随想録26 影なるもの

「隊長。奴ら、到着しましたぜ」

 ベレリアンド半島エルドイン州に、リルレマネという村がある。

 エルフィンド暫定政府管轄の北部域、間接占領統治が敷かれている地域だ。

 オルクセン軍第六擲弾兵師団第四六連隊に所属する、リンクス大尉の中隊が同村に展開したのは、一〇月に入ってからのことである。

 小さな村だ。

 のどかな、という表現が相応しい。

 戸数四〇軒ほど。農業と酪農で食っている。

 農業学校出のリンクス大尉としては、出来ることなら畑や放牧地を眺めていたかったが、そうもいかない。

 彼等は村落北郊外にある、標高三〇〇メートルほどの丘を、連隊の他部隊や地元警官たちと囲っていた。

 警戒線を作って、もう三日になる。

「どう見る、曹長?」

「まあ、歩調は揃ってますなぁ」

 戦時中、大尉がまだ小隊を率いていたころからの付き合いである中隊先任曹長は、街道をやってきた応援部隊を見やっていた。

 一個大隊規模。中隊別の縦隊行軍隊形。オルクセン軍と被服は似ている。担いでいる小銃もGew七四なら、曳いている山砲もヴィッセル砲だ。

 だが、将兵たちのシルエットはまるで異なっていた。長躯ながら、若干の線の細さを感じる。

 白エルフ族ばかりなのだ。

 ―――国家憲兵隊予備隊第三管区隊。

 曹長の見る通り、練度は悪くないと大尉も観察した。

 とても、この夏に教育が始まったばかりとは思えない。軍隊経験者を中心に採用したからだろう。

 それに噂では、公式発表以上に戦前戦中の将校出身者が多いとか。

「私たちよりは、役に立ちそうだな」

「・・・それは言いっこ無しですぜ」

 返答とは裏腹に、曹長はくすくすと笑った。

 いまやベレリアンド半島駐留のオルクセン軍は、全て平時編成だ。中隊の下に小隊はなく、兵の数が半分ほどになってしまった「班」がいるのみ。

 数少ない将校も、本土の軍学校を出たてというならまだマシで、下手をすると幼年学校からの見習い士官までいる。当然、実戦経験の無い者ばかりだ。

 占領地ゆえに気の抜けがちな兵たちも、訓練が行き届いているとは言い難い。

 リンクス大尉が、本来なら中隊の兵站業務を担う曹長を頼りにしているのは、戦時中からの付き合いばかりが原因ではない、ということだ。

 軍隊の何もかもを知り抜いた彼のほうが、右も左も分からない坊やばかりの少尉などより色々委ねられるからであった。

 ちょっとした意見や見解も、役に立つ。

「ともかく。お手並み拝見といきましょうや」

「うん」

 大尉は、囲っている丘を見上げた。

 樹々がある。

 この丘のなかに、約二〇名の、元エルフィンド兵上がりの野盗たちが追い詰められている。

 強盗、襲撃などを繰り返した挙句、一週間ほど前に地元警察が主犯格を捕まえ、その供述から隠れ場所を見つけだした。

 掃討役は、国家憲兵隊予備隊が務めるそうだ。

 彼女たちにしてみれば、初の出動である――― 



「警部、お疲れ様です」

「お疲れ様」

 アルトリア警察重大犯罪課主任警部リューディエル・モリウェンは、警察官の俸給では一張羅に等しいラウンジスーツ、頭頂部が平らに近いデザインのブリッケンリッジ型ボウラーハット、ライトブラウンのコートという姿で、現場に到着した。

 女性ばかりである旧エルフィンドでは、動きやすさを理由に男装をしていたからと言って批難や偏見はない。そこは有難いことだ。

 既に秋の溜息が深い。

 八七八年後半となっても、世間は何かと慌ただしい。

 国王夫妻暗殺未遂事件。

 フィロキセラ禍。

 グロワールの政変。

 キャメロットの商船事故。

 ただし、モリウェンを含めた旧エルフィンド国民の関心は、いま少し狭く、必要に駆られたもので、現実的である。

 明日の糧。配給券。未だ品不足の贅沢嗜好品。

 一歩ずつだが、上向いているようには思う。

 復興特需。エルフィク製鉄所の操業再開。国家憲兵隊予備隊の発足。農業生産量及び漁獲量の飛躍。ベレリアンド戦争に関わる、特別犯罪者の処刑。

 つい先ごろには、北部ノアトゥン港において、何か新しい試みの水産加工場が出来上がったという。

 穀物にも困らなくなってきた。

 良いことだ。きっと、良いことなのだろう。

 しかし、弱ったことに「時代の変化」は新たな犯罪も生む―――

 一ヶ月ぶりに得た休暇予定を潰され、しかも早朝から叩き起こされたモリウェン主任警部はいささか不機嫌であった。

 彼女の種族には珍しい黒髪をたくし上げ、帽子を被り直し、整った顔立ちの眉を寄せる。

 現場は、アルトリア市街の東北。間もなく市域を外れ、郊外に区別されようかという辺り。元の、アルトリア要塞の外郭近くだ。

 どっしりとした石材を用いて隧道が築かれており、北部へと伸びる鉄道線が通っている。

 既に、ちかごろキャメロット式からオルクセン式に被服が変更になった制服警官が六名到着していた。

「―――発見したのは、保線工たちです」

 主任巡査部長が告げた。

 内部と路盤とが排煙に煤けた隧道の入口付近。切り替え用のポイントが近くにある。

 その脇に、一目見てそれと分かる影。

 俯せのような格好になった、死体だ。

 近づいてみる。

 イスマイル風の上衣と膝丈ほどのスカート。ブルーマー。脇に転がった、エルフ系種族の突耳を邪魔しないよう、鍔の両側の反りが大きなデザインのボウラーハット。全体的に、あまり仕立てのよいものではない。旧エルフィンドの白エルフ族にとっては、労働者階層の服装だ。

 屈み込んで確認するまでもなく、乱れた金髪の後頭部に、赤黒い染みのようなものがあった。

「・・・列車から落ちたのか」

 モリウェンは呟いた。

 ちかごろは減ってきたが、闇物資の買い出し列車から振り落とされる者は多いのだ。ほぼ例外なく、満員の列車に無理矢理の乗車を試みた貧困層である。

「それが―――」

 巡査部長は、この隧道は幅の狭さからオルクセン規格の車両が通れず、迂回線が用意され、最早支線としての役割でしか利用されていないこと、そして昨夜の最終列車通過後の保線番は、何も怪しいところは無かったと証言していることを告げた。

 死体の周囲にも、血痕は無い、と。

 また、被害者の所持品に切符は無かった。オルクセン国有鉄道社に吸収されてからというもの、旧エルフィンド国鉄路線といえども何某かの切符が無ければ、車両はおろか鉄道駅構内には入れない。改札が厳格になったのだ。

「何処か別のところでやって、ここに投げ込んだということか」

 モリウェン警部は、隧道を見上げた。

 上は、旧要塞堡塁を利用した高架になっている。

 単独犯では難しいだろう。

 しかし、複数犯で夜間なら可能だ。いまでは要塞駐屯の兵士など一名もいないからだ。

 もう鑑識作業は済んだらしい。

 制服警官たちが、担架を運んできた。 

 モリウェンは屈み込み、意外と汚れていない被害者の顔を確認する。戦前から警官をやり、殺しも扱う重大犯罪課に籍を置いている彼女らしく、眉根ひとつ動揺しなかった。

 若い制服警官がひとり、向こうの茂みで嘔吐し、怒鳴り散らされている。

「おやおや。こいつは―――」

 被害者の、青白くなった顔貌を一目眺めたモリウェンは、意外な邂逅に驚いてみせた。

 顔を見知った、闇屋だったのだ。

 何度か摘発したことがある。一匹狼的にアルトリアの近在農家から食糧を仕入れ、市域に卸すような軽微犯だったから、短期拘留されるか罰金を払って釈放、また元の鞘に収まるといった行動を繰り返していた奴だ。

「・・・・・」

 モリウェンは、周囲を見渡した。

 闇屋にとっての「商売道具」―――食糧を詰めた麻袋の類は何処にもなかった。

 卸したあとだろうか。

「おい、ちょっと待て」

 モリウェンは担架を留め、被害者の胸ポケットを探った。革製の札入れを見つけ、中身を改める。

「・・・・・・・」

 ちょっと信じられないほどの大金が入っていた。

 しけた闇屋の稼ぎでは、有り得ないほど。

 しかもこれは同時に、この事件は金銭目的などではないことを示している―――

 別のポケットから、金属製の、小さな筒状をしたフラスクを発見したときは、片眉を上げた。

 蓋を開封し、匂いを嗅ぐ。

 体を温めるための火酒―――などではなかった。

 ハーブ類に似た香りがする。

「・・・なんてこと」

 モリウェンは毒づいた。

 こんな末端の闇屋までが、という思いが強い。

 復興の機運が高まるにつれ、いままでの手法では稼ぎを上げにくくなった闇屋の間では、新規な商売が勃興していた。

 ―――粗製エリクシエル剤の密売だ。


 

「エリクシエル剤自体に、阿片やコカインのような覚醒作用は無いんだ。精神への興奮効果や、刺激も無い」

 オルクセン王国ハウプトシュタット州。ヴァンデンバーデン離宮。

 グスタフとディネルースは、一〇月下旬に入り、二週間ほどの秋期休暇を得ていた。

 グロワール情勢は小康状態となり、一部を除いて戦時動員は解除され、世間は収穫祭一色である。

 財務省と商務省、農林省が中心になって毎年作成される、向こう三年分の経済全般中期展望の提出報告を受けたあとは、翌一一月まで国王としても一息つける―――そんなころだ。

 この日のオストゾンネ紙から顔を上げたグスタフは、昨今、ベレリアンド半島で跋扈を極めているという密輸についての記事を読んでいたところである。

「・・・だが、依存性はある?」

「そうだな。否定は出来ない」

 ディネルースも、苦々しく思っている事実だ。

 エリクシエル剤は、体力及び気力を一瞬で回復させる。

 元々医療用として魔種族には知られていた万能薬ではあるが、オルクセンも旧エルフィンドもベレリアンド戦争において戦場医薬品として多用した。

 身をもって効果を実感し、抜け出せなくなり、濫用にふける元兵士は馬鹿に出来ない数になっている。

「オルクセン本土は、まだ取締りようはある。製薬メーカーにしても薬局の自家製にしても正規品しか出回っていないし、常用するには高価で、購入には処方箋が必要だからな」

「・・・問題は半島か」

 ベレリアンド戦争末期―――

 エリクシエル剤の量産体制構築が後手に回ったエルフィンドは、各地の農家にエリクシエル剤の主要原材料であるアンゼリカ草の栽培を奨励した。とくに北部域において。

 元々、寒冷地に強い二年草であるから、エルフィンドでは貴重な野菜及び薬草の一種でもあった。

 そしてエルフ系種族には、エリクシエル剤製造に必要な療術魔術力の持ち主が多い。

 原材料はアンゼリカ草のみがあれば良いというわけではないが、軍用はともかく、純度の低い粗製品ならどうとでも出来た。

 村に一軒は、製法を心得た薬剤師も居る。

「しかし、分からんな―――」

 ディネルースは、疑問に思う。

「曲がりなりにも、エルフィンド警察が取締っているのではないのか? いったい、どうやって半島南部にまで流通しているんだ」

「うむ・・・」

 グスタフの見るところ、戦中及び戦後の混乱期において、ベレリアンド半島各地に密売商が生まれてしまった事そのものが不味かった。

 いままで彼女たちが扱っていたのは、主に食糧品や高級嗜好品だったが、ともかくも密売ルートが出来上がり、根付いてしまったわけだ。

 そして社会の復興が進むにつれ、爪弾きにされていくのも彼女たちである。

 半ば公然と存在する場合まであった密売のマーケットは、正規の商店や市場へと転換していく。もちろん、価格も適正なものに落ち着いてくる。

 すると、密売商としては新たな商売の種を作り出し、淘汰され、組織化し、先鋭化していく。

 また、北部域には戦争末期や終戦時のどさくさに紛れて逃亡し、野盗化した元エルフィンド軍将兵までいた。

 彼女たちも、討伐され、集散し、更に官憲の手の及ばぬ奥地へと逃げ―――といったことを繰り返しているうちに、社会階層の、より根深い部分へと沈み込んでいく。

 ―――新興犯罪組織の勃興。

 そんな動きが、随所に見られた。

 では、このような犯罪組織の数々が、具体的にどのような密売ルートを使っているのか。

「そこが一番の問題なんだ」



 ベレリアンド半島ノアトゥン港を三日前に出港したその船は、排水量二一〇トンの小舟だった。

 全長一四〇フィート。全幅二三フィート。

 一本のマスト前に二枚のバウスプリットを、後ろのガフに縦帆を備えている。

 ただし、闇夜のこの瞬間、帆の全ては畳まれていた。

 船体は木の葉のように荒れる波間に翻弄されている。

 激しい風浪に遭遇していたのだ。

 八名の白エルフ族で構成された乗員のうち、二名は船底に潜り手動ポンプを操作していたが、既に彼女たちは腰まで海水に浸っていた。

 残りの者たちが全身濡れ鼠となって投入したシーアンカーは、何ほどの効果も齎さなかった。

 この荒天が回復する兆しさえ見えない―――

「・・・長! 船長!」

 水夫が必死に駆け寄ってきた。

 船橋と呼ばれるようなものなど何もない、船尾甲板にただ舵輪と羅針儀があるきりの場所で、懸命に舵を握っている船長のもとへ、だ。

「もう駄目だ・・・荷を捨てよう!」

「馬鹿なことを・・・!」

 ふたりとも、防水性及び防寒性のあるウール外套は既に重く濡れそぼっており、襟元に巻いたマフラーもまた、まるで役に立たなくなっていた。何度も海水を浴びたために目尻は塩気に痛む。体も凍えるほど冷え切っている。

 雷雨に晒され、甲板まで波に洗われているなかだったから、怒鳴り合うような具合だ。

「ともかく。荷を捨てることは駄目だ!」

 船主でもある船長にとって、金銭だけの問題ではない。

 いま荷など捨てれば、船は返って振幅を増す。

 若く、臨時乗り込みで、嵐に怯えきっている水夫にはそれが分かっていないのだ。

「さあ、持ち場を離れるな! しっかり見張っていろ!」

 弱ったことに西風だ。

 船は、ベレリアンド半島西岸へ西岸へと流されていた。黒々とした陸地が見える。

 僅かに町の灯らしきもの。

 きっとあれが、緊急的に避難しようとしている港のものだ。

「・・・・・・嫌だ! もう嫌だ! たくさんだ!」

 水夫は、持ち場である前甲板に戻りたくなかった。

 船尾までやってくるだけでも大変だったのだ。この嵐の中、再び往来するなど―――

「しっかりせんか!」

 船長は、水夫の横っ面を張り叩いた。

 彼女たちは気づいていなかった。このやりとりを交わしているうちに、危険地帯を知らせるスベント岬燈台の赤色燈を見落としていたことに。

 船長にさえ、慮外のことだった。

 彼女の頭の中で思い描いていた予想現在地―――半島南部ノグロストを目指す航路より、大きく外れた位置に船は流されており、それより遥か手前で陸地に寄っていたのだ。

 この辺りは、暗礁だらけだ。

 船首甲板の見張りが叫んだのは、そのときである。

「船首前方に白波! 岩礁!」

 直後、小さな小さな船体は轟音を立て、衝撃とともに波浪渦巻く暗礁に乗り上げた。

 船首甲板では見張りが、船尾甲板では船長が薙ぎ倒され、あの水夫は大きく仰け反るように吹き飛び、絶叫とともに波間へと消えた。

 船底に巨大な破孔が開き、浸水が流れ込み、懸命の排水に努めていた水夫二名を一瞬で飲み込む。

 やがて船は船尾方向から一気に沈みはじめ、正気を取り戻した船長以下の僅かな生存者ともども逆巻く波に没した―――

 地元スベントの村では、翌朝になって眼前で生じた海難事故に気づいた。

 多くの漂着物が流れつき、また彼女たちの間では「霧の岩」と呼ばれていた岩礁に船体の残骸が引っかかったままになっていたからである。

「なんてことだ・・・」

 この寒村の純朴な住民たちは、救助に赴きたい一心であったけれども、前日来の嵐の名残によりまだ波は高く、白い波濤を立てていて、果たせなかった。

 ともかくも村でたったひとりの警官が呼ばれたが、彼女ともども茫然と見守ることしか出来なかった。

 六隻の漁船が帆を立て、慎重に現場周辺へと向かったのは午後になってからのことである。

 そのなかの一隻を操る、ベテランの漁師は、

「巡査部長さん。こりゃあ、まだ新しい船だなあ」

 破片のひとつを拾い上げて言った。

 たしかに木材の断面は、真新しい。

「そうなのかい?」

「ああ。例の計画造船ってやつだろう」

 だとすれば、難破した船もまた、本来なら漁船ということになる。

 それにしては、奇妙な様子だ。

 流出した荷なのだろう、やたらと木樽が浮いている。中身は詰まっているらしく、片面の鏡部辺りだけが顔を出したような格好である。

 キャメロット人たちがホッグスヘッドと呼んでいる、二二五リットルから二五〇リットル入る規格のものだ。

「これ、揚がるかい?」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ」

 昼間から酔っているのかと言いたげに、ベテラン漁師は呆れた。

「こんな重たいものが、揚がるわけないだろう」

「それもそうか・・・」

「回収したいなら船縁に括りつけるが・・・ それよりも今は」

「そうだな」

 彼女たちは、事故現場周辺を巡り、メガホンで叫び、夕刻となってもランプを灯し、懸命に溺者を探したが、結局のところ誰ひとりとして発見できなかった。

 それでも村には、破片とともに、積荷と思われる樽の幾つかも漂着した。これらは全て村の者の手により回収された。幾らかは海上でも。

「いやあ、参った、参った・・・」

 巡査部長が、村一軒の酒場に辿り着いたときには、もう夜半になっていた。

 彼女は赤毛をたくし上げ、女将が用意してくれたホットジンのピューターカップを押し戴くように受け取る。暖炉の熱とともに、冷えた体には有難い。

 ちかごろ、キャメロット式からオルクセン式に変わった制帽を脱ぎ、テーブルに置く。

 どうにもシャコー帽は慣れないな、などと思っている。

「おお、巡査部長さん―――」

 彼女を乗せてくれた、あのベテラン漁師が先に到着していた。セーターが温かそうだ。

 やはりその道のプロ、漁師たちの服装は道理に適っている。私も一着仕立てるかな、というほどには羨ましい。

「どうしたい?」

「それがなぁ、明日にはノグロストの本署から、応援隊が来るんだ」

 彼女の報告を受けて、本署から駐在所に届いた電文の内容を告げつつ、ホットジンを啜る。

 美味い。たまらなく美味かった。内臓から温まる。

「ほう。えらく早いじゃないか。ありがたいことだか」

「うん―――」

 巡査部長は頷くが、何処となく浮かない顔をしている。

「どうも、こいつはただの遭難じゃないと、上の連中は見ているらしい」

「・・・どういうことだい?」

 怪訝顔の漁師を前に、巡査部長は塩気ですっかり固くなった赤毛を掻く。

「あの樽。中身は全て、粗製のエリクシエル剤だったんだよ・・・」



(続)

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