともあれば、気難しい顔をして部下を褒め称えることもあった。
コバーリンの臣下掌握術は、「恐怖」であったと言える。
そのような、常に首筋にナイフを突き立てられているような政治権力闘争下で鍛えられたのが、フルシチョーリフだ。感覚を鋭くし、ときに媚びへつらい、ときに大胆に行動し、頭角を現した。
コバーリン死去後、周囲との凄惨な権力闘争にも競り勝ち、生き残り、更に能力に磨きをかけ、ついにはロヴァルナ連邦のトップに座った男なのである。
そのためだろうか。
フルシチョーリフは、感情の起伏がたいへん激しい人間となった。
怒鳴り散らしていたかと思えば、暗く沈んでいることもある。
だがこの男が怒鳴っているときは本気で怒り狂っているときであったし、重く沈思しているときは本当に何かに悩んでいるときだ。
そして、よほどのことは無い限り、夜間に会議を開こうなどとはしなかった―――
そのフルシチョーリフが。
ユーゴスアヴァへのミサイル配備という「大博打」が、世界を破滅の淵に追い込みかけていることに驚き、焦れ、後悔の念を強め始めていた。
「ティトの提案通りにしていれば・・・」
ユーゴスラヴァの指導者ティトは、当初、ロヴァルナと何等かの同盟や協定を結び、堂々と宣伝して、まずこの盟約そのものを抑止力とし、そのうえで核配備を行うよう望んでいた。
こっそりと運び込めば、西側諸国から二面性を指摘、糾弾、批難され、返ってキャメロットに侵攻の口実を与えるのではないか、と。
「心配するな。何かあれば海軍と空軍を送り込んでやる」
フルシチョーリフは、そのように保証し、ティトの懸念を一笑に付したのである。
だが想像していた以上に早く、キャメロットはミサイルの存在に気づいてしまった。
―――相手を舐めすぎていたのかもしれない。
フルシチョーリフにとって、マクラーレンは「前時代の骨董品」であり、独裁者コバーリン下での政治的生存競争やその後の権力闘争などと比べれば、余程御しやすい相手であると思っていたのだ。だから内心で「少々可哀そうに思えた」としても、現在までのところ唯一実現した首脳会談の場で、マクラーレンを徹底的にやりこめた。
この豪胆な指導者にしてみれば、
「キャメロットは力しか認めない」
「熱くなることを恐れるな。さもなければ何も得ることは出来ない」
そのための核ミサイル配備であった。
これはロヴァルナにとって、実利もあることだ。
実はこのとき、フルシチョーリフの「我が国はソーセージでも作るように戦略ロケットを量産できる」といった喧伝の数々にも関わらず、ロヴァルナ本土から直接キャメロットを狙える長距離ミサイルは、
皆無とまでは言えないが、ようやく開発に成功し、この時点では僅かに二、三基しか作れていない。
一方、キャメロットが保有する大陸間弾道弾は、三〇〇発近い。
核弾頭の数も西側に劣っている。
この年の頭の時点で、キャメロット、秋津洲といった西側諸国には約七六〇〇発の戦略核弾頭があり、しかもこれはロヴァルナをぐるりと取り囲むエトルリア、イスマイル、道洋の華那民主国麗湾、秋津洲本土などに配備されていた。
対するロヴァルナ連邦が保有する戦略核弾頭といえば、僅か約五〇〇発でしかなかった。
フルシチョーリフが、世界初の人工衛星プラウダ打ち上げや、人民英雄チトフによる有人宇宙飛行の成功、史上最大の水爆実験まで利用して嘯いた「ロヴァルナの優位性」は、ハッタリに過ぎなかったのである。
ミサイル・ギャップに苦しみ、追いつこうと足掻き、劣勢だったのは、彼ら東側だったのだ。
フルシチョーリフはこの状況をたいへん苦々しく思っていた。
例えば、だが。
鉄海沿岸の保養地モワルヨノには、彼の別荘があったが、来客の前で双眼鏡を構えたフルシチョーリフは、
「対岸が見えるか。奴らは我らを狙っている」
などと叫び、客を当惑させたことがある。
確かに別荘の対岸には、飛行機で数十分の距離にイスマイルがあり、しかもその地にはキャメロット軍の中距離弾道弾が約三〇発配備されていたが、ここから見えるのは海だけだ。
フルシチョーリフは、自国を狙う西側諸国の核兵器をそれほど忌々しく思い、敵愾心を燃やしていたのである。
ユーゴスラヴァへの中距離及び準中距離核ミサイルの配備は、自陣営の強化と、「帝国主義者どもの侵攻」を阻止すると同時に、西側への核兵器投入能力を引き上げるためでもあるという、「一石三鳥」を狙った博打であった。
―――その博打が、裏目に出てしまった。
だとすればフルシチョーリフとしては、生半可のことで引き下がるわけにはいかない。
ミサイル配備の事実はあくまで公式には認めるわけにはいかなかったし、撤去する気も毛頭なかった。
ここで妥協することは、彼の政治生命、権力、権威を失わせてしまうことも意味する。
この男は、彼自身にしてみれば当然ともいうべき命令を下した。
「もしユーゴスラヴァにキャメロットが侵攻してきた場合、これを迎撃し殲滅せよ」
ただし、緊急時のために核兵器の使用許可を連日求めてくる現地ロヴァルナ軍とティトに対しあくまでその使用は禁じた。核の使用決定権をあくまで己の手元に置く方針を貫いたのである。
タカ派で知られた国防大臣マリネンコは、「ありとあらゆる手段を用いてユーゴスラヴァを防衛せよ」という文案の命令書を用意していたが、
「ありとあらゆる手段だと? それでは核ミサイルの使用も含まれてしまうのではないか」
フルシチョーリフはその部分を削除させた。
「戦争を起こそうというのではない。
彼は冷静冷徹であろうとした。
ただし、これもまた危険な賭けである。
あくまでミサイルの撤去になど応じないというのが基本線なのだ。
国際情勢をひたすらに緊張させ、まるで鍋料理を熱く煮立てるようにして目的を果たそうというものだ。
おまけに彼には切り札も存在した。
ユーゴスラヴァには、R一二及びR一四核ミサイルの他に、九M五七B戦術核ミサイルが六発持ち込まれていた。
しかもこのミサイルは、中距離弾道や準中距離弾道弾よりも設置が容易であり、発射準備を完了済みである。核弾頭こそ近くに作られた保管庫に収められていたが、一時間以内に装着できた。
射程は七〇キロメートルに及び、核弾頭の重量は五〇〇キログラム。核出力は二〇キロトン。
もしキャメロット軍が上陸してくれば、頭上からこの戦術核を使用する―――
あるいはその姿勢を部下やユーゴスラヴァに見せ続ける、と言ってもいい。
彼は何処までもハッタリに長けていた。
ログレス時間で二一日午前七時に海上封鎖が発効したとき、ユーゴスラヴァ諸港には一八隻のロヴァルナ連邦船舶がいた。また、鉄海方面からマルマリア及びダルダニア海峡を越え、ユーゴスラヴァへ向かっていると推測されるものは三〇隻。
このうち五隻が核兵器及び関連物資を搭載していると、キャメロット軍事情報部はみていた。
これはずっとあとになって判明することだが、実際にこのとき、ユーゴスラヴァに配備するつもりでロヴァルナが送り出した核兵器及び運用部隊関連の諸物資、兵士を積んだ船が確かに存在していた。
―――ステパン・チトフ号。
一万一〇〇〇トン。これはR一二準中距離ミサイル用の燃料補給装置を積んでいる。
―――フヨリフスク号。
旅客船。R一四中距離核ミサイル連隊の将兵二〇〇〇名。
―――クラスノヤルスク号。
小型タンカー。R一四中距離核ミサイル燃料関連。
―――スヴェルドロフスク号。
五四〇〇トンの貨物船。R一四中距離核ミサイル用の一メガトン弾頭を二四発、地対地戦術ミサイル用核弾頭四四発を運んでいた。合計六八発。
一メガトン核爆弾一発の威力で、第二次星欧大戦時に使用されたブルーベアード原子爆弾の約七〇発分に相当する。つまり、スヴェルドロフスク号には「知的生命の歴史が始まって以来、全ての戦争で使用された爆発力の三倍以上」が積み込まれていたのだ。
表向きは、ユーゴスラヴァに農業用機械を輸送するための航海である。
甲板上には束ねたロープを並べ、偽装まで施してあった―――
マクラーレン内閣は緊張に包まれた。
彼らが懸念したのは、ロヴァルナ船舶がキャメロット地裂海艦隊の要求に応じず、強硬突破を図った場合である。
すると、キャメロット海軍艦艇は停船を命じるために威嚇の発砲を実施することになる。
ロヴァルナ船舶に臨検隊を送り込めた場合も、抵抗が予想された。彼らは銃火器による抵抗に遭い、また船舶側は自沈用の爆薬を船体各所に仕掛けているだろう。
停船指示のために空砲射撃となった場合、当該船舶が冷静でいられるかどうかという疑問もあった。ひいては連絡を受けたフルシチョーリフが、核のボタンを作動させかねないともいえる。
一歩間違えば、キャメロットとロヴァルナの直接対決に陥る、ということだ。
またとある高官は、別の可能性を指摘した。
これは「ベビーフード・ケース」と呼ばれたものだ。
既に、ロヴァルナがユーゴスラヴァに軍需物資や核を持ち込んでいると、全世界に対し大々的に告げたあとである。
だがロヴァルナ船舶を海上検疫して、実際に船から発見されたものが民需用のベビーフードなどであった場合―――
キャメロットの権威は大いに失墜し、またロヴァルナはこれを批難材料として喧伝するだろう。
参謀総長は、空爆と侵攻の準備も並行して整えるべきだという姿勢を崩さなかった。
彼らにしても「大きな賭け」である。
一歩間違えば、一瞬にして世界は破滅の淵に向かう。
実際にキャメロットは、
地裂海のみならず、北海にも空母機動部隊を差し向け、これは遠く道洋においても同様である。華国大陸では、共産華国と民主華国がもう何年も睨みあっていて、キャメロットは同盟国秋津洲とともに後者を援助していた。
北海と地裂海にはヴィンディケーター戦略爆撃機隊が二四時間パトロールを実施し、命令があり次第、一五分でロヴァルナ本土に突っ込める状態にあった。
キャメロット本土の大陸間弾道ミサイルは、発射態勢。エトルリアやイスマイルに置いている中距離核ミサイル運用部隊も同様である。
西アスカニアでは、キャメロット陸軍モナート駐留軍が臨戦態勢に入り、西アスカニア軍もまた。北星洋条約機構軍は、戦術核兵器の使用可能状態に移行しつつある―――
「いずれにしても、ロヴァルナ船舶の対応如何です。つまりフルシチョーリフの腹一つ。事態が収束するかどうかは、そこに掛かっている」
穏便に済めばよいが、との意であるが、どこか皮肉っぽく響いた。
総長自身は、ロヴァルナがまともな対応を取るとは欠片も信じていないようであった。
「私も世界が救われることを願うね―――」
マクラーレンは、実にキャメロット人らしい言い回しで応じた。
「
緊張に包まれたのは、星欧諸国も同様だった。
海上封鎖は「柔軟な対応策」だったが、リスクが存在しないわけではない。
ロヴァルナがどのような反応を示すか、まるで分からなかった。最悪の場合、戦術核兵器使用を伴うマゾフシェ条約機構軍の侵攻が予期される―――
あるいは、最初から全面核戦争という事態も。
後者に近い可能性を考えていたのが、オルクセン連邦だ。
彼らは、キャメロットや自国の学者たちが予想してきた「段階的に発生する核戦争」という概念を、何処か信じ切れずにいた。
伝統的に、砲兵と航空援護を重視してきた国であった影響が大きい。
―――火力を投じるなら、最大限を。
彼らは「戦術核」や「戦略核」という分類も、実際には事実上何の意味も成さないのではないかとさえ考えていた。
狭い星欧大陸のことだ。
軍事基地や部隊に核を投じれば、都市にも被害は及ぶ。
それも、急速に核出力の拡大と、運用重量及びサイズそのものは小型化を果たした核兵器を用いるのだ。
大陸間弾道ミサイルの整備が遅れているロヴァルナ連邦といえども、中距離核ミサイルや準中距離ミサイルはふんだんに持っている。ジェット軽爆撃機に搭載可能な戦術核も同様で、そして彼らが称するところの「戦術核」とは、威力の点においては第二次星欧大戦で使用されたものを遥かに上回る。
オルクセンの発想は、一種の「狂気」に達していた。
そのように評して悪ければ、恐怖感情の裏返しが過剰なまでの核武装を正当化し、過大な想定に基づく備えを求めた。
例えば、だが―――
この前日、オルクセン全土の空軍戦闘機部隊は、各州の地方空港や空軍補助基地に四機や六機という少数を送り込み、分散させていた。
しかもHe三五B型やC型といった主力要撃機の翼に吊られていたのは、後の時代の者からすれば腰を抜かさんばかりの兵器だ。
―――核弾頭付き空対空ロケット弾。通称「
核出力一・七キロトン。射程は一〇キロメートル弱。想定殺傷半径三〇〇メートル。
ロヴァルナの戦略爆撃機や戦術爆撃機を恐れるあまり、機関砲及びロケット弾、まだまだ信頼性の低かった空対空ミサイルによる迎撃は困難であるとされ、生みだされた「狂気」。
発射した機体に退避余裕を持たせ、また自国領土内への二次被害を防ぐため、ロケットモーターの全てを燃焼しなければ起爆しない仕組みになっていたものの、本質的には戦術核を無誘導で発射して敵戦略爆撃機ごと空中炸裂させようという、凄まじい兵器だ。
この産物を、軍幹部たちは「最良の迎撃兵器」と呼んでいた。
ただし実際に扱うことになったパイロットたちの感想は別で、「オルクセンが生み出した最も馬鹿げた兵器」とシニカルな恨み節を漏らす者も多かった。
一九日から二〇日にかけて、オルクセン空軍で防空を担う防空総司令部は、この戦術空対空核兵器を搭載したまま地方の空軍補助飛行場に分散するよう、総司令官ゲアハルト大将名で各防空飛行隊指揮官に命令を下した。
「ただちに命令を実行すべし」
という一文まで添えられている。
飛行隊の生存性を上げ、防空を継続させるための措置だった。
多くの飛行隊司令が不安にかられ、本当にやるのかと問い合わせを実施した。
状況と命令の趣旨から言って、ドラッヘ戦闘機に抱えていかせるのは訓練弾などではない。
そしてドナー空対空ロケット弾の発射は、パイロットの意思如何にかかっている。
ゲアハルト大将の命令は、
「ひとりのパイロットが、ちょっとした不注意や緊張から核兵器を発射してしまう」
危険性を孕んでいたのだ。
おまけに、地方基地には核兵器の適切な保管施設がない場所も多かった。軍民共同の空港も多い。
いつでも発射できてしまう戦術核兵器を抱えて、都市や、街や、村落といった住宅地の上空を飛ばせ、まともな耐爆冷温保管庫もない空港に向かわせる―――
不安にかられて当然であった。
「命令に誤りなし」
回答はあっさりしており、簡潔で、非情でさえあった。
各空軍基地から、ドラッヘ戦闘機がジェットエンジンの轟音を響かせて、次々と飛び立った。基地司令の中には、今生の別れになるやもしれぬと、パイロット一名一名と握手を交わして送り出した者もいる。
このとき、オルクセン連邦大統領官邸では―――
「我が国の防空戦闘機が盛んに飛び回っていることは、東側でも探知しているのだろう?」
ラーベンマルク大統領が、ビットブルク統合参謀本部長から状況説明を受けていた。
既に閣僚たちは、官邸地下にある巨大な「緊急事態室」に入っている。
深さ一五メートルに位置し、厚み四メートルのコンクリートで覆われ、全オルクセン軍の一線部隊に接続可能な通信機器はもちろんのこと、対NBCR戦を考慮した特殊な空調施設まで備わっているという、オルクセン連邦非常事態下の指揮中枢。
連邦大統領府に加え、その気になれば各省庁や統合参謀本部などの機能も集約できる。
ただし首相のヨハン・シュヴァーデンの姿は見えなかった。緊急時の大統領継承順位一位に指名されていた彼は、「内閣がもう一つ作れるほどの」各省次官もしくは次官補たちを引き連れ、ヘレイム山脈地下の防空総司令部へと移動していたのだ。
―――オルクセン首脳が核によって吹き飛ばされた場合、国家生存の指揮を継承するために。
歴代オクルセン首脳一番の願いは、「この施設や継承内閣を使う日がやってくることなど、御免被る」
であった。
「我が国も東側の動きを防空レーダーに捉えております。彼らも同様でしょう―――」
ビットブルク統合参謀本部長は答えた。
「そしてこの動きそのものが、彼らに抑止力のメッセージを伝える。オルクセンは本気だ、と」
「・・・緊張の意図的強化。強火で鍋を煮立てるようなものだな」
ええい畜生。
地獄の大釜を煮立てるのは、魔女の役割と相場は決まっているのだがな。
それも、中身は世界の滅亡とやらだ。
どうして私の番だったのだ?
―――二一日。
「・・・本当か?」
キャメロット首相マクラーレンは、瞼を痙攣させたように震わせていた。
安堵の吐息も漏らしたいところだったが、俄には事態を信じられなかった。
―――ロヴァルナ連邦船舶が、引き返し始めた。
地裂海艦隊からの報告に、閣議室中が歓声に沸き返っている。
「首相、おめでとうございます」
「ありがとう、参謀総長」
この前日。
ロヴァルナ連邦首相フルシチョーリフは、ユーゴスラヴァに向かっている船舶のうち、軍需物資を積載した船への反転を命じていた。
―――世界は、ぎりぎりのところで破滅を回避した。
そんな淡い希望を抱かせた瞬間である。
だが、午前一一時―――
「・・・二隻が引き返していない?」
続報を受け取り、マクラーレン以下全員が真っ青になった。
ひたすらに真っすぐ、強硬突破を図るかのように前進を続けているロヴァルナ船舶がいる、というのだ。
「首相。臨検に移ります。よろしいですね」
「どんな手筈になる?」
とっくに何度もブリーフィングを受けた手順だったが、マクラーレンとしては再確認せずにはいられない。
「まずはロヴァルナ語とキャメロット語、国際信号旗による停船警告の発信。従わない場合は、当該船舶の上空に向けて空砲を発射。それでも停船しない場合は・・・」
「・・・船首前方に向けて、停船を促す実弾射撃か」
「はい」
「・・・・・・始めてくれ」
(続)
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