第3話
(3)
「いやぁこれは、これは、こだま君。朝から失礼しましたぁ~」
語尾が異様に伸びる。僕は電話口でその語調に触れて切れそうな勘を抑えつつ、相手に声を強く押して簡潔明瞭に話しかける。
「出来れば、つまらない用件なら切ってしまいたいんですが」
いやいや、ちょっと
電話向うで相手の焦るような声が響く。
「こだま君、この僕がわざわざ電話したんですよ、君の大先輩、いや師匠ともいえる大魔術師のこのわたくしがですよぉ!」
また微妙に語尾が伸びて、勘に触れて来る。
…あかん、
気持ちが切れそうになる。
だが、そんな感情をぐっと抑える自分を褒めてやりたい。学生の自分ならきっともう一発目の語尾上がりで切れていたところだ。
やっぱ社会人になれば何事につけても自分の精神鍛錬が鍛えられているなと自覚できる自分を今まさに感じている。
ありがとう、
社会。
「で、何?」
手短に用件を聞きだそうとする僕。
これも社会人として学んだことだ。用件は手短に簡単に、そして要件の切り出し方は軍隊的にまず、結論から述べて背景事情を説明する。
だからこの場合、僕は相手――松本に期待する。
――そう、手短な結論を。
「いやねぇ~、この前の、ほらスカイプで開催された世界魔術師会議(レコタンス)に出てくれてありがとう。それでなんですがねぇ~。実はですが、ほらぁ南米のねぇ、あの目の大きな魔術師から、そのぉ…お話があったでしょう?」
何なん。
その間の伸ばし方とスロー感は。
いらつくやん。
もう!!
ほんで、
それで?
早よ、用件を言え!!
「ほらほら、ある某国の大企業が造ったダム、そう鉄鉱石採掘の過程でできる尾鉱を貯めるダムですが、それを造ったのはいいけど、それが集中豪雨で決壊して下流に大量の尾鉱が流出したって話」
あったっけ、
そんな話。
だって、僕…
寝てたし。
あれだけスカイプの画面上に沢山人がいてたら一人ぐらい寝てても分かんないでしょ?
僕の気持ちを探るように松本の声が鼓膜に響く。
「…あれ、あれあれ?覚えてません?こだま君。もしかして寝てましたぁ?えー有り得ないですよ、社会人として。会議で寝るなんて失格も失格、大失格ですよ。それもあんな大事な世界的大会議で!!
ぎくり、いいじゃん。
別に。
どうせろくでもない会議じゃん。
あれ。
なんかいかにも魔術師みたいな恰好した奇人変人ばかりで。
それよりも早く用件を話せ、松本!!
僕の休日の『時間』は貴重なんだ。
「まぁいいっすけどねぇ…えっとそれでね。その尾鉱のなかに在る『鉱石』があってそれが今ネット通販とかで世界にばらまかれて困っているという話があったと思いますけど…」
…鉱石?
「そう、そう。僕らが使う魔術言語(ルーン)を具現化するルーン石程の力はないけど、その劣化版みたいな鉱石…ほら通称『魔香石(ラビリンスートン)』といって石の香りを嗅いだ人間の思念を具象化しようとする意思を持った魔石のことですよ」
え?
あったっけそんな鉱石の話…
まぁ寝てたから知らんけど。
だけど、
「あれね」
と言って一応驚いたような感じで息を荒立て、松本に対してそんなこと全く知らない自分を打ち消すように演じた自分を僕は何故か褒める。
…ふふ。
それに感づいたのか、頷く様に話し出す松本。
「そのねぇ、魔石による事件やら事故が最近世界各地で増えている話です」
で、それが何か?
僕と関りがあるんですか?
「そうそう、。それでですね。昨晩、魔術師組合(ギルド)本部から連絡がありましてね。その魔石の回収を魔術師が行う様にとチャットで通達が在ったんですよ」
…はぁ?
そう思った時、僕のスマホのアプリが自動的に起動し始めた。
このアプリは恐らく僕だけ、いやこの電話向うの松本と僕だけが持っているある秘密アプリなのだ。
それは大きなダイヤモンド型の中に目が見開いている絵がデザインされたアプリで僕等の中では『魔術師の目(マジシャンズアイ)』と言われている。そしてそれが使えるのは世界中広しといえど魔術師という特殊な人だけしかインストールして使用できないのだ。
つまり、そのぉ
さらりと言うが僕は魔術師であり、
それと同時に、この『魔術師の目(マジシャンズアイ)』に行動を支配されているある意味…非日常的な世界に支配されている奴隷的人間ともいえる。
「つまり用件は、そのアプリ内に在る通達の通り…」
松本の言葉の後にスマホが動き出し、不思議だが言葉を空間に描き出す。
――魔術師こだま、君を『魔香石(ラビリンスートン)』の回収人(レンジャー)に任命する。以後、大魔術師松本に従い、早急に行動すべし。
それが空間に浮かぶや突如緑の光体を放つと、一瞬にして消えた。
それから松本の語尾が上がる声が電話口で響く。
「まぁ~そういうことなんでぇ、こだま君、よろしゅう~」
僕は思わず、舌打ちしないではいられなかった。
何故なら僕の貴重な時間はこの瞬間使い方が決まってしまったからだ。
あー!!
思わず、叫んで地団駄を踏んでしまった自分が居る。
僕はスマホの電源を切って叫びたくなった。
――なんでやねん。僕の『時間』は貴重なんだぞ!!
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