第23話 おおいなる幻影② 非情の海 下編

 一一月一五日早朝。

 残存エルフィンド海軍艦艇のうち、唯一石炭を満載に出来た巡洋艦アルスヴィズは、それまで潜み隠れていたベレリアンド半島東部沿岸中北部の、ヨトゥンという名のフィヨルドを、静かに出港した。

 つまり彼女たちの行動もまた、ぎりぎりのところでオルクセン海軍主力戦隊の探索網から逃れていた。こうしたとき、残存エルフィンド海軍を大いに助けてくれたのが地元漁民たちだ。彼女たちは湾口部の哨戒などを、ほぼ自主的に請け負ってくれた。

 オルクセン東部沿岸部とは、直線距離にして約二〇〇キロ。一〇八海里。最大一七ノットを出せたアルスヴィズなら巡航速でも一〇時間ほどで着ける計算になる。

 実際にはオルクセン側漁船等への接触を避けるため大きく迂回したものの、約一六時間後、同日深夜にはオルクセンのブラウヴァルド州沿岸に到達した。

 同州の東方端あたりに、アハトゥーレンという港がある。街の規模としてはそう大きな場所ではなかったが、同港の内陸部には石灰岩の露天掘り鉱山があり、そこから鉄道が走り、その積出港があった。

 アルスヴィズは、まず同港沖でその目印となる浮標を無事見つけた。

 ここには暗礁がひとつあり、この注意喚起を示す弧立障害標識である。黒地に太い赤帯をした櫓状のもので、上下に揺れながら、その中央部に一本太いパイプが通っている。これが波の力を利用した一種の警笛となっていて、特徴的な低音で鳴り続けていた。

 この発見により、天測航海と海図、実測との照合を終えたアルスヴィル幹部たちは安堵しつつ、今度はアハトゥーレン港そのものを示す同地の灯台を目指した。

 午後二二時半、これもまた無事発見。

「天候がいいのは、白銀樹の助けか」

 艦長は微笑んだ。

 午後二三時、アルスヴィズは魔術探知と視界に認めたアハトゥーレンの港に対し、一五・二センチ砲六門のうち片舷側に指向できる三門で、砲撃を開始した。

 標的となったのは、湾内で目立っていた貨物船一隻、白亜色をしていたホテル、そして市庁舎などの大型建築物三つであったが、弾着は集束せず、周囲の様々な家屋にも着弾した。

 本来は対艦用の徹甲弾ゆえに、多くが不発になった。

 だが市民たちは仰天した。

 彼らは深夜突如の事態に逃げまどい、困惑し、着の身着の儘に市外へ向け殺到することになる。

 合計して約九〇発の砲弾を撃ち込まれたアハトゥーレンでは、六名の死者と、二四名の負傷者を出し、商船一隻が大破した。

 通り魔的な襲撃を実行したアルスヴィズは、そのまま進み、今度は魔術探知で気配を掴んだ五キロ西にある漁村を砲撃。

 こちらは、まるで寒村である。

 事の序、行きがけの駄賃のようなものだった。

 ここでは、着弾の殆どが浜辺になり、ほぼオルクセン側被害はなかった。

 そうしてまだ夜の明けきらぬうちに針路を転じ、翌一六日、今度はオルクセンとロヴァルナの航路間を航行し、二級石炭六〇〇〇トンを輸送中のキャメロット商船アラントン号四二五三トンを発見した。

 同船を臨検、積み出し港がオルクセンであり、ファーレンス商会の傭船であることを確認すると、これを拿捕。ヨトゥンフィヨルドへと向かわせた。彼女たちにしてみれば、望外の獲物である。

 アルスヴィズの艦長はもっと戦果を拡大したい欲望に駆られたが、「深入りせず、一撃離脱的襲撃に留めよ」と命令されており、この拿捕を最後にほぼ往路と同じコースを通って、帰還した。

 アハトゥーレンの街では、市民たちがただ呆然とし、一晩中、寒さと恐怖に震えた。

 彼らに与えた最大の衝撃は、死者のなかに、長命長寿ゆえに出生率の低い魔種族にはあまりにも貴重で愛おしい存在、生まれたばかりのオーク族の赤子が含まれていたことである。

 翌朝になって第一報が駆け巡ると、衝撃は瞬く間にオルクセン全土へと広まった。

 怒りの矛先は、「赤ん坊殺し」の異名を捧げられることになったエルフィンド海軍と、これを防ぐことが出来なかったオルクセン海軍へと向けられた。

 しかも―――

 同艦の出現により、オルクセン東部からロヴァルナへ向け海路輸出されていた工業品、石炭などの船便が、航路の安全を確認できるまでという条件付きながら、一斉に当局の手により差し止められることになった。

 在オルクセンの外国商なども買い控えをやり、この日、オルクセン産石炭のうち海外販路のある一級品及び二級品の取引価格が暴落を起こした。

「海軍は何をやっているのだ!」

 やや無責任に叫んだのは、財務省のマクシミリアン・リストだ。

 たった一隻。

 たった一隻の巡洋艦による僅かな襲撃が、このような結果を生んだ。

 海とは。

 海軍力や海上交通路というものは、恐ろしいものである。

 国家にとって、それは強力な武器ともなり、弱点ともなる諸刃の剣だ。

 よほどの覚悟と展望がなければ、上手く己がものとして確保し続けることが出来ない。

 オルクセンのような陸軍国、基本的には外需より内需の多い国にさえ、これほどの影響を与え得る。

 それでも報道各紙のうち、大手のものは抑制的な記事を書いた。

「海原をいく巡洋艦というものは、けだし捕捉が困難なものである。銃後が無暗な動揺を見せるべきではない」

「海軍艦艇の捕捉撃滅はどこの国でも難しい」

 また、海軍というものについての造詣や理解が深い、キャメロット系の在オルクセン外字新聞などは、同情的ですらあった。

 だが、これら冷静かつ沈着、抑制の効いた記事より、二流紙以下の、無責任かつ無秩序な、しかしながらそれゆえに大衆受けのよい記事のほうが駆け巡った。

 おまけにここへ、スマラクトとパンテルの衝突事故、そして前者の沈没が伝えられた。火に油を注ぐような結果になってしまった。

 それは、あのリストの叫びを拡大させたような代物である。

「海軍は何をしているのか!」

「エルフィンド海軍を倒せ!」

「日頃から予算を与えているのは何のためか! 役に立て!」

 これらの声は、緒戦から続いた大戦果への、反動とも言える。

 勝利の熱狂に、強烈な冷や水を浴びせかけられた結果になってしまったのが、巡洋艦アルスヴィルによる襲撃だった。

 戦前のオルクセンにおいて、エルフィンド海軍への脅威度や恐怖感情というものはたいへんなもので、この大半を望外な大勝利に撃破できたことは、国民の熱狂と慢心を生んだ。

 そのような恐怖感情が、俄かに蘇ったような感があった。

 そもそも戦前のオルクセン海軍は、当事者たちからすれば、十分な予算など与えられていない。

 国民の、海軍への理解も決して深かったとは言えない。

 あまりにも残酷な声の数々であっただろう―――



 そのような世論激情のなか、ともすれば海軍全体が意気消沈しかねない環境にあって、一隊、あの海軍特有の陽気な茶目っ気を維持し続けていた者たちがいる。

 彼らは、明るく、朗らかに、不屈の精神で任務を続けることでそれを成した。

 第一一戦隊―――屑鉄戦隊の三隻だ。

 彼らはまず、開戦初頭のシルヴァン川における陸軍支援を終えると、ベラファラス湾で海軍主力と合流した。

「また来いよ!」

「もう勘弁してくれ・・・!」

 ヴィッセル社の技師たちを、水兵たちは口笛を吹き鳴らしながら補給船へ移した。

 そして食糧や石炭の補給を受けた。

 どちらも、たいへんな作業である。

 例えば食糧を積み込むとき、うっかり生鮮食品を奥にしてしまうとどえらい事になってしまう。

 保存の効くものは奥、新鮮なものは手前。上手くやるのが、担当の腕の見せ所。常温でいい野菜は、野菜庫。食肉類や足の速い野菜類は冷却刻印魔術式付きの保管庫。ごちそうの卵は、大鋸屑や木屑を緩衝材にしてしまっておくと、意外と常温でもある程度の期間持つ。

 オーク族を主体にしているから、たっぷりと積み込まないといけない。彼らの航路は極めて短かったが、急な予定変更等もあり得る。常に補給を受けられるとは限らない。積めるときに積んでおくのが良策というものだった。

 これを手隙の乗員総出で、一列になり、順繰りにリレーをしてやる。

「もう入りやせんぜ」

「入るか入らないかじゃない! 入れるんだ!」

 そして給炭作業―――

 当時の船乗りにとって、これほど過酷な作業はない。

 給炭船から、かますに包んだものを降ろして貰って受け入れる。

 こちらも手隙の者総出でやるが、石炭の塵も舞い上がれば、ピッチで肌をやられる。吸い込んでしまわないように布などを全員口元に巻くが、誰もかれもが真っ黒になる。

 そうして補給を終えて、ひとまず水雷艇母艦アルバトロスに横づけさせてもらい、入浴支援を受けた。

 常備排水量六二〇トンのコルモラン型砲艦には、一応風呂はあった。

 だがあまりにも小さな艦ばかりで、艦内容積も狭く、

「あいつらは風呂から上がってくると、スッポンポンで甲板に出てくる」

 などと、艦隊内では有名だった。

 各艦八〇名の乗員が順繰りに入浴するには、着替える場所にも事欠いた、ということである。

 だから大きな艦から入浴支援を受けることは、何よりの楽しみだった。

 もっと小さな、入浴施設などまるでなく、下手をすると煮炊きにすら困窮する水雷艇たちを支援するための艦、アルバトロスにはそれがやれた。この艦は、海軍が中古購入したものとはいえ、三四〇〇トンの、元客船だったのだ。

 ただし、このときは同艦にさえ、いささか荷が重かった。

 反対舷側には水雷艇六隻が、その反対側にコルモラン型三隻が横づけ係留されて、それらの支援を同時にやらなければならなかった。無理も出て当然である。

 アルバトロス側では、本来の入浴施設の他に、臨時のものを作り上げた。

 海軍の艦艇は、乗員の就寝にハンモックを使っている。この収納箱が大きな金属製で裏技的な流用ができた。

 まず、四周にキャンバス材の布を丁寧にはめ込む。

 そして海水をぶち込み、上から蒸気を噴射すると―――

 大きな大きな、海水風呂になった。

「なんだなんだ、これならウチの艦でもやれたじゃないか!」

「いいじゃないか、広いんだし、一応屋根の下だし・・・」

「後ろが閊えてるんだ! 早く入れ!」

「へいへい!」

 真水は貴重品だ。頭を洗ったり、顔を洗ったり。そんな目的にだけ、ひとりあたり僅かな量を使わせて貰える。海水で何もかもやってしまうと、塩気でごわごわになってしまうからだ。

 オーク族はまだよかった。彼らに体毛はほぼ無い。全身産毛のようなもの。たまに頭髪などのある者もいたが、むしろ珍しがられた。

 たいへんだったのは、全身体毛で覆われたコボルト族兵や、髭や頭髪、それに胸毛など全てが剛毛ばかりで出来上がっていたドワーフ族たちである。

「足りないよ・・・」

「へへ、水よりも修行が足らんな」

「誰か分けてくれ・・・!」

「麦酒五杯でいいぞ」

「なんて商売しやがる!」

「ふひひひひ」

 こうして準備を整えた屑鉄戦隊は、まずは第一次海上輸送船の、復路の護衛についた。

 往路は、第一水雷艇隊が受け持っていたから、これと交代するかたちである。

 輸送船隊の根拠地とされたドラッヘクノッヘン港には、あのエーリッヒ・グレーベンが徴用計画を立てたオルクセン国有汽船社の社有船一七隻が、続々と集結していた。

 一一月八日の第一船を皮切りに、九日に三隻、一〇日に四隻、一一日に五隻、一二日に四隻―――

 これらのうち荷役を終えもっとも早く出発したのが、食糧輸送及び初期要員担当の一隻、鉄道輸送担当の三隻。この四隻は第一水雷艇隊に守られて、一一月一一日にファルマリア港に到着した。

 同時に巡洋艦四隻が、ファルマリアとドラッヘクノッヘンの往復運動を始めた。航路の警戒のためである。

 陸軍では「船舶運輸事務則」を仮のものとはいえ定め、第一軍兵站参謀のヴァレステレーベン少将が軍兵站司令部を差配しつつ、これも監督した。彼はギリム・カイト少将の下にいた鉄道の専門家で、船舶についてはいささか自信がなかったが、若い参謀や、海軍からの派遣将校などの力も借り、どうにかこれをしてのけつつあった。

 オルクセン軍にとって、初めての陸海共同作戦になる。

 まだ船団護衛という言葉や、明確な戦術思想は存在しなかった。

 海上護衛のやり方は、そんなものを近代に入って組織的かつ継続的にやった軍隊はまるでなく、手探り状態だった。

 陸軍の輸送に、海軍が協力する―――

 そんな、ふわっとした概念で表現された。

 言葉で書くとなんとなく納得してしまいかねないが、「協力」というやり方は本来からして軍の指揮命令系統の本義本分に合わない、曖昧なものだ。

 またヴァレステレーベン少将自身の立場も、深く考えると何とも奇妙であった。

 彼は正式にいえば、第一軍の兵站部長であって、総軍の兵站責任者ではない。それは総軍兵站総監になっているカイト少将の役目である。

 つまりヴァレステレーベンは国王大本営にして総軍司令部に同行しながら、その一階層下になる第一軍のスタッフということになる。

 その彼が、カイトの下から半ば独立するような格好になって、海上輸送を統括した。なんともオルクセンらしい、文書主義上の奇妙な同居が成り立っていた。

 この点、海軍は単純明快だった。

 ロイター大将とその幕僚、あるいは海軍最高司令部辺りとなると立場上また別だったが、末端にある屑鉄戦隊の者たちは明朗であった。

「おおう、護ればいいんだろ? それでいいじゃねぇか。難しいこと言いっこなし」

 そんな調子だった。

 一一月一四日、彼らは最初の護衛に就いた。

 ドラッヘクノッヘン入港後、次の第二次輸送隊の護衛として出港しようとするところへ、あの巡洋艦アルスヴィズによるオルクセン東部沿岸襲撃の報が入ってきた。

 緊張を覚える者も多く、とくに護衛を受ける輸送船側の動揺があったが、既に第一軍北上決定という賽は投げられている。

 巡洋艦四隻が敵巡アルスヴィズを追いかけることになり、それに期待し、任せるしかなかった。

 彼らは出港した。そうして無事に着いた。

 一船団ごとに、屑鉄戦隊と第一水雷艇隊が護衛についた。各船団、概ね三隻から四隻。多いときで五隻。ときおり艦隊給炭艦のペングィンや水雷巡洋艦の一隻が加わった。

 荷役の期間中が休息休養、整備の時間である。

 船団側が三船団あり、護衛側が二隊だったから、ローテーションはしばしば崩れ、これはアルスヴィズ追跡の巡洋艦四隻が空振りに肩を落として戻ってくるまで、どうにもならなかった。

 彼らを悲しませた事件もある。

 捜索行から戻ってきた艦隊主力からスマラクトの沈没を知らされたときは、一同言葉も無かった。

 オルクセン海軍の所帯は狭い。

 大切な仲間たち、顔見知りの将校や、殴りあったり酒を酌み交わした同輩水兵たちを一度に失ってしまった。

 このような期間を過ごしているうちに、護衛を受ける船団側で、屑鉄戦隊は有名になっていった。

 護衛につくときは、

「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」

 というあの信号をいつも掲げていたし、無事護衛が終われば、

「またの御用命は、屑鉄戦隊まで!」

 などとやった。

 護衛の内容も丁寧で、配慮に満ちたものだった。

 商船のなかには、コボルト魔術通信士を持っていない船も多い。また旗旒信号は見落とされることが頻発し、海軍式の手旗信号や発光信号は早すぎて読み取れないばかりだとわかると、うんと近づいて、グリンデマンなどが相手船長と拡声器で叫びあって意思疎通をした。

 最初は、あんな小さな艦たちで大丈夫かと不信感を抱く船長や船員たちも多かったが、やがて互いに歓声や艦旗船旗の揚げ下げによる挨拶を交わし合うようになった。

 船乗りたちには、奇妙なまでの仲間意識がある。

 波濤を乗り越えること、強風を克服すること、暑熱や寒気に耐えること。

 それらを誰もがやる。

 この点は、艦も船も同じである。

 ましてやこれほどの、戦時下の、言ってみれば異常な環境下で同一行動をとることは、オルクセンの国民性の場合とくに、その仲間意識を強くした。

 屑鉄戦隊と輸送船隊は、停泊している間に、商船の側から新鮮な野菜や卵といった差し入れを貰ったり、これに屑鉄戦隊側は酒保の菓子類を返したりと、物々交換のような真似もやるようになった。僅かな時間の合間に互いの船と艦を訪問しあって飲み、食い、肩を抱き合って詩吟、歌唱、合唱する者たちも出た。

「よい者たちですな」

「はい。最高の部下たちです」

 顔馴染になった船長と、屑鉄戦隊司令兼メーヴェ艦長のエルネスト・グリンデマン中佐は、遠く歌声を聞き、狭い艦長室で杯を交わしながら、そんな言葉をかけあった。

 もちろん、何もかもが完璧とはいかなった。

 四度目の往路護衛のとき、ファザーンが機関故障を起こした。

 修理に目途は立ちそうであったが、船団ごと停止させるわけにはいかない。ファザーン艦長が気にせず行ってくれ、あとから追いつくと信号を出し、残りの二隻と船団とで航路を続行した。

 寄る辺なきファザーンが停船したまま修理を成し遂げ、六時間遅れてファルマリア港に入ってきたときには、ちょっとした騒ぎになった。

 屑鉄戦隊の僚艦二隻や海軍艦艇たちだけでなく、在泊中の船団全船が、信号旗を揚げたり、船尾の商船旗を揚げ下げしたり、舷側からわあわあと歓声をあげて出迎えたのだ。

 ―――そして。

 暦は一一月二九日を迎えた。

 彼らは、ドラッヘクノッヘン港からの往路護衛に就くことになった。

 対象は、大型貨客船四隻。

 北上する第一軍に代わってファルマリア港警備につくため動員された、陸軍後備第一擲弾兵旅団の、後備第一、第二、第四の各擲弾兵連隊と、その砲、軍馬などを満載していた。

 後備兵だから、年嵩の兵隊ばかりだ。

 これをツヴェティケン少将という、やはり予備役動員の将軍が指揮していた。

 物資ではなく兵員を輸送するのは、初めてのことになる。

 本来なら水雷巡洋艦一隻が増強に加わる予定になっていたが、今度はそちらが機関整備を要することとなってしまい、屑鉄戦隊の三隻だけになった。この予定混乱があったため、出発は深夜、日付が変わってからになりそうであった。

 護衛の彼らが合流すると、船団の側では陸軍兵たちがわあわあと手を振り、歓声を上げて出迎えた。

 砲艦のうち、先頭の一隻がするすると旗旒信号をあげる。

 陸軍の兵隊たちには意味はわからなかったが、頼もしく、華やかなで、歓迎してくれているのだという意思はわかった。

「我、屑鉄戦隊。御用はなきなりや!」

 まるでいつもの調子のままだった。

 彼らはまだ知らない。

 ―――この航海において、彼らは英雄になることを。

 その眼前には、非情な海が待ち構えていた。

 この前日、リョースタ以下の戦隊を率いるミリエル・カランシア少将は、帰還していた巡洋艦アンスヴィルの報告によりオルクセン沿岸の防備体制が思っていたよりもずっと薄弱であることを知り、そして拿捕商船から望外の石炭を手に入れたことにより、麾下全艦の出撃を命じていた。


 艦隊命令

 予定海域 オルクセン北部沿岸 ドラッヘクノッヘンからファルマリア港間

 作戦目的 オルクセン第一軍海上補給線の襲撃   



(続)

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