オークのグルメ⑫大晩餐会と祝典日

 オーギュスト大兄たいけい

 いつに変わらぬご助言の数々、心より感謝致します。

 独立され、いよいよ開業の夢が実現されるとのこと、ひとえに大兄のお人柄と、常に向上を目指される日頃の努力の賜物であると敬服しております。

 来るべき晩餐会のメニューですが、お贈り頂いたカレーム師の著、そして大兄のご考案された有機的かつ機能的な調理団方式により、事に当たるつもりです。

 ご健康とご健勝をお祈りして。

 貴方の永遠の弟弟子 オラフ・ベッカー 



 一一月三日は、近代オルクセンにおける「国民の祝典日」だ。

 他国で言うところの、建国記念日のように扱われている。

 正式には「諸種族平等宣言の日」。

 星暦八一三年、デュートネ戦争グロースゲルシェンの戦いで、アルベール・デュートネ率いるグロワール軍を打ち破ったあと、陣中にあったグスタフ・ファルケンハインの手に依って出された。

 この戦いは、近代オルクセンを構成するオーク族、コボルト族、ドワーフ族、大鷲族全てが参加した最初の戦いだった。ゆえに「諸種族の戦い」とも呼ばれる。

 以来オルクセンは、戦闘で窮地に陥ることはあっても、戦争には負けたことがない。

 例年この日には、フュクシュテルン大通りで軍事パレードがあり、更には国王官邸で晩餐会が開かれる。

 各省大臣及び次官、陸海軍幹部、財界関係者、学者、各国公使などなど・・・

 ただし昨年はベレリアント戦争及び国王グスタフ親征のために、開催は見送られた。

 ―――ならば、今年こそは。

 この国家行事に参加できるよう、国王グスタフ・ファルケンハインと王妃ディネルース・アンダリエルは首都ヴィルトシュヴァインに帰還した。

 国王専用列車センチュリースター号がヴァンデンバーデンまで走り、国王夫妻を迎えたとき、随員車には外務次官がやってきていた。

「王。我が王」

「やあ、ラーベンマルク」

 オットー・ラーベンマルク。オーク族。

 外務大臣クレメンス・ビューローの片腕的存在だ。通称「現実的外交官」。

 星欧各国の国勢や歴史に関する分析をやり、なかでも各国の目標や利害を考察し、国際関係をひとつの有機的なシステムだと見なす牡。

 そこにあるのは合理性。国益。外交官同士に個の友誼は有り得ても、「国家間に友情などありはしない。あるのは共通の利益だけだ」。

 彼を一個の牡としてみた場合は、非常に優秀な農地経営者であり、オーク族らしく根明で、ちょっと辛口めいた冗句を得意とする。

 つまり、グスタフの薫陶と、この国の歴史の影響を濃厚に受けた牡。

 オルクセンの次世代を担う者のひとりと見なされている―――

 ラーベンマルクは、外務省儀典局長シャルラッハを伴っていた。

「おう、恒例の“面倒事”だな?」

「はい、陛下」

 ラーベンマルクとシャルラッハはくすくすと笑った。

 祝典日晩餐会の、席次案をシャルラッハは持参していた。

 これが、なかなかに面倒なのだ。

 何しろ晩餐会の出席者は一〇〇名を超える。

 儀典局には、前例と慣例の蓄積も、また儀礼席次を含む国王官邸饗宴要領と名付けられ明文化されたルールも存在したが、招待客のなかにはその年その年のゲストもいる。 

 オルクセンの場合、基本的には外交関係の貴賓を上席へ持っていき、自国の閣僚たちをその後に続かせるというかたちを採るから公職関係についてはまだ比較的わかりやすい。外国公使たちについてはとくに明確で、親任状の奉呈順という扱いが国際儀礼プロトコールで確立されていた。ただし例外もあり、

「よしよし。ロヴァルナ公使とイスマイル公使は離れているな?」

「はい。何しろ戦争の真っ最中ですからな・・・」

「うん」

 非友好関係同士にある公使は、なるべく近くにならないよう、配慮を要した。

 問題は財界関係やその年の功労者、団体代表といった内外の招待者で、どのように配置するかは実に難しい。こちらも基本的には外国人を上へ持っていき、肩書、年齢、功績などを勘案する。

 所管官庁も複合的に重なっていて、国王官邸官房部も関与すれば、外務省といった行政各省も絡む。各省には各省で思惑があり、招待者リストに入れたい候補などを抱えていた。

 儀典局は時を経れば人事異動する官僚も多いが、国王官邸側には長年このような行事に臨み続けてきた者―――執事長フィリクス・アルベルトや国王官邸調理部の者たちがいるから、彼らも当然準備段階から携わる。

 また今回は、アンファウグリア旅団も初参加することになっていた。儀仗兵としてのもので、儀威を高めるために大階段に二四名、玄関ホールに一二名といった具合で、合計一個中隊ほど。

 そして何より―――

 近代オルクセンにとって、主催者たる側に初めて「王妃」が居た。

「ディネルース。アルベルトや儀典局の者たちと、打ち合わせをやろう」

「・・・うん」

「もちろん、私もいるよ。ふたりで一緒にやっていこう」

「ああ。ありがとう」


 

 グスタフとディネルースを乗せた国王専用列車は、首都ヴィルトシュヴァインの玄関口たるアルブレヒト駅に到着した。

 壮大な駅舎である。

 鉄骨ガラス張りのアーチ型天井があり、そこに八本もの線路が入ったプラットホームがある。これほどの規模があるのだ、ヴィルトシュヴァインに三つあるターミナル駅のなかでは最も旅客数が多い。

 星欧でも北国といっていいオルクセンの民には、何処か南国や陽光への憧れがあって、ホームのコンコース側には耐寒性のある椰子科の樹が、鉢植えにされて幾本かあり、異国的な独特の樹型を見せていた。

 この日、グスタフは敢えて旧型の黒色陸軍常装。これに略帽を被り、あの赤襟の外套を着て、サーベルを吊っていた。銀柄頭の装飾がある、ちょっと短い、高級な籐製のステッキを片手に帯びている。

 ディネルースは、アンファウグリア旅団の常装を基調にした銀絨漆黒の軍服姿。ただしズボンではなく同じ意匠を使った騎乗用スカート。

 プラットホームを抜け、瀟洒な造りで天井の高いコンコースを通り、駅前に停車した幌付きの馬車に乗り込むまで、歓呼の声を上げる市民たちには敬礼で応えた。

 ふたりで「戦地帰り」を演出したのだ。

 実際には約二カ月休暇静養を挟んだあとであり、これは報道などでも知られていたが、国民から「ウケる」姿を狙ったのである。

 そしてこれは図にあたり、熱狂的な歓迎となって戻ってきた。

「我が王万歳!」

「王妃殿下万歳!」

「オルクセンに栄光あれ!」

 アンファウグリア旅団の一個騎兵中隊が前後を守る馬車に乗り、橋を渡ってミルヒシュトラーセ川の中洲を抜け、フュクシュテルン大通りへ。

 ふんだんにオオマテバシイの街路樹を植え、最新のアーク式電燈を配し、両側部の歩道部分だけで並の街路ほどの広さがあるという、ヴィルトシュヴァイン最大最長の大通りだ。ここからデュートネ戦争凱旋門まで続く。

 中央市場、国立歌劇場、国有汽船社本社、ファーレンス商会本社、各中央官庁―――

 大廈高楼が並び立つ。

 既に祝典日のパレードに備え、電燈にはオルクセン国旗が吊るされていたから、期せずして情景そのものがグスタフとディネルースを讃えるかのようだ。

 熱狂的な市民たちを制止するために、ヴィルトシュヴァイン警察の警官たちが苦労していた。コーヒースタンドや焼きドングリ売りの者まで、店を放り出して歓呼の声を叫んでいる。

 ふたりで右へ左へと、軽く手を振るような仕草と微笑みで応える。

 寒気を吹き飛ばさんばかりの、熱狂と興奮と歓声が増した。

「お帰りなさい!」

「お帰りなさい、我が王!」

「お帰りなさい、我が王妃!」

 ディネルースは聴覚鋭い突耳で、その歓声を認めたとき、少しばかり驚いた。

「お帰りなさい、か・・・」

「ああ。お帰りなさい、だ」

 そっと夫に囁く。

「いい国だな。素晴らしい国だ。本当に」

「うむ」



 アンファウグリア旅団長心得アルディス・ファロスリエン大佐は、目も回るような煩忙の渦中にあった。

 祝典日パレードの準備。

 国王夫妻首都帰還に伴う、警護の手配と実施。

 祝典日晩餐会における儀仗の事前予行。問題点の洗い出しと、検討―――

 幾らかは日頃の訓練や、日常任務の延長として捉えることも出来る内容だったが、戦時とはまた違った苦労があった。

 例えば、だが。これは祝典日儀仗に関する部分だが、晩餐会まで含めたその当日、アンファウグリアは約二個騎兵中隊を動かす。

 ではその二個全てが騎乗かといえば、そうではない。

 まるでそうではなかった。

 そこまで騎兵を集めてしまうと、如何な巨大な国王官邸といえども厩が足りない。

 どうにかならないこともなかったが、貴賓たちの馬車が出入りできない。

 一隊は徒歩で送り込むことになった。

 そんなひとつひとつを、検討し、研究し、組み上げねばならなかった。

 初となる事例が多すぎたのだ。

 それでもまだ、これは運用面について考えればいいだけだ、これで忙しいなどと愚痴を零すのは気楽な身分だ、などとアルディスは自嘲する。

「今更ながら・・・ 姐様―――いやさ、王妃殿下は、良くもまぁ七か月で我らを部隊として纏め上げられたものだな」

「あのときは我らも必死でしたが、まさしく・・・」

 旅団参謀長イアヴァスリル・アイナリンド中佐は応じた。

 彼女たちにとっての前任旅団長にして、現王妃ディネルース・アンダリエルの最大の功績は、あの困難な編成作業を成し遂げた点にこそあるのだと、イアヴァスリルは掛け値なしに思う。むろん、戦役中における数々の戦功もあるが。その戦功は、曲がりなりにもアンファウグリアが部隊としての態を成していたからやれたものだ。

 ただ部隊を創るだけではない、あのころの我らはこの国に来たばかりで、近代戦術も文化も言語も、そんな何もかも、まるで右も左も分からなかった―――

 アンファウグリア旅団がこのような慌ただしさに追われていたころ、国王官邸の者たちもまた忙殺されていた。

 官房部、近侍部、外務省、内務省などの代表者が顔を突き合わせて何度も折衝と検討が行われ、祝祭日の準備が図られていたのだ。

「国王陛下は何処から御閲兵を?」

「例年通り。陸軍省のテラスからです」

「当然、王妃殿下も同行されますよね?」

「無論だ」

「御召し物は、軍装として・・・ 戻られてから、王妃殿下のお召替えは間に合うのでしょうかね?」

「例年、官邸玄関まで来賓の出迎えに赴かれますからね」

「これは思ったより忙しいことになりますな・・・」

「王妃殿下付き侍女たちにとっても、初めてのことですからな」

 ディネルースの侍女や女中は、ダークエルフ族から気立ての良い者、裁縫の技術のある者、服飾や小間物、宝石などのセンスを備えた者が選ばれている。

 そのほうが彼女たち種族同士の気安さもあり、諸事上手くいくだろうというグスタフの配慮からだったが、王室の部署としては全くの新設で「練度不足」が懸念されていた。

 例えば、とあるひとりは戦時中にアンファウグリア旅団が解放した元農奴だった。身の上を聞き、不憫に思ったディネルースがあれこれ世話を焼いてやったあと、恩返しがしたいというので軍属的な従卒になり、戦後そのまま近侍になった。

「一度、予行をやろう。今回の晩餐は、いってみれば社交上における王妃殿下のお披露目式のようなものだ。手違いがあってはならん」

 誰かがそう言い、皆が頷き、実際に陸軍省から馬車を走らせ時間を測るというような、そんな微に入り細を穿つが如き準備が進められた。

 同時に、国王官邸調理部では、執事フィリクス・アルベルトと司厨長オラフ・ベッカーが中心となって、晩餐会のメニューについて検討が重ねられていた。

 とあるグロワール人の著名な美食家は、

「食卓にこそ政治の極致がある」

 などと宣ったことがある。

 内政も外交も睨んだ正式の晩餐会ともなれば、メニューひとつひとつに接待主のメッセージが込められていると評しても過言ではないからだ。

 例えば新任の駐箚公使が親任状を奉呈するためにやってきたときには、歓談の席を用意し、饗宴が振舞われるのが習慣だったが、母国風の仕立てや、事前に調べのついた公使が好むとされる食材や酒類がメニューに組み込まれる。  

 これは歓迎の意を表現するためでもあったし、場合に依っては「事前調査」を徹底させ、「おたくの国と貴方のことは、ここまで調べがついていますよ」と誇示するためでもあれば、逆も有り得る。故意にそういった色を薄くして、リラックスと油断を誘う、などなど。

 内容の豪奢度によって三通りもメニュー候補は用意され、これは国王グスタフに提出されて、選択と承認も受けた。当然ながら、細部微調整を経ることも、全て却下されることも有り得た。

 星欧がこんな「食卓外交」をやり始めたのは、やはり美食の国グロワールの影響が大きい。

「私に必要なのは書簡でも訓令でもございません、一個の鍋でございます」

 あのデュートネ戦争にはデュートネの降伏が二度あったが、その最初のとき、賠償金や領土を分捕ってやろうと乗り込んできた列商各国の外交団と相対したグロワールの代表はかなりのやり手であった希代の政治家で、お抱えの腕の立つコックを使って美食佳酒をふんだんに振舞い、ついにはグロワールに有利な条件を引き出してしまった。

 だからこの祝典日晩餐会のときも、司厨長ベッカーは、執事長アルベルトなどとも相談を重ねつつ、三通りのメニューを慎重に作り上げた。

 グスタフの裁可を受け、このメニューが決まれば、料理素材の調達が始まる。

 招待者一〇〇名を超えるというのは、国王官邸饗宴とすれば最大級だ。

 官邸でもっとも大きな広間である「大地の間」が使われ、ここに無数の料理、酒が供される。オーク族の者が多いから、その量は膨大なものとなる。

 魚介類、畜肉、狩猟肉、チーズ、果物、牛乳、小麦粉、ナッツ類、赤と白のワインが数種ずつ、シャンパン、どれもダース単位で―――

 国王官邸の厨房は南館の地下にあり、面積六〇〇平方メートル。無数の銅製の鍋、フライパンが整列されて壁に掛けられ、輝くほど磨き上げられた幾つもの最新閉鎖式レンジと、清潔極まりない調理台があり、ここに集う二〇名を超えるコック、菓子職人たちがこの膨大な食材に臨む。

 アルベルトの下で、食器類の点検と確認も行われた。欠損や不足はないか、手入れに落ち度はないか。

 王立磁器製陶所の食器。ナイフ、フォークは一〇〇〇本を超え、一〇〇もの銀製飾器。各招待者に配されるグラスは、一名あたり一三を数えた。

「まるで戦争だな、これは」

「まさしく。戦争は、政治や外交の延長と言いますからね」



 軍楽と軍靴の響き。

 煌めく軍用兜とサーベル。

 第一擲弾兵師団の二個連隊と砲兵、これに続くアンファウグリア旅団騎兵の一個連隊が中心になって作り上げた巨大な横隊行進隊列が、冬季のオルクセンには珍しい晴れ空の下、行進した。

 寒さはある。

 だが沿道の端から端に至るまで市民が詰めかけ、熱気すら感じられるほどだった。

かしらぁぁぁ右ぃぃぃぃ!」

 フュクシュテルン大通りに面した陸軍省、そのテラス部分から閲兵したグスタフ・ファルケンハインは、この日ばかりは鹿爪らしい正装だった。

 閲兵式が終わると、毎年一〇名から一五名ほどが選ばれる軍の功労者に、各級の勲章を陸軍省広間で授与する。

 ディネルースはこの間、例のアンファウグリア旅団の軍服を基調にした正装でグスタフの側に控え、従っていた。

 続いて馬車で移動。

 国王官邸にて、衣装替え。

 ディネルースは、イブニングドレス姿。裾は長いが、胸のあきが深く、両肩は流行りのかたちに膨らませたもの。ティアーラを被り、オレンジ色をしたオルクセン式のサッシュを左肩から右腰へと通し、対応する椎葉付蹄勲章を胸に。

 既に彼女は一部外交筋から、

「星欧各国王妃のなかで、唯一戦場における戦功で勲章を獲った王妃」

 と呼ばれていた。

 彼女にとって幸いなのは、もう大きく膨らませる形式のスカートは廃れていて、このような席でも自然なスタイルのものを着られるようになっていたことだろう。

 ただし、

「あたたたたた・・・」

「もっと絞りますか、王妃殿下」

「勘弁してくれ!」

 コルセットをうんと絞るのが流行りで、これには苦労した。

 侍女が何名もかかって絞りあげた。

 そうして準備を整えると、グスタフとともに夕刻近い国王官邸の玄関ホールに立った。

 ここで来賓たちを迎え、更には格式のある一間へと移動して、「挨拶の儀」と呼ばれる儀式に臨む。

 これが、まだ王族になりたてのディネルースにとっては、たいへんなものだった。

「キャメロット王国公使クロード・マクスウェル殿!」

 来賓一名一名と夫婦で握手をし、短かなものとはいえ気の効いた言葉で挨拶を交わし合う。

 来賓者数一〇〇名以上ともなれば、一時間近くかかる。

「いつ果てるともない長蛇の列。その間、にこやかに微笑み、立ち続けていなければならない。扱いに差が出るわけにはいかないから、打ち切ることもできない。我慢我慢と己自身に言い聞かせ続けた」

 と、ディネルースはこの日の日記に記す。

 この間、執事長フェリクス・アルベルトらの多忙もピークを迎えていた。

 五〇名近くに及ぶ給仕たちが揃いの清潔な制服を着て、待機を完了。

 地下の調理部では、配食時間まで考慮した膨大な準備が、本当に戦争のような喧噪のもと整えられる。

 ワインの類は、その全てを試飲も行われた。腐敗などがないよう、確認のためだ。これは、晩餐中は会場の隅に控え万事に目を光らせ続けることになる執事長アルベルトの役目で、彼が酒類に詳しくなったのには、それ相応の理由があることなのだ。 

 国産の辛口白ワインに、赤ワイン。最高級の貴腐ワイン。海外からはポートワイン、シェリー酒、シャンパン、ブランデー。今回は国王の肝煎りで供される、まだ貴重なマスカットシェリーもある・・・

「皆さま。今宵ここにお集まり頂きました皆さま。ともにこの日を祝えますことを、豊穣の大地に感謝致します―――」

 グスタフ王の挨拶に続き、晩餐が始まった。

 皿の数ほど豪奢さと饗応の深さを現すとあった世にあって、それは信じられないほどの量だ―――


 ザリガニのクリーム・スープ

 鶏のコンソメ

 北海産大ヒラメ冷製 ベレリアント風ミルクソース添え

 鹿の鞍下肉、松の実風味

 鴨肉のささ身 アンズダケ添え

 鮭とザリガニのパテ 肉汁のゼリー仕立て

 牛肉のフィレ 田舎風

 オレンジのシャーベット

 レモンのシャーベット

 雉と雷鳥のジャガイモピュレ

 牛タンと雉肉とフォアグラのパテ クレソン添え

 赤座海老の香味風

 オルクセン流ジャガイモのサラダ

 食用あざみ

 栽培ものの柔らかいマッシュルーム

 ヘーゼルナッツのアイスクリーム

 ベレリアント産チーズ入り 王妃殿下に捧げるデザート


 内容にも美味さにも圧倒されつつ、招待者は料理の狙いを察した。

 オルクセン風にアレンジされたグロワール式の晩餐料理を主体としつつ、しばしば北海やベレリアント半島を思わせる食材が取り込まれていた。

 ―――これは、王妃殿下のお披露目式を兼ねているのだな。目出度い。いやはや、目出度い。

 楽団による音楽や、奇術師たちによる座興を交えつつ、興が乗る。

 そして外交筋は、更に裏側に潜まれた真意を読み取ることが出来た。

 ―――ベレリアント半島は、もはや完全にオルクセンのものだという、内外への宣言。

 王妃を讃える仕立てになっている以上、誰も文句は言えない。

 むしろ讃嘆するしかない。

 グスタフは満面の笑顔で、目のあった公使連に杯を挙げる仕草をして、彼らもそれに応じた。

 とくに、挨拶の儀の際、グスタフから耳元で「将来のことにつきましては、微力ながらお任せを」と囁かれたロヴァルナとイスマイルの公使はそうだった。

 ―――やられましたよ。

 皆、そんな顔をしていた。


 

(続)

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