オークのグルメ⑤スパイス料理とドワーフ

 エアハルト王立造兵廠は、リーベスヴィッセン州エアハルト市にある。

 この東隣が、あのヴィッセル社の本社工場のあるヴィッセン市で、両者には濃密な繋がりがあった。

 近代オルクセンにおいて、初めて鋼鉄製マスケットの銃身製造に成功したのはヴィッセル社だ。星暦八三七年に冷間引抜工法という技術を用いてそれを成した。

 この技術を受けて、あくまで国が責任を持ち、品質的にも均一化された小銃全てを作り上げてしまおうというのが、エアハルト造兵廠の負った役目であった。

 銃身、矯正、仕上げ、機関部の製造加工、フレームの製造加工、銃床製作、組立と最終工程―――

 最初のころは水力を動力源に用いていたから、大河メテオーア川の河岸に工廠はあった。

 ただし、このとき立ち上がった施設というわけでもない。

 それまでも同じ流れで、似たようなことはしていたのだ。

 猟兵銃、M八一〇小銃、M八一一騎銃、M八二一/三五小銃。

 受け入れたドワーフ族たちの技術のお蔭で、オルクセンが施条銃を導入したのは星欧諸国のなかでも意外に早く、精度も良く、それらの製造の中心を担ったのはエアハルトであり、少しばかりだが当時のキャメロットに輸出もしていたほどだった。

 オルクセンが施条銃の導入に熱心だったのは、ロザリンド会戦でそれを用いたエルフィンド軍散兵戦術に狙撃を浴び大損害を出したこと、そしてデュートネ戦争であの恐るべきグロワール大陸軍に直接対峙しなければならなくなったからだ。

 また彼らは、直接銃身に銃剣を装着できる小銃を、比較的早く作った。それはグロワール流のやり方の模倣でありつつ、他国と違って集団突撃を決戦手段にしていたオーク族にとって必要不可欠な機能でもあった。

 銃器史史上、世界に革新を齎した小銃は、ここエアハルトで生まれた。

 交換式単発小銃Gew四八。

 これは、紙製薬莢を用いていたし、まだ構造も甘く、射程も短かったが、世の軍事技術や戦術を徹底的に変えてしまうほどの構造をしていた。

 完全に伏せて射撃が出来るようになったのだ。

 装填速度も速く、他国の軍隊が一発装填している間に、伏せたまま五発以上発射できた。

 もし他国と戦場で相見えれば、オルクセン軍はこれを圧倒し、一方的に掃討できる。

 しかし、それまでの小銃と比べれば、高価であった。

 このような代物は軍の予算に多大な負担をかけ、弾丸も過剰に消費すると当時の軍幹部たちを呻かせたが、グスタフ王は導入を決めた。

 デュートネ戦争でも相変わらず実施されたオーク族特有の集団突撃戦法は、シャルルロワ大会戦でデュートネの老親衛隊すら打ち破ることに成功したものの、大きな損害をも負っており、このころ王と軍幹部たちは新たな方針―――火力戦思想へと軍を転換させようとしていて、エアハルトの新小銃はこれを成し得るもの、そう信じられたのである。

 ついで、これを成熟させたGew六一が登場。オルクセンの小銃は、このとき金属薬莢になった。 

 更には、これら技術の延長線上の存在として、あのベレリアンド戦争において主力となったGew七四に繋がったのである。

 この間、エアハルト造兵廠は拡大の一途を辿った。

 例えば、だが。

 小銃の製造を中心とした同工廠だが、小銃を作れば、当然ながら弾薬も製造しなければならない。火工部は比較的早くに併設された。

 銃剣もいる。ではその革製の鞘や、小銃そのものの負革、弾薬嚢は?

 革工部が出来た。

 物を作るのが専門なら、あれこれ細かなものも作れるだろうとされて、しかもこれはちょうど軍が輜重馬車の規格統一を図ったころだったから、鍛工部が出来た。馬車そのものは民間のヴェーガ社などが製造を手掛けたが、これに用いる頑丈な馭者台や、ステップの類、予備部品の製造は彼らが担った。

 だが、エアハルトの造兵廠を本当に拡大させたのは、ベレリアンド戦争だ。

 開戦前、彼らは日産三〇〇丁という、星欧全体で見ても一級の製造能力を持っていた。

 だが、これはあくまで平時としての話である。

 小銃の完全更新を前にして戦争に突入しようとしたオルクセンにとっては、まったく満足のいかないものだった。戦争をやれば、故障小銃の更新用も必要になる。

 近隣用地を買収、新たな施設を建て、製造機械と動力も増やして、日産八〇〇丁から九〇〇丁を目指して造兵廠は拡大した。

 戦争に突入してみると、何事も手抜かりのないように思えたオルクセンをして、予想以上の弾薬消費も起こった。エアハルトはヴィッセル社の製造能力を補うため、砲弾の信管製造まで行うことになり、また別の製造ラインが作られた。

 指導技術者は同社からも派遣され、臨時職工が雇われ、その教育が施され、配置につけられ―――

 目も回るような忙しさだった。

 エアハルトは、三直体制八時間交代で、二四時間稼働しつづけた。

 戦争末期には、職工の数は一万名を超えた。

 牡たちだけでなく、女工も雇われることになり、その数は一挙に増えた。

 彼女たちは、実際に作業に当たらせてみると、小銃の遊底製作など、精密な作業を得意として、監督役の技師長たちを喜ばせたものだった。

 その技師の不足は、徴兵対象者も含めて王立大学工学科の出身者たちを回してもらうことで、補った。

 銃身矯正工は流石に熟練の技を必要とするから、すぐには養成できなかったが、長年の造兵廠暮らしで神業の域にまで達した連中がいて、まるで銃身から生まれてきたのではないかと思わせるほどだった彼らが中心になった。

 周辺設備も強化された。

 それまでエアハルト市の主力電源だった火力発電所に加えて、水力発電所も増設され、当時としては最高出力だと思われていた一〇〇キロワットを遥かに凌ぐ二〇〇キロワット交流式発電機がファーレンス社で試作され、六基も据えられて、これはエアハルト造兵廠の専属電源となり、アーク電灯が煌々と灯された。

「昼夜の境が無くなったかのようだ」

 造兵廠の近在に住まう者たちは、そう囁き合った。

 ―――そして、戦争が終わった。

 造兵廠挙げての戦勝祝賀会が催されたあと、しかし、一部の職工たちは前途に不安を抱えた。

 解雇されるのではないか。

 その危惧である。

 しかし意外にも、軍にはそのつもりはないようであった。

 少なくとも、ただちには。

 流石に製造ペースは落とされたものの、Gew七四の製造は続けられることになった。未だ成し遂げられていなかった、軍の全ての部隊の小銃更新をやりきってしまうのだという話が流れてきた。

 戦地から戻ってきた、消耗の激しい小銃の一部は修理され、予備兵器に回されることになった。

 返納兵器となる、大量のGew六一も戻ってきた。

 これもやはり修理され、一部は口径を変えられて民間に猟銃として払い下げられる。

 このような動きは、造兵廠周囲の住民たちも安堵させた。

 造兵廠には食堂はあるが、酒は出ない。手元を狂わせるといけないというので、飲酒はご法度だった。

 だから就業直の明けた職工たちは、周囲の居酒屋や軽食堂、ビアホールで一杯やる。

 この売上はたいへんなものとなっていて、地域経済の大きな部分を担っていた。

 造兵廠の食堂や事務に雇用されている近在の者だっている。

 将来もずっとこの好景気が続くとは流石に誰も思っていなかったが、どうやら次の手を考える間はありそうであった。



「なんて忙しさなんだ・・・」

 造兵廠近くにある食堂で、種族の好むところのスパイスビールを含みながら、陸軍技術審査部の技官ドヴァーリンは呻いた。

 ドワーフ族。大尉相当。

 赤茶けた髭も立派な、筋肉質の短躯を持つ。

 戦争中も、もちろん忙しかった。

 陸軍省から派遣されて、造兵廠監督班の一端を担ってきた。

 エアハルトで製造された小銃のうち、朔杖クリーニングロッドに曲がりのあるものが見つかり、上司にどやされ、何名かの仲間とともに戦地にまで影響を調査しに行くなどという真似までやらせてもらった。

 そうこうしているうちに、返納兵器廠のあったネブラスが敵軍攻勢の脅威に晒される事態に遭遇し、臨時の歩兵隊が作られることになって、貴様も一応は大尉相当の肩章を着けているのだろうと、中隊一個指揮するという体験まで。

 戦争が終わって―――それも祖国の大勝利に終わって、ようやく一息つけると思っていたのだが。

 今度は、戦地から大量の兵器が戻ってきた。

 故障兵器、返納兵器、鹵獲兵器。

 Gew七四だけではない、六一の修理及び検品ラインを作れと言われ、唖然とした。

 いま彼を最も忙しくさせているのは、鹵獲兵器の検査及び分類作業だった。

 近く戦勝記念の一環として、鹵獲兵器の展示会が首都ヴィルトシュヴァインで開かれるから、それまでにかたちをつけろ、と命じられている。

 これが簡単な作業ではなかった。

 はい、これはメイフィールド・マルティニ小銃ですね、などという単純なものではなかったからだ。

 レバーアクション部のレバーの作りが小さいから、おそらく前期型。

 キャメロット王立兵工廠のプレートはなく、エルフィンドにおける現地生産。

 鹵獲銃弾を使って試射をやり、性能も調べる。

 そんな細かな分類をやれと、これは実にオルクセン軍らしく命じられていた。

 過日など、どう見てもグラックストン型式の機関砲なのだが、口径が三七ミリもあり、造りは粗雑で、いったい何処で作られたものなのかさっぱり分からないという代物に出くわし、頭を抱えた。

 そんなときは、グラックストン型式不明機関砲、製造地不明、詳細不明、造作極めて粗雑にして―――などという報告書を作ることになる。

「まったくです。いまさら六一の修理検品をやって、上はどうするつもりなのやら」

 ドヴァーリンとよく似た見かけだが赤の他人、王立首都大学工学科出身のファーレンス社の電気技師スーズリが呻くように答えた。やはりエアハルト造兵廠に派遣されていた牡だった。

 彼らは種族も年頃も同じころだというので戦時中に意気投合し、仲が良かった。

 スーズリも、やはりスパイスビールのジョッキを傾けている。

 上面発酵の、濃厚な、濁ったもの。

 ただし、ダークエルフ族の間で流行っているという白ビールなどという気取ったものではないとドヴァーリンは誇りに思っている。

 コリアンダーピールが、舌先を刺激する。リンゴのピールを使ってもいて、色合いは濃厚な赤み。甘さではなく、香りを引き立てるもの。飲み口はむしろ辛口だった。

 これぞ我らドワーフ族の好むところ、おとこの飲み物だ。

 ヴィッセン市にもエアハルト市にもドワーフ族はたくさんいたから、この種族伝統の味を復活させて生産している蒸留所は五〇近くもあった。

「・・・ああ。六一。六一なぁ」

 ドヴァーリンはそのビールのように、言葉を濁らせた。

「その様子。何かご存知なんですね?」

「まあな」

 注文していた料理が来た。

 ニンニク。黒胡椒。

 香辛料の刺激的な匂いが漂っていた。

 潰したジャガイモと、焼いたハーブ入りヴルスト。

 牛挽肉、豆類、玉葱をたっぷりと使い、無塩バターとチーズで味付けしたパイ。

 ラムチョップの煮込み。赤ワインと香草を効かせて。

 これぞ牡の食い物だ。

 ヴィッセン市やエアハルト市には、ドワーフ族出身者が多い。この店もドワーフ族向けなのだ。

 ふたりとも、オルクセンの生まれだったが、そこは家庭や種族社会に伝えられてきた種族伝統の味というものがある。

 ―――オーク族の連中、量は申し分ないんだが。牛よりも豚を好みやがるし、味付けときたら塩が中心で。やはり肉は香辛料とバターだよ。

 ドヴァーリンなどはそう思うのだ。

「・・・私も、幾らかお話できそうなことはありますよ」

 スーズリが言った。

 知っていることがあるなら、教えて欲しいというのだ。

「ふむ」

 ドヴァーリンは、ぼふぼふと息が漏れるように聞こえる彼ら種族特有の声音で、ここだけの話だぞ、と前置きをした。 

「国内民需用の払い下げにしちゃあ、大袈裟だろう? つまりはそういうことだ」

 道洋の老大国が、大量に、ただし安価にオルクセンの小銃を買い入れたいという打診があり、オルクセンは受けるつもりだ、と。

 Gew六一の返納兵器の大半は、そちらに回される。

 また、似たような話は南センチュリースターにもあり、そちらにはGew七一の余剰生産分が輸出されるらしい。

「なんとまぁ、輸出ですか。そちらも」

「そちらも?」

 スーズリは、発電所の発電機、あれの製品版も輸出に回すんです、と言った。 

 近くファーレンスの技師たちがやってくる。彼らは発電所の試作発電機を入念に調べ、過去の故障頻度や部品交換頻度、改良点などもしっかりと纏め上げる。道洋の新興国家が大規模に発電所を作ろうとしており、製品版である電圧三〇〇〇ボルト、容量二六五キロワット、周波数五〇ヘルツの交流三相発電機を製造して、納めるつもりだという。

 スーズリ曰く、各国の周波数規格には差異があり、電力開発のような長期的視野のもので一度顧客として確保してしまえば、将来的にもずっとファーレンスのシェアとして確保できることを狙っている、と。

「抜かりないなぁ・・・」

「何でもうちの方針というより、国としての方針のようです」

 またふたりは、既に共通して耳にしている噂もあった。

 ヴィッセン市からエアハルト市にかけては、この国を支える炭鉱がたくさんある。

 その生産量を増やし、炭鉱夫を大幅に増員する話が出ているのだそうだ。財務省筋で。

 傾斜生産というらしい。

 翌年分の需要、そしてベレリアンド半島での需要まで見越して、今年のうちに掘ってしまうというような考え方。

 景気の刺激というより、働き口の確保の目指したもの。

「軍需から民需への切り替えか。戦時経済を一気に終わらせれば、景気がくたばっちまう。俺たちやエアハルトにも、もうしばらく忙しくさせておこうというのは、言わばその繋ぎだろうな」

「抜かりがありませんよねぇ」

「まったくなぁ」

 財務省の、マクシミリアン・リスト大臣。

 あの牡は、そんな真似をやらせれば星欧一だ。

 ちょっとばかり、ドワーフ族には鼻につく真似だが。まあ、国家とはそういうものなのだろう。

「さ、食おう。冷えちまう。当面忙しいなら、英気を養わんとな」

「はい」

 ふたりは、いつものように綺麗に平等にここの勘定を済ませるつもりだった。

 腹芸は無し。

 情報も金も、貸し借り無し。

 求められれば技術の腕は貸す。

 それが我らドワーフというものだ、と。



(続)

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