獣遊記傳 テイルブレイド

べあうるふ

え、それって西遊記?

ー今は昔。といっても、こことはちがった世界、ちがった世界でのお話。

数多くの豪族たちがこの国を治めたいが為に戦い続け、結果いくつものクニが乱立していました。

荒れすさんだこの地を、人はいつしか「乱土」と呼ぶようになりました。

しかしそんな中でも、民は神様を信じ、希望をその中に見いだしたかったのです。

明日どうなるかさえもわからないこの国だからこそ。


このお話は、そんな神様を巡る戦いの、ほんの一部分。


……………………

………………

…………

……

「おい!ここの鎖を解いてくれ!頼む!」


太陽の光すら差し込まない洞穴の中、まだ年端も行かない子が、両手両足、さらには首に太い鎖を巻きつけられた状態で、何やら叫んでいた。

その首元の鎖の一端には木札がかけられ、殴り書きでこう記されている。

ー暴虐無尽極悪人につき鎖縛刑 話しかけるべからずー


「見てわかるだろ? 俺みたいなチビが悪党に見えるわけねぇだろ? だから頼む、俺以外の手ならば簡単に解けるんだ!」

その声の主が言うとおり、鎖につながれているその者は、本当に子供そのものだった。

……口調を除けばだが。


そしてその子供が懸命に話しかけている相手もまた、同じくらいの様相の少年だった。

高僧の纏う綺麗な法衣に身を包んだ、それもまた明らかに場にそぐわない服装。

暗い闇の中でもキラリと輝きそうな金色の髪。しかしその両手と両足首には、同様の色をした金環がはめられている。

少年の瞳には、感情の欠片が一切存在しなかった。

何を考えているのかすらも分からない、光の無い瞳。

ただぼうっと、その瞳は正面にいる悪党らしき子供に向けられていた。

「おいコラ、さっきっからこんだけお願いしているっつーのに、全然聞こえてないわけ?」

「………」

その少年の唇は固く結ばれたままだった。

「坊さんなんだろ?俺を助けにここへ来たんだろ?だったらさ、な?」

「………」

「お願いだ、後生だ坊さん!自由にしてくれたらアンタの為になんだってしてあげるよ!だから、おい」

極悪人の言葉から、希望という勢いがだんだん失われつつある、その時だった。

「……お主、今なんでもしてやると言ったな?」

少年の年齢とは全然かけ離れた、高齢の男のしわがれた声が、また別の場所から聞こえてきた。

「へ…?あれ、坊さんの声じゃ…?」

「もう一度問うぞ、おぬしの鎖、解けば何でもしてやるか?」

「あ? あぁ、そりゃ、もう」

明らかにこの少年とは違う、その声にいまだ実感が沸かなかった。

夢でも見ているのか?いやちがう。

なんなら目の前にいるこの高僧らしき少年は、もしや…?

極悪人の少年がふとその事を思った瞬間、少年の右腕がゆっくりと首元の錠前に触れた。

その顔は相変わらず無表情のままだったが……


ガシャリ。


錠前が外れた……というより、崩れて落ちた。

そしてそれに続くかのように、両手両足に固く縛りつけられていた鎖も、同様に崩れ、砕け落ちていく。

鎖の支えを失った極悪人の少年もまた、少年の足元にぐらりと倒れこんだ。

「は、はは……ちょっと、うそじゃねぇの?今、鎖が…!?」

途端に喜びと笑いがこみ上げてくる。

「嘘ではない、この坊ちゃまの神ゆえの力じゃ」

例の男の声は、少年の足元からだった。

慣れぬ暗闇の中、じっと目を凝らして覗き込む。

「へ!? トカゲ?」

「うむ、その通りじゃ」

小さなトカゲ。少年の足元にいたそのさらに小さき存在が、ずっとその極悪人に話しかけていたのだった。



「さてとお主、さっきワシに言ったこと、忘れてはおらぬじゃろうな?」

「あ、あぁ、なんでもするさ、だけどな……」

ユラリと立ち上がったその極悪人は、その側にかけてあった2振りの槍に、すばやく手を伸ばした。

「まずはちょっくらここで黙っててもらおうか!」

慣れた手つきで槍を振りかざす悪党。さっきまでも弱々しい声は、もはや微塵にも感じられなかった。

「くっ……騙しおったかお主!」トカゲは高僧の肩へとスルスル昇っていく。

「へっへーんだ、嘘もまた方便ってね、騙されたおまえ自身を恨みやがれ!」

槍の切っ先が軽く風を切り、少年の首元へと突き出されていった……


その時だった。


「うそはいけません」


今まで真一文字に結ばれていた少年の口元から、小さくか細い声が紡ぎだされた。

「うっせぇボケ!嘘だろうがなんだろう……がぁあ!?」

極悪人は絶句した。

少年を突こうとした槍が、首元僅かのところで止まってしまったから。

いくら力を込めても、その槍は見えない謎の壁によって、ピクリとも動かない。

「だぁあ!えい!くそぉ!何の術つかってるんだ!」

今度は押しても引いても、槍自体が動かなくなってしまった。


「だから言ったであろう、神の力だと」

「くそ…っ!神だ神だって、ンな場所に神様が来るわけねーだろうが!お前こそ嘘つくな!」

「嘘ではない…この力を目にしてわかるであろう?」

「ンなろぉ!神様なんて俺は信じねーからな!ちっくしょう!」

肩に座っていたトカゲが、少々呆れた口調で、また極悪人に語りかけた。

「本当の嘘つきはお主であろうが、それすらも分からないのか?」

「くそぉだまれだまれだまれ!俺に指図するな!」

「ならば…」

いつ終えるかも分からぬ押し問答に飽きたトカゲが、その鋭利な瞳を極悪人に向けた。


「お主のその野蛮極まりない心、ちと封じさせてもらうとしようか」

「え?」

トカゲはその細い後ろ足で立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。

「ちょ、待てよおい!」

腹と胸に大きく空気を蓄えたトカゲは、今度はその息を声に変え、衝気の如く極悪人に浴びせかけた。

「封心!!」


「だああぁぁぁぁぁあああああああああああ!」

その大きな気の波は、一気に極悪人を洞穴の奥の壁に叩きつけた。

「まことの心になるのじゃ……罪人よ」


気を失った極悪人の少年は、ボロリと壁から崩れ落ちた。

「らめぇ……」

……………………

………………

…………

……


「あ~!もう疲れた!朝からずーっと歩きっぱなしだよ!どっかに茶屋とかないの!?腹もすいたし!」

家一軒すら見えぬ山道を、4人の獣の姿をした人が歩いていた。

1人は小柄な茶の柴犬の子供。

1人は猫の耳と尻尾を持つ少女。

1人は2本足で歩く烏。


そしてもう一人、彼だけは紛れもない人間の姿だった。


「つーかさ、なんでメシの買い置きとかしておかないのさ?あたい信じられないよ、フツーこういう長旅の時は……」

「いい加減にしなさいミケさん、余計お腹がすきますよ」

早口で延々不満を漏らしていた猫の少女=ミケを制するかのように、長身の烏=イッソウは静かに口を開いた。

イッソウのその姿は、山伏が着ている法衣に鼻眼鏡という姿。

それは皆の言うところの「カラス天狗」そのもの。

「だけどさイッソウ、愚痴でも言わなきゃやってられないってば、っつーかアンタはいいよ、荷物軽くする術かけてンだからさ」

ミケは悪戯っぽい目で、イッソウの胸を肘で小突いた。

生粋の和服なイッソウとは違い、ミケはTシャツに薄茶の袖なしベスト、それに短いパンツに草鞋履きといった珍妙ないでたちだった。

しかしながらその手足の指には鋭い爪がチラリと見え隠れしており、彼女もやはり獣人ということが見てとれた。

「それはその、私も以前は神仏に仕えていた身ゆえ、こういう術は心得ているのであって……」

と、イッソウは翼状の大きな手を、ミケにばさりと向けた。

「今日一日、この術をお前にかけてしんぜよう、50文でどうだ?」

「ちょ、ここでも金取るのかよ!?」

「でたぁ~、イッソウお得意の有料奉仕!」

先頭を歩いていた小さな柴犬の少年=ソーキチが、無邪気な笑顔でカラス天狗を囃し立てる。

「し……失敬なソーキチ!これはお布施なのです!仮にも私は神仏に……」

「いい加減さぁ……お前、破門されたってことを認めろよな」

ミケが呆れ顔でイッソウの肩をポンと叩いた。

「破門されてなぞいない!」

イッソウのその大きな拳が、怒りでプルプル打ち震える。

「でもぼく聞いたよ、イッソウって町で托鉢してたとき、女の子ナンパしちゃったから破門されたんだって」

「だだだ、誰からそんなことを聞いたんですか!?」

イッソウのその言葉に、ミケは知らない知らないとブンブン首を横に振る。

「まぁいいでしょう、だけどそういうことはあまり口にしないでください、ソーキチ」

「うん、わかった!」

ソーキチは、ガラゴロと下駄の音を響かせながら、また山道の先を走っていった。

「まったく……本当にまだまだ子供ですね、ソーキチは」

深いため息をつきながら、イッソウが言葉を紡ぐ。

「だけど……ね、やっぱ不思議だよね、あいつって」

年季の入ったオンボロの胴着に、同じく擦り切れて短くなった黒い袴。

同じくかなり古びた下駄を履いているのだが、これがミケにも持てないほどの重さの鉄下駄だった。

背中には少年の身長の倍の長さの槍を2振り、×印に結わえ付け、背負っている。

同じ年頃の少年にしては不思議な風体、それがソーキチだった。


「ね、ね、疲れてない?」

ソーキチは一行の先頭を歩く、これまた同じくらいの人間の子供に笑顔で語りかけた。

「うむ、わしの千里眼によると、もう少し歩けば開けた場所に出るのじゃ、そこに小さな茶屋がある、そこで休むとするか」

子供の声とは思えない年季の入った男の声が、人間の子供から聞こえた。

「うん、じゃそこでご飯にしよう、僕もおなかすいちゃった」

ソーキチが子供に話しかけるが、しかしその瞳には一点の光もなく、表情すら失われていた。

「そろそろ馬も欲しいところなんじゃがのぉ。何せ路銀が無くてな、イッソウ以外は」

人間の子供の肩から、一匹の小さなトカゲが顔をひょっこりのぞかせた。

それが、この子供の声の主=バンライだった。

「あ、みえた! みえたよ茶屋! すごいやバンライ!」

ソーキチの下駄の音が、あっという間に遠ざかっていった。

………………

…………

……

茶屋とは言っても、それは小高い丘のてっぺんにポツリと建っている寂れた民家だった。

無論ソーキチ達一行以外に客はおらず、少し肌寒い風が「茶屋」と書かれた看板を揺らしている。そんな有様だった。

「ちぇっ、誰もいないのかよ、もしかして空き家?」

年季が入って建付けが悪くなった戸を開けるなり、ミケが一言。

店内は薄暗く、本来ならば旅人でにぎわっているはずのテーブルにも、うっすら埃が積もったまま。

「だね、お店の人の気配……さっきはしたんだけど」

鼻面をひくひくさせながら、ソーキチも続けて入店。

「まあ、おおかた町にでも下りたんじゃないのかのぉ、ここじゃお客もそれほど来る場所じゃなし」

少年の肩にとまったバンライが、辺りをきょろきょろしながらつぶやいた。


「そうですか……いやそれは失敬、君みたいな……がこんな……ひとりで切り盛りしているなんて」

ふと、外から小さな話し声がミケの耳に入ってきた。

「大丈夫、君を守ってあげるさ…心配しないで」

そういえば、面倒くさそうに列の最後を歩いていたあの烏がいない。ひょっとして!?

外に出たミケは、こっそり茶屋の裏口をのぞきこんだ。

「さぁ、わけをぼくに全て話してくれ、君の悩みはぼくの悩みでもあるんだから」

さっきまで死にそうな顔をしていた烏とは全然違う、妙にキザぶった、そしてすごく優しい。

「イッソウ! おめー!」

年頃の女性を見るとナンパモードに豹変するイッソウ、悪い癖がまた出たのだ。

ネコの忍び足でこっそり背後に近づき、思いっきりイッソウの尾羽根を引っこ抜く!

ブチブチブチッ!!

「コケーーーーーーーーーーッ!」たまらず飛び上がるイッソウ。

「きゃっ!」そのジャンプに思わず、話していた女性も驚く。

その女性は年にして15,6だろうか、人間の少女だった。

「ミ……ミケ! 何ですかいったい! 私のここの羽根は抜くなと、いつも言っているではないですか!」

鳥肌状態のお尻をさすりながら、イッソウが涙目で抵抗する。

「あーら失礼、ナンパ師の破門僧さん」ニヤつきながらミケも反論。

「くっ……それだけは、それだけは!」

「ぷっ」

そのやりとりに、今まで不安そうだった少女の表情が、少しだけ和らいだ。

「ね、ね、4人分なんだけどさ、軽く食べるもの、作ってくれるかな?」

種族は違えど共に女性同士、イッソウのときとは違った微笑で、ミケは少女に優しく語りかける。

「は、はい、すぐに作りますね」

少女はそそくさと、裏口から茶屋に戻った。

「……いずれバレるの分かってるンだからさ、もうやめたら? あんたのナンパ癖」

「し、しかしですね、その、種族を超えた愛と言うものは、この世に一番必要なものではないかと……ハァ」


トントンと小気味いい包丁の音、そしてご飯の香りが2人の鼻をくすぐる。

「つーかさ、イッソウってあたいのことナンパしたことないよね? なんでなの?」

人差し指の尖った爪で、ミケはツンツンとイッソウのくちばしを突付き始めた。

「オトコ勝りと胸の無い奴は範囲外……だからだ」


ブチッ


イッソウの悲鳴が山中に響き渡った。


……………………

………………

…………

……


「おかわり!」

「って、お前何杯目だそれ、腹パンクすっぞ」

「だってご飯久しぶりだし、おねーちゃんの作ってくれたのおいしいしー」

「ちゃんと飲み込んでから言え! 汚ねぇだろ!」

「あなた達、食事のときくらいは静かにしてもらいたいですね…」

小さなテーブルを囲み、ソーキチ達の食事が幕を開けていた。

しかし楽しくなるはずだったその食事は、少女の一言で幕を閉じた。

「ごめんなさい……さっきのご飯で、もう最後なんです」

呆気に取られるソーキチ。

だが少年の顔とは逆に、ミケとイッソウはまた違う面持ちに変わっていた。

それは食事が無くなったからではない何かを嗅ぎつけた目だった。

「あ、いえ、すいません…実はこのお店、今日で店じまいしようかと思ってまして」

「ワケがありそうだね」

ミケはアジの開きの残った骨の部分をペロリとひと舐めし、ポツリとつぶやく。

「ですね…やはりここのお店にお客が来ないのも……」

イッソウが続き、茶碗にお茶を注いだ。

「……」

「大丈夫じゃ、わしらは旅の先々で無益な争いを治めて行っておるでな、お嬢さんの胸に抱えていること、全て話してもらってかまわんでの」

バンライが少年の口を借りて、少女に語りかけた。

「あ、ありがとうございます!」少女の瞳に涙が浮かぶ。

「ご飯……」

全く空気を読んでいないソーキチの足を、ミケが思い切り踏んづけた。

「いたぁ!」

「少し黙ってろ、バカ」

「だって……おなかすいちゃうもん……」


・・・・・・

少女の話はこうだった。

この店から歩いて半日ほど行った山のてっぺんに、とある盗賊が、高くそびえる塔のような城を建設したことから始まる。

その盗賊の長は一言「乱土のこの景色を見渡せる、巨大な塔を作ってやる」との事だった。

しかし視界の先、西に高くそびえ立つ「不死山」を屋上から目にしたいのだが、その山をちょっと遮るこの茶屋、どうにも邪魔でしょうがない。

店を潰してしまおうと、まずは金で買収したのだが……


「このお店は死んだ父さんと母さんが代々守り抜いてきた伝統があります、あなた方においそれと渡すわけには行きません!」

「ほう、なんと強気な!ならばお前さんの命もこのボロ家ごと消しちゃうとしようか!」


申し渡された期限は一週間。

その間にこの店を去るか、はたまた……

「その期日が、ちょうど今日というわけじゃな?」

「はい……」

少女の涙が、ぽつぽつと床を濡らす。

「ちっ、なんて奴らだ、てめぇ等の景色のためだけにこの子の命まで奪おうとするなんて」

「盗賊ふぜいの考えること…いつも一緒ですね」

「うん……おねえちゃんのご飯食べれないのいやだもんね」

4人が次々に話すと、少女が心配そうに口を開いた。

「だけども、あの盗賊たちはここ近辺にいたたくさんの盗賊を一気に潰したんです! とてもあなたがた4人だけでは!」

「まぁ、確かにあたいら4人だけしかいないけどさ、けどみんなそれなりに強いよ」

椅子からすっくとミケが立ち上がり、かすかに震えている少女の手を、優しく握った。

「あたい達、1人で千人分くらいは倒せる自信あるからね」

「そーそー、ミケ強いよ! イッソウもだけど」

「私は……その、殴り合いみたいな野蛮なのは苦手ですが……」

イッソウが所在なさげに、鼻メガネを整える。

「名前いうの忘れてたね、あたいはミケ、隣にいる小汚いやつがソースケ」

「ソースケじゃないよ、ソーキチだって何回言ったら分かるんだよ」

「ごめんごめん、で、さっきあんたをナンパしたこのトリがイッソウ、そしてこの子が……」


バンライと共にいる少年をミケが紹介しようとした直後だった。

バキィという大きな音と共に、茶屋の屋根が吹き飛んだ。

「え……?」その一瞬の吹き抜ける風に、ミケは唖然とした。

見上げると青空。

……と、言いたい所だが、そこには身の丈をゆうに3mは越す、これまた明らかに人とは違う「巨人」が下卑た笑いを浮かべて立っている。

「おんやぁ~? お店畳んでないみたいだよぉ~?」

知能の低さを表すかのようなスローなしゃべり声。

「まぁいいじゃねぇの、お前の馬鹿力で全部取っ払ってしまえばあとは楽ちんってことよ」

表戸をゆっくりと開けながら、おそらく盗賊の先発隊であろう人間の男が入ってきた。

「さぁてお嬢さん、期日は今日だよ~? おとなしくこのお店をたたん……ガッ!」

言い終えないうちに、ミケの疾風の如きパンチの一撃が、男の顔面に炸裂した。


「男がベラベラうっさいんだよ……ちったぁ黙ンな」


男の顔面が思い切り凹み、さっきまでいた外へと大きく弾き飛ばされた。

「えっと……私もですか?」

ミケの言葉に、イッソウの顔が少し青ざめた。

「……ふむ、どうやら地上げ屋がお出ましのようじゃの」

しかしその言葉には耳を貸さず、ミケはゆっくりと外へと出向いた。

軽く左右を見渡す。

「デカブツを含めて……10、いや、15……あれ?」

「相変わらず数えるのへたくそだね、ミケ」

ミケの後ろから、ひょっこりとソーキチが顔を出した。

「うっせーバカ! っつーかお前も戦うんだからな、準備しろ早く」

「20人いるよ、だけど僕戦うの苦手だからさ、あとはミケとイッソウに任せるね」

「バカ言え! デケぇ奴もいるんだぞ、あたいとバカ烏だけじゃちょっと…!」

「先ほど千人力と言った方はどちらでしたかな~?」

そしてソーキチの背後から、イッソウも顔をのぞかせた。

「バ、バカ! あれは例えだっつーの、無理! 無理!」

「20人片付けるのでしたら、ちょっとはお金弾んでもらわないとですね……」

「お前! こんなときにまでカネ取るのかよ!」

ミケの表情が、だんだん焦りの色に変わっていく。

「私はあの子と2人で逃げることにしますよ、それでもよろしいのですか?」

翼が変化した手の指で、イッソウは心配そうに見つめている少女を指差した。


「かかれ! みんな殺してもかまわん!」

「へ!?」

3人の会話を断ち切るかのように、盗賊の一人が声を上げた。

茶屋の入り口を取り囲むようにしていた盗賊たちが、一斉に攻め込む。

「しかたねぇ! 一人5人な!」

「ちょっとミケさん! 一人頭の換算まだ済ましてないですよ! それに我々3人だと5人余ります!」

「分かってンだろバカ烏! 4人目がいるってことをさ!」

攻めてきた一人の顔面にパンチを食らわせながら、ミケは叫んだ。

「4人目……あぁ、そういうことですか」

その言葉にイッソウはうなづくと、その大きな手のひらをポン、とソーキチの肩に置いた。

「ソーキチさん、我々も戦いましょうかね」

「僕……苦手だよ、こういうのさ……」

背負っている2本の長槍を面倒くさそうに抜くと、ソーキチはとぼとぼと歩き出した。

「イッソウ、危ないときは頼むね」

「いいですよ、あなたはまだ小さいから出世払いでね」

「よく分からないけど……それでいいや」

そのソーキチの足取りは、あきれるほどに頼りなかった。


「さてバンライ殿、私たちが劣勢になったときは、アレお願いしますよ」

天井の吹き飛んだ茶屋、いまだに奥で茶をぺろぺろと飲んでいるトカゲに、イッソウは語りかけた。

「それなんじゃが、イッソウ」しかしその声は非常に頼りなかった。

「ワシもここ最近トシのせいか、記憶があやふやになってきてのぉ、解封の言葉が思い出せんのじゃよ」

「え?」イッソウの鼻眼鏡がずるりと落ちる。

「すまんなイッソウ、おぬしも一緒に見つけ出してくれんか?」

「って、おい! ジジィ! ンな時にいちいち思い出していられるかってーの!」

イッソウの思いを代弁してくれたのは、乱闘から戻ってきたミケだった。

彼女の後ろには、ミケの豪腕で瞬く間に打ちのめされたならず者が10人、山となって積まれていた。

「ミケさん、お怪我は?」

「大丈夫、あいつらそれほどたいした戦力じゃないからね……けど」

「けど……なんですか?」

「あと5人、こいつらちょっと手ごわいぜ。デカブツもいるし」

ふと前方を見ると、ソーキチが刀を持った賊数人を相手に、2本の槍で戦っているのが見て取れる。

「だっ! やっ! はぁ!」

掛け声こそ勇ましいが、いかんせんソーキチはまだ子供、どちらかと言えば避けるほうのが手一杯に感じられる。

「ほれほれどーしたガキ! 持っているその槍は飾りか!?」

「はぁ……仕方ないですね」イッソウは腰に下げていた数本の巻物のうち1本を取り出し、読み上げた。

「殺すのはご法度じゃぞ、イッソウ」

「わかっておりますよ、ほいさ!」

耳慣れぬ言葉を唱えること1分あまり、おもむろにイッソウが翼状の右手を軽く振ると……!


突然、ソーキチと刃を交えていた賊の足元の地面が瞬時に消滅した。

「消えた!?」唐突な事態に驚くミケ。

「いえ、ちょっとした穴を開けただけです、まぁ抜け出すにはちょっと時間がかかりますがね」

イッソウが得意そうににやける。

「え? あれ? きえちゃった?」

当の本人、ソーキチだけは気づいていないようだった。

「んじゃとっとと残りを片付けますか、お代はあとから請求するとして」

「はいはい、やっちゃいますかね、イッソウさん」

相変わらずの調子にあきれ果てたミケがつぶやいたとき、前方にいたソーキチが今度は、消えた。

ブォン!!

巨人の一迅の豪腕が、ソーキチのその小さい身体をなぎ払ったのだ。

「「ソーキチ!!」」

距離にして10m近くであろうか、少年はまるで風に舞う落ち葉のように、ころころと転がり、力なくくず折れた。

「ちっちゃくったってようしゃはしないよグフフフ」

巨人は倒れたソーキチをつまみあげると、今度は少し放れた岩壁に叩き付けた。

「ソーキチ……! くっ! てめぇ!」

焦るミケたちの前に、残りの賊が集結した。

「悪ィな、抵抗する奴ぁ女子供でも殺していいって、賊長の命令なんでな……」

「くそぉ! おいジジィ! きーわーどとか言うの思い出したのかよ!」

もてあそばれるソーキチに歯噛みしながら、ミケは茶屋の前にいるバンライに叫んだ。

「前回はなんと言ったら覚めたんじゃか……ホームレス侍だっけかのぉ?」

「違います! たしかこの前はミジンコ侍でした!」

「違うそれは先月だ! この前はバカ侍で発動したんだよ!」


「ナニ変な話してんだ、貴様ら」

「うっせーバーロー!」

ミケの回し蹴りが、賊の一人の後頭部に炸裂した。

「グフフフ、そろそろこのおチビちゃん、死んじゃうぞー」

巨人は丸太の如き右腕をぐるぐる振り回し、小さき命にとどめを刺そうとしていた。

地面に何度も叩きつけられたソーキチには、すでに意識は無かった。

しかしその両手にはしっかりと、2振りの槍が握り締められている。

だが……

「しね~い! クソチビ~!」

まさに今、巨人の拳がソーキチに向かって振り下ろされようとしていた。


その時だった。

「……クソチビ?」

今まで昏倒していたソーキチの双眼が、ゆっくりと開き始める。

しかしその瞳はさっきまでの気弱な少年のものではない、血のように真っ赤な瞳だった。


振ってきた拳を起き上がりざま軽いジャンプで避け、風のような速さでソーキチは巨人の腕を駆け上っていく。

「へ? なにおまえ? しんでなかったのか?」

「バカ野郎、質問するのは俺様のほうだ、この脳無し!」

巨人の肩に上ったソーキチは、持っていた槍をスッと、巨人の首筋に刺した。

「があああああああああああああああ!」

「しばらくブッ倒れてろ、カスが!」

仰向けにズン! と倒れる巨人。

ソーキチはそこからまた軽くジャンプすると、ミケの前にいた盗賊の背後に、音も無く降り立った。

それはさっきまでの子供とは、明らかに違っていた。

髪の毛は逆立ち、釣りあがった目は何かに憑かれたかのようにも感じ取れる。

そして握り締めていた2振りの槍…

1本は刃に炎が浮かび、もう1本は黒い煙が立ち昇っている。

そしてソーキチはその2つの槍をつなぎ合わせると、軽くぶるんぶるんと回し始めた。

2本の合体した槍の長さは半端ではない。総じて3mは超えている。

しかし小さなソーキチは右手、左手、尻尾の3本を駆使し、あたかもその長槍に命が宿っているかのような舞を見せ始めた。

炎と煙とが重なり、それはだんだんと一条の煙から…炎に包まれた龍が上へ上へと昇っているように見えてきた。

「さぁて、誰からブッ殺されてぇか?」


「逃げろ!」

イッソウの尾羽根をギュッと掴み、ミケは一目散にソーキチの前から逃げ出す。

「だからここの羽根は……ァィィ!」

茶屋へとまた駆け戻る2人。


それはまるで、風のように吹き抜ける1匹の龍、そのものだった。

1本の長い槍を巧みに操り、剣を振りかざして襲い来る盗賊を巧みに避ける。

あるときはクルクルと風に舞う落ち葉のように、またあるときは槍の一端を持ち、棒高跳びのように瞬時に飛び退き。

そうして賊の肩口、首筋、はたまた胸元へと槍を突き刺す。

しかし明らかに刺してはいるのだが、相手はただ力なく倒れるだけ。


「殺し……てないよな?」

ソーキチの攻撃を傍目で見学していたミケが、恐る恐る口を開く。

「あぁ、奴は無益な殺生は好まん性分じゃからのぉ、あいつは人体のツボを心得ておる、正確に刺せば瞬時に昏倒させることが出来るわけじゃ」

少年の肩にいたバンライが2本足で立ち、腕組みしながら感心していた。

「本来は血も涙も無い盗賊の親玉だったんじゃがのぉ……しかしやはりあやつも人の子というわけか」

「どういうことですか? バンライさん」

「いずれ分かるときが来るじゃろうて、この旅の先にな」


瞬く間に3人を倒し、残るは1人。

しかし最後の男はソーキチの鬼神の如き槍術に恐れをなしたか、もはや戦意を喪失し、茶屋の影でガタガタとおびえる始末だった。

「ヒ…ヒィイ…おまえは、おまえは!」

男にはもう、ソーキチが小さな子供には見えなかった。

それは……

「ん? なんだ言ってみろ、言い終えるまで殺すのは待ってやっからよ」

「おまえ……10年前に大和の国を荒らしまわった、炎煙槍のソーキチじゃねえのか!?」

「おう、昔はそう呼ばれてたこともあったっけかな、けどそれがどうしたってんだ?」

「だけどおまえ、何でそんなちんちくりんな身体になっているんだ!? 昔と全然違うだろ」

「あぁ……ちっと事情があってな」

おびえる男は、ふとソーキチの背後にいたミケら3人を見止めた。

「!!!」

「ん? なんか変なもんでもいたか?」

ソーキチは小動物をいたぶるかのように、槍の刃先で男の頬をぺちぺちと叩く。

しかしその男の視線は、バンライの…いや、彼の留まっている少年の姿に釘付けになった。

「まさか……!」

男の視線は、明らかに畏怖そのものだった。

「おまえの連れてる仲間って……神さ」

「はいそこまで!」



ゴン!



炎煙槍の柄が、男の頭に思い切りめり込んだ。


少女は茶屋の奥で、ソーキチ達の戦いをずっと目にとどめていた。

彼等が……そう、それほどまでに強いことなんて、分からなかったから。

時間にして10分足らず、20人もの盗賊たちは、あっという間に彼等の手で退治させられた。

そして、その後始末だが。


「よし、これでこやつら数刻もすれば目が覚めるじゃろう、もっともここしばらくの記憶はすっかり失せてしまっておるがな」

バンライがイッソウに手渡した光る粉。それを山と詰まれた盗賊の鼻先に軽くふりかける。

「相変わらず優しいよな、バンライのじーさんは」ミケがその様子を呆れ顔で見つめている。

背中には、先ほどまで威勢を誇っていたソーキチの小さな姿が。

「殺生は好まんと常々言っておるであろうが、それにこの子の思いでもあるしな」

「そうだな……神さんかどうかはわからねーけど、ね」

ミケはバンライをつまみ上げ、いつものポジションである少年の肩に乗せた。

一切の生気すら感じられぬ、その少年のもとに。

「で、ソーキチはいつになったら目が覚めるの?」

背負っていた子供の体勢を建て直し、ミケはバンライに告げた。

「うむ。だいたいあの覚醒が10分程度で切れるからのぉ……一晩くらいはぐっすり眠っておると思うぞ」

「全く。あたいよか強えんだけど世話かかるんだよな」

ミケは深くため息をついた。

………………

…………

……

「あの、皆さまなんてお礼を言っていいのか」

少女が申し訳なさそうに、ミケ達に深く頭を下げる。

「いいってことです、悪い連中を懲らしめて改心させるのが私たちの役目、それに……」

イッソウが、少女の両手をぎゅっと握り締める。

「あなたのようなきれいな人を、こ……コケーッ!!!」

突然飛び上がるイッソウ。

後ろにいたミケの手には、尾羽根が大量に握り締められていた。

「はいはい、いくらカッコつけたっていつかはバレちゃうんだよ~イッソウ君」

「く……くそっ! 私の大事な羽根をこんな大量にむしりとって!」


「ふふっ、みなさん、仲がいいんですね」

少女の顔に、ようやく笑顔が戻った。


「娘さん、ここ近辺のことはもう気にせんでもよい、今までどおり頑張って仕事に励むのじゃぞ」

バンライの言葉に少女はハッと我に帰った。

そう。倒したのは盗賊連中の尖兵に過ぎない。本体はまだ、前方に高くそびえ立つあの塔に何千人といるのだから。

「まさか、みなさん!?」

「そういうこと、あたいたちはあの塔行って親玉ブッ倒してくる、ちょっと大変だけどね」

「でも……たった4人で」

「そう、娘さんここから先は心配せんでもええ、これからはわしらの仕事じゃからな」

少女は何も言わず、首をこくりと縦に振った。


……………………

………………

…………

……

翌日のこと。

付近を荒らしまわっていた盗賊一党が、突然姿を消した。

そして、彼等の本拠地である巨大な塔も、一夜にして炎を上げ、崩れ去ってしまったと言う。


その原因は村の人、誰にも見当がつかなかった。


そう。ただ一人、峠の茶屋の少女を除いては。


獣遊記傳 テイルブレイド おしまい


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獣遊記傳 テイルブレイド べあうるふ @Bare-wolf

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