第22話

(21)

 


 静寂に静まりかえる場所がこの世界、この時間、此処にある。

 それは阪急中津駅の高架下。

 行き交う人は誰もいない。

 いや、正確には先程この暗闇に逃げ込んだネズミが一匹。

 比嘉鉄夫は高架下を舐めるように見る。黄金色の中で染まる紅色の瞳孔に映るのは遠くに光差し込むまるで巨大は地下ラビリンスのような光景だった。

 それを見てふと懐かしいと思った。

 よく仕事帰りに工場の仲間と何人かで夜ここを通った。ここには夜屋台のラーメン屋が出ていた。そしてそこにいつも腰掛け、酔って空く腹にラーメンを流しこんだ。

 しかし今はもう遠い思い出のようだ。

 自分はあの時、その少女の言葉に無残にも心が砕かれ、仕事辞めて、今は家のといを伝い流れる落ちる雨雫の様に生きている。

 まるで人間じゃないように。

 だが、そんな俺自身を救う人が現れた。

『彼女』

 正直、名前は知らない。

 知らなくてもいい。名前何て人生にどれほど重要な事かと俺は思っている。

 銀行の口座を開く、引っ越しをする、そんな程度でしか必要の無い物だ。

 違うか?

 何か名前があれば神の救いが名指しで受けれるっていうのか?

 なぁ教えてくれよ。

 俺の心を覗いてる奴がいるならな。


 …そうさ、彼女は言ったんだよ、この俺に備わった『力』を使ってこの世界の浄化をしようじゃないかって、そう『新世界』を造るんだと。

 その新世界創設の為に俺の力は必要だと、この俺の手を握りしめ、彼女に言われたんだ。

 ――『魔』を振り払う、祓魔師(エクソシスト)こそ、あなたの新しい仕事なんだと。


 そして『魔』を振り払う為に魔術師を退治しなさいと。

 それが出来れば私とあなたは新しい世界で繋がれ、永遠の恍惚境地(エクスタシー)になるだろう。


 恍惚境地(エクスタシー)!!

 ひゃっほうぅうう!!


 狂声叫ぶ男の声が高架下に響く。

 すると空間が裂けて黄金色が噴出し、やがて路面に激しく岩石がぶつかり砕け散った。


「出てきやがれ!!魔術師のぼんくら野郎!!この俺様の力で粉々にして、彼女の下に連れ出してやる!!」

 比嘉鉄夫は叫ぶや股間をまさぐる。

 まるでそこに全てのエネルギーが蓄えられているのか、せわしなく手で揉む。


「まぁ五体が岩石でミンチみたいに吹きとばなけりゃな!!」

 

 ひゃぁほっほうぅううううう!!


 再び空間が裂ける。

 だが、空間は避けただけで、そこから何も飛び出さなかった。

 ただ、開いて閉じただけだった。

「…ちっくしょう、感情を爆発過ぎて、ストックが無くなっちまった『神秘力(マナ)』ってやつがよ!!」

 比嘉鉄夫を笑い声が天井を震わす。それはやがて闇へと吸い込まれた。

 その吸い込まれた暗闇の先から声が聞こえた。

「…何が『神秘力(マナ)』だ、あんたのは唯の性欲、いや精力じゃないか。『神秘力(マナ)』なんかと一緒にされちゃこまるぜ」


 僕の声を聞いて、暗闇から出て来る僕を睨みつける比嘉鉄夫の貌が見える。暗闇の中でこちらを睨む奴の相貌まるで本物の魔人の様だ。

「聞きな、比嘉さん」

 僕は指差す。

 黒いベールを纏う僕はさながら漆黒の魔術師だ。

「あんたの大体の力っていうのは隠れて見ている内に分かって来た」

「ほぅ?」

 比嘉鉄夫の声の中に獰猛さが現れる。

「つまり、あんたの力は感情が爆発することで発現するんだ。そのでかいのが射精で後はちょっとした感情の爆発、まぁ現代で言うところの強度のストレスだ。そいつが溜まり溜まると惑星落下(メティオ・ストライク)という形になって発現する」

「だから…どうした?」

「分からないかな?仕組みが分かればあんたは簡単なんだ。とてもシンプルなんだ」

 僕は立ち止まる。

 相手との距離を充分に見計らって。

「で、なんだというんだ?オマェ」

 比嘉鉄夫が身構える。股間を強く握りしめる。

「止めておくんだ。もうあんたは僕を狙えない」

「何だと!!」

「嘘は言わない」

 にじり寄るような精神の壁が激突した瞬間の音が響いた。

 

 きぃやぁああああああ!!


 比嘉鉄夫の絶叫が鼓膜を襲った時、空間が綺麗に避けた。見事ともいうべき裂け目だった。如何に彼のストレスからの精神的開放の度合いが大きいか、僕には分かった。


「糞死にやがれ!!ぶちくそがぁ!!」

 

 黄金色から噴出された岩はまるで鋭利な槍のように僕へと向かって来た。

「貫きやがれ!!俺の槍(ジャベリン)ぃ」


 いいだろう、

 見事貫きやがれ

 この僕の身体を!!

 

 ドスン…


 それは鈍い音をして確実に僕自身を貫いた。

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