オークのグルメ①鉄道と豚の脚

 ―――オルクセンに夏が来た。

 この国の夏は、ベレリアンド半島ほどではないにせよ清涼である。

 なにしろ、湿気がない。

 カラッとしており、爽やか。一年でもっとも良い季節だという者も多い。

 星暦八七七年、グスタフ・ファルケンハインとディネルース・アンダリエルが、ベレリアンド半島からオルクセン本国へと帰還したのは、そのような夏の終わりのころだった。

 鉄道を用いている。

 既に軌道改修の完了していた半島中部から、ネニング、アルトリア、モーリア、北部州と通過して、首都ヴィルトシュヴァインへ。

 本来なら、総延長四八二キロメートル。

 だがそれに六〇キロメートルばかり増えた。

 本国から国王専用列車センチュリースター号が迎えにやってきて、その性能を目一杯発揮してやれば素早く着けないこともない行程を、敢えてゆっくりと走り、寄り道もし、北部の温泉地で静養もするという、贅沢な旅であった。

「旅程を楽しめない旅など、旅ではない」

 と、グスタフは言う。

 ずいぶんと穿ったものの言い方であったが、ディネルースはそれを彼独特の照れ隠しなのだと、もうすっかり理解していた。

 これは新婚旅行なのだ。

 あれこれと慌ただしい中―――それはもう慌ただしい中、ふたりは結ばれたので、ようやく落ち着いた日々を過ごそうというのだった。

 ディネルースにとっては、後顧の憂いもなかった。

 つい先ごろまで率いていた彼女の旅団は、既に本国へと復員している。

 後始末や、戦後の始まりについて、あれこれと面倒を見てやりたいことを数え上げればきりがなかったが、旅団はもう新たな指揮官を頂いていたし、ヴァルダーベルクのダークエルフ族社会そのものは集団指導体制的な状態へと移行しつつあったから、幾らか手紙を出してやればよかった。

 彼女の夫の寿命のことについては―――考えないように、あるいは語弊のあることだが、忘れるようにしていた。

 彼の生命に限りがあるのならば、なおのこと精一杯、日々を悔いなく過ごしていきたかったのだ。

 その点、夫は優れたひとで、ある種のエンターティナーのようであった。

 豊富な知識と独特のユーモアセンスを下地にした話題提供で、感心させてくれることや瞠目させてくれること、笑わせてくれることには事欠かなかった。

 ディネルースが彼の愛妾時代から理解したその性格のひとつに、彼は異様なほど自己規律の多いひとなのだ、というものがあった。

 その部分的発露のひとつとして、グスタフはユーモアで己自身を使って誰かを笑わせることはあっても、特定の他者や世の出来事は決してその対象にしない。とくに相手がその場にいないときや、対象に対して責任が取れないときはそうだった。

 笑いと嗤いの境界ほど難しいものは無いと心得ているからだ。

 だから彼の冗句は、安心して聞いていられる。

 俗に「この王クァーリス・にしてこのレクス・ターリス・群衆ありグレクス」というが、彼のそのような態度は、この国の、オーク族全般の根底に流れるもののようにも思えた。

 本質的には彼らは何処までも根明で、純朴であり、無垢である。

 グスタフの成婚が発表され、その相手がダークエルフ族のディネルースだと知れ渡ると、国民の、とくにオーク族の者たちは熱狂した。

 先の戦勝に続き、これほど喜ばしいことはないと、

「えらいことだべ、我らが王がついに御結婚なさるとは!」

「めでたい、めでたい!」

「王妃様はめんごいひとだべな、はぁ」

 そんな具合だった。

 ふたりは何処へ行っても歓迎された。

 だからディネルースは安心していられた。

 他種族の者を王妃に頂くなど―――というような反発を懸念していたから、尚更にそうだった。



 オルクセンの鉄道は、精緻であり、質実であり、安全である。

 そもそも彼らがこのような質の高い鉄道網を作り上げたのには、これにもオーク種族特有の食への拘りが絡んでいる。

 星暦八二〇年代に海向こうのキャメロットで鉄道が生まれると、この便利極まる発明はすぐにオルクセンへも入ってきた。

 ひとの流れのみならず、物流、経済、そして軍事にも影響を与えるものとして注目を集め、経済学者マクシミリアン・リストが「社会のあらゆる面を変革し得る」と論文を発表した事がとどめの一押し、強力な梃子となって、国が整備を進めることになった。

 蒸気機関を以て、強烈な煙と火の粉とを吹き出し、力強く疾走するこの新規な発明を国民たちは「よくあれで客車は燃えないものだ」と不思議がり、はじめのうちはおずおずと、おっかなびっくりで触れた。

 だが国王グスタフが試乗するに及んで、急速に普及した。

 それでも、後の世から見れば路線がほんの僅かな距離、都市間程度に留まっているうちはまだ良かった。オルクセンには既にそれまでに利用料金なども体系的に整備された駅馬車もあったから、ひとびとはその延長線上の存在として鉄道を捉えることが出来たし、行動範囲が加速度的に広がったことの欠陥は明らかにならなかったからだ。

 八四〇年代、総延長三〇〇〇キロメートルだった鉄道は、八七〇年代末期には三万二〇〇〇キロメートルにまで広がっていた。

 路線が伸び、利用客が増え、乗車時間が長大なものとなると、乗客―――とくにオークたちは、たいへんな事実に気づいた。それは彼らにとって死活問題とも言えた。

 ―――食事をどうやって摂ればいいのだ?

 滑稽にも思えるこの問題、だがしかし、オーク族には本当に背に腹は代えられない、深刻なテーマになった。

 気の効いた者は、鉄道での旅行に出る際には食事を用意して乗り込むようになった。

 だが、己自身で携えていく以上、その内容は乏しくなりがちだったし、食べ尽くしてしまえば空腹に耐えるしかない点は変わらない。

 むろん、他種族からもこの要望は出た。

 オルクセン国有鉄道社は、解決策として各駅舎に「休憩所」を作るようになった。

 ここでパン、ハム、サラミ、ヴルスト、チーズ、ゆで卵、コーヒー、紅茶といった軽食程度の食事を摂れるようにしたのだ。鉄道は一定の距離を走れば蒸気用の水を補給してやる必要があり、この停車時間を利用したのである。

 ところがこのサーヴィス、絶賛を以て迎えられはしたものの、あっという間に不評と批判と批難の的になった。

 まず、各駅で提供内容に違いがありすぎた。

 国有鉄道社が営んでいるところもあれば、個別に民間事業者を入れた駅もあったからだ。

 そして、あまりにも質が悪かった。

 オルクセンでは当時の提供内容を評して「化石パン」という言葉が生まれたが、これはずっと長い間「陳腐」や「上辺のごまかし」という意味の慣用句として使われたほどだったから、その内容も伺い知れよう。

 提供されるパンは固く、サラミやハムやチーズの類は古く、卵などは新鮮ではなかった。しかも価格も高かった。

 そして、列車の停車時間がおよそ一〇分と短かったため、利用客はまるで掻き込むように食事を摂るしかなかった。これでは、熱々のコーヒーやスープが飲みやすい温度まで冷めるのを待つうちに、発車のベルが鳴ってしまう!

 ―――抗議が、殺到した。

 国有鉄道社は、次の手を考え出さなければならなくなった。

 彼らは路線を伸ばす資金を確保するために、公債を発行して売り出していたから、鉄道への評価はこの売れ行きとして跳ね返ってくる。国有鉄道社は真っ青になっていた。彼らにとっても「食」は死活問題になってしまったのだ。

 彼らはまず、各駅の休憩所の品質を一定化するべく務めた。

 全ての店舗を直轄経営とし資金を注ぎ込み、清潔で瀟洒な店内設備に改め、店主、コック、ウェイターやウェイトレスといった者たちを直接雇い入れ、教本化した内容で徹底的に教育した。彼ら、彼女たちは、客からは一目で分かる白いジャケットに赤いタイといった揃いの制服を着た。

 仕入れる材料についても同様である。

 基準を用意し、安価に供給できるよう努力を重ねた。オルクセンにおける国有食糧保管庫が各都市の駅舎に備えられるようになったのは、国策でもあり物流の改善にも依るものだったが、鉄道会社側にも理由とメリットのあることだったのである。彼らはそこから穀類を回して貰えるようになった。

 八四六年には、世界で初となる食堂車を作った。

 これは贅を凝らしたもので、一等車や二等車といった客車を利用する富裕層向けだったが、それゆえに腕のよいコックと、立派な厨房を備えた。

 そして各国の鉄道会社が、同様の車両について「費用負担が増大する」という理由で導入を渋り続けるなか、オルクセン国有鉄道社では一挙にこれが普及した。

 切符の制度も改めた。

 車両別で買う仕組みだったところを、例えば都市間切符を購入していれば、休憩所に降り立ってゆっくりと食事をしても、次の時刻の列車を待てば乗り込めるようにした。

 むろんと言うべきか、これを果たすためには時間的に精確な運行は欠かすことが出来ず、オルクセン式ダイヤグラム、通標の発明及び導入に繋がった。

 国有鉄道社は、「鉄道ホテル」というものも作った。

 各都市駅前の一等地を買い込み、宮殿もかくやという外観と規模のホテルを建てたのだ。

 これは二〇〇から三〇〇ほどの客室を備え、レストランとビアホールがあり、当時最新のエレベーターまで取り込むという念の入ったもので、社会に増え始めていた中級層や富裕層が、安心して利用することが出来た。

 これはオルクセンの何処の都市へ行っても、一定のサーヴィスや食事が摂れるというので、大評判になった。

 この間、鉄道そのものも、より安全、精確を目指したものへと進化し続けた。冷却式刻印魔術金属板を貨車や倉庫に取り込み、オルクセン逓信省の電信網はほぼ鉄道線に沿って構築された。

 国有鉄道社は社会のあらゆる階層の者を、荷を、情報を届けるようになった。

 これらがオルクセンの社会に及ぼした好影響は、単に鉄道の諸問題に収まらなかった。

 休憩所やホテルは、地元の名物料理などを供しつつも、例えば南部州の者の要望に応えて、北部でも南方風ヴルストが食べられるようになり―――

 首都ヴィルトシュヴァインでは、海産物が手軽に楽しめ、牛乳がいつでも飲めるようになった。八七〇年代後半には、国有鉄道社は年間九〇〇〇万リットルの牛乳を首都に運び込み、専用の引き込み線や荷役駅まで作っている。

 国有鉄道社が教育したコックや職人たちには、やがて給料などを貯め市井で自前の店を開く者も出て、学んだ手法を用い、各地に庶民も手軽に利用出来るレストランやビアホールが出来た。  

 そして民間のホテルや宿屋は、鉄道ホテルに対抗しようとサーヴィスの向上に務めた。

 相互に影響しあうように、軍隊も進化した。

 彼らが行う鉄道機動や食糧保管庫利用は、国有鉄道社あってのものである。教本で均一化された料理の提供やコックの教育は、軍隊でも取り込むようになった。

 軍は八七四年ごろから臨時特別会計費約三二〇〇万ラングを投入し、北部へ繋がる七本の路線を複線化させ―――

 その効果は、ベレリアンド戦役を見れば明らかである。

 マクシミリアン・リストの述べた通り、「鉄道は全てを変革させた」のだ。

 だがオルクセンの場合、その鉄道そのものを進化、変革させたきっかけは、

「―――つまり。美味しい食事をたっぷりと、いつでも、素早く食わせろ。そこから始まったんだ」

 グスタフは提供していた閑話を締めくくり、ディネルースは唖然とした。

 食前酒に傾けていたワイングラスを、食堂車のテーブルに置く。注がれた西部産の赤は微かに振動しているようだったが、零れるというような事は決して無かった。

 グスタフはといえば、ホップの香味も効いた黄金色に輝くピルスナーを、巨大な陶製のジョッキで飲んでいた。落ちなり転げたりするような心配がなければ、使えるものではない。

 そもそも、特に声量も変えていない会話をこうやって楽しめている。

 いまやオルクセンの鉄道は、それほどの性能に達していた。

「食は全ての根源だよ」

 彼はあの、いつもの科白を告げる。

 ちょうどぴったりに、丸々としたウェイターが銀製の皿を二つ、運んで来た。

 丸い覆い蓋が開けられると、実に美味そうな匂いと、ちょっと信じられないほどの肉の塊が現れる。

 皮がぱりぱりになるまで焼き上げられた豚脚シュヴァイネハクセだった。

 刺激的な大蒜の香り。

 たっぷりとした、ジャガイモの団子クヌーデル添え。

 料理そのものは、グスタフ専属の四名のコックたちが腕を振るったものだが、特別なものというわけでもない。国有鉄道社の食堂車やホテルレストランでは、どこでも注文できる。

「元々はアスカニアの料理なのだが。あっという間にうちの国にも広がった。鉄道のおかげで。さあ、冷めないうちに頂こう」

「あ、ああ。そうだな」

 そっと喉を鳴らし、頷きつつも。

 ちかごろのディネルースには、悩みがある。

 オークたちは、信じられないほどの量を食べる。

 夫であるグスタフは、とくにそうだ。

 そんな彼が、エンターティナーに徹し、オルクセン中の美味を紹介し続けていくのだとしたら。

 彼と毎日食事を供にしていくのだとしたら。

 ―――いったい、私の目方はどうなってしまうのだろう。

 そのことであった。

 しかし彼女は目の前の誘惑に抗しきれず、ナイフとフォークを取り上げた。

 彼との旅は、始まったばかりだ。


(続)

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