第27話

(27)


 僕は聞いたことのある言葉をきいて、薄暗闇に立つ、比嘉鉄夫を見た。

「…おうよ、知ってるか?今はこの業界じゃ、ゴレームなんて言わねぇ、古臭くて。魔模造品(マプリカ)というのよ」


 マプリカ…?

 つまり

 ゴーレム。


 僕の記憶の中である映像が浮かぶ。それはミレニアムロックの旅で出会ったあの二体の木像。それは生きた物の様に動いた。そうそれこそ、仁王像。

 比嘉鉄夫はつまり、その時僕が知ったゴーレムの事を言ったのだ。

 つまりあれは精緻にできた人型模型、それに命が吹き込まれて動いていたという訳だ。

 何をするために。 

 それは僕を追跡するために。

 そして奴はそいつをもろともに破壊したつもりだったのだ、それは僕と共に。

「まぁ今の業界じゃ、泥で何て模型は作らねぇ、新しい素材が沢山ありやるからよ。ビニール、PVC、樹脂プラスチック成型品作成には事足りるくらいに十分なものがある。だからいつまでも古い言い方なんじゃ、時代のニーズにあわねぇってことさ、

 分かるだろう?オメェだって新しい言葉のほうが新鮮で営業の成績も上がるって仕組みがよ!!」


 分かる。

 それは…。

 しかし初めて聞く言葉は知らない人にとっちゃ、全く何のことか分からない。


 だから

 言葉って大事だろう。

 大切にすべきだ。

 古い言葉であろうと、長年培われて来た意味があるんだ。

 違うか?

 仁王さん。


 僕は自然に心の中でそう締めくくった。

 なぜなら

 じりじりとあいつの圧が近寄って来るからだ。

 まるで暗雲を引き寄せて迫りくる魔人だ、今の比嘉鉄夫は。


 僕のドッペルベンガーが緑の光体を発して消えた。それを比嘉鉄夫の目が捉える。

「ほらぁ、なるるだろう?」

 比嘉鉄夫が首を暗闇で回すのが見える。それから指をぽきぽきと鳴らす。完全に心理上ではあいつの方が今は完全に主導権(イニシアティブ)を握っている。


 僕は考えた。


 ――逃げよう。


「止めときな、逃げようなんて」

「何っ?」

 思わず僕は声を出した。

 それから比嘉鉄夫が噴き出すように笑う。魔人の相貌は非常に残忍だ。

「オメェはこの中津から逃げられねぇ。あれが止まるか俺がお前に倒されない限りな」


 ――あれだと? 


 よくしゃべる奴だ。

 あれこれと沢山のワードを。

 それこそ余裕の心理というやつか。


 比嘉鉄夫が遂に面前迄やって来た。そこで軽く鼻を指で擦る。満面に浮かぶ残忍さを浮かべあがらせた表情の中に慈悲は見えない。むしろこれからの事を思い浮かぶ、恍惚さが奴の唇を支配しているのが、僅かに震えている。


 良し、聞いてやるさ。

 そんなに余裕こいているのなら。


 僕は片膝立てたまま問いかける。

「…比嘉さん、じゃぁ聞く。あれとは何なのさ」

 その言葉に比嘉鉄夫は満足そうに舌なめずりをした。


 恍惚というキャンディーを舐めている、

 今、この瞬間、

 比嘉鉄夫は間違いなく。

 

 ぺろりと舌が上唇をなぞり、あはぁんと声を漏らした、奴は今恍惚の境地(エクスタシー)に辿り着いたに違いない。

「…いいだろう。魔術師。知らないだろうから教えてやる」

 うっとりとした表情で比嘉鉄夫の唇が言葉を形取り、世界に放たれる。

「あれとはなぁ…」

 僕は意識を集中する、。奴の言葉を理解するために。

「魔界ジオラマのことよ」


 ――魔界ジオラマ?


 僕は目を開ける。

 なんだって。

 瞬間的に僕の頭脳が与えられた公式を解いて『解』を導く。

 そしてその『解』とは


 ゴーレム。

 魔界ジオラマ。

 つまりこれらを使えるのは…


『魔女(ウイッチ)』


 僕はそこで再び比嘉鉄夫の語る『彼女』の意味に触れた。

 僕と松本を知る『魔女』で彼女と言えばただ一人…


 つまり

 僕は呟いた。


「…三上麗奈」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る