第683話:十分な仕事
俺の始まりの場所──この半地下室。
思えば、色々なことがあった。
リトリィと出会い、彼女の優しさに包まれた。
フラフィーからこの世界の挨拶を学び、この世界の礼儀を知った。
アイネと殴り合い、彼が大切にしてきた
リトリィに刺され、彼女の想いをないがしろにしてきた愚かさを思い知った。
俺にすがりつき、のけぞり首を振りながらすすり泣くようにして喘ぐ、その仕草ひとつひとつが
枕代わりの薄い毛布に顔をうずめ、高く持ち上げた腰をくねらせながら悦びに身を震わせる姿が
俺の上にまたがり、両手を繋ぐようにして身をよじりつつキスをねだるとろんとしたまなざしが
この部屋から始まった俺との関係をずっと守り続けて、ついに実った幸せをお腹に宿す彼女が、
「リトリィ、愛してるよ……!」
「わたしも、です……あなた、あなた……!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら腰をくねらせ、キスの雨を降らせてくる彼女と結んだ手のひらに、力をこめる。
この部屋で出会ってから、ずっとずっと、俺を慕ってついてきてくれた彼女。
君が俺を望んでくれているかぎり、何があってもこの手を離すものか。
♥・─────・♥・─────・♥
リンク先…【閑話28:わたしはあなたの帰る家】
※性的な描写あり。楽しめるという方のみ、お進みください。
※読まなくても支障はありません。
https://kakuyomu.jp/works/16817139556498712352/episodes/16817330659556703161
♥・─────・♥・─────・♥
「だんなさま、リトリィお姉さまの
飛びついてきたリノが、くんくんと鼻を鳴らし、そして俺を見上げた。
俺からリトリィのにおいがするのはいつものことだが、彼女があえてそう言う時は、つまり、うん、リトリィの
山の屋敷には二つの井戸がある。一つは畑、もう一つは屋敷の庭。
畑の井戸は、いわゆる
もう一つの庭の井戸は、それに加えて塩気が多少含まれている。この二つの井戸は距離にして数百メートル程度離れているだけだが、どうも元となる水脈が違うらしい。
このうち、庭の井戸には塩気まで含まれているとなれば、畑には使えない。飲み水にも使いづらい。だからこちらはそのままで、あまり使われてもいないらしい。
……で、
当然、フェルミも、そして
……雑な仕事はすぐボロが出るということだな。
「……妊娠していても、お姉さまってすごいですね」
「マイセルが言うと、なおさら実感が湧くってもんスね」
リトリィが、真っ赤になってうつむいている。
「……そんなお姉さまにしちゃったのが、ムラタさんってわけなんですけどね?」
「い、いや、これは……!」
言いかけて、じろりとマイセルににらまれ、黙る。
そーいうことにしておかないと、リトリィの性欲が底なしなのは元々の性質、ということになるから、俺のせいにしておけと言いたいのだろう。
フェルミはそのあたり、敏感に察したらしい。苦笑いで俺とマイセルを見比べている。
で、飛んできたアイネに「やっぱりムラタ、てめえの仕込みかぁぁぁああッ!」とぶっ飛ばされ、怒ったリトリィにアイネがぶっ飛ばされるという様式美が、完全に再現されたのだった。
この家にしては遅い朝食をいただいている時だった。
昨日も到着時に驚かれたのだが、やっぱり赤ん坊を抱えての登山は大変だっただろう、と言われてしまった。出産の里帰りなどという習慣のないこの地方では、赤ん坊を抱えて旅をするなんてよっぽどのことらしい。
親方も、自身の子供には恵まれず、フラフィー、アイネ、リトリィの孤児三人を拾って弟子として育てた経験しかないから、赤ん坊を抱えての山の登り下りは体験が無いそうだ。
「だが、フラフィーの嫁が子供を産んだら、いずれはお前さんのように赤ん坊を抱えて山を登り降りする時が来るかもしれんな」
パンをむしりながら、親方がそっけなく言う。
だが、しかめっつらが基本の親方の顔が、どこか緩みっぱなしに感じるのは、きっと俺だけじゃないはずだ。
「しばらくお世話になります。井戸水の
「ああ。絵で仕組みや手順を残しておいてくれたからよ、壊れることはたまにあるが、直すことができてるぜ」
フラフィーが、モーナちゃんの口の周りのジャムをふいてやりながら、上機嫌に答える。
「前も言ったが、管を繋いで、井戸から水を引き込むこともできたぜ! まあ、冬の間は凍っちまって使えなかったけどな」
「凍った……布を巻いてもだめだったのか?」
俺が首を傾げると、アイネが火で炙った干し肉を噛みちぎりながら、むすっとして言った。
「冬の山の厳しさ、おめぇも知らねえわけじゃねえだろう?」
「まあ、確かにそうかもしれないが……そんなに寒かったのか」
その寒い山にある屋敷の、さらに寒い半地下室で過ごしていた俺は、なんだったのだろう。だが、考えてみれば冬の全てを体験したわけじゃなくて、雪が降り始める頃に街に降りていたっけ。
「あと、濡れたところが凍っちまってな。剥がすこともできなくなっちまって、結局、春までどうしようもなかった」
「それは……」
言われて、さらに自分の見識不足を思い知らされる。保温材が濡れて凍るなんて、意味がないじゃないか。
家の太陽熱温水器への水の引き込み管だって、冬が来れば凍ってしまうだろう。保温のための対策と、保温材が濡れないようにするか、もしくは水を弾くなどの何らかの対策を施しておかないとまずいな。考えておかなきゃならないだろう。
「まあ、なんだ。ムラタ、おめぇの仕事は完璧だったとは言わねえが、オレたちが自力でなんとかできるように手配してくれていたって意味では、必要十分な仕事をしてくれたってことだ。感謝してるぜ。なあ、アイネ?」
フラフィーの言葉に、アイネが憮然としたまま、しぶしぶといった様子で、うなずいてみせた。
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