第5話

 エマは、カンツォーネの部屋から出た。


 逃場はない。


 ロッソに逢いたい。 


 愛おしいロッソ。


 貴方が住み続けているこのオペラ座で死ねるなら……こんなしあわせな事は、ないのかもしれない。


 ずっと家族と旅をしてゆくものだと思っていた。 


 その旅の途中で、誰かと出逢い恋をするの。


 そして子供を授かって……ソリシアさんの様なお母さんになるのが夢だった。


 でも、誰と恋に落ちるの?


 その時、エマの頭の中に過ぎったのはツェンだった。


「ツェン……。」


 エマの瞳から涙が溢れ出した。


「ツェン……。」


 そうか……、私。


「ツェン。……大好きよ。」



 やっと気づけた。ずっとしあわせで、安心出来ていたのは……ツェン、貴方が側に居てくれたからだったのね。


 エマは、ツェンの部屋へ向かった。


ーーーーー


 コンッコンッ。


 ツェンが扉を開けると、そこには涙を流したエマの姿があった。


「エマ?!どうした?!……とりあえず中へ!」


 ツェンが、部屋へ入るとエマからツェンの部屋の鍵を閉めた。


「エマ?!」

「……ツェン。」


 そのままエマは、ツェンに抱きついた。

 ツェンはエマを優しく抱き締めて頭を撫でた。


「やっぱりなんかあったんだな?……ずっとおかしいと思っていたんだ。」

「私が?」

「あぁ。」

「どんなふうにおかしかった?」

「それは……。」


 少しツェンは頬を赤らめた。


 最近のエマはロッソへの想いや身体の火照りからか、今まで見た事のない妖しい色気をツェンは感じていた。その度に過去の自身のジプシー達と重ねては、そのエマの色気に悶絶と葛藤を重ねていたのだ。


「……ツェン?」


 涙を流しながらも溢れ出てくる色気。


 自分の腕の中から上目遣いでエマはツェンを見つめた。


 思わずツェンは、エマから目線を逸らす。


 しかし、エマは再びツェンの胸の中に顔を埋めた。


「なにかあったら……なにもなくても報告するって約束破ってごめんなさい。」

「……なにがあった?」


 エマは答えられなかった。


 しかしそのまま、エマからツェンにキスをした。


「エマ?!」  


 エマは、ツェンにキスを続けた。


 するとツェンも口から吐息を漏らしながら、エマにキスをした。


 そのままエマはツェンに抱きかかえられながらベッドへ連れて行かれ、ベッドへたどり着くと、そのまま二人は言葉も交わさず、ひたすら互いの名前を囁きながらキスをした。


 エマは、キスをしながら「本当は、ロッソにこうやってキスを返してほしかったんだ。私を抱いてほしかったんだ。」と、ロッソの事を考えていた。


 やがてツェンがエマの胸に触れながら、首筋にキスを落としてゆく。

 

 ひとつひとつの優しさと、燻るような感覚にエマの身体は火照り、溢れる声と感情は止められなかった。



ーーーーー



 エマは、処女を失った。


 気持ちよさよりも最後は痛みだけしか感じなかった。


 エマは下腹と下半身の痛みを感じながら、ロッソの所へ向かった。


「エマ!」


 ロッソは嬉しそうにエマを見つめた。


 そして歌って踊ってくれた。


 エマは涙を流しながら、ロッソの歌と踊りを観た。


「……エマ?」

「ロッソ。ねぇ、来て?」

「うん!」


 ロッソは、まるで無邪気な子供の様に微笑みながらエマの元へ行き、エマに抱きついた。


 あぁ……やっぱりロッソが愛おしい。


 愛おしくて愛おしくてたまらない。


 でも……ロッソに力強く抱かれたい。


「エマ?」

「ロッソ?私の事……好きにして?」

「好きに?」

「ロッソがしたいまま、私の事抱いて?」

「抱く?」


 ロッソは、少し考えてからエマを自分の胸に抱きしめた。


 エマは、驚いた。


「ロッソ?」

「エマは、いつも僕に優しい。エマに抱きしめられると、僕はしあわせで安心する。

 カンツォーネ様からの怖い事や、今までの事、どうでもよくなる……怖くなくなるんだ。」

「……ロッソ。」

「僕ね、こんな見た目だから母さんが死んだって言ったでしょ?

 僕ね、最初はフリークスサーカスにいたんだ。

 毎日そこの団長からも鞭で打たれて、醜いからお客様からも悲鳴を挙げられたり、鞭で打たれたり、サーカスでお土産で売ってる卵やお酒投げつけられたり、“餌を与えてあげてください”ってそのお土産の卵とかお酒が唯一のご飯だった。

 いつも団長から言われていた。

 “呪うなら、恨むなら、憎しむなら、お前のその醜いを……呪え!恨め!憎しめ!さらに醜くなれ!”って。

 何回も可笑しくなりそうだった。そんな時だった。カトリット様が僕を買い取ったんだ。“君は面白いね”て。初めてお客様や団長とは違う笑顔を見たんだ。

 正直、カンツォーネ様も僕を鞭で打つし、“醜い”と、言ってくる。

 でもフリークスとは違う。

 まともなご飯が食べられる。

 なぜ僕を引き取ったのかはわからない。でも黙ってカンツォーネ様の前でも歌って踊って……カンツォーネ様へ夜の奉仕をする。」

「え?!」

「エマとカンツォーネ様は、ふたりとも僕の歌と踊りを観たあと…同じ事をする。

 でもエマは僕に何かを加えさせたり、入れたりしてこない。……優しい。」


 エマはショックを受けた。


 私は、こんなにロッソが愛おしいのに……カンツォーネも同じ事をしていたの?


 ロッソは更に優しくエマを抱きしめた。


「エマ、本番はいつ?」

「明日よ。」

「そっか……。今までありがとう。凄くしあわせだった。エマ、僕の事は忘れて?」

「なぜ?!」

「僕は、このオペラ座の怪奇話だから。僕は、エマに出逢えて本当に良かった。母さんがいたら……こんな感じなのかな?

 凄く優しくて……胸が高鳴ったり……とても不思議な気持ちだった。」

「本当にそれだけ?」

「え?」

「カンツォーネは、貴方にした事を私にもしてみたら?」

「何言ってるの?」

「ロッソ?私を抱いてみたくない?」

「え?!」


 ロッソは目を見開いてから首を振った。


「駄目だそんなこと!」

「何故?」

「だって……痛くて、怖い事じゃないか。」

「そうね……確かに痛いかも。でも……怖くはないわ。ねぇロッソ?キスして?」

「エマの事が大切なんだ!」

「明日いなくなるのよ?最後のわがまま……聞いてよ。」


 ロッソは、目をギュッと瞑り、エマにキスをした。


「ロッソ。もっと……わかってるでしょ?」


 ロッソは、少しだけエマを抱きしめる手に力が入るのを感じた。そして、いつも自身がカンツォーネにされている事を思い出しながらも本能のままにエマの身体に優しく触れていった。


 エマは、やっと一番愛おしいロッソに抱かれた。


 小柄なロッソと結びれた時は痛みではなく快楽しか感じなかった。


 乱れたロッソ服の胸元でシルバーの板のネックレスが光ったのをボンヤリと見つめつつも何回もエマは絶頂を迎えていた。


ーーーーー


「エマ。大丈夫?」

「……だ、駄目かも。」

「え?……ご、ごめん。」

「違う。凄くしあわせだったの。」

「しあわせ?」

「うん。」

「本当?」

「うん。」

「よかった。エマがしあわせなら……僕もしあわせ。」

「ねぇ。そのネックレス。」

「これ?母さんの形見なんだ。なんて書いてあるかわからないけど……。」


 エマはそのネックレスには字が彫ってあった。


 そこには日付とロッソの名前。


 そして、カンツォーネとソリシアの名前が彫られていた。


「ロッソ?貴方のお母さんって確か貴方が生まれた瞬間に亡くなったのよね?」

「そうだけれども。」


 エマは、全てを悟った。


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