第8話 それぞれの思惑
第8話 それぞれの思惑
トラックが基地の中へゆっくりと進んでいく。騒がしい喧騒の中、二人の男、
神は、ゲートに立つロボット兵士の無機質な視線を感じながら、この基地の異様な雰囲気に改めて気づかされていた。人手不足は明らかだった。かつては人で溢れていたであろう場所が、今は機械にその役割を委ねている。それは単なる人員不足を示すだけでなく、何か深い理由があるのかもしれない。もしかしたら、人間同士ですら疑心暗鬼になっているような状況なのかもしれない、と神は勘ぐった。
剛は、周囲で忙しなく動き回る兵士や車両を観察していた。最新鋭の兵器が配備されているようだが、その表情には焦燥の色が見える。彼らもまた、先の基地と同じように、あの化物たちの恐怖に怯えているのだろう。剛は、自分たちが持ち込んだ情報が、彼らにとってどれほどの価値があるのかを考えていた。実際にあの化物と戦い、生き残った自分たちの言葉は、机上の空論よりも重みがあるはずだ。
トラックは、基地の中央にある司令部らしき建物の前で停車した。運転手の兵士が、無線で到着を報告している。しばらくすると、建物の中から数人の軍人が出てきた。彼らの顔には、疲労と警戒の色が濃く浮かんでいた。
「こちらへどうぞ」
出てきた軍人の一人が、神と剛に声をかけた。階級は不明だが、その態度から、ある程度の地位にあることが伺えた。二人は無言でトラックを降り、その軍人に続いて建物の中へと入った。
司令部の中は、外の騒がしさとは対照的に、静かで張り詰めた空気が流れていた。壁には、この星の地図や、敵と思われる生物のデータなどが掲示されている。数人の兵士が、モニターに向かって忙しなくキーボードを叩いていた。
案内されたのは、奥にある会議室だった。部屋の中央には大きなテーブルがあり、すでに数人の軍人が座って待っていた。彼らの肩には、様々な階級章が光っている。中には、先ほど出迎えてくれた軍人よりも明らかに地位の高い者もいるようだ。
神と剛は、促されるままにテーブルに着席した。向かいに座る将校の一人が、鋭い眼光で二人を見つめてきた。
「君たちが、第…ええと、あの壊滅した基地からの生存者か?」
将校の声は低く、威圧感があった。
「はい」
神が簡潔に答えた。
「君たちは、あの化物について何か知っているようだな?」
剛が口を開こうとしたが、神はそれを制し、代わりに答えた。
「はい。我々は、奴らの研究に携わっていました」
その言葉に、将校たちの表情がわずかに変わった。興味、警戒、そして疑念。様々な感情が入り混じっているようだった。
「研究、だと?一体何を研究していたんだ?」
別の将校が身を乗り出して尋ねた。
「奴らの生態、能力、そして弱点です」
神は落ち着いた声で答えた。
「弱点、だと?そんなものが見つかっていたのか?」
将校たちの目が、一斉に神に注がれた。彼らの表情には、かすかな希望の色が宿っているようにも見えた。
「完全な弱点とは言えませんが、いくつかの有効な攻撃方法を見つけていました」
神はそう言うと、剛の方を見た。剛は頷き、持っていたデータパッドを取り出して、テーブルの上に置いた。
「これが、我々が収集したデータです。奴らの身体構造、行動パターン、そして実験によって判明した、いくつかの有効な兵器に関する情報が含まれています」
剛の声は、いつもの軽妙さはなく、真剣そのものだった。将校たちは、興味深そうにデータパッドを見つめた。
「これは…貴重な情報だ」
最初に質問してきた将校が、感嘆の声を漏らした。
「しかし、なぜ君たちがそんな研究を?」
別の将校が、訝しむように尋ねた。
神は、一瞬言葉に詰まった。この問いに正直に答えるべきかどうか、迷っていた。自分たちが辺境の地に左遷された理由、そしてあの化物たちの正体について、どこまで話すべきなのだろうか。
「我々は…特殊な任務を帯びていました」
神は、曖昧な言葉を選んだ。
「特殊な任務、ね。例えば?」
将校は、さらに追及してきた。
「それは…機密事項です」
神は、きっぱりと答えた。その言葉に、将校たちの表情は再び険しくなった。
「機密事項、か。こんな状況で、まだそんなことを言っているのか?」
最初に質問してきた将校が、冷たい声で言った。
「我々も、人類の存亡がかかっていることは理解しています。しかし、この情報は、しかるべき手順を経て、上層部に報告されるべきものです」
神は、毅然とした態度を崩さなかった。
その時、部屋の隅にいた通信兵が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「将軍!大変です!敵の反応が!」
通信兵の言葉に、部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。将校たちは、険しい表情で通信兵に詰め寄った。
「何があった!詳しく報告しろ!」
「先ほどから、基地周辺で、敵と思われるエネルギー反応が複数確認されています!数は…現在も増え続けています!」
通信兵の報告に、将校たちの顔から血の気が引いていくのがわかった。彼らが最も恐れていた事態が、現実になろうとしていた。
「そんな馬鹿な!レーダーには何も映っていなかったはずだ!」
「それが…今回は、以前とは違う反応を示しています!まるで…空間が歪んでいるような…!」
通信兵の言葉に、神と剛は顔を見合わせた。彼らには、その言葉の意味が理解できた。あの化物たちは、通常の手段では探知できない方法で、この世界に侵入してくる。そして、その方法は、進化しているのかもしれない。
「迎撃準備を急げ!全兵士に戦闘配置を命じろ!市民への避難誘導も開始しろ!」
将軍らしき将校が、次々と指示を飛ばした。司令部の中は、再び騒然となり始めた。
そんな中、神は静かに立ち上がり、将校たちに向かって言った。
「我々に、協力できることはありますか?」
将校たちは、一瞬神の言葉の意味を理解できなかったようだった。しかし、すぐに我に返り、一人の将校が答えた。
「君たちは…あの化物のことを知っているんだな?ならば、我々に知恵を貸してくれ!」
こうして、神と剛は、第81基地の防衛作戦に協力することになった。彼らの知識と経験が、この基地の人々にとって、最後の希望となるかもしれない。
基地全体が、戦闘準備に追われる中、神と剛は、司令部の作戦室に案内された。そこには、巨大なモニターがあり、基地周辺の状況が表示されていた。まだ敵の姿は確認できないものの、複数のエネルギー反応が、刻々と基地に近づいているのがわかる。
「連中は、一体どこから来るんだ?」
剛が、モニターを見つめながら呟いた。
「おそらく、以前と同じ、空間の裂け目でしょう」
神は、冷静に答えた。
「しかし、今回はレーダーに反応している。何かが違う」
「ええ。奴らは、我々の攻撃方法を学習し、進化しているのかもしれません」
神の言葉に、作戦室にいた将校たちの表情がさらに険しくなった。もし敵が進化しているのだとしたら、これまで有効だった攻撃方法も、通用しなくなる可能性がある。
「君たちは、奴らの弱点について、何か新しい情報は?」
先ほどの将軍が、神に尋ねた。
「心臓部は、依然として強固な殻に覆われています。しかし、我々の研究では、特定の周波数の音波を当てることで、一時的にその殻を脆弱化させられる可能性があることがわかっています」
神の言葉に、将校たちは色めき立った。
「音波兵器、だと?そんなものがこの基地に配備されているのか?」
「おそらく、特殊部隊用の装備として、いくつか配備されているはずです」
神はそう言うと、作戦室にいた別の将校に指示を出した。
「特殊装備の保管庫に連絡を取り、高周波音波発生装置の有無を確認してください」
将校はすぐに通信機を取り出し、連絡を取り始めた。
その間にも、モニターに表示されたエネルギー反応は、どんどん数を増やし、基地に近づいてくる。時間との勝負だった。
しばらくして、連絡を取っていた将校が、興奮した様子で報告してきた。
「将軍!ありました!高周波音波発生装置が、3基保管されているとのことです!」
「よし!すぐにそれらを前線に配備しろ!目標は、敵の心臓部だ!」
将軍の指示が飛んだ。作戦室には、再び活気が戻ってきた。
神と剛は、その様子を静かに見守っていた。彼らの知識が、わずかな希望の光となっていることを感じていた。しかし、同時に、拭い去れない不安も感じていた。本当に、音波兵器だけで、あの化物たちを倒せるのだろうか。
やがて、基地全体に、けたたましい警報が鳴り響いた。敵が、ついに姿を現したのだ。
モニターには、無数の黒い影が、空から降下してくる様子が映し出されていた。それは、以前の基地を襲ったものと、同じ姿をした、昆虫のようなアンドロイドだった。
「来たぞ!」
剛が、低い声で言った。
「ああ…」
神は、モニターに映る敵の群れを、じっと見つめていた。その数、以前よりも明らかに多い。そして、その動きには、以前には見られなかった、組織的な連携が見られた。
「全兵士、戦闘配置!目標は、敵の心臓部!音波兵器の使用準備!」
将軍の号令が、作戦室に響き渡った。
戦闘が、始まった。
基地の対空砲火が、空から降下してくる敵に向けて、激しい銃弾を浴びせる。しかし、敵の数はあまりにも多く、次々と基地の中に侵入してくる。
地上では、兵士たちが、手に持った銃火器で応戦していた。だが、敵の装甲は固く、通常の銃弾では、なかなかダメージを与えることができない。
そんな中、前線に配備された音波兵器が、その威力を発揮し始めた。高周波の音波が敵に照射されると、敵の動きが一瞬鈍り、心臓部の殻が、わずかにひび割れるのが確認できた。
「効いているぞ!」
前線の兵士たちの歓声が、作戦室にも聞こえてきた。
しかし、喜びもつかの間だった。ひび割れた殻をものともせず、敵は再び動き出し、兵士たちに襲い掛かってきた。
「まだだ!もっと出力を上げろ!」
将軍が、音波兵器の担当者に指示を出す。
だが、敵もまた、音波攻撃への対策を講じているようだった。一部の敵は、特殊な膜のようなもので、音波を遮断しているのが確認された。
「まずい!奴らは学習している!」
剛が、焦りの色を浮かべて言った。
神は、モニターに映る戦況を、冷静に分析していた。音波兵器は有効だが、万能ではない。敵の進化のスピードは、予想をはるかに上回っていた。
「将軍、音波兵器に頼るだけでは危険です。他の攻撃方法も試すべきです」
神は、将軍に進言した。
「他に何か有効な手立てがあるのか?」
将軍は、焦燥感を隠せない様子で尋ねた。
「我々の研究では、奴らの体組織には、特定の化学物質に対する耐性がないことがわかっています。もし、その物質を散布することができれば…」
神の言葉に、将軍は食いついた。
「その化学物質とは、一体何だ?この基地に備蓄はあるのか?」
「それは…まだ実験段階の物質で、この基地にはないはずです。我々の研究室に保管されています」
神の言葉に、将軍は顔をしかめた。
「そんなことを言っている場合か!今すぐ使える兵器はないのか!」
「…一つだけ、可能性のあるものがあります」
神は、少し躊躇しながら言った。
「それは…アーク、です」
その言葉に、作戦室にいた全員が息を呑んだ。
「アーク、だと?まさか…君たちは、アークの正体を知っているのか?」
将軍の声は、驚きと疑念に満ちていた。
「完全ではありませんが…我々は、アークが単なる武器ではないと考えています」
神は、重々しい口調で言った。
「それは…エネルギー増幅装置のようなものです。もし、適切に使用することができれば、あの化物たちを一掃できるほどの力を秘めているかもしれません」
「そんな…神話の時代のものが、本当にそんな力を持っているとでも言うのか!」
別の将校が、信じられないといった表情で言った。
「我々も、最初はそう思っていました。しかし、いくつかの証拠から、アークは実在し、そして強力な力を持っている可能性が高いと考えています」
神は、そう言うと、再び剛の方を見た。剛は頷き、別のデータパッドを取り出した。
「これは、我々が収集した、アークに関する情報です。古代の文献、遺跡の発掘データ、そして…いくつかの実験結果が含まれています」
剛は、データパッドをテーブルの上に置いた。将校たちは、半信半疑ながらも、その内容に目を通し始めた。
その間にも、基地の被害は拡大していた。敵は、音波兵器や通常の銃火器による攻撃をものともせず、次々と建物を破壊し、兵士たちを殺戮していた。
「時間がない!もしアークが本当に力を持っているのだとしたら、試してみるしかない!」
将軍は、決断を下した。
「君たち、アークはどこにある?どうすればそれを使える?」
神は、静かに答えた。
「アークは…この星の、ある場所に眠っています。そして、それを使用するためには…特別な手順が必要です」
「特別な手順、だと?一体どんな手順だ?」
「それは…実際にアークの場所へ行かなければ、説明できません」
神の言葉に、将軍は苛立ちを隠せない様子だった。
「こんな状況で、そんな悠長なことを言っている場合か!今すぐ、ここで説明しろ!」
「できません。アークの力は強大すぎます。もし、ここでその詳細を話せば、敵に察知される可能性があります」
神の言葉に、将軍は言葉を失った。彼の表情からは、焦りと不信感が入り混じった感情が読み取れた。
「…わかった。君たちを信じよう。アークの場所へ案内しろ。そして、それを使う方法を教えろ」
将軍は、そう言うと、作戦室にいた兵士たちに指示を出した。
「特殊部隊を選抜し、アーク探索チームを編成しろ!鳴神と本郷に同行させ、彼らの指示に従わせるんだ!」
こうして、アーク探索作戦が開始されることになった。神と剛、そして選抜された特殊部隊の兵士たちは、直ちに探索の準備に取り掛かった。
基地の外では、依然として激しい戦闘が続いていた。空は黒い影で覆われ、至る所で爆発と炎が上がっていた。時間との戦いだった。
探索チームは、武装した装甲車に乗り込み、基地を出発した。神と剛は、先頭の車両に乗り、アークが眠る場所へと向かった。
「本当に、アークがこの星にあるのか?」
装甲車の中で、剛が神に問いかけた。
「…わかりません。ですが、そう信じるしかありません」
神の声は、わずかに震えていた。彼にも、確信があったわけではなかった。しかし、他に希望は見当たらなかった。
装甲車は、瓦礫と化した基地を抜け、荒涼とした大地を進んでいく。空には、まだ敵の姿が見える。時折、対空砲火の音が遠くから聞こえてくる。
「目的地まで、あとどれくらいだ?」
剛が、地図を確認しながら尋ねた。
「このまま進めば、半日ほどで到着するはずです」
神は、遠くの景色を見つめながら答えた。
目的地は、この星の奥深くにある、古代遺跡だった。かつて、人類がこの星にやってくるよりもずっと以前に、存在していた文明の痕跡。そこに、アークは眠っているという。
「一体、どんな文明が、こんな場所に?」
剛は、荒涼とした景色を見渡しながら、呟いた。
「…わかりません。ですが、その文明が、アークを作り出したのだとしたら…」
神は、言葉を濁した。その古代文明については、まだ謎が多い。彼らがなぜ滅びたのか、そして、なぜアークをこの星に残したのか。全てが謎に包まれていた。
やがて、装甲車は、巨大な岩山が連なる山岳地帯へと入っていった。道は険しくなり、装甲車はゆっくりとしか進めない。
「この先に、本当に遺跡があるのか?」
剛は、不安そうな表情で尋ねた。
「ええ。間違いありません。我々の調査データによれば、この山の奥深くにあるはずです」
神は、地図を指さしながら答えた。
さらに進むと、岩山の合間に、巨大な建造物の残骸が見えてきた。それは、明らかに人類が作ったものではなかった。奇妙な形状をした石の塊が、まるで巨大な骨のように、大地に突き刺さっていた。
「あれが…遺跡か?」
剛は、息を呑んで呟いた。
「ええ。おそらく」
神は、慎重な表情で答えた。
装甲車は、遺跡の手前で停止した。神と剛、そして特殊部隊の兵士たちは、車両から降り、周囲を警戒しながら遺跡へと近づいていった。
遺跡は、想像以上に巨大だった。崩れかけた壁や柱が、まるで巨人の墓標のように、空に向かって伸びている。地面には、奇妙な模様が刻まれた石板が散らばっていた。
「ここが…アークの眠る場所なのか?」
剛は、周囲を見渡しながら言った。
「おそらく、この遺跡のどこかに…」
神は、遺跡の中へと足を踏み入れた。剛と兵士たちも、それに続いた。
遺跡の中は、薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。壁には、見たこともない文字や絵が描かれている。それは、この星にかつて存在した文明の、唯一の手がかりだった。
神は、持っていた小型の探知機を取り出し、遺跡の中を歩き始めた。探知機は、微弱なエネルギー反応を捉えている。アークは、この遺跡のどこかに、眠っているはずだ。
しばらく歩くと、神は、ある場所で足を止めた。探知機の反応が、急に強くなったのだ。
「ここだ…おそらく、この下に」
神は、地面を指さしながら言った。そこには、ひび割れた巨大な石板があった。
兵士たちは、石板の周りを警戒しながら取り囲んだ。
「どうすればいい?」
剛が、神に尋ねた。
神は、石板をじっと見つめていた。彼の脳裏には、これまで研究してきたアークに関するデータが、走馬灯のように駆け巡っていた。
「この石板を…動かす必要があります」
神は、そう言うと、石板の表面に手を触れた。ひんやりとした感触が、手のひらに伝わってきた。
「みんな、力を貸してくれ!」
剛の号令で、兵士たちは石板の周りに集まり、力を合わせて押し始めた。
ギギギ…
重々しい音を立てて、石板がわずかに動いた。しかし、完全に持ち上げるには、さらに多くの力が必要だった。
その時、遺跡の外から、けたたましい銃声が聞こえてきた。敵が、ここまで追ってきたのだ。
「急げ!時間がない!」
神は、焦りの色を浮かべて叫んだ。
兵士たちは、必死の形相で石板を押し続けた。やがて、石板はゆっくりと持ち上がり、その下には、暗い穴が開いているのが見えた。
「ここだ!」
神は、穴の中に飛び込んだ。剛と兵士たちも、それに続いた。
穴の中は、真っ暗で何も見えなかった。神は、持っていたライトを点灯させた。
ライトの光が照らし出したのは、地下へと続く階段だった。階段は、深く、どこまでも続いているように見えた。
「下へ行くぞ!」
神は、先頭に立って階段を下り始めた。剛と兵士たちは、後に続いた。
階段を下りていくにつれて、空気はますます冷たくなり、湿気を帯びてきた。やがて、階段は終わり、広い空間へと出た。
そこは、巨大な地下空間だった。壁には、青白い光を放つ鉱物が張り付いており、薄暗いながらも周囲を見渡すことができた。
そして、その空間の中央には…
それは、神が想像していたよりも、はるかに巨大で、そして異質な物体だった。
黄金色に輝く、箱のような形をした物体。表面には、複雑な模様が刻まれている。それは、まさに、伝説のアークだった。
「あれが…アーク…」
剛は、息を呑んで呟いた。
神は、アークに向かってゆっくりと歩き出した。その目は、アークから一瞬たりとも離れない。
アークの前に立ち止まった神は、その表面にそっと手を触れた。温かく、そして不思議な力が、手のひらから体の中へと流れ込んでくるような感覚があった。
「これが…人類の希望…」
神は、静かに呟いた。
その時、背後から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。振り返ると、穴の中から、あの化物たちが、次々と姿を現したのだ。
「まずい!追いつかれた!」
剛は、銃を構えながら叫んだ。
敵は、アークに向かって、一斉に襲い掛かってきた。兵士たちは、必死に応戦するが、敵の数はあまりにも多い。
「アークを使うんだ!早く!」
剛は、神に叫んだ。
神は、アークから手を離し、振り返って剛を見た。その表情は、決意に満ちていた。
「アークを使うには…特別な力が必要です」
神は、そう言うと、自分の胸に手を当てた。
「それは…我々のような、特殊な能力を持つ人間でなければ…」
その言葉の意味を理解した剛は、愕然とした表情で神を見つめた。
「まさか…神、お前…」
神は、静かに頷いた。
「アークは、ただのエネルギー増幅装置ではありません。それは…人の心を増幅させる力を持っています。強い意志と、強い力を持つ人間が使えば、絶大な力を発揮するでしょう」
神は、再びアークの方を向いた。その目は、強い光を宿していた。
「そして…その力は、使い方を間違えれば、世界を滅ぼす可能性も秘めている」
神は、そう言うと、深呼吸をした。そして、アークの表面に、両手を重ねた。
その瞬間、アークから強烈な光が放たれた。空間が歪み、周囲の鉱物が砕け散る。化物たちは、その光に焼かれ、次々と倒れていった。
しかし、その光は、神の体をも蝕んでいた。彼の体から、汗が噴き出し、顔は苦痛に歪んでいた。
「神!大丈夫か!」
剛は、駆け寄ろうとしたが、アークから放たれる強烈なエネルギーに阻まれ、近づくことができない。
光は、さらに強さを増していく。そして、ついに…
爆発的なエネルギーが、地下空間全体を吹き飛ばした。
どれくらいの時間が経っただろうか。
剛は、瓦礫の中に倒れていた。体中が痛く、意識も朦朧としていた。
ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。地下空間は跡形もなく消え去り、そこには巨大なクレーターができていた。
そして、そのクレーターの中央には…
黄金色に輝くアークが、静かに佇んでいた。
しかし、神の姿は、どこにも見当たらなかった。
「神…!」
剛は、必死に神の名前を呼んだ。しかし、返ってくるのは、風の音だけだった。
アークは、無事だった。だが、その代償は、あまりにも大きすぎた。
剛は、アークに向かって歩き出した。その足取りは重く、表情は悲しみに満ちていた。
アークの前に立ち止まった剛は、その表面に手を触れた。温かい感触は、以前と変わらない。
「一体…どうすればいいんだ…」
剛は、アークを見つめながら呟いた。神は、アークの力と、その危険性を教えてくれた。だが、どうすればその力を使えるのか、具体的な方法は何も語らなかった。
その時、剛の脳裏に、神の最後の言葉が蘇った。
「強い意志と、強い力を持つ人間が使えば…」
剛は、自分の胸に手を当てた。自分には、強い意志があるだろうか。そして、アークを使えるほどの力を持っているのだろうか。
わからない。何もかもが、わからない。
だが、一つだけ確かなことがある。神の犠牲を無駄にはできない。あの化物たちを倒し、人類を救わなければならない。
剛は、固く拳を握りしめた。その瞳には、強い決意の光が宿っていた。
その時、空に、以前と同じ、赤紫色の空間の裂け目が現れた。そして、そこから、新たな敵の群れが、姿を現し始めた。
剛は、静かに立ち上がり、アークを背にして、空を見上げた。
「何度でも来るがいい…」
その声は、静かだが、強い意志を秘めていた。
「今度こそ、終わらせてやる…!」
剛は、手に持った銃を構えた。彼の戦いは、まだ終わらない。
アークは、そこに存在する。だが、それを使うための鍵は、まだ見つかっていない。そして、新たな敵の脅威が、再び迫りつつある。人類の未来は、依然として、不確かな闇の中にあるのだった。
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