第9話 残された希望
第9話 残された希望
赤紫色の亀裂から現れたのは、これまで見たどの化物とも異なる異形だった。巨大な鎌のような腕を持ち、全身を硬質な甲殻で覆われたそれは、一体、二体と数を増していく。その異様な姿は、剛の心に言いようのない不安を掻き立てた。
「進化したのか…?」
剛は、呟いた。以前の昆虫型アンドロイドとは明らかに違う。より攻撃的で、より強靭に見える。神が命を懸けて守ったアークを前に、ここで倒れるわけにはいかない。
剛は、アークからゆっくりと距離を取った。あの強大なエネルギーを再び放出させる方法を見つけなければならない。だが、神はもういない。頼れるのは、自分自身の力だけだ。
「くそっ…どうすれば…」
剛は、苛立ちを隠せない。アークは目の前にあるのに、その力を使う方法がわからない。神は「特別な力を持つ人間」と言った。自分には、そんな力があるのだろうか。
その時、背後から、特殊部隊の生き残りの兵士たちが駆け寄ってきた。彼らの顔には、疲労と絶望の色が滲んでいた。
「本郷さん!一体何が…!?」
一人の兵士が、剛に問いかけた。
「敵だ…以前よりも、ずっと強力な…」
剛は、迫りくる新たな敵の群れを指さした。兵士たちは、その異様な姿に息を呑んだ。
「こんなの…見たこともない…!」
別の兵士が、震える声で言った。
「音波兵器は?」
剛が尋ねた。
「もう弾切れです!それに、こいつらには、ほとんど効果がない!」
兵士の言葉に、剛の心はさらに重くなった。頼みの綱だった音波兵器も通用しない。一体どうすれば、この絶望的な状況を打破できるのか。
「本郷さん、ここは危険です!一旦退却しましょう!」
兵士の一人が、剛に提案した。
「退却だと?アークを置いてか?」
剛は、強い口調で言い返した。
「ですが…こんな敵に、どうやって立ち向かえば…」
「俺が、何とかする」
剛は、そう言うと、アークの方を振り返った。黄金色の箱は、静かに輝いている。その中に、人類の希望が眠っている。それを諦めるわけにはいかない。
剛は、深呼吸を一つすると、アークに向かって手を伸ばした。神が言った「強い意志」とは、一体何なのだろうか。それは、諦めない心、どんな困難にも立ち向かう勇気のことではないだろうか。
剛は、アークの表面に両手を重ねた。その瞬間、彼の体の中に、微かなエネルギーの流れを感じた。それは、まるで静かに脈打つ心臓のように、温かく、そして力強い。
「…これか?」
剛は、呟いた。神が感じていた力は、これなのだろうか。まだ微弱だが、確かに、何かが彼の体の中で目覚めようとしている。
その時、敵の一体が、巨大な鎌のような腕を振り上げ、剛に向かって襲い掛かってきた。
「危ない!」
兵士たちの叫びが聞こえた。だが、剛は動かなかった。彼は、体に流れ込む微かなエネルギーに意識を集中させていた。
敵の鎌が、剛の目の前まで迫ったその瞬間、彼の体から、眩いばかりの光が放たれた。
「うわあああああ!」
剛の叫びと同時に、光は爆発的なエネルギーとなり、周囲の敵を吹き飛ばした。
光が収まると、そこには、地面に倒れ伏した敵の残骸と、膝をつき、息を切らせている剛の姿があった。彼の体からは、先ほどまで感じていた微かなエネルギーは消え去り、代わりに、激しい疲労感が押し寄せていた。
「本郷さん!大丈夫ですか!?」
兵士たちが、慌てて剛に駆け寄ってきた。
「あ…ああ…なんとか…」
剛は、掠れた声で答えた。先ほどの一撃で、体中のエネルギーを使い果たしてしまったようだ。
だが、確かに、アークの力を使った。神がいなくても、自分にも、その力を使うことができたのだ。
「まだ…来るぞ…!」
剛は、再び空を見上げた。赤紫色の亀裂からは、さらに多くの敵が現れようとしていた。
「今度は…もっとうまくやる…」
剛は、立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。彼の体は、限界を超えていた。
その時、一人の兵士が、剛に駆け寄り、何かを差し出した。それは、以前の基地で使っていた、高周波音波発生装置だった。
「本郷さん!まだ、少しだけエネルギーが残っています!これで、何とか…!」
兵士の言葉に、剛はかすかな希望を見出した。音波兵器は、以前の敵には有効だった。もしかしたら、この新しい敵にも、多少の効果があるかもしれない。
剛は、震える手で音波兵器を受け取った。その重みが、彼の肩にのしかかるように感じられた。
「ありがとう…」
剛は、兵士に感謝の言葉を述べると、再び空を見上げた。敵は、容赦なく、こちらに向かって迫ってきている。
剛は、音波兵器のスイッチを入れた。高周波の音が、周囲に響き渡る。だが、敵の動きは、ほとんど変わらない。やはり、以前のようには効果がないようだ。
「くそっ…!」
剛は、苛立ちを隠せない。一体どうすればいい?神は、アークの力は使い方を間違えれば世界を滅ぼす可能性もあると言った。その言葉が、剛の脳裏に重く響く。
その時、剛は、ふと、ある考えが頭をよぎった。神は、「人の心を増幅させる力」とも言っていた。もし、自分の強い意志をアークに伝えることができれば…
剛は、アークの方を振り返った。黄金色の箱は、依然として静かに輝いている。
「アーク…俺の願いを聞いてくれ…!この星を、人類を、救いたいんだ!」
剛は、心の中で強く念じた。彼の全身から、再び微かなエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。
そのエネルギーを、剛はアークへと集中させた。すると、アークの輝きが、ほんのわずかに増したように見えた。
その瞬間、空に現れた敵の動きが、一斉に止まった。彼らは、まるで何かに怯えているかのように、空中で静止している。
「何が…!?」
兵士たちが、驚きの声を上げた。
剛にも、何が起こっているのかわからなかった。だが、確かに、アークに何か変化があった。
次の瞬間、アークから、先ほどよりもさらに強い光が放たれた。その光は、空に静止していた敵を包み込み、まるで熱い鉄に触れたバターのように、跡形もなく消滅させていった。
「うそだろ…!」
剛は、信じられないといった表情で、空を見上げていた。あれほどまでに強力だった敵が、一瞬にして消え去ったのだ。
だが、戦いはまだ終わらない。赤紫色の亀裂は、まだ空に開いている。そして、そこから、新たな敵の姿が見え始めた。
今度の敵は、これまでとは明らかに違っていた。巨大な人型のシルエット。全身を黒い装甲で覆い、両目には赤い光が宿っている。その姿は、まるで悪魔のようだった。
「あれは…一体…!?」
剛は、その異様な姿に、言葉を失った。これまで見てきたどの化物とも違う。圧倒的な存在感。まるで、この侵略の首魁であるかのような威圧感を放っていた。
人型の敵は、ゆっくりと空から降りてきた。その足が地面に着いた瞬間、周囲の地面が大きく揺れた。
「こいつが…ラスボスか…?」
剛は、呟いた。神が言っていた「世界を滅ぼす可能性」を持つ力とは、この敵のことなのかもしれない。
剛は、再びアークの方を振り返った。アークは、先ほどの光を放った後、わずかに輝きを失っているように見えた。
「まだ…力が残っているか…?」
剛は、心の中でアークに問いかけた。だが、アークは何も答えない。
剛は、手に持った音波兵器を構えた。だが、先ほどの敵にはほとんど効果がなかった。この新たな敵に、どれほどの効果があるかはわからない。
それでも、戦わなければならない。神の意志を継ぎ、この星を守り抜く。それが、今、剛にできる唯一のことだった。
人型の敵は、ゆっくりと剛の方を向いた。その赤い瞳が、剛を射抜くように見つめてくる。
「…人間…」
敵は、低い声で呟いた。その声は、剛の心に直接響いてくるようだった。
「お前たちが…この星を汚す存在か…」
敵の言葉に、剛は息を呑んだ。敵は、言葉を話すことができる。それは、単なる化物ではない。高い知能を持っていることを示唆していた。
「俺たちは…ただ、生きているだけだ!」
剛は、精一杯の声で叫んだ。
「生きる…か。お前たちの存在は、この宇宙の秩序を乱す。排除しなければならない」
敵の声は、冷酷だった。その言葉には、一切の感情が感じられない。
「秩序だと?お前たちがやっていることは、ただの侵略だ!」
剛は、反論した。だが、敵は何も答えなかった。ただ、その赤い瞳が、さらに強く輝いた。
次の瞬間、敵は剛に向かって、信じられないほどの速さで襲い掛かってきた。
「くそっ!」
剛は、咄嗟に身をかわしたが、敵の攻撃は、彼の体をかすめた。その衝撃で、剛は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ぐっ…!」
激しい痛みが、全身を駆け巡る。剛は、すぐに立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。
敵は、ゆっくりと剛に近づいてくる。その巨大な影が、剛を覆い隠す。
「終わりだ…人間…」
敵の声が、頭の中で響いた。
剛は、目を閉じた。もう、抵抗する力は残っていない。神、すまない…。
その時、剛の胸の中で、温かい光が灯った。それは、神の魂の欠片。あの時、神が剛に託した、小さな希望の光。
その光は、剛の体の中で、徐々に強さを増していく。そして、ついに…
剛の全身から、眩いばかりの白い光が放たれた。
「な…何…!?」
敵は、その光に驚き、後退した。
光が収まると、そこに立っていたのは、先ほどまでとは全く違う、新たな姿の剛だった。彼の体は、白い光を纏い、その瞳は、金色に輝いている。
「これは…」
剛は、自分の体に起こった変化に、驚きを隠せない。神の力が、自分の中に宿ったのか?
「面白い…人間…お前の中に、そんな力が眠っていたとはな…」
敵は、興味深そうな表情で剛を見つめていた。だが、その瞳の奥には、警戒の色が宿っている。
「お前こそ…一体何者だ…?」
剛は、敵に向かって問いかけた。その声は、以前よりも力強く、自信に満ち溢れていた。
「我は、秩序の守護者。この宇宙の調和を乱す者たちを、排除する使命を帯びている」
敵は、そう答えた。
「調和だと?お前たちのやっていることは、ただの破壊だ!」
剛は、再び反論した。
「破壊の後にこそ、新たな秩序が生まれる。お前たちのような未熟な文明は、宇宙の癌だ。摘み取らねばならない」
敵の言葉に、剛は怒りを覚えた。自分たちの存在を、癌だと?許せない。
「上等だ…!お前の言う秩序なんて、クソくらえだ!」
剛は、手に白い光を集中させ、敵に向かって突進した。
新たな力に目覚めた剛と、宇宙の秩序を名乗る敵。二人の戦いが、今、始まる。アークは、その戦いの行方を、静かに見守っている。そして、神の残した謎、アークの本当の力、敵の正体…全ての答えは、まだ闇の中にある。人類の未来をかけた戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
負けから始まる勝利への道 こみつ @komitsu690327
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