第4話

 エマは、そのまま身体と心の火照りを抑えきれないまま自身の部屋に戻った。


 あのまま一睡も出来ないまま朝を迎えた。


 すかさずツェンに「体調が悪いのか?」と、声をかけられるが、エマの頭の中はロッソの事でいっぱいだった。


 ツェンと同い歳くらいなのに。


 やはりツェンは優しくて、さらに美しい。


 しかし、ロッソの方がエマにとっては、ツェンより美しく感じられた。


 あの瞳。あの吐息。


「……ロッソ。」


 思わずエマは、ロッソの名前を呟いてしまった。


「え?」

「なんでもない。」

「エマ。なんでもなくないだろ?なにかあったら……なにもなくても?」

「報告する。わかってるわ。なにもない。なんでもない。」

「……嘘つくな。」

「嘘なんて付いてない。」

「いや。」


 ツェンは感じていた。エマがどことなく色気づいている事に。少女ではなく、大人の女性の何かを感じていた。


 ツェンは、幼少期から親がいない。その為、ジプシー達に紛れ込み、仲間であるジプシーにも身体を売っていた。人を信じる事なんて知らなかった。初めて身体を求める事なく、声をかけてくれたソリシアに驚き、そこから必死に周りの演者達の技を盗み、生まれ持った美しさと直向きな努力から看板演者まで登りつめたのだ。


 たくさんの女性との経験があるからこそツェンはわかった。あのジプシー達から感じた色気と下心と同じものがエマから出ている事に。


ーーーーー


 その後もエマは、ロッソの所へ毎晩通った。


 ロッソの歌と踊りを堪能し、抱きしめてキスをすだけの日々。


 ロッソは、エマにいつもされるがままにキスをされ、そのままエマの胸の中で安心したかの様に眠る。


 エマは火照る身体と、なぶり殺しにされた性欲を抑えつつ、自分の部屋へと戻る。


 そんなある日だった。


 エマはソリシアの部屋に呼ばれた。


「エマ。今夜カンツォーネ様のお部屋へ行くのです。」

「え?」


 今夜?ロッソの所へ行けなくなっちゃうじゃない。


「今夜なの?」

「……えぇ。」


 ソリシアの表情は曇っていた。


「ソリシアさん、前から思っていたけれども……何かあったんですか?」

「いえ……。」

「ソリシアさん!私達、家族でしょ?!隠し事は無しよ!」

「エマ。そう。私達は、家族。でも、私達家族の約束事は?」

「……お互いの過去は詮索しない。」

「……わかって。エマ。」

「……ソリシアさん。」


ーーーーー

 

 その夜、エマはカンツォーネの部屋へ行った。


 コンッコンッ。


 部屋の扉をノックする。


「カンツォーネ様。エマでございます。」

「はいりたまえ。」


 扉を開けると、カンツォーネは寝間着だった。


「エマ。緊張しているのか?」

「はい。」

「可愛らしいな。」


 カンツォーネはエマに近づき、エマの頬や首元に優しく触れられた。


 エマはゾクッと背筋に寒気が走り思わず、カンツォーネから離れた。そして思わず、キッとカンツォーネを睨んだ。


「……なんだ、その目は?」

「……カンツォーネ様。なんのおつもりですか?」

「なんのつもり?それはこっちのセリフだよ。エマ、まさか十六にもなって、何もない、何もわからない……わけないよな?」

「……は?」

「まあ、君にはあのツェンという青年にでも恋でもしてるのだろう?」

「……ツェン?彼は私にとって、兄の様な存在です。」

「そうなのか?ならツェンは、切ない片想いだったと言うところか。」

「何の話ですか?」

 

 エマが話していると、カンツォーネがエマを乱暴にベッドへ投げつけるかの様に放おった。


「……?!」

「そう睨むな。エマ、君は処女の様だね?」

「だったら何?!」

「君はね、この私に買われたんだよ。」

「……は?」

「可笑しいと思わないか。この名だたるオペラ座。君達みたいな貧乏演者には美味しすぎる話だと思わないか?」

「……どう言う事?」

「安心しろ。君の大好きなミセス・ソリシアには“私の花嫁に迎い入れて大切にする為”と、伝えてある。」

「……花嫁?」

「もちろん嘘だがね。簡単に言えば、ここでの出演料と今後の君達家族の生活費を少しだけソリシアに上げる事を提案したのさ。その条件として、エマを私が引き取り、自分の嫁にする。いいか?舞台が終わったらエマ、君は僕のものだ。」


 舞台は明日だった。


「そんな……ソリシアさんは勝手にそんな事……許すはずないわ!」

「そう思うか?しかし現実は、エマ、この様に私の部屋に君がいる。」

「ソリシアさん……。」

「ソリシアがそんなに大切か?」

「当たり前でしょ?!私を拾って、ここまで育ててくれた……お母さんだもの!家族だもの!」

「そうか……。」


 すると、カンツォーネは部屋の壁に触れる。


 キィッ……。


 なんとそこには隠し扉があった。


 エマは思わず息を呑んだ。


 カンツォーネは、乱暴にエマの腕を掴み、その扉の前まで連れて行った。そのまま扉を開けるとその先に階段があり薄暗い。カンツォーネはロウソクに火を灯し、ロウソクで階段を照らしながらエマの手を引き階段を降りていく。


 するとそこ中は、骸骨や鉄の器具のような物があった。


「ひっ……。」

「今は使わないさ。」

「……今?」


 エマは鉄の机の上に押し倒された。そのままカンツォーネに両腕を拘束され、無理矢理キスをされる。


「や……辞めて!」

「どうだ?怖いか?」


 エマは体の震えが止まらなかった。


「どうする、エマ?明日が舞台の本番だ。……そうだな、君には沢山の選択肢がある。

 まず、今夜このまま逃げ出す。しかし何処へ逃げられるかな?頼る宛もない。若い小娘が路頭を彷徨えば売りさばかれるかジプシーになるしかないだろうなぁ……。

 ソリシアに助けを求めるか?家族のしあわせと、お前のしあわせを願って、お前を私に売った張本人に……。むしろ、お前への背徳感と罪悪感で押し潰されそうな“大好きな大好きなお母さん”のソリシアに助けを求めるか?……むしろ、それでソリシアほ本当に助けてくれるかな?この事を信じてくれるるだろうか?……例え、信じても受け止めてはくれないだろうなぁ。 

 それか……あのツェンという青年にでも助けを求めるか?優しさと誠実さだけの無能な青年に。彼こそ君達、家族はお荷物さ。きっと明日の公演で資産家や、別の有力な団体に引き抜かれる事になるだろうな。……そしたら更にミセス・ソリシア達には金が入る。幸せな話じゃないか!」


 エマは、瞳いっばいに涙を溜め込み、唇を強く噛んで、涙が流れぬよう堪えた。


「エマ……。答えは出たね?そう、君は……誰にも助けを求められない。……更に面白い話をしようか?今まで沢山の演者達がここへ来た。その都度、私はね、その演者達の一番若くて美しい少女に同じ事している。……しかし、私は未婚だ。どう言う事かわかるか?」

「……。」

「その目……。たまらないね。そう、私の所有物だ。私の所有物だから当然どう始末しようと私の勝手。エマ、こんな話を聞いた事はあるかい?昔々、ハンガリーの国では処女のまま生き血の浴びたり飲んだり、その人肉を食べる事で、己の美や健康を保てるという言い伝えがあるそうだ。どっちがしあわせかな?処女のままこの鉄の器具で私の体の一部となるか……。」


 エマは悟った。


 私は、どの道……。


「貴方は……処女のへ強い執着心や美を感じている。私は、貴方に弄ばれて殺されるのね。」

「……どうかな?中には、私に抱かれて処女を喪失して終わった者もいたさ。まあ、処女でなくなったら私には用無しだからな、そのまま遠くの土地に捨ててしまったけどね。君はどんな表情で明日歌って踊るのかな?……この絶望と恐怖にに突きつけられた中で最後の舞台に立つ……こんな物語あるかい?……明日は本番だ。今日はゆっくり休み、明日の本番に備え給え。……明日の舞台。楽しみにしているよ。」


 カンツォーネは、妖しくエマに微笑で、エマの頬に優しくキスをした。


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