第481話:あなたがわたしの祝福で

「ムラタさんよ。あんたこれからどうするつもりだ?」

「関わっちゃいましたからね……。今さら、放っておくなんてできないですよ」


 苦笑いする俺に、マレットさんも苦笑いだ。


「共倒れになっちまうようなことだけはするなよ? あんたには娘を預けてるんだ、泣かすようなことになったら――」

「分かってますって。我が家が第一ですよ」


 俺はマレットさんのグローブのような手で頭をかき回されながら、それでもあえて笑ってみせた。


「俺が家族のためなら何でもする男だって、マレットさんも十分理解してくれてるでしょう?」

「……違いないな!」


 すべてはリトリィから始まった。

 俺の人生は、日本からここに落っこちてきたことで、大きく変わったんだ。

 異世界に落ちて――いや、リトリィに出会えてから。


 彼女と出会い、彼女に男にしてもらった。精神的にも、肉体的にも。

 それからだ、俺がひととして認められるようになったのは。


 リトリィと共に生きることを選び、マイセルと出会い、ナリクァン夫人に認められた。

 愛するひとを守るために体を張り、己の尊厳をかけて貴族と戦った。

 少年少女を拾い、その成長を見届けることを決め、そして二人の女性が今、俺の血を引く子を身籠っている――


 ただただ、自分の大切な人のために走り回ってきただけのつもりだった。そのひとのためならば、なんだってできた。


 特に最後。

 日本にいたころは、自分は一生童貞のままで終わるんじゃないかとすら思っていたというのに。

 ヤればデキる。言葉の意味を噛み締める。その、いろんな意味で。




「……最近、ずるくないですか?」


 リトリィが、荒い息をつきながらしっぽを絡ませてきた。


「ずるいって、なにが?」

「……そういうところです」


 リトリィが、ゆっくりと身を起こす。


「あなたって、こんなにたくましいかたじゃなかったですよね?」

「逞しくないだろ。相変わらず現場じゃヒョロいって言われ続けてるよ」

「うそです。……こんなに、たくましくなかったですよ?」


 そう言って、俺の胸の上に頬を乗せ、そして今はひと働き終えて萎えている俺のものをいじってみせる。


「わたし、あなたの上でおやんちゃさん・・・・・・・にご奉仕するのが好きでしたのに。いまじゃ、すっかりこの子・・・にいいようにされています」

「嫌か?」


 たしかに、以前に比べれば夜の夫婦生活で主導権を握ることができるようになってきた、それは間違いないだろう。毎日三十メートルの塔を上り下りしていることは、きっといいトレーニングになっているに違いない。


「……いやだなんて、そんなこと」


 そっとしっぽを持ち上げてみせるリトリィ。

 なんだかんだ言って、彼女も楽しんでいるのだ。

 いいともさ、もう一戦、付き合おう。

 うむ、ビバ筋肉! 妻の夜を満足させるにも偉大な力を発揮するのは、やはり筋肉だな!



♥・―――――・♥・―――――・♥

リンク先…【閑話21:攻守逆転】

※性的な描写あり。楽しめるという方のみ、お進みください。

※読まなくても支障はありません。

https://kakuyomu.jp/works/16817139556498712352/episodes/16817139556498729652

♥・―――――・♥・―――――・♥



 月がだいぶ傾いていて、部屋の中にはその明かりが差し込んでくる。

 リトリィの奉仕に彼女の髪を撫でながら、俺は孤児院の窮状、というか惨状を、俺はリトリィに包み隠さず話した。

 その上で、できればなんとかしたいと話すと、リトリィは口を離して顔を上げ、微笑んでみせた。


「あなたなら、そうおっしゃると思っていました」


 そう言って身を乗り出してくると、唇を重ねてくる。


「きっと、マイセルちゃんも賛成してくれますよ」

「……また、君らに負担を強いるような気がしてな……」

「負担?」


 リトリィは、俺を押し倒すようにしなだれかかってきた。

 彼女の胸の重みに押しつぶされるように、俺はベッドに寝転がる。


「負担だなんて……。あなたは、したいようにしてくださればいいんですよ? わたしたちは、あなたについて行きます。どこまでも、あなたのおそばに」


 ふわりと微笑む彼女に、俺はなんだか、申し訳なくなる。


「……すまない。もう少し様子を見て、いろいろと見極めてからにしようとは思うけれど、その時にはまた、いろいろ無茶を言うかもしれない。……でも、頼む」

「はい。いくらでも頼ってくださいな。わたしだって、炊き出しのお仕事で、少しはたくわえをこしらえましたから」


 だって、わたしはあなたの第一夫人ですから――そう言ってにっこりと笑う彼女に「ありがとう」と言おうとしたら、その前に口をふさがれた。

 礼などいらない、当たり前のことだから――そう言いたげな彼女を、力いっぱい抱きしめる。


「あなたの思うようにして下さい。あなたはきっと、神様がわたしに――わたしたちに下さった祝福です」

「……祝福? 俺が?」

「はい」


 リトリィは、俺の耳の下あたりに鼻を押し当て、すんすんとかぎながら、うっとりした様子で続けた。


「あなたは、わたしを――わたしたちを幸せにしてくれました。マイセルちゃんも、ゴーティアスさんたちも、お貴族さまたちも。これが祝福でなくて、なんでしょうか」

「……いや、それは買いかぶりすぎで――」


 言いかけた俺に、リトリィは首を振る。


「いいえ? みんなみんな、あなたがしてくれたこと。わたしは――わたしたちは、あなたのために生きます。それがきっと、世の中のためになるんですよ」


 そんなはずがない。

 俺こそがリトリィに救われた人間なんだから。


 いわゆる異世界チートなんて力は欠片もなく、持ち込めた道具の一つもない俺が、誰かを幸せにできたか?

 違う。

 みんなのおかげだ。リトリィ、マイセル、ヒッグス、ニューとリノ、そしてフェルミ――俺の家族が、マレットさんが、瀧井さんが、ナリクァンさんが、そのほかたくさんのひとたちが、俺を支えてくれたからだ。


 だから、強いて言うならリトリィとの出会いこそが、俺に与えられた最大の祝福だ。間違っても俺が祝福なんじゃない。リトリィこそが祝福で、俺はその恩恵を受けて、できることをしていただけなんだ。


 そう笑ってみせると、リトリィは小さく首を振って、そして俺の顔を胸に埋めた。


「そうやって、ご自身の手柄を欲しがらないところも好きですけれど、今はわたし相手なんですから。もう少しだけ、ご自身を誇ってもいいと思いますよ?」


 ……無理。それができる俺は、きっと俺じゃない。

 ていうか、窒息する。乳の山で溺れ死ぬ。助けて。

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