第6話

 ミセス・ソリシアの舞台はこのオペラ座でその後も語りづがれる物語となった。


 名もない血の繋がりのない家族の演者達。


 ツェンは、やはり有名な団体に引き抜かれる事となった。


 そして、ミセス・ソリシア達は旅立って行った。  


 契約通りオペラ座に残されたエマ。


 お母さんであるソリシアさんには親孝行出来たと思う。


 ずっと大好きだったツェンには、“綺麗なままの私”を捧げられた。


 これで良かったの。


 エマは、微笑んだ。


 そう……人生は物語。


ーーーーー


 その夜、エマが部屋で書物をしていると、使用人が、カンツォーネの部屋に行く様にと、エマに話しかけた。


 エマはその紙を胸元に入れて、部屋を出た。


 きっとこの使用人達もカンツォーネの奴隷も同然で何も知らない訳がない。


 エマは全てが敵だと悟していた。


 カンツォーネの部屋に行くと、カンツォーネは嬉しそうにエマを抱きしめた。


 そして地下室へ連れて行かれた。


 地下室へ連れて行かれた時に、先に話しだしたのはエマだった。


「ロッソに逢ったわ。」


 カンツォーネは一瞬驚いた。


 しかし、直ぐに落ち着きを取り戻し、話しだした。


「このオペラ座の怪奇話に出会ったか。あまりの醜くさに驚いたんじゃないか?」

「えぇ……、見た目は確かにとても醜いかもしれない。でも、とても歌と踊りは美しい。」

「ならば、エマはこのオペラ座の怪奇話が本当なら演者として成功するはずだったのに……残念だったな。」

「また……オペラ座の怪奇話に、ロッソはなるのね?」

「話す人も事実もないからな。」

「ねぇ。ロッソのネックレスに貴方とソリシアさんの名前が掘られてたわ。

 もしかしてロッソはあなた達二人の子供なの?」

「そこまで探ったか。そうさ。ソリシアから手紙をよこしてきた。

 簡単な話さ。

 昔の別れた夫がオペラ座で成功していて、しかも貧乏演者達に演じる場を提供してやってる。

 こんな上手い話に夢でも見たんだろ。」

「何故ロッソを捨てたの。」

「捨てたんじゃない。醜いからフリークスにソリシアが売ったんだ。

 その後、私達は子供を授かれなくなった。

 だから別れた。

 それでまたロッソを買い取った。あの酷い扱われよう……。相変わらずの醜さにも思わず笑ってしまったよ。罪悪感しかなかった。

 人が人にやるなんて信じられない扱いをされていて。

 ……我が子がだぞ!知らない内に売り飛ばされて……。

 私は、その時何かが自分の中で壊れるのを感じた。

 そのままそのフリークスサーカスの団長を殺し、その有り金、全てを盗み、サーカスのテントに火を放った。全員フリークスの人間や来ていた観客も焼き殺してやったのさ。

 その金とロッソを抱えたまま、このオペラ座で住込で働き、前のオーナーを騙し、このオペラ座の権利を奪ってオーナーも殺した。

 しかし、私は観てしまったんだ。

 醜いからひと目に触れぬ様にと隠していた我が子が、毎日沢山の演者達を隠れて観ていた事に。

 そして、想像以上の歌声と踊りの才能があった事に。

 その醜か故に魅せられぬ。表に出られない。

 ……なんて美しい物語なんだ!」

「……狂ってる。何故ロッソに酷い事をしたの?」

「愛おしくてたまらないんだ。

 私の息子。

 私だけの芸術。

 私だけのロッソ。

 愛おしい。

 ロッソも私しか知らない。

 何も知らない。

 汚れを知らない。

 なんて美しいんだ!」

 

 エマは乱暴に鉄の机の上に押し倒された。

 

「あぁ!興奮するね!君はどうしてやろうかな?!でも、このオペラ座の怪奇話を続けなければならない!だから君には……そうだな!私の身体の一部となってもらうよ!」


 エマは抵抗しなかった。むしろ冷たい目線でカトリットを見つめた。


「何だその目は?」

「貴方が、処女である事や汚れを知らない事に、美や芸術を感じるのならば……それはもう無意味よ。」

「なんだと?」

「昨日、ツェンに処女を捧げたの。そして……ロッソにも身体を捧げた。」

「……?!」

「ロッソは、母親への憧れと愛に飢えていた。だから、とても優しくて……しあわせだった。」


 カンツォーネは、目を見開きながら、わなわなとその場に膝をついた。


「ソリシアさんもきっと本当にジプシーだったんでしょうね。それで貴方と出逢って……やっと授かれた子供は醜くて、でもお金もなかった。だからロッソの存在を受け止めきれず売ってしまったのかもしれない。……本当の事はソリシアさんにしかわからないことだけれども。

 でもその後、子供が授かれなくなったからこそ、今のミセス・ソリシアがある。  

 

 どんな気分?

 二つ同時に自分の美とする芸術が汚された気分は?

 どんな気分?

 二つ同時に自分の大切なものを失う気分は?

 オペラ座の怪奇話?

 笑わせないでよ。

 ここで殺された少女達は一体何人なの?

 どれだけの絶望と恐怖だったのかしら?


 安心して、怪奇話は私が怪奇話として続けてあげるわ!」


 エマは鉄の机の上に置かれていた鉄の串をカンツォーネの両膝に刺した。

 

 カンツォーネの悲鳴が地下室に響いた。


 呆気に囚われたカンツォーネの首元に静かにエマはナイフを当てた。


「オペラ座の怪物を見たら有名になれるのよね?

……なるわ。

 私じゃない。ロッソがね!」


 思いっきりナイフを引き、カンツォーネは首から血が吹き出した。


 エマは急いでカンツォーネから離れた。


 そして、カンツォーネは身体を痙攣させやがて動かなくなった。


 エマは胸元から紙を取り出し、血塗れのカンツォーネの手を取り、拇印を押した。

 

ーーーーー

  

 エマは使用人たち全員を地下室へ呼び、少女達の骨や地下室の拷問器具、そしてカンツォーネの亡骸と、エマの自作のオペラ座の権利譲渡書類を見せた。


 やはりオペラ座の使用人達は、カンツォーネに怯えていた。


 しかし、有能な人材が多かった事から、自作ではあるものの、オペラ座の権利権を譲るというこのカンツォーネの拇印入りの書類を上手く工作してくれた


 そして、エマはこのオペラ座のオーナーとなった。


 使用人達は、エマを信頼していた。


 やがてオペラ座での公演は再演。


 “全ての芸術に奇跡と希望をもたらすオペラ座と若く美しいオーナー。”


 これだけで話題性は充分だった。


 オペラ座へは連日、出演希望者だけではない。

 観客も満員御礼だった。


 ロッソは、相変わらずいつもの場所から舞台を観ては踊っていた。


 変わったことといえば、エマがいなくなった事。


 カンツォーネが来なくなった変わりに、毎日違う使用人が、今までとは違う暖かくて美味しい少し豪華なご飯を届けてくれる様になった。


 そして、使用人達も最初はロッソの醜さに驚いていたものの、ロッソの踊りと歌に心奪われていた。


 そして使用人達は、今日の天気だったり、舞台や自分の事をロッソと話して行く様になった。


 ロッソは、話し方に吃り癖があった。


 しかし、エマにだけは普通に話せていた。

 

 そして、ロッソはいつしからか使用人達にも吃ることなく話せる様になっていた。


 さらに、使用人達から聞く、オペラ座の外の世界に出てみたい、外の世界を見てみたい、と思うようになっていった。

ーーーーー

 ロッソはいつもの様に踊って歌っていると……


「ご飯を持ってきたわ。」

「ありがとう……?!」

「ロッソ。久しぶり。」

「……エマ。」

「ロッソ。」

「エマ……。え?どうして?!」

「ロッソ!」


 エマはロッソを抱きしめた。


「……僕は、夢でも見ているのかな?」


 エマはロッソにキスをした。


「夢でいいの?」

「……夢じゃ困るかも。」

「ロッソ……外へ出ましょう。」

「え?」

「外は怖い?」

「だって……僕は醜いから。」

「醜いのは、醜いと思う心よ。

 ロッソ、確かにアナタの見た目は醜くかったかもしれない。」


 エマは、やや強引にロッソの手を引いて歩いた。

 

 やはり足が曲っているせいか、とても歩き辛そうだった。


 しかし、エマは思った。


 歩き辛そうなのに、あの踊り。


 やはりロッソは……。


 オペラ座の外に出ると、外はとても眩しかった。      

 

 裏口から外に出て、馬車小屋や庭の広々とした菜園を見た。そして菜園のオレンジやトマトとキュウリをエマはむしり取り、近くのポンプ井戸で野菜を洗い、エマとロッソは、それらを頬張った。


 ロッソは、生まれてはじめて食べた採れたての野菜の美味しさに、思わず感動して涙した。


 こんなにも外は眩しくて、暑くて、踊っていないのに汗が流れるんだ。


 エマが無邪気に笑いながら、暑さで温くなった水をロッソに掛けた。


「何するんだよ!」

「でも、気持ちよくない?」

「プッ……アハハハ!気持ちいいより、なんだろう?なんか笑いが止まらないよ!」

「アハハハ!」


 またエマがロッソに水を掛ける。


 エマがロッソの周りをクルクルと笑いながら走り回る。


 暑さであっという間に二人の服は乾き、そのまま二人は手をつなぎ、オペラ座の入口へ向かった。


 大きく美しいオペラ座。


 それだけではなかった。


「ロッソ!」

「エマ様と手を繋いで……妬かせてくれるねー!」

「……皆?!」


 オペラ座の入口には、使用人達が並んで待っていた。

 

 エマがロッソの手を強く握り、話し掛けた。

 

「ロッソ……。まだ人が怖い?外が怖い?貴方は、ひとりじゃない。貴方は醜くない。」

「……エマ。」

「オペラ座の怪奇話は今日で終わり。」

「終わり?」

「今日の演目は……貴方よ!」

「僕?!なにを言って……。」

「その見た目が何?

 仮面をつけてしまえばいいじゃない。

 歩き辛いなら素適な杖を用意するわ。

 貴女は最初に自分の事を、“神様が左手で描いた”って言っていた。

 本当にそうかしら?ねぇ皆?」

「エマ様!俺は芸術なんてわかりません!しかし、ここで働いているからこそ沢山の演者達を観てきました。だからこそ、ロッソの歌と踊り程、繊細で美しいものはないと思います!」

「私も!何より、ロッソと話している時はとても楽しいもの!」

「もし神様が左手でロッソを描いたってんなら、神様の本当の利き手は左手だろって話だよ!」

「……皆。」 


 ロッソは、声を出して泣き崩れた。


「ロッソ、泣くなよ!」

「その泣き声すら本当に美しいなんて……ロッソは怪奇なんかじゃなくて“奇跡”だよ。」


 エマがロッソを優しく抱き締めた。


「ロッソ。私と結婚して。」

「ぼ……僕と?!」

「……結婚の意味は、わかるわよね?」

「そ……そりゃあ。いや、でも……。」

「私は、ロッソじゃなきゃ駄目なの。ロッソがいいの。」

「だって……僕の様な子供が生まれたら。」

「じゃあ、三人で……いえ、何人家族になっても皆で仮面を付ければいいじゃない?」

「エマ様!その時は、私達、使用人達も全員でお揃いの仮面なんてどうですか?」

「あら!新しいオペラ座名物やお土産にも良さそうね!」

「エマ様はすぐお金に結びつけるからなぁ!」

「お金は大切よ!芸術なんて……。」

「「先投資……!!!!!」」

「はい!良く出来ました!」

「アハハ……。」


 ロッソやエマ、使用人達の笑い声がオペラ座の入口に響き渡る。


 その後のオペラ座の物語?


 それは、貴方の思い描く物語を……。


☆★☆fin★☆★

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ギラギラ あやえる @ayael

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