第36話 戦争のおわらせかた④ ヴォルヴァフィヨルドの戦い

 俺なんぞの話を聞きたいのかい? 

 お嬢さん、変わってるねぇ。派手な話なら他に幾らでも話せる奴いるだろう?

 そうかい? じゃあ。

 あのころ俺は第三軍隷下の第二九師団のコックでね。

 師団司令部付さ。

 ああ、名誉ではあったけれども。

 師団長がおっかないひとだったよ、衛生面に煩くて。毎朝、爪が伸びていないか検査されるのさ。

 あの戦役で司令部付きの調理兵に求められたのは、どれほど上手く鶏を料理するかだったね。

 なにしろ、現地で調達出来る肉類には、鶏肉が多くて。

 俺たちと来たら、牛や豚はたくさん調理法を学んでいたけれど、鶏はそうでもなくてね。

 丸焼き、クリーム煮、揚げたもの。揚げると美味いと言い出したのは、センチュリースターの観戦武官で。もうあの手この手で、飽きがこないように色々な料理にしたよ。

 まあ、おかげできっちり仕込まれて、今じゃこんな小奇麗な店を持てたんだが。

 ―――当時、調理兵。オーク族。



 懐かしいですなあ。もう何年になりますか。

 あのころ私は陸軍技術審査部の技官をしておりまして。銃火器のほうを担当しておりました。

 俄に呼び出されて前線出張を仰せつかったのは、戦争が始まって次の年に入ってからでしたかね・・・

 ええ、まだ寒いころです。

 第一軍の方面に参りました。

 それがねぇ、なんとも細かな話でしたよ。

 あのころ造兵廠では、もうどんどんと小銃を増産しておりまして。

 エアハルトの本工廠では職工も一万名を超えておりました。日産目標九〇〇丁はおろか、実績一二〇〇丁になっておりまして。それでも小銃本体のほうの品質検査は、そりゃあもう戦前から計画していたので上手くいったのですが。はい、熟練の職工さん、銃身矯正工さんもたくさんおりましたし。

 ところが、朔杖が―――ああ、小銃の銃身内を磨くための細長い金属棒です。これが銃身のしたに収まっておりまして。あのころは何しろ褐色火薬でしょう? もういまの銃と比べても、そりゃあしっかりと磨いてやらないといけなかったので。

 新規の職工さんが多かったこちらに、曲がりの出たものが大量に見つかったのですよ、ええ。

 すると、清掃のたびに銃腔内が自然摩耗を起こしてしまう。

 それでまあ、もう審査部長がカンカンで。急いで影響を調べてこいと。

 結果から言いますと、多少のこと施条に傷がつき、銃口付近で滑空するものもあったのですが。射撃性能には大きな影響はないとわかりまして。

 いやはや、そんな細かなことばかりでしたなぁ。

 ―――当時、陸軍技官。ドワーフ族。



 はい、私は赤星十字社看護婦として第三軍のほうに参りました。

 婦長? とんでもございません。いまはともかく、当時はまだ右も左もわからない赤星十字看護学校の新卒でしたよ。

 あの戦役では、合計で五五個の赤星十字社看護班が従軍しまして。前線に近い包帯所や野戦病院は軍の担当、後方のしっかりとした病院が私どもの担当でした。

 必ずしも私たちだけというわけではなく、軍の方、民間からの方とたくさんおられましたが、私たちは原則的には前線ちかくには出ないことになっていたのでございます。

 開戦となって、赤星十字で募集があったとき、すぐに手を挙げました。

 私は同族から見ればあまり器量のよいほうではありませんでしたから、合格しまして。

 そうです、軍や上のほうではそのようなことまで、もう慎重に考えていたのですよ。

 はい、が起きないように。

 なるべく、器量のよくない者が送られました。

 後方の病院でしたから、重症な方、重病な方ばかりでした。 

 こちらの技量もまだまだでしたから、もう懸命でした。

 あるとき、エルフィンドの兵隊さんたちがたくさん送られて来まして。

 はい、仰るとおり、おそらくあれはアルトリアの戦いでの捕虜の皆さんだったのでしょう。

 これがエルフの皆さんかと、驚きましたね。白くて、綺麗な方ばかりでした。

 最初は皆さん、頑なでした。ええ、蛮族の世話になぞなるものか、という調子で。

 こちらのほうでも、どうして彼女たちを助けるんだという者も、実際にはたくさんおりました。

 それでも懸命に看護をしまして。

 恢復されて本土に送られるころには、泣いて、ありがとうって仰ってくださる方もおられました。私も泣きましたね。

 ええ、敵も味方もあるものですか。

 それが私たちの誇りです。

 ―――当時、陸軍病院看護婦。コボルト族シェパード種。



 はい、私は出征しませんでした。

 軍には向いていなかったんです。

 脱出行のとき、片膝を痛めてしまって。シルヴァン川は、仲間に背負われてこの国に渡りました。

 ヴァルダーベルグの地で、他の者たちとともに最初は農地の作業を。

 あのころ、ダークエルフ族はオルクセンに迎え入れられてまだ一年ほどでした。

 オルクセン式の農法で種播きから始める冬穀は、初めてだったんです。

 開戦となって頭数が減ってしまったのでたいへんでしたが、しばらくすると第一師団の後備兵の皆さんや地元の方が手伝ってくださるようになって。本当に助かりました。

 種族で後方に残った四〇〇〇名弱のうち、幾らかは戦時動員の兵になりまして。

 ヴァルダーベルクの民生に残ったのは、三〇〇〇名ほど。

 皆で、出征した者たちが戻ってきたときヴァルダーベルクがそれまで以上になっているようにと、懸命でした。

 あのころ、旅団のみんなは月給のうち多くを私たちに送ってくれていました。旅団長はとくにそうです。オルクセンは、あのときもう軍事郵便の扱いのなかに貯金や書留があったのです。

 それが一兵卒まで使えたのは、あのころではオルクセンくらいのものでしょう。酒保や現地調達のお酒を飲み過ぎないように、兵隊に余分なお金を持たせないようにする、そんな効果も狙ったものだったと伺ったのは戦争が終わってからで。そこまで考えて戦にするのかと、これはもう感心しましたね。

 そうやって送ってもらったお金をもとに、種族みなで共有の、基金のようなものを私たちは作っていました。それを元手に、農具を買ったり。こちらからは戦地で不足しているだろうものを用意して、送りました。

 いちばん喜ばれたのは、下着です。

 はい、ダークエルフの部隊はみな女でしたから。軍の規定支給枚数だと、まるで替えに足らなかったのです。でもエルフ族向けの下着はまだオルクセンにもまるでありませんでしたから。皆で夜鍋して縫って、送りました。

 開戦から幾らか経ってから、軍の方やヴィッセル社の方、製薬業者の方が来られまして。

 製造に魔術力の必要な、刻印式魔術板やエリクシエル剤の増産に協力してくれないかと。

 最終的には、殆どの者がそちらに協力しまして。

 貴重な担い手だというので、とてもたくさんのお給金と、丁寧な扱いを受けました。

 はい、畑のほうは、第一師団と近在の皆さんが手伝ってくださいました。

 これでも少しはお役に立てたのならいいのですが・・・

 ―――当時、ファーレンス製薬社作業主任。ダークエルフ族。



 妙な発注があったのは、あの戦争で年が明けてからだったかなぁ・・・

 あのころうちはヴィッセル社の下請けをやる、小さな町工場でね。

 小物ばかり作っていたね。おもに信管関係で。

 戦争に入ってから、うんと忙しくなったね。

 軍やヴィッセル社から派遣されてきた検査官さんは、そりゃあもう厳格で。

 製造作業から、一定温度、湿度の密閉室内で製作するのだと。その製作場を増設するところから始めて。

 戦地で、うちの作った信管をつけた砲弾が一定の高さで着実に曳火炸裂していると聞かされたときには、もう検査官さんたちとみんなで歓声を上げたものだよ。

 それで年が明けてから、あの妙な信管を作ってくれって発注があってね。

 復働信管をもとに、着発で。

 こう、側面に小さな穴が開いていてね。そこに安全装置を解除するピンをつけろと。

 合計で二〇〇個近く作ったかな。

 そのあとは、なんと風車羽根の着いた信管を作れと。

 軍の砲兵隊用に、携行風速計の小型のものを作っている業者から、その風車だけを流用したものが届けられてね。

 信管の先端につけましたよ。一定程度回転すると、信管の安全装置が外れる仕組みだ。

 最初は、いったい何に使うものなのか、まるで分からなかったねぇ。

 それが例の・・・

 ―――当時、精密機器製造会社経営者。オーク族。


 シュテファニ・アーベントロート「あなたはあの戦争で何をしていたの?」より抜粋。

 ベレリアンド戦争における、後方勤務者及び銃後関係者五〇〇名以上から取材したルポタージュ。星暦九八五年刊行。


 

 オルクセン王国勅任外交諮問官サー・マーティン・ジョージ・アストンは、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインの食事や茶の相伴に授かることが多かった。

 グスタフはまことに社交的な王で、部下や、観戦武官たちと交流することが良くあったが、常に例外なくそうであったわけではない。

 彼とてひとりになりたいときもあれば、ごく親しい者とだけ語り合いたいときがあり、そういった場合は腹心のカール・ヘルムート・ゼーベック総参謀長か、アストンを誘ったものだった。

 アストンの見るところ―――

 グスタフは他者と朗らかに語り合うことを好む一方、本来、ただ一個で考え込むタイプである。

 そしてこれは自惚れかもしれないが、現在の国王大本営内でグスタフがもっとも弛緩できる相手は己のようであった。

 ゼーベックなどは腹心としての立場が強すぎ、どうしても話題は現実的で生臭いものとなり、その点、軍事にはまるで関わっておらず、友人であり、外交諮問官としても余り出番のないアストンなら気の置けない私的な会話が出来るからである。

 ここ数日のグスタフ王の憔悴ぶりは、見ているほうが辛くなるほどだった。

 不慮の事故とはいえ、長年の腹心のひとりを喪ってしまったのだから無理もない。

 報せのあった翌日は、食事も喉を通らなかったようだ。

 グスタフ王には、平時の国王官邸において腕のよい専属のコックがおり、そのコックたちのうち長にあたるオーク族の者が、この戦地にも赴いきて彼の食事を用意していた。開戦に際して王自身は残留させようとしたのだが、無理矢理あとから着いてきたそうだ。

 そのコック長が、甘いミルク粥を今朝になって作った。蜂蜜と、王の好む林檎のジャムを添えている。

 ようやくそれを平らげたようである。

 午後になって、茶に誘われた。

 ネブラス駅舎に設けられた国王執務室の扉を潜るとき、ダークエルフ族の、鉄仮面にも思える国王警護兵が扉を開けてくれた。

 彼女たちは、常に王の側にいる。執務室の前には、最低でも二名。

 皆、無表情だが美しかった。

 ―――勿体ない。

 アストンはそのように思う。

 王がその気なら、周囲は花園も同然であろうに。

 異論もあろうが、牡が立ち直る一助にはなる。だがグスタフ王はそのような真似は決してやらない。

 アンファウグリア旅団の旅団長が王の愛妾であることは、国王側近の間では公然の秘密で、どうやら彼女に義理立てしているらしい。また、本来からして女色に溺れる性格をしていない。人間族の目から見ても、権力者としては珍しいことだ。

 ―――だから、いかんのだ。

 王の、性根の部分は生真面目に過ぎる。

「やあ、アストンさん」

 すぐに茶菓が用意された。

 グスタフはコーヒー、アストンは紅茶である。

 おそらく、グスタフ王にとって開戦以来もっとも辛い心境に陥っているのではないかと、アストンは見ていた。

 戦局は停滞。

 腹心を亡くし。

 進撃の再開までは、今少しかかる。

 例によって魔種族研究に関するあれこれを話したあと、アストンは気分をも変える話題のつもりで、ちかごろいちばん御関心をお持ちのことは何ですかと尋ねた。

「ふむ」

 グスタフは少し生気を回復させた目をし、

「運河を・・・ 運河を掘れないかと思っております」

「は・・・」

 ちょっとばかり、唐突な考えを口にした。

「・・・運河ですか?」

「ええ。いずれ、この戦争は終わる。どのようなかたちにしろ終わったあと―――」

 グスタフは壁にかけてあったベレリアンド半島の地図を示した。

「シルヴァン川を利用して、半島の根本を東西に横断する運河を掘れないかと。中央の分水嶺を迂回する部分を掘ってやれば、何とかなるのではないかと思いましてね」

「・・・なるほど。オルクセン北海沿岸周辺の航路は、ずいぶんと楽になるでしょうね」

「ええ。いまはぐるりとベレリアンド半島を回り込んで往来していますから。とくに冬季において無駄も危険も大きい。何処の国の船も通ることが出来る運河があれば、我が国の海上交易は飛躍するでしょう―――」

「・・・・・・」

「関連する事業も多くなりましょうし、これらは失業者対策にもなります。この戦役で職を失った白エルフ族は多い。彼女たちに職を与えることもできる」

 気宇壮大だが、オルクセンの国力を思うなら実現可能に思えた。

 アストンは、茫然とした。

 そうして己の不明を恥じた。

 魔種族史学の見地から言えば、そのような策にはいまひとつの効果がある。

 シルヴァン川は、エルフ系種族にとって神話伝承の地でもある。大規模に作り替えてしまうことは、彼女たちのなかば宗教じみた歴史観や選民意識をなし崩し的に破壊してしまい、現実的となる一助にもなるだろう―――

 グスタフは王としてはとっくに立ち直り、もう戦後を見ていたのである。 



 ネブラス郊外。

 オルクセン軍大鷲軍団の大鷲族たちが、最初にその奇妙な実験をやり始めたのは、あのファスリン峠の戦いの直後―――つまり、まだ年の明ける前だった。

 ―――空から何か落とせば、地上の敵軍に対し直接的な脅威を与えることができる。

 あの戦いで、彼らはそれを学んだ。

 色々と試してみようという話になり。

 最初は偵察飛行のたびに、本来の偵察や弾着観測任務のあくまで余技として、釘や煉瓦を落としてみた。これはコボルト飛行兵たちが、ラタンの籠に入れて運んだ。このころコボルト飛行兵の鞍には、籐製の背もたれが着くようになっていたから、そのような籠は比較的容易に入手できた。

 まるで嫌がらせだったが、敵地上空で魔術上まで悲鳴や罵りが上がるので、面白くて仕方なかった。敵地がそのような反応を示してくれると、危険ではあったが偵察上掴める情報が多くもなり、そういった面では効果もあった。

 しかし、これでは本当に実態としては何の打撃力もない、嫌がらせにしかならない。

 ちょっと滑稽な話だが、敵陣上空で故意に糞を落っことす大鷲もおり、白エルフ族の潔癖性や戦場における感染症の恐ろしさを思うと、そちらのほうが余程深刻な効果を与えられるのではないかと言い出す者もいたほどだ。

 またこのような真似は、あくまで大鷲軍団内で行われていた些細な行為だった。

 いずれにしても―――

 もっと威力のある何かが必要であった。

「砲弾を使ってはどうか」

 この結論に達するまで、そう時間はかからなかった。

 流石に上層部の裁可や他部隊の協力が必要になったが、そこは新規の提案を好むオルクセン軍のことである。新兵種である大鷲軍団内はもちろん、軍上層部の扱いもとくにその気風が強かったので、面白そうだからやってみろという話になった。

 実験台として七五ミリ野山砲の弾と、八七ミリ重野砲の弾が選ばれた。

 前者の砲弾は約四キログラムあり、後者は六・七キログラムある。

 着発信管を用いる榴弾と、霰弾が良いだろうとされた。

 ―――これが、まるで上手く行かなかった。

 ファルマリア郊外の海岸で試してみようということになり、大鷲の胴の両側に籐製の籠を括りつけて上がり、コボルト飛行兵が手で落としてみた。

 しかしこのように砲弾をただ落っことすだけではまるで安定して落下せず、しかも本来なら砲弾の発射時に与えられる遠心力で解除されるはずの信管の安全装置が掛かったままになって、炸裂すらしない不発弾ばかりになった。

 安全装置を最初から取っ払おうかと言い出した者もいたが、実際に扱う側からすれば馬鹿なことを言わないでくれ、飛行中に横風でもくらったら俺たちごと吹っ飛んじまうぜというレベルの思いつきだったから、これは試されなかった。

 野戦砲廠の火工部や鍛工部といった工作部の技師たちがこの実験には立ち会っていて、では安全装置を外側から解除できるピンを信管部に着けようと考案した。

 また別の者は、星国センチュリースターが非施条の臼砲で採用した方法―――羽根フィンを砲弾後部につければ、弾道が安定するのではないかと言った。

 どちらもファルマリアに築かれていた野戦造兵廠での加工になったから、かなり簡易的な代物になったが、これが第二回の実験で一定の成果を上げた。

 ネブラス海岸近くの野原に大きなバツ印を描いた目標に向かって、一個ロッテの大鷲から試作弾が投下され、命中精度はまるで荒かったがそれでも見事着弾、炸裂したのである。

 大鷲、コボルト、立ち会った技師、参謀といった連中がみな歓声を上げ、喜んだ。

 ―――これはたいへんなことになる。

 世界の戦術が、おおきく様変わりすることになるのではないか。

 諸外国が満足に空を飛べる兵器といえば機動に制限のある気球しか持っていないなか、唯一大鷲でそれを可能にしているオルクセン軍が、更に空から大地に噛みつけるようになったのだ。

 たった数発の砲弾を投下するだけではまるで擾乱射撃ほどの効果しかないが、心理的な圧迫は相当なものになるだろう。何より野砲や重砲より遥かに機動力があり、そのまるで射程外の、任意の場所に投下できる。

 ―――航空爆弾と爆撃の誕生である。

 何処かで試してみたい、偵察中にやってみるかという話になったところへ、それどころではなくなってしまう出来事が起こった。

 エルフィンド海軍巡洋艦アルスヴィズと仮装巡洋艦ヴァーナの発見である。



 アルスヴィズの捜索は、キーファー岬沖海戦後も決して諦められてはいなかった。

 もはやエルフィンド海軍には積極的に艦艇を動かすような余裕は無いと思われてはいたが、潜在的な脅威であることに変わりはない。

 しかしながら厳冬季に入り、海軍艦艇の航行はともかく索敵上必要な視界が悪化し、これは大鷲軍団の空中偵察にしても同様で、半島北部のフィヨルド奥深く息を潜めて雲隠れしているであろうと思われる艦艇には魔術探知も効き難く、まるで発見できていなかった。

 三月一三日―――といえば、既にアレッセア島攻略作戦が終了し、またオルクセン軍にとって宿将の一翼だったアウグスト・ツィーテン上級大将が不慮の事故により亡くなり、元帥号の追贈が発表された翌日だったが。

 三月に入ってからというもの、徐々に恢復していく天候状況に合わせ、大鷲軍団による北方偵察飛行も再開されることとなり、

「目下、海軍においては艦艇による捜索行動が再び実行されている。我が大鷲軍団はこれに協力し、エルフィンド東部沿岸部北方域における索敵飛行を実施する」

 この捜索飛行に、アルスヴィズとヴァーナが引っかかった。

 場所はオルクセン占領地域の北端であるタスレンから更に北、同市が面するバラル湾から数えて、二つ先のフィヨルドだった。

 発見したのは、大鷲軍団第二空中団ズィープト・グルッペのうち符丁号ラウプグリュンと呼ばれていた中隊シュタッフェル

「おい、あれは何だ!」

 第二ロッテの長羽を務めるラウプグリュン〇三―――大鷲族ゼーゲル中尉とコボルト族フース伍長の組が、翼を左右に振り、旋回。フース伍長は片手を発見した艦影に向かって大きく振って指し示し、僚羽たちに伝えた。

 軍用地図上はヴォルヴァフィヨルドと記されていた深く切り込んだような入江の最奥に、二隻の船が停泊していた。

 一隻は細長く、もう一隻は商船のように見えた。

「おい、これは本物か。こいつは話が上手すぎるぞ」

 ―――本当にこいつらが?

 発見した彼ら自身が信じきれず、意外であった。

 ヴォルヴァフィヨルド上空はもう何度か同族たちが過去に飛んでいて、それらしいものは何もいない、アルスヴィズとヴァーナはもっと北方にいると推測されていたからだ。

 いったい本物なのかと、慎重にならざるを得ない理由もあった。

 この前日、再開された偵察飛行の最初のもので、大鷲軍団は捜索行動中の味方艦艇をエルフィンド海軍艦艇と誤認する騒ぎを起こしていたのだ。

「ワレ、牙。ワレ、牙」

 敵味方識別の暗号符丁を魔術通信で打たれて、ようやく誤認だとわかり、

「味方上空引き返せ」

 と、大目玉を喰らったものだった。

 ラウプグリュン中隊は、フィヨルドに発見した船影を慎重に確認することにした。

「味方じゃなかろうな! 高度下げる!」 

 その二隻は喫水がうんと浮いており、通常なら大型船舶が入り込めないような、文字通り最奥にいた。魔術探知上の気配も薄かった。天候条件その他も重なって、いままで見落としていたのではないか・・・?

 ラウプグリュン中隊が大胆に高度を下げ正体を確かめようとすると、俄かに細長く見えた艦の甲板上に何名かの人影が現れ、小銃を構え、パンパンと発砲してきた。乗組の海兵隊員らしい。

「おお、おお! 本物だ、本物だ! いた、いた、いた! 最大出力で発信。後続編隊に逓伝! 我、アルスヴィズ他一隻見ユ。位置BAX一一、時刻一一四五!」



 アルスヴィズ及びヴァーナを発見できたからといって、オルクセン側のその後の対応は決して手際がよかったとはいえない。

 海軍側で捜索行にあたっていた巡洋艦四隻より成る隊は、既にずっと北方へと航行してしまっていて、魔術通信の圏内から飛び出していた。現場にもっとも近かったはずの彼らには、ついに通信を伝えることは出来なかった。

 大鷲軍団による逓伝に逓伝を重ね、そしてもっとも後方にいた隊による直接的な伝令により、ファルマリア港の海軍本隊に報せが届けられたのは一三日午後一時ごろのことだ。

 オルクセン海軍荒海艦隊司令官マクシミリアン・ロイター大将は、艦隊によるフィヨルド突入を決意した。

 ファルマリア港の新造装甲艦ラーテと、第二戦隊の装甲艦四隻、フィヨルド内での行動力を考慮して巡洋艦三隻から成る計七隻に出撃を命じた。

 彼らの到着は、翌日になる。

 それまでに、大鷲軍団で“新兵器”たる航空爆弾を試せないかと言い出したのは、大鷲軍団付きのオーク族の参謀だ。

「しかし、擾乱攻撃にしかならないのではないか」

 大鷲軍団団長ヴェルナー・ラインダース少将には、効果のほどが疑問だった。

 陸上戦において密集した敵陣等に用いるのならともかく、停泊しているとはいえ軍艦相手に使っても、効果は期待できないであろうと思えたのだ。

 七五ミリ野山砲弾や八七ミリ重野砲弾は陸軍では主力火砲のものだが、海軍を基準にすれば豆鉄砲と呼ばれるクラスになる。破壊力もそれ相応である。

 また、実験における命中精度では、役に立てないとまでは言えないが、まだまだ研究や熟練の必要な「新奇な思いつき」でしかない―――

 そこまで考えて、はたと気づくものがあった。

「・・・なるほど。アルスヴィズを実験台にしようというのか」

「ええ。効果があれば儲けものということです。むしろ課題点や改良点が見つかることを目的に。どの道、海軍への誘導のため飛ばねばなりませんし」

「ふむ」

 ラインダースは頷いた。

 ―――空中偵察でさえ、モノになるまでには何度も実験が必要だったものな。

 得難い機会というわけか。

 戦術や兵器の発展というものには、たしかにそれが必要だ。

「よろしい。ただちに総軍司令部に裁可を願い出る」

 翌一四日、午前六時四五分。

 日の出とともに、ネブラスに築かれていた野戦大鷲発着場から、空中指揮及び偵察担当に二羽、砲弾改造爆弾を二発ずつ抱えた二個小隊七羽、合計九羽の大鷲たちが飛び立った。

 本来なら二個小隊で八羽だが、一羽は病欠である。

 長い戦地暮らし、冬営のあいだには、戦病にかかる者や負傷を負う大鷲は当然いた。

 出撃全羽、早朝から団の精肉中隊の手により屠畜された、血も滴らんばかりの牛肉塊を腹いっぱい摂り、コボルト飛行兵たちは長時間飛行に備えて弁当、コーヒー入り水筒を携えた。

 空中指揮担当は、ラインダース自らがついた。

「発進はじめ!」

 吹き流しで風を読んだ地上係のオーク族兵が、笛を吹き鳴らし、定められた仕草で両手を振った―――



 大鷲軍団は、この世界戦史上における初の集団航空攻撃に、事前打ち合わせのうえ、それまでの経験で得られた堅実な空中戦術を取り入れている。

 午前九時〇六分。

 まずラインダース直率の空中指揮役と偵察役の一羽が敵艦上空へと辿りつき、旋回と魔術通信波による誘導を始めた。

 そうして投下役の各編隊が侵入を開始した。

 この日の天候は曇り気味であったが、それでも定番通り、太陽の昇る東側―――つまりヴォルヴァフィヨルドの入り口側から突入した格好である。

 しっかりと分隊ロッテによる小隊シュタッフェル単位の編隊を組み、高度は「山一つ」と彼らが呼ぶ一〇〇〇メーターで現場付近に到達。ここから、命中精度を考えて半分以下の四〇〇メーターにまで下げた。

 コボルト飛行兵たちは、たいへん忙しい思いを味わっている。

 籐籠から取り出した砲弾改造爆弾を手にとり、安全装置解除ピンを抜き、まずは一発を抱えた。

 彼らの感覚でいえば―――

 たいへんな高速でフィヨルド上の海面を通過するなか、ぐんぐんと最奥が見え、その手前に浮かぶ二隻の敵艦を視界に捉えるまで瞬く間であった。

 艦影が見えると、編隊各羽は大鷲族特有の鋭い鳴き声を一斉に上げた。

「奴らはこの声に驚くんだ!」

 威嚇である。

 コボルト飛行兵たちは、懸命に目視で狙いをつけた。

「よーい・・・投下ロス!」

「投下!」

「投下!」

 各羽、次々に投弾。

 一羽、また一羽。

 そしてまた次の小隊が―――

 攻撃は合計四度行われた。

 しかし結論から言えばこの攻撃、まるで有効弾を得られなかった。

 航空爆弾も、爆撃も。

 まだ登場したばかりで、海のものとも山のものともつかず、まあ空のものなのだろうと言ったところだ。

 一発も命中せず、多くがアルスヴィズの周囲で炸裂したのみで、ほとんどは遥か遠くに着弾したうえに、不発も出た。まるで石を投げ込んだような、小さな小さな水柱が上がっただけである。

 大胆にも、うんと高度を下げた一羽がいたが、これは返って信管の不発を招いた。

「ええい・・・ここまでやって・・・ここまでやって!」

 偵察役の一羽は、思い切り悔しがった。

 その横で旋回するラインダースは、意外にも冷静だった。

 こう言っては何だが、いきなり上手く行くような代物ではないと最初から割り切っていた。彼は自らの首根っこに跨るメルヘンナー・バーンスタインに訊ねた。

「・・・メルヘンナー。如何思われます?」

「そうですね・・・ 上手く行かなかったことは残念ですが。しかし、ヴェルナー―――」

「はい?」

「事前想定より、しっかりと信管が作動して炸裂しています」

「ふむ」

「二度目の攻撃では、速度を落とす者も、狙いが正確になっていった者も出ました。これは陸上ならそれなりに効果を期待できるのではありませんか?」

「やはり、そう思われますか」

「ええ。今回の知見をもとに、もっと鍛錬を重ねなければいけませんが―――」

「はい」

「我らは、ついに大地に噛みつく牙を手に入れました」



 アルスヴィズとヴァーナへの留めを刺したのは、海軍だった。

 午後一〇時三四分、航空攻撃の編隊と交代するかたちで現場上空についたラウプグリュン編隊の誘導を受けつつ、ロイター提督座乗のラーテを先頭にヴォルヴァフィヨルドへと到着した彼らは、慎重に測鉛を重ねながら、湾内最奥部へと突入。

「右舷戦闘!」

「打ち方はじめ!」

 午後一三時一二分、砲撃を開始した。

 それはもはや戦闘とは呼べない、一方的な攻撃になった。

 残存エルフィンド海軍艦艇の喫水が浮いていたのは、フィヨルドの最奥へと隠れ潜むためでもあったが、もはや彼女たちには石炭も弾薬も、そして殆どの乗員も残っていなかったからである。

 両艦の乗員の多くは既に陸上へと揚がり、臨時の陸戦隊となって、ネニング平原のエルフィンド軍に合流していた。

 艦長以下、僅かな水兵たちが艦の維持のために残っていたのみである。

 ―――ついにこの日が来たか。

 アルスヴィズの艦長の心境は、奇妙なほど清々しかった。

 見つかったとき、水兵の射撃を止めるべきだったかとは思ったが、いずれにしろこのような日を迎える覚悟はとっくに出来ていた。

 大鷲たちの攻撃にはたいへん驚きはしたが、これが収まり、敵艦の侵入を探知すると、

「・・・総員退去」

 残留していた者たちへの離艦を命じた。

 部下たちは、ヴァーナの艦長に任せることにした。

「私は残る。掌甲板長、頼みがある」

「は・・・」

「艦旗は、揚げたままにしていおいてくれ。せめてエルフィンド海軍最後の一隻として、そのまま沈みたい」

「・・・はい」

 この海戦、ロイター提督以下荒海艦隊には、むしろ新造艦ラーテの砲撃技量不足を痛感させている。

 この戦いでラーテは、その主砲弾に一発の命中弾も得られなかったのだ。

「もっと訓練させなければいかんな」

「・・・しかし、もはや敵はおりませんが」

「参謀長。それは慢心というものだ」

「は・・・」

「軍艦は三年あれば作れる。だが、海軍を育て、維持しつづけるには三〇〇年あっても足らんよ」

 集中射撃を浴びたアルスヴィズとヴァーナは、一四時五〇分、大破着底した。

 反撃はおろか抜錨することも出来ず、まるで撃たれるままだったが、キャメロット海軍観戦武官ウィリアム・クリストファー・ロングフォードには、一種の感銘を与えている。

 ―――異論のある者ももちろんいるだろうが。

 やはり軍艦は、艦旗を揚げたまま沈むものだ。

 そうあるべきだ。



 このころ―――

 オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインは、第一軍の前線視察に出ている。

 彼が熱心に見分したのは、新規に戦場へと到着した、エーリッヒ・グレーベン少将の言うところの「増強のための火力」であった。

 軍の者たちが、威力不足として早々に見切りをつけた一二センチ榴弾砲に代わる、最新型の榴弾砲を装備した新設砲兵旅団二個。合計四八門。

 まだ運用研究が行われている渦中に戦争に突入したため、傍目にはなぜそうなったのかまるで理解できないが、いまのところ要塞砲兵たちによって担当されて到着したグラックストン機関砲隊。これは一二〇隊以上いる。

 攻城重砲隊によって扱われる、九〇ミリ鋼製臼砲隊というのもいた。

 これは射程が短いという欠点はあるものの、比較的軽量で、運用が容易であり、高威力の砲弾を山なりに飛ばすことができる。合計三二門。

 どれもこれも、オルクセン第一軍の前線を堅固なものとしているように思えた。

 近代戦における鉄と火薬、技術による凶悪なる暴力、その具現化とも言える。

 彼がもっとも興味を持ったのは、ネニング平原には一二門が到着した、巨大極まるヴィッセル七五/H二八センチ攻城重砲L一二であった。

 一基五〇トンを超えるこの巨砲は、グスタフをしてたいへん興味を引かせた。

 これを扱う攻城重砲第二旅団長の説明を、熱心に聞いた。

 彼が面白みを覚えたのは、この火砲の持つ、あのやや特殊な成り立ちであった。

 そこに、純粋な興味を持った。

「ほう。するとこいつは、元は軍艦の主砲だったのか」


(続)

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