随想録06 我らが星空 彼らの大地

 ―――どうして。

 と、艦内の誰しもが思ったものだ。

 しかし、その半島国家がこれほど酷い内戦に陥ってしまった原因を、誰も一言では説明できなかった。

 直接の原因を求めるとするならば、それまでその地を治めていた社会主義国が崩壊してしまったことが一番の要因だと、衛星放送で届けられる国営テレヴィジョンの報道番組は伝える。

 その国家は、あまりにも多くの民族、言語、宗教が入り乱れており、当事者たちにすら把握も出来ないほどだった。崩壊した社会主義政権は、曲がりなりもそれを纏め上げ、この半星紀ほどは平穏な時代を過ごしていたのだ。

 そんな国で、纏まりが無くなってしまえばどうなるか。

 あっと言う間に、内戦だ。

 あちらの民族、こちらの宗派。この土地は我らが父祖のものでございと、血みどろの争いに陥る。

 だが、艦内で歴史に詳しい奴に言わせるなら、もっと根本的な部分があるらしい。

「―――ヴィルトシュヴァイン会議? 一〇〇年も前の、そんな昔の出来事が?」

 その若い烹炊兵は、士官烹炊所でジャガイモの皮を剥きながら、俄には信じられないといった顔つきで応えた。だいたい、そんな舌も縺れそうな名前の出来事は知らない。

「お前はねぇ、ちょっとココが弱いからさ。無理かもしれないが、ようく聞きなよ」

 彼と背を向け合って、巨大な寸胴鍋で卵スープをこしらえている年嵩の軍属烹炊手は、コック帽を被った己の頭をとんとんと指先で叩きながら得意げに言った。

 ヴィルトシュヴァイン会議。

 その歴史上の出来事は、いまこの艦が向かっている紛争地全体をバラバラに分割してしまった。それも、半端な形で。

 それまで宗主国だった老大国は、確かに近代国家という観点からは随分と無茶をやったけれども、それでもその複雑な地域を長期間に渡って平穏に治めていた。

 それを星欧列商各国が、大国の理屈で介入を重ね、好き勝手に国境線を引き、分割し、独立させてしまったのがいけなかったのだ、と。

「・・・独立するのは、良いことじゃないのかい?」

「それはそうさ―――」

 烹炊手は頷いた。

「だがね、“大国が勝手に国境線を引いて”、ここが駄目だったんだなぁ」

「ふむ?」

「お前さんね、生まれ故郷の村にある日突然見ず知らずの奴がやってきて、今日からお前さんの地所は半分だぞ、逆らえばぶん殴るってやられちまえば、どうなると思う?」

「・・・それは酷ぇ話だ」

「だろう? おまけに、村に流れる川上の奴らは優れた宗教で、川下に住む奴は劣った言語だなんて突然言われたら?」

「・・・それも酷ぇ話だ」

「そう、一〇〇年前のヴィルトシュヴァイン会議は、その“酷ぇ話”をやっちまったのよ。まあ、そのころはそれが当たり前だったんだが・・・」

 やがてその地域に根付いた昏い怨嗟の炎は、ついには世界最初の大戦のきっかけをも生み出してしまった―――

「しかし、分かんねぇなぁ・・・」

 若い烹炊兵は呻いた。

「なにがよ?」

 この上どう説明しろというのだという顔で、年嵩の烹炊夫はスープの味見をする。 

「どうして俺たちが遥か世界の裏側から、その複雑な場所までやって来なくちゃいけないのさ」

「そりゃぁ、お前・・・・・・あっち!」

 そのとき艦が―――秋津洲海軍ミサイル巡洋艦「白嶺」の船体が少しばかり傾いて、あやうく烹炊夫は口元に火傷を負いかけた。

 ―――まったく!

 俺だって聞きたいよ! 地裂海は穏やかな海じゃなかったのか!



 キャメロット王国海軍少将ヘンリー・ロングフォードは、何代も続けての海軍一家出身だった。

 そのためだろうか。

 若いころから学者的な外見と物腰をしていて、一回りも二回りも年齢を重ねているように見え、よく揶揄の対象にされてきたものだ。佐官になる前から「お前は提督のようだ」と。

 己でも齢を重ねる度に、生家で写真を眺めた先祖たちのうち、とくに曾祖父に似てきたように思える。

 彼の曾祖父は、たいへん若い尉官のときに観戦武官になるという望外の機会を得て、その経験が後の人生の役にたち、やがて世界最初の大戦の際、この地裂海で行われた史上最大の大海戦で巡洋戦艦戦隊の一つを率いて戦うという名誉を得た。

 彼もまた、いまその地裂海にいた。

「―――ネマニッチは、サライヴォズナに対し激しい攻撃を繰り返しております。標的となった中央市場では三七名の市民が死亡。国際連盟安全保障理事会決議の指定する非戦闘地域でした」

 情報収集名目で艦橋に流しているキャメロット国営放送CBCニュースの衛星放送、そのキャスターは、最新状況を解説している。

「―――これを受けて開催された緊急安保理理事会は、対ネマニッチ批難決議を可決。エトルリアの空軍基地には二五〇機の各国空軍機が、地裂海には合同機動部隊が集結。事態は緊迫の度を増しております」

 ロングフォードは、時刻を確認した。

 ―――星暦九九五年八月三日、午前二時。

 彼の座乗する艦、キャメロット海軍航空母艦インディファティガブルの飛行甲板を眺める。

 メイフィールド・ケストレル艦上戦闘機二機が、幾つものレーザー誘導精密爆弾を抱えて、既に待機状態にあった。

 ネマニッチに勧告された停戦受け入れの期限時間は過ぎた。

 彼らはあくまでサライヴォズナへの攻撃を続けるつもりらしい。

「旗艦より信号! 作戦開始!」

 北星洋条約機構常設第一海上グループの旗艦を務めるグロワール海軍の巡洋艦から受信した命令だ。

「ああ、神様」

 誰かが呟いた。

 ロングフォードはそれを無言で受け流す。

 ―――神? 神が世におわすなら、罰を下されるのは我らであろうよ。

 これは我ら星欧にとって、‟後始末”のようなもの。

 いや、それそのもの。

 あの半島に一星紀も介入を続け、何もかも滅茶苦茶にしてしまったことへの。

 ロングフォードは、発艦準備のため彼のインディファティガブルと同様に舵を切っているであろう、僚艦の姿を思い浮かべた。

 巨大な航空母艦。

 長らく永世中立国であったが、東西冷戦の終結により実質的にその政策を捨て去り、星欧諸国と積極的に行動を供にするようになった国のもの。

 ―――彼らはどう思っているのだろうか。

 あの巨大極まる空母グスタフ・ファルケンハインや、防空駆逐艦三隻を操る、オルクセン海軍の連中は。

 ロングフォードは、かぶりを振った。

 今は必要のない、雑念に過ぎないように思えたのだ。

「発艦準備よろし!」

「発艦始め!」

 星欧各国の合同部隊に、道洋の協同国秋津洲の海軍まで加えて構成された空母機動部隊は、ボスナ・フムスカゼビア紛争への軍事介入を始めた。

 星欧スタリオンの名の通り、なんとも皮肉なことに煌めくほど美しい星空の夜だった。

 カタパルト・オフィサーの腕が振り下ろされ、パイロットたちが頷き、洋上に盛大なジェットエンジンの轟音を振りまきながら、第一波の攻撃編隊が発艦していく。

 彼らが空軍部隊と共にこの後一六日間に渡って投下した航空爆弾の目標命中率は、約四〇パーセント以下であった。

 残る六〇パーセントは、護るべきとされた大地に、その民に、学校や病院や住宅地に降り注ぐことになる――― 



(続)

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