第51話 エルフの国のいちばん長い日③

 ―――四月二五日。

 アノールリアン・イヴァメネル中将率いる騎兵集団は、ストルステンブロウ戦場域への浸透を開始した。

 行動を身軽にするため、二日分の携行糧食及び馬糧と僅かな医薬品を除けば、武器弾薬しか携えていない。

 これはマルローリエン旅団に限ったことではないが、この戦役中エルフィンド軍はしばしばそのような行動を取った。

 とくに攻勢に出る際に顕著であり、場合によっては背嚢さえ追送させている。現地調達を使い、身軽になり、運動性を上げ、オルクセン軍の防禦線を搔き乱した。

 もっとも代表的であったのは、ネニング平原会戦初期におけるクーランディア攻勢であろう。彼女たちが成した浸透戦術の陰には、そのような一因がある。

 ところがこの戦法、欠点があった。

 オルクセン軍が頑強な抵抗を示し、緊要地形を抑え、二日以上に渡って抗戦すると、たちまちのうちに継戦能力を失ったのだ。

 このような傾向は、部隊が損害を重ねた場合にも表れた。

 エルフィンド軍は、その損害が約一〇パーセントに達すると、まず攻撃力を急速に減じた。ついで二〇パーセントほどに及ぶと、防御力も失する傾向にあった。

 これはやはりクーランディア攻勢時のことだが、第五軍団に属するオルクセン軍部隊が損耗四割に達してもなお抗戦した事実を思うなら、エルフィンド軍は「継戦能力に乏しかった」と言えよう。

 ストルステンブロウの戦いにおいては、この傾向はより一層顕著になっていた。

 砲弾はどうにか搔き集めたが、医薬品がまるで不足していた。

 より精確に言えば、エリクシエル剤がまったく足りていなかった。

 あるいは、もっと根幹的な部分で、エルフィンド軍という組織には欠陥があったとも言える。

 兵站―――という言葉は、極めて曖昧であるし、ひとによって解釈に幅があるので説明はたいへん難しい。だがそれが、物資の単なる補給行動に留まらないことだけは確かである。目立ちやすくはあるものの、決して全てではないだろう。

 病傷者、病傷馬の後送、治癒。

 故障兵器の回収、後送、修理。

 前線へ送るだけでなく、後方へ送り返す対象がある。

 あるいは前線に何かを送るにしても、後方へ送るにしても、これを成し遂げるための、情報共有。

 普段からの調達。

 そして、計画を立て、不具合があれば修正し、また行動するという思考法―――更にいえば、そんな真似を可能にする、組織そのもの。

 ―――平時から準備をしていなければ、成し遂げることは出来ない。

 エルフィンド軍に本当に足りていなかったのは、この部分であったのかもしれない。彼女たちが抱えていた問題は、単に「糧秣が足りない」「砲弾がない」「医薬品が欠乏している」などというものではなかった。軍後方機関をまともに運用した経験が平時における演習ですら乏しく、想定も準備も研究もなく、まるで不足していた。

 このような欠陥を、前線で戦い続けてきたイヴァメネル中将もヴェルナミア中将も皮膚感覚として自覚していて、解囲行動を成功させるには、迅速な行動が必要不可欠になると知り抜いていた。

 そして敗色濃厚となったいま、物資、人員、経験者の欠乏などによって、その傾向はますます強くなっている、とも。

 ところが―――

 二五日早朝、戦場域に突入したマルローリエン旅団をまず驚かせたのは、ヴェルナミア支隊のソルトリルレ攻略により後方を断たれたはずの後備第一連隊第一大隊が、防禦陣地を築いたまま居座っていたことである。

 ステンポルトという村であった。

 これはアンファウグリア旅団のうちエラノール・フィンドル中佐が率いる増援支隊が同所に駆け付けたためで、元より守備に就いていた後備大隊一個、七五ミリ山砲六門に加え、騎兵中隊四個、山岳猟兵中隊一個、山砲二門、グラックストン機関砲二門がいた。

 総勢一八〇〇名ちかい。

 強力な支隊と言えた。

 彼女たちは前日午後五時に到着し、フィンドル中佐の報告曰く、

「後備旅団と協同し、ステンポルトを固守せんとす」

 形勢にあった。

 これは、後備第一旅団司令部側の要望にも依る。同地を抑え続ければアンファウグリア旅団との連繋は維持でき、またこれほど強力な支隊が居座る限り、エルフィンド軍は同地を突破できない。迂回浸透したとしても、後続が繋がらない。またステンポルトが健在であれば、後備第一旅団の予備隊を第二大隊や第三大隊の守備方面に投入することが出来る―――

 イヴァメネル中将は、その凛々しい眉根を寄せた。

 厄介であった。

 ステンポルトの前面には、やや蛇行するような形で東西に延びた丘陵間を二本の街道が走っている。丘陵の間隔はもっとも狭まったところで、約二キロ。どちらの街道もステンポルトの射程内で、管制されていた。

 しかもその背後には、ブラトフレグ方面へと繋がる街道がある。

 放置すれば、更にアンファウグリア旅団の本隊が駆け付ける懸念があったし、仮にそうでなくとも、この眼前の敵を放置すれば側背を突いてくるに違いなかった。

 そして、彼女たちには「時間」がない。

 迅速にストルステンブロウ方面へと進まなければならない。彼女たちは、ストルステンブロウ陥落を正午ごろと見込んでいた。

 ディアネン市で連絡を待っている、胸甲騎兵一隊を警護とした女王を脱出させるには、それが限界であろうと。それ以上は、自軍の継戦能力は急速に失われるばかりであるのに対し、オルクセン軍はあの恐るべき事後対処能力の発揮が懸念される―――

「閣下」

 竜騎兵連隊長セレグウィアル中佐が言った。

「僭越ながら小官に一隊お任せ頂ければ、敵を牽制致します。そして閣下は主力を率い、なにとぞ前進の継続を。陛下の御脱出には、ホニングヴォクスからソルトリルレの線を使うしかないかと考えます」

「・・・ふむ。どれほどの兵が必要か?」

「竜騎兵三個、砲六門」

「・・・よし。行け」

 イヴァメネル中将は同意した。

 ソルトリルレ方面のヴェルナミア支隊と合流し、ストルステンブロウを落とす。

 それしかなかった。

 だがこの作戦、セレグウィアル中佐の一隊は、例え何があってもここで踏みとどまり続けることを意味する―――

「ああ、待て。セレグウィアル」

「はい、閣下・・・?」

 イヴァメネルは、それ以上言葉にならなかった。

 彼女との付き合いの長いセレグウィアル中佐は、騎兵科における子弟のような関係であり、敬愛しきっている上官の顔を見つめ、その表情を読むと、実に騎兵将校らしく朗らかに微笑み、頷いた。

「閣下。ご安心を。全て心得ております」

「・・・うむ。白銀樹のもとで会おう」

「はい!」



 しかし、このとき―――

 イヴァメネル支隊が合流を期待したヴェルナミア支隊は、たいへんな難戦下にいた。

 指揮官ヴェルナミア中将が負傷により後送され、次席指揮官であるディアネン市国民義勇兵第六連隊長オストエレン大佐が指揮権を継承し、国民義勇兵第七連隊とともにソルトリルレに集結していたのだが。

 夜明け前から、猛烈な砲撃を浴びていた。

 後退した後備第一連隊の野山砲、山砲に加え、後備第一旅団が予備兵力として握っていた後備砲兵第一大隊第三中隊、そして野戦重砲第一五旅団派遣の野戦重砲中隊が砲戦を始めていたためである。 

 合計で七五ミリ野山砲一〇門、五七ミリ山砲四門、一五センチ榴弾砲四門。

 弱ったことに、ソルトリルレの村はオルクセン軍側からは俯瞰される位置にあり、照準は容易であった。

 つまり、ヴェルナミア中将は重大な事実誤認をしていた。

 「道は開けて」などいなかったのだ。

 最後の最後、ストルステンブロウの段階になって、後備第一旅団の予備兵力が控えたままになっていた。しかもその兵力は、各地から後退した第二大隊、第三大隊の残余が合流、あるいは抵抗拠点を築くことに依って強化されている。

 ソルトリルレの村から見れば、オルクセン軍の予備兵力集結地は、魔術探知の範囲圏内であったから、もっと早く気付けていなければおかしい。

 戦闘、疲労による能力低下、経験者の不足によって、本来なら彼女たちの大きな情報収集手段であったはずの魔術探知が有効に働かなかったことによる。

 オルクセン軍側は、味方後退の援護のためもあり、終夜照明弾を打ち上げた。

 そうして白燐とマグネシウムの閃光に浮かび上がったソルトリルレの村を目標に、砲撃を加えた。

 オストエレン大佐は堪りかね、せめて一番近場にあった後備第一連隊第二大隊及び第三大隊の抵抗線を潰そうと、夜襲を試みている。

 国民義勇兵第七連隊内で比較的部隊として纏まっていたディアネン市警察第三大隊と、国営ディアネン市縫製工場第一中隊及び第三中隊が、突撃を行ったが―――

 彼女たちは、その練度不足と疲労から、あまりにも思慮なく正面から突撃してしまい、オルクセン軍側の猛烈な小銃射撃を浴びた。

「ちくしょう・・・ちくしょう!」

「くたばれオーク!」

「ああ・・・ああ・・・」

 意外なことに最後まで奮戦したのは、動員されるまでほぼ軍事訓練を受けていなかった国営縫製工場第一中隊と第三中隊である。

 彼女たちは戦前に女王の視察を受け、工場丸ごと成績優良表彰を受けたミシン工たちで、ゆえに女王尊崇の念が高く、この時点まで強い敢闘精神を保っていたためと思われている。

 みなズボン履きになり、エルフィンド軍の円形章及び階級章を縫い付けた以外は、ブラウスや帽子といった、まるで市井の姿のままであった。

 ミシン工や針子は、エルフィンドでは見習いエルフの仕事とされていたので、白エルフ族としても年齢は若く、あどけない顔をした者たちばかりである。

 オルクセン側も、既に夜明け前から「敵」の尋常ではない様子に気づきかけてはいたが、防禦戦闘の手を緩めるわけにはいかない。

 まるで身を隠すことなく正面から突っ込んでくる彼女たちを、Gew七四と尖頭船底弾で猛烈に撃った。

 そうしてこれを撃ち斃し、撃退し、夜が明けると、眼前に累々と横たわる死体の様子に愕然とした―――

「嘘だろ・・・」

「そんな・・・そんな・・・」

「まだ子供じゃないか・・・! 子供まで戦場に駆り出さなくとも良いじゃないか・・・!」

 例え種族が違っていても、どことなく年齢の老若は分かるものである。

 後備第一旅団の兵たちは、国に帰れば家族持ち、子持ちが多い。

 彼らの受けた衝撃は計り知れず、中には嗚咽や嘔吐、体の震えが止まらなくなった者までいた。

 しかし―――

 相手が依然としてストルステンブロウを狙う形勢を示している以上、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 夜明けとともに、オルクセン軍砲撃の威力と数は増した。

 二五日午前九時には、この日の大鷲軍団空中偵察第一波が飛来。弾着観測射撃を始めたことで、ソルトリルレの村はほぼ崩壊状態となり、炎上もした。

 もっとも威力を発揮したのは、やはり一五センチ榴弾砲であり、檄爆性の高い榴弾を大量に叩きつけた。

 これほど大重量の榴弾を浴びては、堅牢な石造りの家屋といえども破壊されてしまう。

 囲壁を防禦に利用することも出来たが、着弾の度に戦死傷者の発生は免れなかった。

 傷者が生じれば、後送しなければならない―――

 エルフィンド軍は、ソルトリルレ後方一〇〇メートル附近に仮繃帯所を設置していたが、まずこれは砲撃に巻き込まれて機能しなくなった。衛生兵や介護者ごと吹き飛ばされた。実戦経験のない者が受け持ったため、設置個所が近すぎたのだ。

 そしてその更に後方、陥落させたホニングヴォクスの村に設けられた繃帯所ばかりが頼みの綱になった。

 刻一刻を増すごとに、同地に下げられる戦傷者も増え続けるばかりだった。

 ―――あっという間に、エリクシエル剤が払底した。

 彼女たちは、乏しいながらも決してその万能薬を持たされていなかったわけではないが、あまりにも負傷者が多すぎた。

 軍医の数も足りていなかった。

 既にネニング会戦中からその傾向にあったため、本来なら外科医が必要となる戦場に内科医まで駆り出されている。

 すると何が起こったか。

 傷者が、呆気なく、実に呆気なく死んだ。

 後送出来ずに、死ぬ。

 後送中に、死ぬ。

 治療が間に合わずに、死ぬ。

 軍医たちが必死の治療を試みた村会所では、麻酔や鎮痛剤が足らなくなり、また施術を待つ傷者があちこちで悲鳴や嗚咽や呻きを発し、濃い血の匂いが満ち、衛生状態も一挙に悪化して、地獄のようであった。

「足は切らないで・・・切らないで・・・! お願い!」

「先生・・・先生! まだか!」

「こいつはもう駄目だ。運び出せ」

 死者は屋外に纏めて置かれた。埋葬する暇などなかった。

 別の問題も発生していた。

 傷者に付き添うようなかたちで、多くの健常兵まで退いていたのだ。

 まずヴェルナミア中将が担架に乗せられ後送されるとき、これには一〇名以上の護衛がついた。とくに命令など発せられていなかったが、自発的に兵たちが蝟集している。

 そして傷者が生じる度に、付き添いとして一名、また一名―――

 戦友が傷つけば、戦闘を放棄しても助けたくなるのが兵の情というものである。

 また、なかにはこれを口実として前線からの離脱を図る者も少なからずいた。

 国民義勇兵第六連隊のとある参謀は、あまりの戦場離脱者の多さに、手近にいた兵卒に対し頭に巻いた繃帯を解いて傷を見せるよう命じたところ、かすり傷程度であったこと、これに憤慨し前線復帰を行わせたと、記録している。

 有効かつ機能的な野戦医療体制とは、将兵の命を救うだけでなく、このような健常兵の過剰な離脱もまた防ぐためのものだと言ってもいい。近代軍隊の成すことは、なにか巨大な総合事業のようなものだ。

 エルフィンド軍は、この点において明らかにオルクセン軍に劣っていた。

 近代的な野戦医療という概念が生まれて、まださほど経っていなかったから止むを得ない部分もあったとはいえ―――

 オルクセン軍が戦前から野戦医療について教令を定めていたこと、更にはベレリアンド戦役による経験を踏まえてエリクシエル剤運用規定改定に代表される改善まで実施していたことを思うなら、あまりにも落差がある。

 明らかに、平時からの研究や準備の不足であった。

 そして敗色濃厚な戦局による余裕の払底が、これに拍車をかけていた。

 エルフィンド軍における継戦能力の低さの、一因と言えよう。

 午前一〇時。

 ヴェルナミア支隊は更なる苦境に陥った。

 大鷲軍団第二空中団による空爆が始まったのだ。

 大鷲軍団は、空中偵察と弾着観測射撃で後備第一旅団を援護しつつ、残余の一二羽をもってエルフィンド軍砲兵隊を狙った。

「ローター・フルス〇一より、各、各。あの化け物のような砲を狙うぞ!」

 アントン・ドーラ中尉とフロリアン・タウベルト兵長の先導するローター・フルス編隊が狙ったのは、ヨアフルプの西にまで進出していたエルフィンド軍砲兵陣地、そのうち八インチ榴弾砲だった。

 眼下の砲兵陣地のうち、その巨砲がいちばん目立ったし、あれほどの砲がもしストルステンブロウの味方部隊を狙えば、たちまちのうちに友軍が苦境に陥ると思われたためである。

 この日の風上側であった西方にまず向かい、そこからログコッケン、ヨアフルプと高度を下げながら侵入して、爆撃する針路をとった。

「投下!」

「投下!」

「投下!」

 各大鷲の背から、籐籠から取り出し安全ピンを抜いた八七ミリ砲弾改造航空爆弾を、コボルト飛行兵たちが投げ落とす。

 この爆撃は、上手くいった。

 地上に合計四つの爆発と閃光が生じ、八インチ砲のうち一門に命中を与え、砲員を薙ぎ倒した。

「よし、もう一度―――」

 更にもう一度同じ針路を繰り返して爆撃を行うべく、ドーラが命令を発しかけたとき、彼は被弾した。誘爆した砲弾が舞い上がり、砲弾片が彼の下腹を食い破ったのだ。

「う・・・」

「ドーラ!」

 衝撃は、彼の首の根に座ったタウベルトにも感じられたほどだった。

 ドーラは蹌踉うように歪な横旋回を始めた。

「・・・たいへんだ。ローター・フルス〇一、こちら〇二。尾羽が・・・尾羽が吹き飛んでいます」

「みんな、〇一を援護だ! 味方上空まで・・・」

「・・・無駄だ。もう飛べん。それよりお前ら、離脱しろ」

 ドーラは静かに答えた。

 地上にはエルフィンド兵が蝟集し、あっという間にその数は増え、小銃を彼らへと向け射撃を繰り返していた。

「坊主、すまん。本当にすまない。戻ってやれそうにない」

「・・・そうか。還れないのか」

 タウベルトは彼の首にしがみついた。

 眼下にたくさんのエルフィンド兵が見えた。不時着できたとしても、無事で済むとは思えない。

 タウベルトの視界に、先ほど爆撃した砲兵陣地のなかに、ちいさな荷台をした馬車がいるのが入った。

 輜重隊にいた彼には、それが何なのかすぐに分かった。

 砲兵陣地の間近にあり。

 あのように、輜重馬車とは違った造りをしているのは―――

「・・・ねぇ、ドーラ。あれ、弾薬車だよ」

「あれか」

「やろうか。まだ一発ある」

「・・・大胆なことを考えるなぁ、お前」

「へへ。でもきっと、僕らの代わりに地上の兵隊さんたちが還れるよ」

「・・・わかった、やろう!」

 ローター・フルス〇一―――アントン・ドーラは最後の力を振り絞って雄叫びを上げ、その背で安全ピンを引き抜いた爆弾を抱えたフロリアン・タウベルトを乗せたまま、エルフィンド軍砲兵陣地弾薬馬車に突っ込んだ。

 それは八インチ榴弾砲用の薬包を積んだものだった。

 続けて起こった巨大かつ連続した誘爆が、彼らの爆弾に依るものか、彼らを追うようにして不用意な発砲を繰り返したエルフィンド兵小銃弾に依るものかは、現在も分からない。



 このころ、ディアネン市西方を守備するエルフィンド軍親衛ディアネン市旅団の四個連隊もまた、苦境に陥っていた。

 第三軍第七軍団が、牽制とアンファウグリア旅団の側面確保のため、攻勢に転じたのである。

 ただしこの攻勢、第三軍司令官アロイジウス・シュヴェーリン元帥が当初企図したほど本格的なものとはならなかった。

 事前承認を求められた総軍司令部としては、持久戦体制への転換とともに補給事情を改善しようとしていた矢先に起きた戦いである。

「所有弾薬及び糧秣、医薬品に過剰な負担をかけぬ範囲で攻勢案を了承する」

 として、事実上の制約をかけている。

 シュヴェーリンは不満であったが、指摘された内容は覆しようもない事実でもあったため、渋々ながら同意した。

 しかし、叩きつけられた火力量と兵力量において、俄仕立てのエルフィンド国民義勇兵連隊を恐慌状態に陥れるものであったことに、相違はない。

 もっとも猛威を振るったのは、第七軍団直轄の野戦重砲兵第七旅団である。

 彼らは、保有する一二センチ加農砲で砲戦を展開した。

 一二センチ加農砲は星暦八六八年に採用されたもので、このベレリアンド戦役では新式榴弾砲群の前に、やや霞んでしまった存在である。

 背の高い「く」の字型をした砲架に長い砲身を載せたもので、装填にも時間を要したし、木製の砲床を据えてから撃つので、野戦運用する火砲としては展開にも手間がかかった。

 ヴィッセル社製後装式火砲としては、初期のものの一つ。

 戦前のオルクセン軍の位置付けとしては、おもに攻城戦に投入するための重砲の一種であり、ただし対ベトン製要塞戦への戦前研究の結果、主力としての期待は新式榴弾砲に移りかけていた。

 しかし、ベレリアンド戦役における数の上としての「主力重砲」は、依然この加農砲であった。

 各軍団に着けられた野戦重砲旅団は、本砲を以て編成されている。

 また、壕に籠った敵兵を相手にするのならともかく、地表に対して高さのある大規模村落や街、要塞構造物などを撃つには加農砲もまた有用であると、オルクセン軍に再認識させた火砲でもある。

 この一二センチ加農砲の二四門が、比較的砲弾残量に余裕のあった榴霰弾を込めてディアネン親衛旅団の展開地域を射撃した。

 同旅団は、オルクセン軍第三軍の繞回進撃に合わせて急遽動員、展開したものであったから、まだ本格的な防禦陣地を築けてなどいなかった。ディアネン市西方の村落群を利用して、これに分散していたような格好である。

 エルフィンドの堅固な石造りの家屋や囲壁は榴霰弾の射撃には良く耐えたが、まるで無傷とはいかない。狙いが精確となり、着弾が集束し、弾子が散らばる度に何名かの兵が死傷した。

 この猛射撃のもと、正面の第九師団が距離を詰め、北側の第七師団と南側の第二一師団が翼を伸ばすように運動をし、親衛旅団を三方向から包囲する形勢にした。

 そうやって間合いを詰めると、各師団はその所有火砲で射撃を開始した。

 八七ミリ重野砲、七五ミリ野砲、七五ミリ野山砲―――

 各師団のうち、もっとも猛烈に撃ちかかったのは、A型編成師団で保有火砲の多かった第七師団だ。

 師団長グロスタール中将は、北隣のアンファウグリア旅団の側背を守るためもあって、一歩深く翼を伸ばす運動をやらせたから、ディアネン親衛旅団を完全に側面から猛射する状態になった。

 親衛旅団は、所有火砲に乏しい。

 また所持する火砲は、元よりオルクセンのヴィッセル砲に対し射程にも装填時間にも劣る、キャメロット式の前装砲である。

 三方の敵に対し、対砲兵射撃も分散した。

 猛射を浴びた親衛旅団隷下部隊のひとつ、国民義勇兵第三連隊ヴィンデブロ村選抜中隊三〇〇名余りは、旅団展開地域北端にあってやや突出していた同名の村落を守備していた。

 中隊総員、この村の出身である。

 指揮官である少佐も、同村の氏族長にして村長であった。戦前は農産物をディアネン市に商うことで成り立っていた、小さな村だ。

 同村は、第七師団の持つ八七ミリ重野砲二個中隊八門の集中射撃を浴びた。

 直接照準射撃であり、狙いは精確で、また重砲隊が用いたのは榴霰弾ではなく榴弾であって、野戦重砲旅団の射撃より余程大きな被害を負った。

 砲は持っていなかったから、撃ち返すことも出来ない。

 動員されなかった村民までもが自発的な衛生兵役や消火役となって、負傷し倒れる兵を助け、崩れ落ちる村落で火災が生じると必死に消火をした。

 中隊長を務める村長としては、村を守りたいのは本心である。

 だが次々と斃れる村民たちは、みな顔はおろか性格や営みまで見知った者ばかりだ。

 どうか後退させてほしいと連隊本部に伝令を送って願い出た。

 第三連隊本部の返答は非情であった。

「いかん! 命令。ヴィンデブロ村選抜中隊は―――」

 戻ってきた伝令の伝達内容を聞き、

「―――死守」

 村長は茫然とした。

 第三連隊本部が本当に死守命令を出したのかどうかは、戦後、論争を呼んだ。

 真相はわからない。

 ともかくもヴィンデブロ村は村民一同後退をせず、生まれ故郷の同村でただただ砲火に撃たれるばかりとなり、

「事ここに至っては如何ともしがたく。そこかしこに敵砲弾着弾すると、たちまち村長以下、選抜中隊の過半が砲創を負い、ある者は手足を砕かれ、またある者は頭蓋を弾片に直撃され即死し、またある者は眼前で起こった同氏族の死に絶望。村落中央広場にあった白銀樹が倒壊するに及び、多くの者は失輝死に陥り、僅かな生存者もまた戦傷を負わぬ者は見当たらぬが如き形勢となり、ほぼ全滅した」

 と、エルフィンド側は記録する。



 第七軍団が猛烈な射撃戦を行っていたころ―――

 規模にこそ彼らに劣るものの、その激しさにおいては変わらぬほど凄絶なものとなった砲撃戦を演じていた部隊がいた。

 エルフィンド軍解囲行動の浸透地域、ステンポルトの村に防禦陣地を築いていたアンファウグリア旅団フィンドル支隊だ。

 彼女たちは、元より同地にいた後備旅団第一大隊の兵たちとともに、マルローリエン旅団セレグウィアル支隊と撃ち合いになった。

 片や、七五ミリ野山砲六門。

 片や、一二ポンド騎砲六門。

 本来なら、ヴィッセル社製七五ミリ野山砲のほうが、射程においても装填速度においても勝る。対砲兵射撃戦としては、ヴィッセル砲に分があるはずだった。

 しかしながら理論上の数値はともかく、実際に阻止射撃を行うことは、なかなか上手くいかないのが実情だ。

 まずセレグウィアル支隊は、北側丘陵際にあった小規模な森を利用して部隊を隠蔽しながら砲を前進、展開したため、フィンドル支隊としてはこれに気づくのが遅れた。

 イヴァメネル中将率いるマルローリエン旅団主力が、フィンドル支隊の正面をストルステンブロウへと突破している最中にこの動きをやられてしまった影響もある。

 そして両者が睨み合う格好となって展開した丘陵間地は狭く、射程の差による優劣も打ち消した。互いに榴霰弾の曳火信管の、射程内でもあった。

 結果、両者の砲兵陣地の頭上で榴霰弾が炸裂し合う、猛烈な撃ち合いになった。

 最上位階級の者として、後備第一連隊第一大隊も指揮下に収めたエラノール・フィンドル中佐は、支隊本部を置いた村会所の囲壁際に立ち、双眼鏡を構えたまま不動の姿勢を示した。

「支隊長! 伏せるか何処か建物の中へ!」

「どやかましい! 死ぬときは何処にいても死ぬ! それよりお前が伏せろ!」

 村落を頼っているだけ、フィンドル支隊側に分があったが、それでも無傷というわけにはいかない。

 着弾のたびに、幾らかの死傷者が出た。

 ほぼ互角の砲撃戦を繰り広げるなか、砲火の分散と砲兵への襲撃を狙ったセレグウィアル支隊の竜騎兵中隊二隊が乗馬戦闘の形態をとって、フィンドル支隊の東側面から攻撃を仕掛けた。

 まず七五〇メートル附近、ついで三〇〇メートルという至近まで接近した約五〇〇名のエルフィンド騎兵は、一隊は下馬して狙撃を始め、また一隊はサーベルを抜刀して襲撃運動を継続。フィンドル支隊もこれを阻止しようと躍起になって応じた。

 五七ミリ砲、グラックストン機関砲、そして小銃による射撃でようやく押し返したころには、フィンドル支隊にも少なからぬ死傷者が出ていた。

 ―――こちらも突っ込むか。

 既に全身埃だらけになっていたエラノールは素早く思考を巡らせた。

 あの砲を。

 あの敵砲を何とかしなければ。

「支隊長! 支隊長!」

 駆け寄った副官が、大きく腕を振って突耳を示すような動きをしたのはそのときだ。

 思慮を中断させられたエラノールは、副官の仕草が最初いったい何を示しているのか分からなかった。

 だが彼女自身の突耳がぴくりと反応し、を捉えた。

 魔術通信波だ。

 戦闘指揮でまるで気づかなかったが、しばらく前から呼びかけられていたらしい。

「・・・ァング・・・ファング・・・ファング」

 エラノールは呆けたような顔をし、ついで満面の笑みを浮かべ、

「遅いじゃないか! 馬鹿野郎!」

 思い切り罵った。

 ―――アンファウグリア旅団本隊が駆け付けたのだ。



 ついにストルステンブロウ近郊まで浸透したアノールリアン・イヴァメネル中将率いるマルローリエン旅団本隊は、想定以上に数の多い後備第一旅団予備隊が正面に残っていることに困惑した。

 ヴェルナミア支隊と連絡を取ろうとしたが、よほど混乱しているのか返信は戻ってこない。原因については目の前で盛んに砲撃を繰り返しているオルクセン軍火砲と、砲声、着弾煙を上げるソルトリルレ方面を見れば、明らかであった。

「・・・閣下」

「今更何を惑う」 

 懸念を示す旅団幕僚に、イヴァメネル中将は乗馬襲撃の準備を下令した。

 敵砲はソルトリルレを指向している。

 つまり、彼女たちに横腹を向けたような格好になっている。

 砲兵の転換は即座に行えるものではない。

 歩兵もいるようだが、そちらは約一個大隊規模と見込まれた。

 乗馬襲撃で叩き潰せば、即ち「道は開ける」。

 正面から二隊。

 更に敵背面を狙う格好で一隊。

 騎兵の複方向同時襲撃は、何処の国でも実現困難だと思われているが、練度が高く魔術通信も併用できる我らにはやれる―――

 旅団幕僚は頷き、二名の連隊長にイヴァメネルの構想を準備するよう伝え、同地にあった森林の周縁を利用し、攻撃発起点への前進を急がせた。

 八門あった一二ポンド騎砲も展開させる。

 急げ。

 急げ。

 急げ。さもないと―――

 彼女たちの突耳がぴくりと反応した。

 上空を見上げる。

「・・・大鷲か」

 マルローリエン旅団を発見したらしい大鷲が三羽、上空で弧を描き始めた。

 強い魔術通信で何かを発信している。

 仲間を呼び寄せているのか、地上の友軍に知らせているのか、あるいはその両方か。

 いずれにしても、奇襲効果はもう見込めない。

 イヴァメネル中将は、その大鷲を見上げた。

 このとき彼女が胸中に潜ませていた感慨は、かつて装甲艦リョースタを率いて戦ったミリエル・カランシア海軍少将が抱いたものと同じだった。

 ―――奴らは何でも投入してくる。何でも。

 大鷲。コボルト。ドワーフ。そしてダークエルフ族。オーク種族だけではなく、他の魔種族の全てを敵に回してしまったことが、エルフィンドという国家の終焉を招いた一因だろう。

 イヴァメネルは、かぶりを振った。

 ―――雑念である。いまこの瞬間に必要ない。

 終焉?

 まだ終わらせなどしない。

「抜刀」

 二名の胸甲騎兵連隊長が号令を下し、二〇〇〇を超える騎兵総員が一斉にサーベルを引き抜いた。

 イヴァメネルもまた、そのようにした。

 最先頭に立ち、自ら突撃するつもりだ。

「前へ」

 白い上衣に胸甲、黒ズボンのエルフィンド騎兵が作り上げた、巨大な三つの横隊。

 彼女たちは静かに、まるで一体のものであるかのように連繋し、オルクセン陣地に向かって前進を始めた―――



 オルクセン軍が放った、エルフィンド軍解囲攻撃に対する牽制、そのうち最大のものは、ちょうどイヴァメネル支隊が突撃を始めた二五日午前一一時ごろ、凶悪な姿を現した。

 ネニング平原南方イーダフェルトの街を、この日早朝飛び立った大鷲軍団第一空中団のうち一六羽は、高度を取って、まずオルクセン軍第五軍団上空を飛び越え、更にはこれと対峙していたアルトカレ軍上空も超過。

 ディアネン市郊外上空に達した。

 中央にケルムト川。四本の鉄道線が東西南北から集約した駅舎。瀟洒な街並みの市街―――

 先頭を行く第一空中団長ヴェーハー大佐は、その様子を眺め、鋭い嘴を傾げた。

「エルフィンド軍は何処だ?」

 対空射撃らしいものがまるでない。

 自身を含めた損害すら覚悟していただけに、意外であった。

 地上で幾つも魔術通信が騒いでいる気配、住民たちが騒めき、逃げ惑う様子は見えたが、反撃はまるでなかった。

 ―――奴ら、本当にもう兵力が枯渇しているんだな。

 まあ、こんなことをやるとは、奴らも、いや世界中の誰もが想像だにしていなかっただろうからな。いままで何度か、ディアネンを空中偵察して覗いてみてもいたんだが。

 結構!

 大いに暴れさせてもらおうじゃないか。

 我らが時代を変える。

 こんな真似が出来るのは、世界広しといえども我がオルクセンだけだ。

「各、各。狙うのは都市糧秣庫、市営屠畜場だけだ。他には落とすな。高度を下げて精度を上げろ」

 俘虜尋問などから、エルフィンド女王、政府首脳、軍幹部が拠点としているとされている市庁舎及び市中央駅舎、それに目標以外の市街地への攻撃は厳禁されていた。

 彼らはディアネン市上空で大きく二つの編隊に分かれ、やがて目標上空に到達した。

「投下!」

「投下!」

「投下!」

 大鷲族の背で、コボルト飛行兵たちが行った動作は、それまでのものとはまるで違っていた。

 大鷲の胴、その両脇近くに左右三つずつの円筒がある。地上を向くように垂直に立てられた格好。コボルト飛行兵たちは、この円筒―――爆弾架から出た細い金属棒を、左右ともに引っこ抜いた。

 かち、かち、かちと小さな金属質の音が両脇から三度響いて、円筒からそれぞれ八七ミリ砲弾と同サイズ規模の航空爆弾が飛び出した。一羽あたり、合計六発。

 いままでのものと、航空爆弾の形状も違っていた。

 ちょっと頭でっかちで、洋梨のような格好。尾部に鰭。この形状で、姿勢を保つ。

 先端に、小ぶりな風車がついている。地上に落下するまでにこの風車が回転して、弾頭部の信管安全装置を解除する。後部にももう一つ風車と信管とがあり、こちらの安全装置も同様の構造をしていた。二つも信管があるのは、不発を防ぐため。

 爆弾架も、爆弾そのものも、完全に進化していた。新たに製造されたもので、もはや砲弾改造爆弾や収納籐籠、手投げといった即席の従来方式が持っていた何処か牧歌的な様子は微塵も無い。

 破壊と殺傷とを目的に、一から設計された専属のもの。

 この戦争には辛うじて間に合った。極初期の製造品が、第一空中団に運び込まれたばかりのところであった。

 目標とされた都市糧秣庫、屠畜場で、幾つもの爆発、閃光、爆煙が上がった。各四八発。重野砲大隊一個が、三度から四度ほども射撃したに等しい。これほどの数を集中すると、いままでの大鷲軍団の攻撃など比較にならない。

 ―――世界戦史上初の、都市爆撃。

 後年生まれた、戦略爆撃という言葉はまだ無かった。

 大鷲軍団長ヴェルナー・ラインダース少将が提案し、総軍司令部が目標を限定することで承諾し、グスタフ王が現状の国際慣習法上も問題がないことを確認して裁可した攻撃。グスタフの場合、諸外国へと与える衝撃まで考慮していた。

 むろん、エルフィンド政府、軍幹部もまた衝撃を受けた。

 もはや、オルクセン軍の包囲環を現在地で防ぎ、彼らの火砲の射程にディアネン市が収まることを避けたとしても、ディアネン市は安全などではないのだと思い知らされた。

 そしてこのような攻撃を防ぐ有効な手立てなども存在しない。

 一部とはいえ、貴重な糧秣を焼かれ、屠畜加工出来たはずの家畜を葬られた。

 ネニング方面軍は、また継戦能力を失った。

 だが、ネニング方面軍に与えたいちばんの衝撃はその点ではない。

 大鷲たちは、攻撃からの帰投時、ディアネン市上空で伝単ビラも散布していた。

 市民の目に触れぬよう、ディアネン警察の手で手早く回収されたもののうち一枚を見た瞬間の、サウェルウェン・クーランディア元帥の受けた衝撃は凄まじかった。

 それは占領地の新聞社辺りで急遽刷られたものなのか、印刷も紙質も良くなかったが、アールブ語で記された内容こそが問題だった。


「エルフィンド軍の皆さん!

 ヴィハネスコウは、我が第三軍第二九師団の手によって昨日陥落しました!

 後続部隊もどんどんやって来ます!

 包囲は目に見える範囲だけでは無いのです!

 どれほど犠牲を払おうと解囲など出来ません! 貴方たちは最早孤立無援です!」


 女王の脱出は、事実上不可能になった。

 オルクセン軍によるブラフの可能性もあったが、大鷲族の爆撃がこれほどの効果と精確性を持つようになっては、女王を送り出すことは危険過ぎた。

「・・・解囲行動の中止を伝えろ」

 クーランディア元帥は、声を絞り出すようにして命じた。



 だが、この命令が前線に到達するには遅すぎた。

 既にヴェルナミア支隊の主力は壊滅状態、イヴァメネル支隊は後備第一旅団へと突撃を仕掛けたあとだったのだ。

 後備第一旅団後備第二連隊第三大隊は、防禦陣を築いて頑強に抵抗した。

 それは、イヴァメネル支隊の想像を上回るものがあった。

 誤算は、たった二門だが、後備第一旅団の編成にグラックストン機関砲が加わっていたことである。これは後備第一旅団がリヴィル湖畔の戦いをやったあと、戦訓として追加されていたものだった。この二門が、予備隊にいた。

 彼女たちの攻撃発起点からすれば、ストルステンブロウ側に標高があったことも災いした。

 イヴァメネル支隊は二度突撃したが、多くの騎兵を撃ち斃され、大鷲軍団の報せにより照準の転換を図った七五ミリ野山砲と五七ミリ山砲に零分画射撃―――極至近距離からの榴霰弾直射まで浴びた。

 事態を更に悪化させたのは、正午ごろになって急行軍で現場に到着した、第一五師団擲弾兵三四連隊第一大隊の戦闘加入であった。

 小銃弾幕射撃の数が、一挙に増加した。

 ストルステンブロウ南方には、累々としたエルフィンド騎兵や軍馬の死体が横たわるばかりになった。

 更には―――

 午後三時。

「閣下!」

 三度目の襲撃を行うべく、再集合を図っていたとき。

 ステンポルトの方角に、盛大な埃が立ち昇っているのが観測出来た。

 騎兵の集団らしい。

「色は。白か? 黒か?」

 既に自身も負傷していたイヴァメネル中将は、祈るような気持ちで視力のよい幕僚に単眼鏡で望遠させた。

 幕僚は、単眼鏡の視界のなかに、膨大な数の騎兵集団が戦備行軍のかたちをとって前進してくるのを認めた。大きく分けて二隊いる。

「・・・黒です。オルクセンの黒です」

 アンファウグリア旅団であった。

「・・・そうか」

 イヴァメネル中将は一瞬、目を伏せた。

 アンファウグリア旅団が駆け付けたということは。

 セレグウィアル支隊は壊滅したということだ。

 きっと最後まで勇敢に戦ったことだろう―――

 同時刻。

 アンファウグリア旅団のうち、アルディス・ファロスリエン中佐を指揮官とする第二騎兵連隊を中心にした支隊は、大きく戦場域を迂回。

 東側からヴェルナミア支隊の退路を遮断していた。

 つまりアンファウグリア旅団は、解囲行動に出た二つのエルフィンド軍の支隊後方を締め上げた格好となる。

 この機動を成すために、準備に時間はかかったが―――

 効果は絶大だった。

 直接救援に赴くだけではなく、敵後方の全てを遮断する作戦を立てたことはディネルース・アンダリエルの采配の妙であっただろう。彼女自身は第一連隊を中心にした支隊に同行し、セレグウィアル支隊殲滅の指揮をとっている。

 午後四時ごろ、包囲下に陥ったヨアフルプの村で、ファンリエン・ヴェルナミア中将は後方遮断の事実を知らされた。彼女は外科手術を受けたあと昏倒していたが、半ば揺り起こされて目覚めた。

 「道を開く」ことはおろか、その「道」を根本側で遮断されてしまったのだ。解囲攻撃は土崩瓦解した、と見るしかない―――

「閣下。敵指揮官は医療拠点ゆえ降伏してほしいと軍使を送って参りました」

「・・・・・」

 ヴェルナミア中将は、周囲の幕僚や、兵たちの顔を、その瞳に浮かぶものを見て、もはや己が部隊に戦い続ける力など無いことを悟った。 

「・・・わかった。私が全責任を取る。降伏しよう。敵指揮官に対し、撃つなと伝えてくれ」

 後備第一旅団、第一五師団第三四擲弾兵連隊、そしてアンファウグリア旅団による残敵掃討が完了したのは、翌二六日夕刻のことである。

 マルローリエン旅団は、二五日中には包囲下に陥り、その殆どが壊滅した。

 降伏を勧告されたとき、アノールリアン・イヴァメネル中将はこれを拒否し、最後まで彼女に従った残存の兵たちと供に、戦死している。

 降伏を拒否したときの彼女の言葉は、

「感謝はするが、同意はできない」

 であった。

 射撃及び砲撃の号令を下したのは、ようやくに起き上がることが出来た後備第一旅団長ミヒャエル・ツヴェティケン少将であり、彼はその日のうちにディネルース・アンダリエル少将との合流に成功している。

「閣下。すっかり遅れてしまいまして・・・」

「なんの。二度も助けて頂いて、兵たちに代わって感謝致します。しかし、私が不甲斐ないばかりに―――」

「・・・・・・」

「ずいぶん、兵を殺してしまいました・・・」

「・・・・・・」



 同二六日。

 オルクセン総軍司令部は、グスタフ・ファルケンハイン王の名で、エルフィンド政府に対し、エルフィンドの併合を前提とした降伏勧告を通告した。


(続)

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