第24話 おおいなる幻影③ キーファー岬沖海戦 上編
友よ 君よ 今日は麦酒を掲げよう
溢れる 泡 泡 泡
泡立つ海も我らの海ぞ
我が艦旗はマストにたなびく
我ら突撃す 我ら突撃す
仇敵 如何に堅艦巨砲といえど
我ら退きはせじ
友よ 君よ 我らを忘るなかれ
オルクセン海軍公式行進曲「征エルフィンド歌」(星暦八七七年作詞作曲。のち「征海歌」に改題)
「良き狩りとならんことを祈る。白銀樹の御加護あれ」
ちかちかと発光信号器が煌めき、ミリエル・カランシア少将指揮する戦隊の潜むフィヨルドから、巡洋艦アルスヴィズと仮装巡洋艦ヴァーナが出港した。
一一月二七日早朝、彼女の戦隊がまずやったことは、四隻の麾下艦艇を二分することだった。
残り僅かなエルフィンド海上戦力を、わざわざ兵力分散してしまったようにも思える。
ところがこれが彼女の指揮の巧妙なところで、この分離は陽動だった。
アルスヴィズには既に砲弾の残りが乏しい。ヴァーナは速力が遅く、艦隊行動に随伴させるわけにはいかない。
そこでこの二隻を使って、オルクセンの東部沿岸航路を狙った。
あの最初の沿岸艦砲射撃で、アルスヴィルが暴れ回ったあたりになる。
同方面の海域では、オルクセンの沿岸貿易が盛んだった。
同国東部国境北海沿岸周辺では、穀類の作付け種類や実成が乏しい。かつてはこれを補うために、別地域から穀類や保存食の海上運輸がよく行われていた。
ところがオルクセンの穀物生産量が伸び、また鉄道が普及すると、彼らの多くはそれまでの稼業を果たせなくなった。
そこでほんの一足、行先を伸ばして、多くの中小海運業者たちがロヴァルナとの短距離貿易をやるようになった。ロヴァルナの国境北部沿岸地方もまた食料自給率に乏しかったから、この人間族の隣国相手に穀類、鱈などの魚介類を干したものなどを売りつけるようになったのだ。帰りの航路には、毛皮や動植物性油脂などを運んだ。
多くはおおむね排水量一〇〇〇トン以下で、五〇〇トンから八〇〇トンくらいの、小さな船ばかりである。まだまだ帆船が多かった。
分離した二隻はこれを狙ったのだ。
二八日から二九日にかけ、通り魔的に沿岸交易路を襲撃し、瞬く間に四隻のオルクセン中小商船を沈めた。撃沈には、臨検隊を送り込んだ際に仕掛ける爆薬を使った。商船乗員や僅かな船客たちは、意図的な情報漏洩源とすべく、みな食糧持参のうえ短艇などで離船させて逃がした。
彼らは沿岸へと辿り着き、在所の警察や監視哨、燈台などに事態を知らせた。
また監視哨などは洋上の襲撃を感得し、独自に通報を発したものもあった。
情報が集積されたオルクセン海軍最高司令部では、当初これを懐疑的にみた。なにしろあの虚報や誤報騒ぎのあとである。
だが実際に被害商船の乗員たちが沿岸部に辿り着くようになって、この襲撃を本物だと判断した。
―――すわ、エルフィンド艦隊の出没か。
カランシア少将の狙いは図にあたった。
ドラッヘクノッヘン方面から、オルクセン海軍にあって哨戒任務中だった巡洋艦四隻を引っ剥がすことに成功したのだ。むろん、彼らが現場海域に駆け付けるころには、アルスヴィズもヴァーナもとっくに遁走しているという寸法である。
そうして、二九日早朝。
ヨトゥンフィヨルドを出撃した、彼女自身が率いるリョースタと装甲艦ヴァナディースの二隻は、ドラッヘクノッヘンとファルマリア港間の第一軍海上補給路へと殴り込んだ。
彼女がこれほど大胆な行動を起こしたのには、むろん幾つかの理由がある。
なによりもまず、祖国より勝利を求められていたこと。
オルクセン沿岸域の防備が、想定以上に薄弱であると感得されたこと。
襲撃に成功すれば、戦略的にも敵第一軍の侵攻を遅らせることが出来ると思われたこと。
また、間もなく北海は厳冬期に入り、そうすれば霧も波も出て、海軍作戦の遂行は困難になると判断されたこと。
第一軍の侵攻が進めば、根拠地たる東部沿岸港が次々と落とされ、更に北へと逃亡しなければならないことは自明であったこと。
これらを勘案し、石炭や砲弾残量の心配は、後日の解決課題とすればよい、とした。
襲撃はあくまで深入りせず、通り魔的に行う腹積もりである。
オルクセン海軍主力が在泊していると思われるファルマリア港より、あまりにも近い。長居はご無用であった。
そのあとは、艦隊は生き残っていることそのものに価値が出てくる。
海上輸送路に心理的圧迫を加え続け、オルクセン海軍へ捜索を強要し、いつまでも引っ掻き回すことが出来るからだ―――
一一月三〇日未明、陸軍将兵を満載した四隻の貨客船を護衛しつつ、屑鉄戦隊の砲艦三隻は、ドラッヘクノッヘンを出港した。
軍では、この出港を差し止めようとする動きもあった。
既に東部沿岸域におけるエルフィンド艦艇出没の報は、海軍上層部には伝わっている。
だが陸軍将兵は船に弱く、いつまでも乗り込ませたままにしておけない。いやいやそんな場合ではない。大丈夫だ、僅か一日弱の行程、敵艦が東部にいるならむしろ追いつけない、沿岸要塞砲や監視哨の援護もある、ファルマリア港方面の大鷲たちも沿岸域を飛んでくれると言っている、などと協議をやっているうちに、彼らは出港してしまったのだ。
船団の航行速度は、もっとも船脚の遅い船に合わせて八ノット。もっと出せないこともなかったが、夜間であり、かつ沿岸域を走るため、多少遅めにした。
オルクセン北岸に沿うようにして走るため、直線的な航路より距離は伸びる。
約一四〇キロ。七五海里。
船団速力でも、一〇時間あれば到着できる。
船団形勢などで時間がややあり、出発から三時間ほどで夜明けを迎えた。
この日は、冬季の北海にあっては珍しく快晴だった。
波と風は、ややあり、ボーフォール風力階級で三。
西から東へと吹いていて、これが若干、船脚に影響を及ぼしている。
「さあ、太陽のお出ましだぞ」
午前八時半―――
四隻の輸送船の、その外側先頭で護衛につく砲艦メーヴェ艦上では、日の出を観測した。
冬季で日は短くなっており、午後三時四〇分には日没を迎える。
それまでにはベラファラス湾に潜り込める計算だ。
月の出は、午後二時一五分。方位角は九〇・二度、月齢は二五・六であると航海科の士官は確認した。
彼らは既に朝食を摂り終わっていた。
前夜、炊烹室が焼き上げたライ麦パンを薄くスライスし、たっぷりとバターを塗り、コンビーフを挟んだもの。これにキュウリとニンジンのピクルスが出た。寒さには何よりも喜ばしい、熱いトマトスープとコーヒー付き。
トマトは、缶詰を利用したものだった。
この便利極まる保存食は、キャメロットでの発明登場当初は溶接にはんだを使っていたうえにその処理が拙く、このため鉛害が出るなどもしたが、ベレリアンド戦争のころには改良も施され、オルクセン軍は大量に用いるようになっている。
商船側の舷側などでは、陸軍将兵たちがこぞって海と日の出を眺めていた。
後備第一擲弾兵旅団は、首都ヴィルトシュヴァインの部隊ゆえに内陸部出身者ばかりで、船内各所は早くも船酔いに陥った者も少なくなく、これに巻き込まれぬうちに外の空気を吸っているほうがマシだと考える者が多かったのだ。
意外なことに、大きな船ほどそうしている者がいた。
当初、大型船に割り当てが決まった将兵たちは、きっと乗り心地がよいに違いない、広々と航海が出来るなどと思い込んだ者ばかりだったが、実は軍隊輸送においては必ずしもその通りではない。むしろ、まるで真逆の結果になってしまうことを彼らは思い知らされていた。
大型船であるほど、旅団本部や連隊司令部なども乗り込み、また砲や軍馬なども積載されたため、そのしわ寄せは将兵の居住区に影響を与えたのだ。階級の高い者もたくさんいて、空気感としても窮屈である。
だからデッキに出てみる将兵ばかりだった。
生まれ育った内陸から、外の世界を知らずに過ごすことも珍しくない時代である。それまで、海をまったく見たことのない兵もいた。
彼らの目からすると、海は物珍しかった。
海とは、千差万別の表情を見せるものだ。
白い航跡、泡立ちうねる波、沸き立つ潮の香り。
それらに、まるで豊穣で尽きるともない濃淡がある。
潮の香一つとってみても、清々しく爽やかに漂うこともあれば、風の具合によるものなのか、ふと、思いきりねっとりと官能的に感じるほど濃いときがあって、陸の者たちを飽きさせなかった。
ある騎兵科の中佐など、
「朝に嗅ぐ潮の匂いは最高だ」
訳知り顔に感想を述べたものだった。
そのような彼らの見た目は、ちょっと意外な姿になっている。
オルクセン陸軍といえば誰もが想像する、漆黒の軍服姿ではなかったのだ。
この戦争に突入してからというもの、戦地での黒は近代戦にはどうにも目立って仕方がないというので、赤い装飾線などの基調の意匠はそのままに、青灰色をした新しい生地が制定されて、みなその被服を着ていた。この新しい軍服は、徐々に前線の部隊へも届けられることになっている。
後備第一旅団は、一足先にその支給を受けていた。
後発して動員された部隊だけに、そんな逆転現状が起きていた。
小銃も同様である。
本来なら予備兵器を支給されるべき後備連隊が、みな新鋭のGew七四を与えられていた。
戦地ではこちらの置き換えも急速に進んでいて、いずれ動員後備部隊も交換しなければならないものなら、最初から着せ、携えて行かせたほうが良い、そのほうが兵站組織側は楽だという、なんともオルクセン軍らしい判断が働いた結果だった。
珍しい冬季の快晴で、彼らの心もその被服の色のように多少は上向いたのだが―――
午前八時三四分。
砲艦メーヴェの、マストにある見張り台の水兵が、寒さに震えつつ続けていた、単眼鏡を使って水平線を見渡す動作をぴたりと止め、凝視し、そして叫んだ。
「方位、緑一〇〇。煙が見える! 距離一万三〇〇〇!」
戦隊司令兼砲艦メーヴェ艦長エルンスト・グリンデマン中佐は、報告のあった方角に双眼鏡を向けた。
船団の北側、ほぼ真側面になる。
「・・・・・・」
確かに排煙だ。
白っぽい。
大型船らしい。
途端に嫌な予感がした。
海軍の艦が合流するような予定は聞いていなかったし、この戦時下のこれより沖に大型商船がいるとも思えなかった。
予感は的中した。
五分もたたぬうちに、
「軍艦のマストらしきものが見える!」
見張り員が続報をもたらした。
ちかごろの軍艦は、狙撃手などを上げるためにみなマストに大きな見張り台兼戦闘台がついている。これが望見出来るというのだ。
そうして、決定的な報告が上がった。
「先の目標、リョースタ型と思わしき艦影! 後方に更に大型艦一隻伴う! 本船団針路方向に向かう!」
なんてことだ。
なんということだ。
グリンデマンは己が部下を疑うという習慣を持ちあわせていなかった。
つまり船団は、リョースタに―――寄りにもよってあのリョースタに捕捉され、しかも頭を押さえられようとしていた。
―――くそったれめ! なんてこった!
部下の手前、そんな言葉は飲み込んでしまいながら、グリンデマンは号令を下した。
「総員戦闘配置。掌角長、喇叭だ! ヴェーヌス、後続艦に知らせろ。復唱はいらん」
「了解です、艦長」
そうして、彼は銅板で出来た筒といっていい拡声器を取り出し、並走していた輸送船団先頭船へと向いた。
輸送船団先頭船は、フリートリヒベルン号という大型商船だった。
これを海軍予備大佐の資格を持つ、戦前からの同船船長が指揮していた。
「たいへんな事になった・・・」
リョースタの出現を拡声器によってグリンデマンから知らされた船長は、半ば茫然とした。
だが、やるべきことはしてのけた。
警戒配置を発令しつつ、二等航海士を使って、船室内にいる後備旅団長へと事態を知らせに走らせたのである。
「失礼します!」
「おう」
「本船団右舷後方、リョースタ型その他一隻、発見するものの如し!」
「なにぃ」
既に起床し、襦袢と軍跨姿で朝食を摂っていた後備第一擲弾兵旅団長もまた仰天したが、すぐさま上着と制帽、サーベルをひっかけ、船橋へと向かった。航海士には、旅団幹部も呼集するよう伝達を頼んだ。
同時に副官を使い、擲弾兵連隊への総員上甲板を発令した。
小銃を構えるくらいしかできないし、またそんなものは巨大な敵艦に対し何の効力も持たないとわかってはいたが、何もしないよりはマシに思えた。
戦闘態勢を取らせることで、兵の動揺を抑える効果もあり、かつ、万が一危急の事態に陥ったとき、素早く離船を発令することも出来る―――
誰かが、軽量である五七ミリ山砲を運び出してはどうかと思いついたが、船倉深くしまい込まれていたため無理だった。
仮に可能であったとしても、甲板上をガラガラと反動させて撃つのでは、殆ど意味をなさなかったであろう。
船橋に上がると、ちょうど船長と護衛隊の指揮官―――メーヴェの艦長が拡声器でどなりあっているところに遭遇した。
「このさき八海里の港に、要塞砲があります! どうにかその射程内に逃げ込んで下さい! そして事態を知らせて下さい!」
つまり、護衛はここまでだというのだ。
「じゃあ、お前たちはどうする気だ!」
俺たちを見捨てるのかとでも思ったのか、船長はやや難詰するように答えた。
それは一晩中寒さに晒されつつ指揮をとっていたこと、また何より前途への不安などもあり、止むを得ないことではあったのかもしれない。
戻ってきたグリンデマン中佐の言葉は、まったく朗らかで、かつ耳を疑うものだった。
「すいません! 護衛はここまでになっちまいますが、ちょっと海軍の仕事をしてきます!」
船長も旅団長も、唖然とした。
彼らが何をやろうとしているのか悟り、呆気にとられた。
船団が要塞砲の射程圏内、そして味方港へと逃げ込むまで、時間を稼ごうというのだ。
「正気かお前ら! リョースタだぞ、相手は!」
「なーに―――」
グリンデマンは答えた。
その声音と表情は、まったく牡性的だった。
「デカいと言っても敵艦には違いありません! 食べごたえがあります! それではみなさん、ご安航を! またの御用命は屑鉄戦隊まで!」
そうして小さな小さな軍艦たちは、するすると幾つかの信号旗を揚げたかと思うと、ぱっとそれを降ろし、見惚れるほど見事な運動で一斉に転舵して、敵艦に向かって突っ込んで行った。
船長はその後の生涯において彼らのことを語るとき、なぜあのときあんな叫びを発してしまったのかと、ずっと後悔して過ごした。どれほど時間が経っても、その答えを見つけることが出来ない、と。
「信号。戦隊、右八点一斉回頭!」
「しんごぉぉう、右八点一斉回頭!」
エルネスト・グリンデマンが最初に発令した具体的な戦隊行動はそれだった。
相手はリョースタ。そしてこれに次ぐ、エルフィンド海軍準主力艦たる二等装甲艦ヴァナディース型。
一方、こちらの備砲で最大のものは、一二センチ砲。
まともに砲戦をやったのでは、勝ち目は無いことは誰の目にも明らかである。
波もある。
命中率は落ちるだろうが、それは相手も同じこと。
ならば採るべき戦法はひとつだった。
―――衝角突撃。
それだけが唯一の活路に思えた。
コルモラン型の衝角には、更に敵大型艦を食える可能性のある一つの機能があった。
水雷衝角だ。
たった三二センチの、一発しかない魚雷だったが、衝角内に備えられた発射管の先端部を開口させて、艦首方向に魚雷を撃てた。
三隻横陣に並べて、リョースタにこの魚雷を至近距離から撃ち込み、かつ、衝角突撃する―――
かつて第一猪突隊や猪突艦と呼ばれたころの戦法そのままに、敵艦隊めがけて突っ込む。
だから彼は戦隊右八点一斉回頭、敵艦隊に向けての横隊展開を成す運動を発令した。
「各艦、応答旗揚げました」
「よーし! いいな、いくぞ? よーい、
応答旗を掲げた僚艦たちに対し、メーヴェに揚がった信号旗が一気に降ろされると、これが命令発動を意味する。
三隻は一斉に舵を切った。
「最大戦速!」
速力一七ノット。
機関室ではホルマン曹長が、機関が保てばいいがと顔を青くしていた。
同時にグリンデマンは、信号長オスカー・ヴェーヌス曹長に対し最大出力での魔術通信の発信を命じた。
何処かの監視哨がそれを拾い、ベラファラス湾の主力戦隊や、海軍そのものに逓伝してくれることを期待した。
「我、屑鉄戦隊。リョースタ型その他一隻と交戦す! 以上だ」
すでに戦闘配置は発令済み、各艦、一斉にマストトップにオルクセン海軍旗を掲げていたが―――
「なんてことだ! なんて奴らだ!」
右舷方向を眺めた砲雷長のドゥリン・バルクが叫んだ。
あの真面目なドワーフが、いまにも笑い出しそうであった。
「艦長! ファザーンの奴ら、艦を着飾ってます!」
「なんだぁ、おい」
グリンデマンは最右翼になった僚艦ファザーンを確認すると、
「あの馬鹿。あの馬鹿どもめ!」
げらげらと笑い出した。
予備の艦旗まで使って、なんと前後マストのトップとヤード全てを用い、六本も艦旗を掲げていた。
このような場面でさえ発揮された茶目っ気、伊達っぷりと頼もしく思い、笑い転げもしたが、彼にはファザーン艦長の思惑も理解できた。
―――囮になる気だ。
敵はきっと、ファザーンを旗艦だと思い込む。
ファザーンの機関は応急修理を済ませただけだ。
突撃運動全てを果たしきれるか、わからなかった。
だからあんな真似をしている。
大した奴らだ。
羨ましくて仕方なかった。
続かなければならない。
なんとしても、あんな真似に続かなければならない。
「全艦、煙幕展張! 突撃旗揚げ! 船団を逃がすぞ!」
ミリエル・カランシア少将率いる二隻のエルフィンド海軍戦隊は、船団側より先に目標を発見している。
その時刻は午前八時過ぎ。
距離一万六〇〇〇メートル。
リョースタは大型艦だったから、マストの見張り台はオルクセン側よりずっと高くにある。白エルフ族水兵のなかから、更に夜目の効く者たちを選抜して配置につけてもいた。
それが距離の差を生んだ。
すぐに襲撃体制を整えた。そうして敵の頭を押さえようと、斜めにこれを遮るような針路を採った。
日の出を迎えると、太陽の煌めきによりいったん失探している。
再度捕捉したのは、屑鉄戦隊側の発見より一〇分前、午前八時二〇分。
待望の輸送船団であることが、はっきりとした。
「合戦用意!」
カランシア少将は号令した。
エルフィンド国旗は、上に青、下に白を二分したもの。海軍旗はこの末端が二尾になったものである。その海軍旗が高々とマストトップに掲げられた。
最大戦速、一四ノット。
午前八時四五分過ぎ、敵船団外側にいた三隻の小型艦艇が、一斉に転舵してきた。
そのあまりに大胆な行動に、少しばかり唖然とした。
本当にその三隻だけなのかと思えたほど、果敢な行動である。
陸影の何処かにもっと大型の艦が控えているのか、その前衛襲撃運動なのかと、カランシア少将は周辺を再確認させたほどだった。
どうやら、掛け値なしにその三隻だけらしいことは、すぐにわかった。
敵は煤煙幕の展張をはじめた。
黒々とした排煙が、濛々と敵船団への視界を遮るように広がる。
「いったい、何をしとるんでしょうか?」
リョースタの艦長が訝しむ。
あんな小さな艦で。そう言いたげだった。
「わからんか? 盾となり、船団を逃がす気なのだ」
大した奴らだ。
本当に大した奴らだ。
心から感銘を受けていた。
だがカランシア少将が発した号令は、まるで手荒いものだった。
一度始めてしまった船団襲撃を諦めるわけにはいかない。多少の護衛がついているのは、最初から承知の上であった。
こんな機会は二度とやっては来まい。今後、奴らも護衛を強化するに違いなかった。祖国を護らんとする海軍軍人として当然の命令を、カランシア少将は発した。
「まずはあの小煩い護衛どもを片付ける。艦長、射程に入り次第打ち方始め! 全力で叩き潰せ! ただし針路そのまま。あくまで目標は船団だ!」
突撃開始から一五分近く過ぎたとき、互いの針路から相対距離が急速に縮まるなか、
「敵先頭艦、発砲!」
リョースタ型の中央部で巨大な主砲一基がこちらへゆっくり指向したかと思うと、盛大な煌めきと黒煙が敵艦から生じた。
距離五五〇〇メートル。
「・・・最大射程か。敵さん、気合入ってるな」
首を竦める者もいるなか、グリンデマンの姿勢は微動だにしない。
鈍く、重々しい飛翔音がしたかと思うと、戦隊のずっと前方で巨大な水柱が上がった。リョースタの三〇五ミリ砲の砲弾は、ただそれ一発で三二〇キログラムもある。
加えて、敵二番艦もほぼ同時に発砲を始めた。
こちらは二〇三ミリ砲弾。
その約八二キログラムある砲弾は、ファザーンの外側で遠弾になった。
「ふん。だが射撃技量がなっちゃいない。この距離で当たるか!」
あるいは、それは負け惜しみにちかい嘯きであるとグリンデマン自身が自覚していた。
こちらの一二センチ砲は、まだまだ距離を詰めなければ届きもしない。
「回せ! 回せ!」
既に最大戦速に達しているが、もっと罐に石炭をくべろと急かす。
「艦長、ぶっ壊れちまいますよ!」
伝声管を通じて、ホルマンの返答が響いた。
「機関長。艦そのものが、ぶっ壊れるかどうかの瀬戸際だぞ!」
「・・・わかりました!」
機関室では、炊火兵たちが必死の石炭投入を続ける。
そのとき、敵がやや針路を変更した。
僅かに南へ寄せている。
「畜生め。こちとらは眼中にもないってか!」
グリンデマンは罵りながらも、どんな顔かも知らない敵将を、大した指揮官だと思っている。
こちらの襲撃を避ける気なら、北寄りに針路をとってしまえばいい。
だが南に寄せたということは、あくまで船団の頭を抑える気だ―――
距離五〇〇〇を切ったあたりで、グリンデマンは敵将の積極性と柔軟性を更に噛みしめることになる。
「うう・・・なんだ・・・これは・・・!」
それまで魔術通信と符丁とを用いて僚艦と連絡を取り合い、周辺探知にも努めていたヴェーヌスが呻いた。
ブルドッグ種の厳めしい顔つきを、更に歪めている。
「どうした、ヴェーヌス」
「・・・これは・・・ あいつら、魔術通信上で何か叫んでます!」
「何かとは何だ!」
「それが・・・ まるで意味の無い言葉ばかりです・・・ 大声でわぁわぁ怒鳴っているような・・・ これでは魔術通信は使えません!」
―――魔術通信妨害。
のち、エルフィンド軍が多用するようになる戦術の嚆矢だった。
魔術通信は、ダークエルフ族などが例えたように、言ってみれば大声で遠距離から怒鳴り合っているようなものだ。
ならば、それにもっと大きな騒音を覆いかぶせてしまえばいい。
「言葉」は何でもよかった。とにかく魔術通信波上で、数を投入して、騒いでしまえばよかったのだ。誰もかれもが集中力を働かせれば魔術通信がやれた白エルフ族には、それが可能であった。
そんなもので脳内を搔き乱されれば、浴びた者はもう通信はおろか、探知も使用不能に陥った。
ベラファラス湾海戦やファルマリア追撃戦で起きた現象を、逆手に取った代物である。
「よし、わかった。ヴェーヌス、お前、魔術の集中力とやら、構わないから切ってしまえ。通常の信号長としての職務に集中しろ」
「はい、艦長。すいません・・・あの二隻以外に敵艦はいないのは間違いないようです」
「よしよし! それだけわかれば十分だ!」
グリンデマンはそれを警戒していた。襲撃運動を始めたところで、別の敵艦に出現されて船団を狙われでもしたら、たまったものではない。
また、通信上においても魔術力が使えないなら。
僚艦とは、昔ながらの方法、旗旒信号を用いるまでだ。
「距離、三〇〇〇!」
バルクが叫んだ。
「よーし、打ち方始め!」
掌角長が、砲戦開始の喇叭を吹き鳴らす。
グリンデマンの号令一下、それまで前甲板で待機していた砲員たちが、一二センチ砲を発砲した。
僚艦は、旗艦の発砲を発令代わりにする。
砲撃はたちまちのうちに屑鉄戦隊三隻全てで開始された。
「砲撃を集中しろ!」
露天艦橋に立ったままの、双眼鏡を構えるカランシア少将や幕僚たちの前では、リョースタの主砲砲塔が発砲のたびに旋回して正位置に戻され、砲身を傾け、船体に埋め込まれた巨大なラマー式の装填機構から砲弾を詰め込むという作業を繰り返していた。
リョースタの三〇五ミリ主砲は、キャメロット式の前装式。
例えどれほどじれったく思えても、そんな作業を繰り返さなければならなかった。
カランシア少将の隣では、小賢しい敵艦たちの艦上で砲火が煌めくのを認め、リョースタ艦長が呻きつつ、既に射撃を開始していた副砲群の左舷側全てに加え、水雷艇迎撃砲の射撃を命じた。
艦上構造物の後ろのほうから、ぱん、ぱん、ぱんという、連続したやや軽い射撃音が始まる。
―――グラックストン式三七ミリ水雷艇迎撃砲。
星国人の発明したあのグラックストンの口径を、三七ミリという大きなものに変えた代物だ。
大型艦にとって一大脅威となりつつあった、水雷艇の接近を防ぐために生まれた速射砲である。
副砲群の水柱に混じって、連続した小さな小さな水柱が、敵の旗艦と思われるもの―――戦闘旗をたくさん揚げた艦に集束していく。
着弾の閃光が煌めいた。
歓声が上がる。
まずは副砲による戦果らしい。
九時一二分。
「ファザーン被弾!」
屑鉄戦隊で最初に大きな損害を受けたのは、ファザーンだった。
リョースタに六門、ヴァナディースに四門あった口径九・五二センチの、二〇ポンド副砲のうちのどれかが、まず右舷側で至近弾になった。
至近弾といっても、炸裂した弾片が降り注ぐだけでも、コルモラン型のような小さな艦には脅威だ。
不幸なことに、最初の弾片は同艦の艦橋に飛び込み、羅針儀周囲にいた者たちを切り裂いた。
なかでも艦長が酷かった。
ファザーン艦長はこの損害で右胸を抉られ、同時に右腕が吹き飛ばされた。
大量の流血をし、その場に蹲り、それでも、
「突っ込め・・・突っ込め・・・」
しばらくは、うわ言のように呟き続けていた。
この損害を皮切りに、ファザーンには着弾が集中した。
その艦影は、着弾の閃光と噴煙があがる度にぼろぼろとなっていき、やがて艦首右側側面へとヴァナディースの主砲弾と思われる二〇三ミリ砲弾が命中、巨大な破孔を生じさせ、右舷側へと横陣を離れ落伍していった。
ファザーン艦長は艦内混乱のなか、艦橋構造物下へと運び出されたが、既にそのときには戦死していた―――
次に甚大な被害を被ったのは、コルモランだった。
コルモランは、二発のリョースタ主砲弾に夾叉された。この際に左舷中央付近で爆発した弾片が、左舷側の四七ミリ副砲にいた砲員たちを薙ぎ倒し、そのまま一挙に煙突、艦橋探照灯を破壊、後部マスト中ほどから上を切断してしまった。
次に艦橋へと三七ミリ水雷艇迎撃砲弾が飛び込んで、コルモランの艦長を殺傷した。
彼が立っていた付近の海図台は鮮血に染まり、遺体は見る影もなかった。
同艦はこのあと、辛うじて生き残った航海長の指揮のもと戦闘を続行する。
その様子は、メーヴェからも望見出来た。
「なんて奴らだ、打ち返しやがった!」
「いいぞ、コルモラン!」
コルモランは射撃を続け、この砲弾がリョースタ左舷の短艇一隻を破壊。烹炊煙突を貫いて、第二煙突側面に大穴を開けた。
屑鉄戦隊側の射撃は、リョースタに集中した。
艦橋構造物、左舷中央部、艦首、左舷後部、前部主砲塔側面―――
だが殆ど大きな被害はなかった。左舷中央部に命中した際、同所にあったパン焼き所を破壊し、艦橋構造物脇に命中したとき、カランシア少将の副官をやや慌てさせ、彼女に司令塔への退避を促した程度である。
リョースタの舷側装甲は、信じられないことだが厚さ一メートルを超えている。
チーク材を鉄材で挟み込んだサンドウィッチ状の分厚い装甲は、船体の舷側上縁付近を帯のように覆っている。
屑鉄戦隊側の砲撃は、どうしてもこれを貫くことが出来なかった。
短艇を破壊し、索具の切断し、上部構造物の幾カ所かを損傷させたが、もっとも大きな損害で六番副砲基部に命中した一発が、同砲を操砲不能にしただけだった。
露天の艦橋と違って、分厚い装甲に囲まれているがゆえに安全な司令塔への退避を促されたカランシア少将は、叫んだ。
「私のことなど構わん! それより残る二隻を黙らせろ!」
彼我の距離は既に二〇〇〇メートルを切り、一五〇〇メートルを突破し、一〇〇〇メートルに迫る勢いであった。
エルフィンド海軍側は、ようやくこのときになって、少しばかり慌てた。
思いもがけないオルクセン側の抵抗に、誰もが焦りの色を見せはじめていた。
屑鉄戦隊残存二隻の突撃軸を躱そうと、更に南側に舵を切っている。
だが、屑鉄戦隊もまた変針―――
船団という名の母猪を護る子猪たちのように、食らいついて離さない。
このときまでに、メーヴェもまた多数の被弾をしていた。
ファザーン、コルモランが盾となってくれたお蔭で、その殆どは至近弾による弾片被害だったが、それでも左舷副砲を吹き飛ばされ、上部構造物で第三格納庫が炎上、もっとも大きな被害は煙突基部に四本あった機関通風筒のうち二本を残骸に変えられてしまったことだ。
機関室の温度は、急上昇した。
冷却系魔術刻印版の処理能力を超え、摂氏四〇度に達した。
焚火兵も四名のうち一名が倒れて、ホルマン機関長と残る三名が必死に石炭の投入作業を継続していた。
一二センチ砲の射撃も絶えなかった。
砲架式の同砲に、揚弾装置は無い。甲板上に開け放ったハッチ一個所を通じて、水兵たちが弾庫からリレー式の必死の給弾をやる。この水兵たちが、次々と弾片に薙ぎ倒されていた。砲員も同様である。
あるときなど、これはおそらくリョースタ主砲弾による水柱だったが、その水柱が盛大に艦首甲板を押し流し、それが去ったときには二名の水兵が姿ごと消えていた。
そしてそれほどの波が洗いながら、拭いきれないほどの流血があちこちにあった。
だが―――
その度に誰かがやってきて、交代した。
「打て! 打て!」
艦橋からバルク砲雷長が叫び続け、砲撃は続行した。
彼らは不屈であった。
まるであの不屈の気概を維持したまま、戦闘を継続している。
だが距離一〇〇〇を切ったとき、右舷側でコルモランが―――最後まで残っていた僚艦コルモランが落伍した。
同艦の艦首上部左舷側に、リョースタの主砲弾が命中。
金属の軋みと、盛大な爆音が去ると―――
なんと艦首が丸ごと海面下に垂れ下がっていた。竜骨だけに支えられ、完全に切断されることはなかったが、返ってそのために膨大な抵抗力が艦首周辺に生じ、コルモランはつんのめるように停止した。
「ああ。畜生。悪魔め!」
ヴェーヌスの呟きの横で、グリンデマン艦長は制帽を吹き飛ばされていたものの、いまところ無事だった。
いつ制帽が無くなってしまったのかは、グリンデマン自身にも分からない。
ただただ、
「突っ込め、突っ込め!」
声も枯らさんばかりに指揮を執り続けていた。
そして―――
「艦首発射管、準備よし!」
「よーし! 魚雷、発射!」
九時四〇分、きっと船団が味方港湾に逃げ込んだに違いないころ、メーヴェは距離二六〇メートルからリョースタめがけて衝角発射管から魚雷を発射した。
「・・・・・・・」
重く、鈍い轟音と衝撃が左舷艦尾方向からあり、カランシア少将は目を細め、眉を寄せた。
なんて奴らだ。
なんて奴らだ。
まるで食らいついてきたまま離れない。
茫然としている艦長に、彼女は叫んだ。
「艦長、舵を切れ! 敵艦はまだ突っ込んでくるぞ!」
「総員、何かに掴まれ!」
メーヴェは、ついに衝角突撃に成功した。
小さな船体に比し、鋭く長い衝角は、リョースタの左舷艦尾付近に突き刺さった。直前にリョースタが舵を切ろうとしたため、やや斜めに突っ込むかたちになった。
それでもリョースタ水線下の、装甲に守られていない船腹脇腹に牙を立てたのだ。
衝撃で誰も彼もが吹き飛ばされるなか、艦橋前縁の金属柵を掴んで耐えたグリンデマン艦長が真っ先に自我を回復した。
伝声管に叫ぶ。
「機関長! ホルマン! 後進だ、後進一杯!」
立ち上がった水兵がしがみ付くようにして、エンジンテレグラフを操作し、その命令をそちらでも伝達したが―――
「・・・・・・艦長、申し訳ありません。機関がやられました」
「・・・そうか」
メーヴェはリョースタに突き刺さったまま、離脱できなくなった。
双方で次々と正気に戻る者が増えるなか、
「急げ! 急げ!」
艦橋から甲板へと駆けたバルク砲雷長が、それまで右舷副砲を操砲していたたった四名の海兵隊員をかき集め、小さな小さな小銃射撃班を作り始めていた。
「艦長! 艦長! 伏せて下さい!」
見上げてみると、高い壁のようなリョースタの舷側上で、あちらの海兵隊員たちなのだろう、集まり、小銃を構え、射撃を始めた。
バルクたちが応射する。
伏せ、頭を抱えた視界の隅で、グリンデマンは信じられないものを見た。
衝撃から立ち上がった一番砲の砲員たちが、射撃を再開しようとしていたのだ。
―――こんな距離で!
もはや己たちは助からないと思い極め、極近距離からリョースタめがけ砲撃するつもりらしかった。
なんて奴らだ。
なんて奴らだ。
だが、見下ろす位置にあるぶん、リョースタ側の攻撃のほうが早かった。
銃弾の雨が次々にメーヴェ艦上に降り注いだ。
メーヴェの幹部たちのなかで、最初に撃ち倒されたのはバルク―――あの猥談の上手い、それでいて任務中は真面目極まりなく、アンファウグリア旅団の姿にダークエルフ族の内心を慮ってやった素晴らしい牡、ドワーフ族の砲雷長ドゥリン・バルクだ。
彼は集中射撃を浴び、頭部と胸部を銃弾に貫かれ、艦橋構造物脇に斃れ込むようにして絶命した。
海兵隊員たちがその後に続くのに、そう時間はかからなかった。
砲員たちも撃たれ、とくに給弾手の殆どが死んだ。
グリンデマンにも銃弾は降り注いだ。
胸を撃たれ、肩を撃たれ、鮮血に染まり、もういけないと思われた。エリクシエル剤を抱えた衛生兵は、射撃を受けて艦橋階段から舷側へと転がり落ちている。
「艦長・・・! 艦長・・・!」
信じられないことだが、ヴェーヌス信号長は無事だった。
彼は小柄で、羅針儀が影になり、まるで無傷だった。
―――こいつ、こんな小さな身でまだ俺のことを心配してやがる。
グリンデマンは、それが哀れで仕方なかった。
コボルト族を戦場に連れてくるなど、どうかしている。こんな小さな生き物たちを。
「・・・ヴェーヌス」
「はい、艦長」
「お前、温熱式刻印版、胴衣の襟に着けてたな」
「はい、艦長・・・?」
「なら。なんとかなるかもしれんな・・・」
グリンデマンは立ち上がると、一挙にヴェーヌス曹長の襟を掴んで抱き上げ、駆け、艦橋見張台から渾身の力で舷側へ、海へと放り投げた。
「せめてお前は生き残れ!」
その背に、銃弾が降り注いで、グリンデマンは艦橋柵に引っかかるような姿になって、最後の瞬間を迎えた。
艦首一二センチ砲で最後に生き残っていた砲員二名が、同砲を発射したのはそのときである。
盛大な轟音と衝撃とが、リョースタ及び、もはや甲板乗員の殆どが生き残っていないメーヴェの双方を再び襲い、両艦はリョースタ側の前進惰性も相まって離れた。
漂うメーヴェと距離が開くと、やや北側に舵を切って両艦を避けていたヴァナディースが、これに射撃を集中した。
―――一〇時二五分。
メーヴェは轟沈した。
同艦で助かった者は、のちに総員退去を発令したコルモランの短艇に救われた、ヴェーヌス曹長ただ一名である。
屑鉄戦隊は。
あの明るく、不屈で、例えどれほど困難な場面でも茶目っ気を捨てなかった牡たちは。
良い奴も、冗談の過ぎる奴も、何とも理解かねた奴も。誰も彼もが。
罵りつつも愛してやまなかった乗艦とともに、本当に文字通り屑鉄になり果てるまで戦い抜き、壊滅した。
リョースタ艦上では、深刻な空気が漂い、満ち、濃くなり始めていた。
浸水は応急班員たちの奮戦努力もあり、一区画で止まっている。
沈みはしなかった。
これだけなら、まだどうとでもなりそうであった。
戦闘能力にも、ほぼまるで損害を受けていない。
だが最大の問題は―――
リョースタの舵が、まるで効かなくなったことだ。
どのように努力をしても、左へ、左へとしか旋回できなくなった。
いかな衝角攻撃を受けたとはいえ、メーヴェのような砲艦のそれでは船体首尾中心線上の主舵まで到達するとは思えない。
どうも魚雷による損傷らしかった。
「なんて奴らだ・・・」
カランシア少将には信じられなかった。
たった三匹の子猪が己たちの全滅と引き換えに、母猪を護り切り、巨大な獅子の腱を食い破っていた―――
(続)
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