第11話

(11)


 ――またか?


 僕は警備員を見た。警備員も僕を見ている。それからこちらに近寄って来て僕に声を掛けた。

「――君ぃ!!」

「はい?」

「何か見なかったかい?」

 警備員が指を指して空を指す。

「えっ?」

 僕も指先を追う。追うと何かが見えた。見れば最上階近くのガラス壁が割れているのが見えた。

「最近、この近辺で起きてるんだよ」

「…何がです?」

「ああ、知らないだろうね。まぁ新聞とかにもなるようなことじゃないからね」

 僕は警備員がいう事が分からない。まぁ分からなくてしょうがないだろう。警備員が言ったように、何か些細なことなんだろうから。

「ビルの最上階付近というか、その辺のガラスが突如割れてしまうという事が起きてるんだよ」

(ガラスが割れる…?)

 僕は不思議そうにしていたのだろう。警備員がもの知らぬ人に言うような眼差しで僕へと語り出す。

「ああ、そうなんだ。当社が警備管理しているビルがこの北梅田界隈には多くあるんだけど、最近突如ビルの窓ガラスがひび割れているのが発見されているんだ。幸い、ガラスが割れるようなことにはなっていなかっただけど、高層ビルの窓ガラス何てそう簡単には割れやしない。それがどうもね、何かがぶつかって割れているようなんだ。それも鳥とかがぶつかってというもんじゃない。何かそのもっと固い物、まるで巨大な岩石でもぶつかって割れてしまった、そんな割れ方なんだ」

 そこまで言うと警備員は帽子を目深く被りなおした。被りなおすと呟くように言う。

「そりゃ隕石でも落ちて来たんじゃないかっていう者もいるけど、そんなの非現実的だ。しかし僕の管理するスカイビルでも、同じことが起きるなんて…、それも今回は怪我人すら、いやひょっとしたら死者が出ていたかもしれない」

 警備員の視線が避難させた婦人の方へ向いた。見れば婦人はまだ恐怖から立ち直れないのか、幼子を抱えたままその場から動いていない。

「君ぃ?」

 警備員が僕を見る。

「本当に何も見なかったね」

 僕は問いかけにやや遅れた感じで頷く。複雑な何かが自分を覆い始めている。

「…なりゃ、それでいいか。でももし何か思いだしたら教えてくれ」

 その言葉を言い残して警備員は救助した婦人の側へと歩き出す。耳を澄ませば遠くから救急車のサイレンが聞こえる。

 警備員か、もしく誰かが呼んだのかもしれない。 

 しかし僕には実は最後の警備員の僕への問いかけも、救急車のサイレンも心深く沈殿するような何かを探り始めた僕の耳にははっきりと聞こえていなかった。そう複雑な何かが僕を覆い始めていたのだ。

 その複雑な何かとは。

 そう、それは警備員が言った言葉。


 ――最近突如ビルの窓ガラスがひび割れているのが発見されている


 そして


 ――そりゃ隕石でも落ちて来たんじゃないか


 それが僕の中で交差して複雑な何かをとして覆い始めたのだった。

 僕は言葉を合わせながら記憶を探る。その記憶の中でリンクする言葉。

 それは松本からのメールに在ったあの言葉。


 ――近辺で発生した大小の事故


 そして


 ――『魔力』は天体からの惑星落下(メティオ・ストライク)型


 僕は瞬時にある人物の名を浮かべる


 ――比嘉鉄夫



 (こいつは何者なんだ)


 僕は全てを理解した。現実の世界から半歩ズレた非現実で生きる僕は分かる。つまりこの世界の非現実的なことは全て、非現実世界に生きる者が現実世界に何か『力』を持って作用させた結果なのだ。

 つまり最近起きている窓ガラスのことは全て『比嘉鉄夫』の仕業に違いない。

 そしてそれに力――つまり『魔力』を与えたのは人間の意思や思念に寄生する『魔香石(ラビリンストーン)』だという事も。


 僕はスマホを握りしめた。ルーン鉱石を含んだこのスマホが魔術師である僕にとっての唯一の武器。

 僕は起動している『魔術師の目(マジシャンズアイ)』の指し示す方向へと歩き出す。歩き出す先に見えるのはスカイビルの敷地内にある小さな雑木林庭園。

 恐らくそこに、比嘉鉄夫を居る筈だ。

 僕は唇を真一文字に閉める。

 もしかしたら、不本意だが戦いになるかもしれないことを心に刻んだのだ。


 しかし、勝てるだろうか。

 惑星落下(メティオ・ストライク)型の『魔力』を持つ、まだ見ぬ彼に。

 僕は自分を照らす陽射しから伸びる影を踏みながら、全身が総毛立つのを感じないではいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る