まといと塩川
夕暮れの道。歩いているまといと塩川。
ティータイムの後、夕方になるまで二人の任務の話を聞いたまといは、塩川に送ってもらうことになった。車を出すという塩川に、まといは近くだし歩きたいと言い、根負けした塩川と一緒に歩いている。自分に伝えたかったことは聞けなかったが、二人の任務の話はとても面白く、まといはご機嫌だった。ただ塩川がそこにいるだけで、まといは幸せになれるのだ。そんなまといを呼ぶ声があった。
「朱都!」
まといと塩川は声の方を振り向く。カフェから青年がのぞいていた。
「木村君」
カフェ制服姿の木村は大きく手を振る。
「ノート返したいんだけど、今いいか?」
まといは塩川を見た。
「ちょっといいですか?」
「おう。行って来いよ」
塩川に微笑むと、まといはカフェへと走っていく。塩川は、ぼんやりとまといの背を見つめていた。店の入り口で、楽しそうに談笑するまといと木村。ただ、塩川はそれを見つめていた。少しの後、ノートを抱えたまといが戻ってくる。ニコニコと笑い、塩川に詫びを入れる。
「お待たせしました」
「いーや。もう大丈夫か?」
「はい!」
まといは元気よく返事をした。それをみて塩川も微笑む。
「なあまとい、ちょっとゆめみ公園に行かないか?」
塩川はゆっくりと言った。
ゆめみ高台公園に向かう階段。まといと塩川は並んで歩いていく。公園にたどり着くころには、日もすっかり暮れていた。
「昼と夜じゃやっぱり雰囲気違いますね」
「そうだな。暗いと思い出すよ。もう6年も前なのにな」
塩川は遠くを見て言う。笑うまとい。
「……俺が別れ際、なんて言ったか覚えてるか?」
「忘れるわけないじゃないですか。伝えたいことがあるって」
「ああ、そうだな」
沈黙。
「じゃあ帰るか!」
まといはずっこけた。
「ちょっと!」
「あ?」
わざとらしく咳払いをしてから、真剣な表情で塩川を見る。
「先輩が、私に伝えたかったことってなんですか?」
「一生そばにいてほしい」
さも当然のように塩川は答えた。真っ黒な瞳にはまとい以外映っていない。まといは目を見開く。と、次の瞬間塩川が大きく息をついた。
「って言いたかったんだけどさ、やっぱ無理だわ」
「は」
まといの口から言葉とも息ともつかないものがもれる。
「まといは俺をただの塩川だって言ってくれたけど、俺はやっぱりジョーカーなんだよ」
塩川は苦しそうに笑った。
「年も離れてるし、お前にメリット何もないもんな。ごめん」
「……」
うつむくまといに塩川は続ける。
「明日にはここを出てくよ。ありがとう。会えてよかった」
まといがバッと顔を上げた。
「うるさーい!」
まといの声量に圧倒され、塩川は面食らっている。
「なんですかなんですかなんですか! 黙って聞いてりゃうだうだと!」
まといはどんどん塩川に近づいていった。塩川は後ずさるしかない。
「私はね、ただあなただけを思ってこの6年待ってたんですよ! なんでかわかりますか?!」
ベンチに突き当たり、それ以上後退できなくなる。塩川は答えた。
「わ、わかりません」
まといはスウと大きく息を吸い込む。
「好きだからですよ! 初めて会った時からずっと! 塩川流が好きなんです!」
塩川は目を見開いた。
「それを先輩は! 年の差がなんですか! 過去の罪がなんですか!」
まとい、泣きながら叫ぶ。
「そのぐらい飛び越えろ! お前は泣く子も黙る、ジョーカーだろ!」
乱暴に涙をぬぐうまとい。それでも涙が止まらない。そっと塩川がまといの涙をぬぐった。
「そうだな。ごめんまとい。俺ビビッてたよ。らしくねえよな」
「塩川、先輩」
うつむいた塩川が右手を高く掲げる。
「さあ。ジョーカーのショウに、ご招待だ」
パチンと指を鳴らす。すると、あたり一面に花が咲き乱れた。パステルブルーの空に星がきらめき、白馬たちがまといの横を通り過ぎていく。驚きにまといの涙は引いていった。
「様々な能力のうち、これだけが俺に残された。視覚支配。だからこれは、全部幻だ」
まといはそっと白馬に触れようとした。とたんに白馬は霧のように消える。まといの胸を切なさが満たした。塩川がまといの腕をグイと引く。
「でもこれは、幻じゃない」
そのまままといの前にひざまずき、指輪を差し出す。
「これは」
まといは息をのんだ。
「朱都まといさん」
「は、はい」
返事に詰まるまといにかまわず、塩川は一切の迷いなく告げる。
「あなたを愛しています」
まといの目から、再び涙がこぼれだした。
「俺と、結婚してください」
まといの家・寝室。
ベッドにかけている塩川に、詰め寄るような格好のまとい。塩川ははっきりと言う。
「無理!」
「なんでですか!」
塩川の胸倉をつかんで揺らす。
「だからまといのイメージがアップデートしきれてねえんだって! 13歳なんだって! この間まで小学生だったんだって!」
「いつの話してんですか! プロポーズまでしておいて! こちとらもう19歳なんですよ!」
「ダメなんだって。正直キスだけでも罪悪感がすごいんだって。それ以上とかもう無理! 無理と言ったら無理!」
「無理じゃない!」
「無理!」
無理、無理じゃないの問答をしばらく続ける。塩川が両手を前に出し、降参のポーズを取った。
「わかった。わかった! コインで決めよう!」
「はあ?!」
塩川はポケットからマジック用のコインを取り出す。
「表が出たらお前を抱く。裏が出たらおとなしく寝る! オーケー?」
「……わかりました」
塩川から手を離す。それを確認し、塩川はコインを投げた。その瞬間、塩川を押し倒すように口づけるまとい。
「んっ!」
床へと落ちていくコイン。何度も角度を変えてキスをする。キスをしたまま、塩川がまといを押し倒した。唇を離すと、塩川は悔し気にうめく。
「クソ。イカサマじゃねえか」
「先輩の真似ですよ」
まといは得意げで、満足げだ。
「ちょっと待て。気合入れさせてくれ」
塩川は深呼吸した。
「さあ。ジョーカーのショウに……」
まといが言葉を遮るように口づけする。塩川が抗議の声を上げた。
「おい!」
塩川の口に人差し指を当てるまとい。
「ジョーカーじゃ、いや」
塩川の喉がなる。一瞬の沈黙の後、塩川はため息をついた。
「わかったわかった。仰せのままに。お姫様」
まといはニッコリと笑う。
「お姫様じゃありません。私はベジソルジャー・トマティーナ」
少しだけ間を置いた。
「そして朱都まといです」
悪役道化師はトマトがお好き ノザキ波 @nami_nozaki
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