第650話:贈られた色にちなんで
「ありがとう、フェルミ。愛している」
元気に泣く娘は、赤い体に白くぬるりとしたものをまとうようにしている。
基本的には、マイセルが産んだ「ヒト」の赤ん坊と大差ない。
けれど、厳密には違う。
紺のメッシュのようなものが入った青の髪に、三角の耳。おしりには、先端が白くてあとは青と紺と黒が交じり合ったマーブル状の毛に包まれた、しなやかなしっぽ。
フェルミの髪の色が青だから不思議な混じり方をしているけれど、俺の黒い髪の要素が混じった結果なのかもしれない。
色を除けば、まさに猫を思わせるパーツ。確かに娘は、
「……ムラタさん。耳。ほら、耳が……。しっぽも……」
「ああ。こんなに小さいけど、
俺がうなずきながらなでると、ぴくりと耳が動いた。うん、可愛い。
「ムラタさん、この子の耳……三角の耳です。ちゃんとしっぽもある……。よかった、本当によかった……!」
ぼろぼろと涙をこぼし始めたフェルミに驚いたが、彼女の言葉で、すぐに納得できた。
「私、こんなだから……。ずっと、ずっと、怖かったんです。もしも、しっぽがなかったら……耳の欠けた子が生まれてきたらって……!」
少女の頃、生まれ故郷が国境紛争に巻き込まれ、その際、性器が裂けるほど苛烈な辱めを受けたフェルミ。それだけでなく、しっぽを切り落とされ耳をひどい形に刻まれ、乳首を削がれた。女として、獣人娘としての魅力の全てを破壊された彼女は、ずっと女であることを隠し、ヒトの男として生きてきた。
彼女はきっと、口にしないだけで、ずっと恐れてきたんだ。自分がそんな姿だから、赤ん坊に悪い影響がないかと。
二十一世紀の日本から来た俺にしてみれば、彼女の耳もしっぽも、先天性異常でなく外傷によるものなのだから、生まれてくる子供に影響などあるはずがないと分かる。でもフェルミには、そんな知識はないだろうから、ずっとずっと、不安を抱えてきたんだろう。
こういったものは、理屈では割り切れないものなのかもしれない。二十一世紀の日本だって、色々な迷信や陰謀論があって、それに振り回される人々がいっぱいいたのだし、俺だって受験の頃には神頼みをしていた。
「俺とお前の子なんだ、当たり前だろ?」
あえて、そう笑ってやる。俺とほぼ同じ歳のフェルミにとって、これが最初で最後の子かもしれない。だからこそ、俺は笑顔で二人を抱きしめた。
……と、三人の世界に浸っていたときだった。
後ろから襟首をつかまれて引っ張られた。
「お産が済んで頭の中身がお花畑なのはわかるんだけどね? こっちはとっくに産湯の準備ができてるんだよ。ほら、こっちにお寄こし」
ヒョウ柄オバチャンの声がして振り向くと、オバチャンが「邪魔だ早くしろ」と言わんばかりに両手を差し出していた。
「あ、ああ、すまない……」
「すまないじゃないよ、この唐変木」
オバチャンは面倒くさそうに俺を押しのけると、コロッと笑顔になってフェルミから赤ん坊を受け取った。
「いい泣き声だね。奥さん、よく頑張ったじゃないか」
そう言うと、湯を張ったたらいに娘を入れて洗い始めた。さすがオバチャン、慣れた手つきが頼もしい。
「ほーら、気持ちいいねえ」
相変わらず元気に泣き続ける娘を洗いながら、ヒョウ柄オバチャンは俺に向かって笑いかけた。
「あんた、この湯を沸かすカラクリを作ったんだって? なかなかいい
「予算と規模にもよりますが、ご依頼いただければ、いつでも伺いますよ?」
「なんだい、タダじゃないのかい」
オバチャンは笑いながら娘を湯から上げ、大きな布でくるむと、フェルミのそばに置いてあった藤籠の中に、そっと入れてくれた。
「んじゃ、女房の出産を見届けた変わり者さん。もうアンタにゃ言うことはないよ、末永く幸せにしてやんな」
ヒョウ柄オバチャンは、そう言って部屋を出て行った。
生まれたばかりの赤ん坊を囲んで、みんなはわいわいと興奮気味だった。
やはり話題に上るのは、その髪の色と、耳と、しっぽ。マイセルのときには無かったこの特徴には、やはりみんな、興味津々といった様子だ。
「ちっちゃい耳だよなー! こんなんで聞こえるのかな?」
ヒッグスが耳をつつくと、ニューもしっぽをつつく。
「ねえねえ、兄ちゃん。見てみなよ。しっぽ、不思議な色してるなー! フェルミ姉ちゃんの髪の色に似てるけど、姉ちゃんの髪と違って、濃かったり薄かったりしててなんかキレイだ」
フェルミの青い毛色と俺の黒い髪の色が入り混じっているのだろうか。なんとも不思議な色合いに、チビたちは興味津々だった。
「だんなさま、ボクとだんなさまで赤ちゃんできたら、この子みたいに色が混じるのかな?」
そうかもしれないが、リノ。そーいう爆弾発言を唐突にしないでもらえるとありがたいのですが。
ほら、リトリィがものすごい勢いでこっちに振り向いたよ。ステイ。リトリィ、ステイです落ち着いて。俺は誓って潔白です、リノも清い体ですとも。
名前には、これまた難渋した。
やっぱり名前はみんなの意見を取り入れたい、という俺の提案は、まさに「船頭多くして船、山に上る」状態だった。
ただ、これだけは入れたい、というフェルミの願いは尊重することにした。
それが、スィー。緑、という意味だが、ある宝石の名前でもあるらしい。その宝石は神秘的な緑色で、持ち主を災難から守り、幸運を授けてくれるのだという。
生まれた二日後の朝、俺たちが朝食の準備をしていたとき、気が付いたらじーっとこっちを見ていたんだ。
「私も緑なんスよ?」
フェルミはそう言って笑うが、フェルミの方は青みの強い緑だから、この淡い緑色には、また違った魅力を感じた。しかも、赤ん坊の瞳ってものすごく綺麗なんだよ。フェルミが、宝石の名前を入れたい、というのも分かる気がした。
「私とご主人さまの色とが、交じり合ったんでしょうか。不思議な柄ですけど、この子がきっと、欲しがった色なんでしょうね」
そう言ってもらえると、なんだかくすぐったい。不思議なマーブル状の柄は、つまり俺とフェルミがこの子に贈った、最初の宝物なのかもしれない。
だから、色々なアイデアが出そろい、取捨選択したあと、スィーに「気高い・気品のある」の意味を持つ「ヒ」をつけて、名前が決定した。
「
愛称はほぼ満場一致でエイルゥになるところだったけど、俺が強引に「ヒスイ」とした。
「なんか言いにくい」などとヒッグスをはじめチビたちは不満げだったし、母親たるフェルミもちょっとひきつった顔をしていた。けれど本来、子供の命名権はそもそも父親にしかないというのがこの地方の風習なのだから、命名に家族全員を関わらせているだけでもずいぶんと民主的なんだぞ!
というわけで、俺の二人目の娘はヒスイクエイルゥ、愛称「ヒスイ」ちゃんとなった。
「ヒスイーっ! 改めましておとーさんだよーっ!」
名を呼びながら藤籠から抱き上げたら、むっちゃくちゃ泣かれて、フェルミに取り上げられてしまった。
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