第651話:久々の熱い夜

「ヒスイちゃんは元気な仔ですね」


 リトリィが夕食の準備をしながら、乳をふくませているフェルミに声をかけた。


「おっぱいもよく飲みますし、声も大きいですし」


 マイセルにも言われて、フェルミが恥ずかしそうに微笑みながらうなずいた。


 かつて凄惨な凌辱を受けた上に乳頭を切断されるという、血も凍るような目に遭ったフェルミは、だから自分が子に乳を与えられるかどうかということを、ひどく気にしていた。


 けれど、出産前あたりから、乳汁が染みだす状態だったらしい。そして、わずかにしこりのように残る乳頭の根のような部分をくわえるようにして、娘は器用に乳を飲んでいた。


 それがけっこう力が強いらしく、噛みつくようにして乳を吸われる痛みが大変なのだそうだ。それでもフェルミは娘に乳を与えている間、実に幸せそうにしている。


「だって、自分には仔に乳を与えるなんて、できないって思ってたスからね。これくらいの痛み、なんでもないスよ」


 フェルミはそう言っていた。今も、俺と普段会話している時にはとても見せないような穏やかな表情で、娘に乳を与えている。


「おっちゃん、フェルミ姉ちゃんのおっぱい見てんじゃねーよ。皿並べるの、手伝ってくれよ」


 おいヒッグス! それは風説の流布って奴だ、訂正しろ!


「……おっちゃん、ヒスイの様子を見るふりしてフェルミねーちゃんのおっぱい眺めてないで、ホラ、皿並べてくれよ」


 だからっ! おっぱいを眺めていたなどというデマの即時撤回を要求する!




「あなた……ああ、あなたっ……! きて、ください! もっと、いっぱい……!」


 金のふかふかしっぽをつかみ上げ、背後から激しく突く俺に、リトリィはクッションに顔をうずめるようにしながら哀願する。


「お姉さま、随分と積極的ね」


 マイセルが、娘に乳を与えながら微笑むのが視界の端に入る。

 当然だ。今夜は藍月の夜。獣人たちのための、恋の夜だ。


 今は俺の名を愛しげに呼びながら、腰の上でたわわに実る果実をぶるんぶるんと揺らし、髪を振り乱し、しっぽを大きく揺らし、腰をくねらせてあえぐリトリィだけど、これでもフェルミが出産した次の日の夜は大変だったんだ。


『わたしは、あなたの、なんなのですか!』


 フェルミを妻として認めてしまったことが、彼女の中で、相当にショックだったらしい。確かにリトリィは、俺とフェルミとの子は「日ノ本ファミリー」の一員として認めるが、フェルミはあくまでも「外の女」扱いであるとしていた。

 それが、妻としてのリトリィが出せる、ぎりぎりの線引きだったんだ。


 それなのに俺が、勝手にフェルミを「妻」扱いにした。リトリィが、彼女の愛とプライドを天秤にかけて、ぎりぎりの条件として出した線引きを、俺がぶち壊したんだ。彼女が怒って当然だった。


 今度ばかりは、家を揺るがす大げんかになった。というか、けんかですらない。俺が一方的に責められた。

 だけど、俺は彼女のなじる言葉に、耐えるしかなかった。当然だ。彼女の言葉は、全て、真っ当なものだったからだ。


『わたしは、わたしには、あなたしかいないんです!』

『それなのに、あなたは、わたしだけで満足してくださらない!』

『あなたは、わたしを一番だと言って、かわいがってくださいます。わたし、あなたを信じて、あなただけにつくしてきました。じゃあ、どうしてわたしだけで満足してくださらないんですか!』


 マイセルはいち早く、フェルミを連れて避難してくれた。責められるのは俺だけでいい。俺が状況に流され続けた結果、リトリィをこんなにしてしまったのだから。


 彼女の怒りを、悲しみを、嘆きを、感情の奔流を受け止め続けた。


 そして、久々に熱い夜を迎えた。夫婦喧嘩のあとの夜は燃えるというが、まさにその通りだった。散々に感情をぶつけてきたリトリィだけど、やっぱり俺を愛してくれているが故の訴えだったわけで。


 ずっと、乳児を抱えるマイセルと、いつ出産してもおかしくないフェルミに遠慮してきたぶん、その夜のリトリィの求めかたはいつも以上に激しかった。まるで、それまで俺のことを責め、なじったぶんだけ、責めて、痛めつけてほしいといわんばかりに。


『わたし、あんなこと、言いたかったんじゃないんです……。あなたにかわいがってほしかった……大好きなあなたに、もっと、もっと大事にされかった……そう言いたかっただけなのに……』


 ごめんなさい、と繰り返し、すすり泣きながら腰を振る彼女を、俺はしっかりと抱きしめて、一緒に愛を確かめ合った。



♥・―――――・♥・―――――・♥


リンク先…【閑話26:甘えたい夜】

※夫婦喧嘩および性的な描写あり。楽しめるという方のみ、お進みください。

※読まなくても支障はありません。

https://kakuyomu.jp/works/16817139556498712352/episodes/16817330656178230724


♥・―――――・♥・―――――・♥



「リトリィ……もう、出すよ……!」

「いらして、あなた……いっぱい……!」


 数日前の嵐のような夜の荒れ具合など微塵も感じさせぬ甘えようのリトリィの背後には、窓の外に三つの月。

 今夜は藍月の夜──獣人にとって恋の成就の夜。その月を背後に背負って、リトリィが淫らに腰をくねらせながら、背を弓なりに反らし、絶頂の悦びに身を震わせる。


「あな、た……すき……だいすき、です……」


 荒い息をつきながら、リトリィが耳元でささやき、鼻先をこすりつけ、そして舌を這わせる。

 しばしの間、精を放つ余韻に浸っていた俺に、マイセルとフェルミがくすくすと笑った。


「──とはいえ、お姉さまばっかり愛されてるってのも、寂しいよね?」

「ご主人には、また今度、今回の件で、たぁ〜っぷり愛してもらわないと、割に合わないっスね〜?」


 マイセルもフェルミも娘に乳を含ませつつ、そんなことを言い合っている。

 お前ら絶対に結託して、俺を干からびさせるつもりだろう!


「大丈夫っスよ。ちょーっとばかり、クノーブ摂取量が増えるだけっスから」


 にまーっと、フェルミが笑ってみせる。ああもう、分かったよ! お前を嫁にもらうって決めたときからそうなるってのは分かってたんだ、まとめて面倒見てやるよ!





 

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