第15話 すばらしき戦争③ モーリアの戦い 下編
「突撃にぃぃぃぃぃ前へぇぇぇぇぇ!」
吹き鳴らされる突撃喇叭のもと、連隊旗と連隊長とを最先頭にして、攻撃発起点から真っ先に市街地突入を開始したのは、第七擲弾兵師団の各擲弾兵連隊だった。
「魔術通信封止、解除!」
彼らは、市街地東部から突入を開始した。
ここが第七軍団の主攻地点―――主に攻撃を行うと定めた場所である。
なぜなら、この地点、モーリア市において大きくその城壁が取り払われていたからだ。
こんなことになってしまっていたのは、鉄道という近代的存在が関係している。
星欧世界の古い城壁都市にとって、この近代的存在を取り込むのはなかなか厄介な問題だった。
なにしろ市街地の中心地が、分厚い城壁で囲まれてしまっている。鉄路をそのなかにぶち抜いて駅舎を作るなど、簡単に出来ることではなかった。
ではどうするかというと、たいていの場合、城壁の外に新市街を作って、あるいは元々そうやって住民数増加で広がった新市街へ、鉄道を通し、駅を作った。
モーリア市の場合、この新市街が東側に広がっていた。
つまり、第三軍にとってもっとも無傷で確保したい存在がそこにあった。
しかもこのように城壁外新市街に鉄道を通した場合、何が起きるかというと、新市街側でそれまでの時代では考えられなかったような動流と物流が出来る。商業地が広がり、人も荷も往来して、旧市街などまるで見向きもしなくなるほどの繁栄が出来上がっていく。
すると、旧市街側は何をやるか。
繁栄を取り込もうと、この段階になってはじめて城壁を取り壊してしまうのだ。これが往々にしてあった。
モーリア市はまさしくその事例で、東側にあった旧城門の一つを中心にしてその周辺を撤去してしまい、新市街から続く大通りを整備していた。
第七師団は、喉から手が出るほど欲しい鉄道と駅舎を確保し、新市街を制し、さらにこの大通りから旧市街へ突入、占領して、街を丸ごと手に入れようとしたのである。また真の目標、鉄道橋へは、この新市街から一部部隊を割いて進出、確保する事前計画になっていた。
だから、軍団の砲はみな旧市街へ向けて砲撃した。
新市街へとは、誤射もおそれてまるで砲撃しなかった。突撃が始まって以降は、味方を撃つ恐れがあまりに高く、旧市街を含めて一切撃たない取り決めにもなっていた。
発砲をしないという点では、突撃する歩兵たちも同様である。
彼らはこのとき、格別の指示がなければ弾を込めずに突入した。最初から銃剣を着け、白兵戦で相手を斃すことを想定していた。
これは当時のオルクセン軍教令の定めるところだった。
オルクセン軍は、あくまで火力戦に主眼を置いている。
突撃を行うのは、相手がよほど弱ったときや、夜間に限るとされていたから、それには目標に対してそっと近づき、距離を詰めてから行うのを良しとしていた。
兵たちに弾を込めさせると、静かにしていたい間まで発砲してしまう恐れがあったから、突撃後に必要に駆られてから将校が号令をかけ、装填、射撃することになっていたのだ。
「一般に銃を装填せざるを可とす。銃剣を装着すべし」
「攻者は奇襲によりて成功を求め、白兵をふるい、喊声を発し、敵に突進す」
武器は、腕力、脚力、体力。己が四肢。
そして喚声である。いざ突撃をはじめたら部隊を挙げて吶喊の声を上げ、敵を威嚇すべし、そのように定められていた。
モーリア市側では、これにも仰天した。なにしろ、まだ砲撃の衝撃に茫然自失としているところへ、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
突入したのは第七師団の四個擲弾兵連隊のうち予備隊指定の一個を除く、約六〇〇〇。
そんな数のオークの集団が喊声を上げ、地鳴りまで伴って突っ込んできたのだ。
まるで夜空も大地も震わせるほどの咆哮だった。市民などにすれば、目にしただけで失神や失禁を催すような光景だ。
各連隊は、重ねて鉄道線の確保を最優先とした。
そうして周囲市街地へと進出していくなか、無抵抗の市民は住居のなかへと引っ込めさせつつ、どうやら敵の抵抗は非常に弱いようだと感得された。
旧市街にいたエルフィンド軍国境警備隊主力は、砲撃を浴び、指揮官を失い、混乱もし、ようやくこれから立ち直った僅かな兵力が、三々五々の抵抗しか示さなかったのである。
夜間空中偵察隊の報告も同様だった。
第七師団長グロスタール中将は、幕僚たちの進言も受けつつ、東部新市街最北端へと突入していた隷下の第二五擲弾兵連隊へ、鉄道橋への強硬渡橋を命じた。同橋と、その北側対岸を確保しようとしたのだ。
「よし、やるか!」
二五連隊長は、奮起した。魔術通信により麾下三個大隊の攻撃部署を区所すると、自ら連隊旗とともに最先頭に立ち、鉄道橋を渡った。
「牙の折り場所は、
一個大隊が続き、更に一個が後続、また一個はこちら側で援護射撃の体制をとり・・・そんな具合で、連隊は軍待望の鉄橋確保に成功した―――
では、このような動きを行う第七師団に対し、第九師団の役割は何か。
陸上戦闘は何もかもが同時に起こり、有機的で、臨機に変じていくためとてもわかりにくい。なるべくご理解いただけるよう、ひとつ例えてみたいと思う。
オルクセン軍という鍛冶屋がいて、モーリアという名の「鉄」がある。
鍛冶屋は砲弾という名の炎を吹き込むことで鉄を溶解させる。
溶かされた鉄を打つ「槌」が、第七師団。
第九師団は、これを受け止める役、「金床」だった。
市東部への突撃が始まると、第九師団はモーリア市南正面近くから西端にあって、城壁を銃撃しながら距離を詰めた。
教令を意図的に無視した発砲であるから、これは陽動である。
敵の目を引きつけておいて、第七師団に旧市街地側面を叩かせようとした。
渡河したコッホ大隊の役目も、基本的には同様。
彼らはパウル〇一を対岸側面から射程に収めて、管制下に置こうとした。ただし彼らにはより積極的な役割も授けられていた。
北側対岸には、国境警備隊の、一個大隊規模の分屯地があることがわかっていた。
モーリアから見ればパウル〇一を渡ってすぐのところ、その東側。
コッホ大隊はこれを襲撃した。時間的にいえば、砲撃戦が始まったころになる。
俄かな砲声と旧市街への着弾に、何事かと飛び出してきた国境警備隊に対し、横隊展開して分屯地への小銃射撃をし、また馬舟を使って持ち込んだ二門の五七ミリ山砲を使い、弾薬箱で担がせてきた砲弾を撃ち込んだ。パウル〇一方向へと進ませないようにしたのだ。
「魔術探知波感知!」
このモーリアの戦いにおける、数少ないエルフィンド軍側の組織的抵抗のひとつがここで起きた。
緑の軍帽、同色の上衣に黒い軍跨、革製長靴というエルフィンド軍将兵たちが、分屯地と、道路端の傾斜、側溝とを利用して、コッホ大隊に対し射撃を始めた。
大隊側もこれに応じた。
野外に伏せ、小銃に弾を込め、狙い、撃つ―――
このとき、彼らが装備していたのはあの高性能極まるGew七四ではない。その一世代前の銃で、技術的には同系譜のものとなる槓桿単発式小銃のGew六一、その後期生産型だった。
この小銃の、ましてや猟兵の使う短小銃型となると、エルフィンド軍の小銃に対し射程の面では必ずしも秀でてはいなかった。
ただしあの
五七ミリ山砲は、山なりの砲弾を分屯地へと放った。抵抗拠点を破壊し、エルフィンド兵を屋外へと引きずり出すためである。
短時間だが、激しい戦闘が起こった。
しかしながら、コッホ大隊の将兵たちは、やがて奇妙な事実に気づきはじめた。
「あいつら、どうして伏せないんだ・・・?」
確かにそれはオルクセン軍側にすれば奇妙な行為であった。
せっかく遮蔽物があっても、エルフィンド軍側は膝射―――片膝をついたような姿勢で射撃戦を行ったのだ。
これでは撃ち斃してくれと言わんばかりである。
実際、戦闘経過はそのようになった。
良射点を確保しながら多くのエルフィンド軍兵士が撃たれ、死に、昏倒して、やがて国境警備大隊は北方へと壊走した。
残敵掃討が済み、壁面や屋根の一部を自らたちの手により破壊した分屯地へと入ったコッホ大隊は、周辺地域を確保しつつ、これを本隊へも伝え、パウル〇二方面を旧市街から壊走していく敵への射撃もした。
このころには魔術通信封止を解除した、大鷲隊の本格的支援も受けられるようになっており、これは何よりもありがたかった。
やがて夜明けちかくになってパウル〇一を渡橋してきた連隊本隊と合流を果たし、役目を交代して、つかの間の小休止に入ったのだが―――
「大隊長殿」
「なんだ?」
小隊ごとに横一列になって座り、分屯地の小ぶりな営庭で休憩をとるなか、従兵がおずおずと声を上げ、コッホが答える。
分屯地跡には井戸もあったが、このとき彼らはまだ手をつけていない。
オーク族兵特有の、二リッターも入るアルミ製水筒から水分を摂った。
エルフィンド軍が撤退に際し井戸へ毒物等を混入していないか、検査を待っていたためである。「各井水検査し、その飲料に適するに否やを標示すべし」。オルクセン軍教令には、そんな規定まで存在した。
「連中、なぜ伏せないんでしょう? 膝射ばかりでした。あれではまるで的です・・・」
「ふむ。そうだな・・・」
コッホは眼前にあった回収した鹵獲兵器がうず高く積まれた山から、エルフィンドの小銃を一丁取り出した。
「皆も聞け。俺たちの小銃と、少し格好が違うのがわかるか?」
「はい、なんだか
「うん、その通り。こいつはレバーアクション式。元はキャメロットの作った、メイフィールド・マルティニ小銃という」
コッホは、その小銃の下部、銃床近くにあった大きな作りのレバーを、金属音を立てながら、下方へと押し下げた。
すると、上方の機関部が口を開けた。
「こいつはこうやって弾を込める。おい、この動作、伏せてやってみろ」
「はい・・・」
周りの兵たちも寄り集まってきて注目するなか、従兵はその動作を試みた。
「きついです・・・ レバーが、地面に当たっちまいます」
「そう。それが理由だ。上体をうんと逸らしてやればやれんこともないそうだが。それはそれで被弾しやすくなるだろうなあ・・・」
「こいつを使うのは御免被りたいですなぁ・・・」
ボヤく従兵に、兵たちが笑う。
「おい、お前ら。その銃は、威力のほうはかなりあるんだ。有効射程もGew六一とそう変わらん。侮って、こっちが的になるなよ。俺たちゃ、元の図体がでかいんだから!」
「はい!」
実はこの会話、極めて重要な点を含んでいる。
オルクセン軍はその幹部将校たちに、エルフィンド軍がどんな装備をしているか、その性能はどんなものか。優れているところや、欠陥はどこか。そんなことまで開戦前から教育していた、ということだ。そして彼らは機会をとらまえ、それを下士兵卒にも施す―――
朗らかに笑う兵たちを頼もしく思いつつも、コッホにはこれから気の滅入る作業が待っている。
コッホ大隊は、この戦闘で二名の兵を失った。
彼らの家族に、手紙を書いてやらねばならず、その文面を考えなければならない―――
第九山岳猟兵師団は、この夜間戦闘でもう一個所、大きな組織的抵抗に遭っている。
それは南側正面近く。
城門の一つ付近だった。
エルフィンド軍は、ここに小さな土嚢作りの、角面型の堡塁を造っていた。位置から見て、もともとは城門への通関的なものだったらしい。砲撃から堪え残った一個中隊ほどの兵たちがここへと陣取り、またその頭上の城壁上にも兵を配して、抵抗した。
距離を詰めていた第九師団第七山岳猟兵連隊が、これに遭遇した。
金床役は、まるで動かなくてよいというわけではなかった。
市の東西両面及び南側から圧迫を加えてやり、パウル〇二橋へと敵を壊走させる―――それが第七軍団の立てた作戦だったからだ。
三本全ての橋が確保できるならそれに越したことはないが、そのような欲をだして全てを失うことを第七軍団は恐れていた。
それにパウル〇二は、城壁築城時代に作られた古く幅の狭い橋であって、近代的な〇一と、鉄道橋の〇三が確保できれば御の字だとされていたのだ。
撃たれたのは、あのアルテスグルック中尉の属する大隊だった。中尉の直属上官である中隊長が従卒などとともに撃たれ、後ろへと仰け反るように倒れた。彼は、
「アルテスグルックに・・・あとの指揮をとらせろ・・・」
右胸部を城壁上から狙撃され重傷を負い昏倒するなか、後送される前にそれだけは告げることが出来た。配下の各小隊長のなかで、アルテスグルックがいちばんの先任だったのだ。
彼は臨機の中隊長となり、困惑しつつも、指揮官教令を必死に思い出しながら、指揮を執った。
彼が現役将校時代に覚え込んだころは、いまのものより版が古く、動員からこのかた新しい版を読み進めてもいたが、自信が持てなかった。
幸いというべきか、彼らの大隊長は即断的決断の下せる、能力に富んだ牡だった。
ただちに大隊に配された二門の五七ミリ山砲を角面堡に撃ち込んで、まずこれを破ることにした。
集中的に五七ミリ砲の榴霰弾が撃ち込まれて、これには成功した。
だが問題は城壁上の敵兵だ。突入して残敵を掃討しようにも、頭上から狙撃を受けてしまう。逆に突入できれば、城壁内側の階段からこれへと昇って、狙撃手たちをも掃討できる。
城壁上を砲で狙うのは危険すぎると判断された。
超過して、内部へ飛び込む可能性が高かった。
猟兵が手早く駆け、城壁に張り付き、援護射撃のもとその隊を角面堡に突っ込ませるしかない、という話になった。
「隊長。自分が。自分がやります!」
アルテスグルックへと名乗りを上げたのは、年嵩のあって厳つい顔の、元博徒の招集兵だった。
「ここで一花咲かせりゃ、故郷に大きな土産話が出来ますわい!」
「・・・うん。よく言ってくれた。だがお前一人では駄目だ。私も行く!」
元々の彼の小隊を尖兵とし、他の中隊各小隊を続かせるかたちで突っ込み、そして所属大隊丸ごとで援護射撃する戦術が立てられた。
援護射撃のなか、まずは攻撃発起点にふさわしい位置だと選ばれた、灌漑路へと飛び込む。
そうして、
「中隊、躍進距離一〇〇! 突撃にぃぃぃぃぃ前へぇぇぇぇぇ!」
右手にサーベル、左手に拳銃を持つアルテスグルックの隊は、あのオーク族特有の体力を全力で出し、城壁へと張り付き、ついで角面堡へ。飛び込むと、まだ数名生きているエルフ族兵がいたから、一気に刺突し、射殺した。
そしてただちに城門へと突入し、その両側にあった城壁への階段を駆け上がって、サーベルを振るい、拳銃を撃ち、部下たちも小銃と銃剣を使って狙撃兵を襲った。このころには、大隊丸ごとが突撃を開始してもいる。
―――これがモーリア市最後の組織的抵抗だった。
「やったな!」
「やりましたな、隊長!」
アルテスグルックたちは歓声を上げた―――
第七軍団は、最終的にはモーリア市と、三本全ての橋梁確保に成功した。これは第三軍司令部と総軍司令部をおおいに喜ばせた。ベレリアンド半島の中央部に、オルクセン軍が北進できる大きな破孔が穿たれたのである。
この深夜まで残敵掃討が続いたが、第七軍団の損害は極めて軽微だった。
朝には、北側対岸へと幾つも部隊が渡り、堅固な橋頭堡を築く。
発起点に残置していた輜重隊も追従運動を始めた。衛生隊なども同様。彼らは急いでいた。
補給隊は、どうにか昼までには部隊へ温食を提供しようと奮起していた。彼らの戦いは、むしろここからだ。水の検査や、確保や、展開や、瓦礫のなかでの調理。長い一日になるだろう。
作戦成功の理由としては、オルクセン軍が長年練りに練ってきた軍運用が極めて効率良く発揮されたこと、なかでも砲兵運用が良好だったこと、将兵たちの練度及び士気の高さがまず挙げられよう。
そしてやはり、エルフィンド軍側の弛緩、緩慢、慢心が大きい。
第七軍司令部が翌朝各所を見分していちばん驚いたのは、三本の橋に爆破のための事前準備は何もなされていなかったことだ。
これは彼らの感覚からすれば、信じられないほどの怠慢だった。
オルクセンでは、デュートネ戦争で国土に攻め込まれた経験から、国境地域の橋梁などにはその措置が施してあった。
例えば石橋には構造上の要所に故意に石材のはめ込まれていない箇所があり、小さな穴が穿たれている。いざ開戦となり不幸にも撤退を要する場合、ここに爆薬をしかけて橋床や橋脚を吹き飛ばしてしまう用意だった。
そんな手配は、モーリアの三本の橋のどこにもなかった。
鹵獲された火器や弾薬も驚くほど少なかった。
定数を満たしていないのではないかと思われた。
これは兵も同様で、捕虜や、死体を数え、あるいは捕虜尋問によって得た情報を総合すると、どうも二〇〇〇もの兵力は最初からいなかったのではないかという話になった。
第七軍団司令部は、半ば唖然とした。
いったい俺たちは何のために遭遇戦まで想定して戦備行軍をやったのか。何のために慎重に、だが大胆に橋を確保したのか。これについては、
「ダークエルフ族虐殺のせいだな」
ラング大将は幕僚たちへと断じた。
「奴ら、ダークエルフ族を自らの手で駆逐しちまった。国境警備にあたっていた兵力だったのだろう? まだあれから一年だ。志願制じゃ、補充しきれん。自らの手で、自らの首を絞めちまったんだよ、白エルフどもは」
あの角面堡は。
街の警備のためのものなどではなかった。捕虜の尋問によれば、ダークエルフ族駆逐の際に使われた通関だったという―――
アルテスグルックはそのようなエルフィンド軍の弛緩の結末の、一端を目撃している。
「どうされました、隊長。どこかお怪我でも・・・?」
空が白みはじめた城壁上で、兵たちに手持ちの煙草を配ってやり、様子を確認したあと、少しばかり茫然と蹲って休む彼は一点を見つめており、元ヴルスト売りの兵は訝しんだ。
「いやなに―――」
戦闘後、一挙に虚脱と睡魔が襲ってきていて、軍装の土埃を払う発想さえ出てこなくなっていたアルテスグルックの声音は平坦だった。
オーク族の軍隊のあの強力な体力は、決して無尽蔵ではない。
疲労もあれば運動後の空腹もあり、軍の規定は激しい戦闘をやった隊を極力予備隊と交代させるべし、そう定めている。個の力ではなく、集団の力で対処する。これはオルクセン軍における戦術思想の大きな要素の一つだった。
「そこに斃れている、エルフィンドの将校を見てみろ。何か変だと思わないか?」
部下たちとともに休息を与えられた彼の視線の先には、城壁に肩を預けるように斃れた、緑衣に黒跨のエルフィンド軍将校の死体がまだそのままにあった。心根の優しいところのあった元ヴルスト焼屋台曳きの兵は、少しばかり不憫に思いつつそれを確認する。
「・・・ううん・・・私にはわかりませんが・・・」
「わからんか? ブーツだよ。ブーツを左右逆に履いてやがる。よほど慌てて飛び出したんだろうなぁ・・・」
アルテスグルックはこの戦闘で、兵を失わずに済んだ―――
(続)
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