第2話
(2)
――昨晩、御堂筋線で起きた遅延事故は中津駅付近の送電用電線が何物かによって切られたことが原因により発生したことが警察の調べで分かりました。
…現在警察は現場に落ちていた石を使って何者かが投石し、電線を切ったものとして調査中です…
ポッドキャストで昨日起きた御堂筋線の遅延事故を聴きながら、僕は朝のウォーキングをしている。
今日は七月下旬の土曜日。もうすぐ大阪では天神祭が始まる。そんな祭りの予感を肌で感じさせる街中を僕はリスニングしながら歩いていた。
そしていつものコース取りで行けばもうすぐ阪神高速の下に出る。
新人社会人としての夏を迎えた僕が見上げる先に建物が見える。視線の先に見えたのは大学生の頃に住んでいた部屋。だけど就職を機に此処を出て、地下鉄駅に近い方へと引っ越した。
理由は単純でそちらの方が通勤に便利だからだ。まぁ今の勤め先にこれから後何年働くか分からないけど、それでも学生の頃に住んでいた部屋より職場への通勤時間が減る。
部屋は手狭になり家賃は一万程上がったけど、つまり僕は駅に近くなる利点として『時間』を買ったという事になるだろう。
そんな昔の棲み処下を過ぎると木々の葉が揺れて風が吹いた。風は熱を含んでおらず、シャツの襟首を撫でて行く。汗ばむ肌の上を過ぎてゆく風は涼しい。
僕は立ち止まり風に涼むと辺りを見た。見ればベンチがある。僕はベンチに腰かけた。
ヘッドホンを耳から外す。外して腰掛けて空を見上げた。
今日は青い空が一面を覆っている。
夏は始まったばかり。
僕は、ふと思う。
『時間』とは本当に貴重じゃないかと。
社会に出てから特にそう感じる。
社会人は学生と違い自分の持ち時間、つまり自由になれるという時間は極端に少ない。勿論、それは働いているという事に尽きるとは思うけど、僕が言いたいのは社会に出れば様々な要因で『時間』というのが意外と自分の思う通りコントロールできないという事を言いたいんだ。
働いていても、
休みの日でも、
それはあらゆるところ、あらゆる場面で自分達の『時間』が自分の意思とは無関係なところで誰かのサービス向上の為に費やされている。
だからこの僅かな十分少々が僕の人生の持ち時間として在るのはとても貴重だ。特にその貴重さを感じるのはやっぱり、出勤前の朝。
だって、
その時間があるだけで目覚ましが鳴ってもウダウダ転寝ができるでしょう?
つまり、『時間』を自分でコントロールできるってことだよね。
――貴重な睡眠の為に。
えへん、
この一言の奥深い所に現代人の『時間』としての貴重さが詰まってないかな。
まぁいっか…そんなこと。
だけどこの時間という概念というか、具象できない存在こそ、社会に出てこれから成功も失敗もつかみ取れるのだと僕は感じる。
何故なら、いきなり僕の同期は入社して三か月も立たないうちに本社へと異動になった。
どうしてか?
それは簡単だった。
彼は入社してこの三か月間、休日を勉強に充てた。それも資格習得の為に。
それがいきなり結果を出して、直ぐに本社へと異動になった。悪く言えばもう出世のエレベータに乗ったと言える。まぁ確かに人には幸福だと感じる基準はそれぞれあるが、結果として人生を幸せ豊かにするかは別としても、彼は時間をそのように使い、僕の前から姿を消したのは事実だ。
今度会うときは上司と部下かもしれない。
――彼もどこかで『時間』を買ったのかもしれないな。
そう思った時だった。
突然、スマホが鳴った。
僕は慌てて手に取ると画面に映る相手の名前を確認した。
うっと言う小さな呻きと共に思わず眉間に皺を寄せた。
それは休日という『時間』を邪魔するには最もふさわしい人物の名前だったからだ。
僕は大きく溜息をついた。しかし溜息をついてしまったが僕は電話に出ることにした。出なければ、きっと今日一日中何度でもかかって来るだろうと思ったからだ。それほどまでにこの人物はしつこい。
僕は休日に突如現れた災厄を振り払いたいと願いながら、電話向うの相手へやや強い口調で呼びかけた。
「何ですか、松本さん。僕は今休日の貴重な時間なんですけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます