第27話


 病院の広場に設置された樹脂デッキのベンチに腰掛け、目の前にある公園を眺める。

 近所の錆びれた遊具ばかりの公園と違い比較的新しい物ばかりが設置され、鮮やかな青色の滑り台や黄色いブランコ、広く設けられた砂場には足跡や砂山を作った跡がありデコボコとしていた。

 囲うように緑の葉が生い茂った植栽が植えられ、人工物と自然の調和が取られていた。

 

 もう一人の僕は両手に缶コーヒーを持ちこちらに近づいてきた。

 僕の手元に冷たいブラックコーヒーを置き、ベンチの隣に同じように腰掛けた。

 もし傍から見る人がいたなら、僕達は親子のように映るのかもしれない。

 彼はプルトップを開け、コーヒーを一口飲む。

 それだけで満足したのか缶を口元から離しベンチに置く。

 一息ついた後、彼は沈黙を破るように言葉を発する。


「誰もいない世界ってのは気持ちがいいものだな。

 邪魔者が一つも混在しない、目の前の美しい世界だけがただ広がっている。

 人間ってのは、地球上で一番醜いごみくずだと僕は思うよ」


 彼は僕と同じように公園を眺めながらこの世界の率直な感想を言う。

 それについては僕も同意見だが、今はそういう事が聞きたいわけではない。

 結局あなたは僕なんですか、僕に手紙を送り続けていた意図はなんだったんですか、この世界の正体をあなたは知っているんですか?

 聞きたいことを言い出せばキリがない。

 そんな僕の雰囲気を察したのか、彼は僕の方を見て小さく笑う。


「聞きたいことが山積みって顔だな。

 それもそうか。君はこの世界に来て何一つ元の世界の記憶を覚えていないんだから。彼女の日記を見ても、実際自分に起こった出来事なのかなんて分からないよな」


 僕は小さく肯く。

 聞きたい事なんて全てお見通しって顔だ。

 彼が僕自身だとするなら、自分の思考回路を予想することなど容易なのかもしれない。

 しかし僕から見て彼が何を考えているのかについては、全く予想のつかないことだった。


「まず最初に、さっき君から受けた質問に答えよう。

 君の想像通り、僕と君は同一人物だ。僕は元の世界では三十二歳、君から見れば未来から来た自分、ということになる」


「・・・やっぱり、そうなんですね」


「うん。君は中々察しがいい。

 散らばった情報を繋ぎ合わせて仮説を立て、見事この世界の正体を確証はないけれどこんな感じだろうという形ができている。

 恐らく君の予想する仮説と正解は、限りなく近い所にあると思う」


「仮説なんて、そこまでお見通しなんですか?」


「詳しくは分からないけど、君の挙動や行動を見てたらなんとなく分かるよ。

 気づいてなかっただろうけど、僕は君を遠目から観察していたんだ。

 君が今何を考えているのか、次に何をしようとしているのか、それらを予想して僕も狙ったタイミングで手紙を出していた。

 回りくどい方法を使って悪かったね。

 でも、君自身が自分一人の力で彼女について思い出してもらわなくては意味が無かったんだ。

 突然僕が目の前に現れて彼女について説明しても、きっと君は信じてくれなかっただろうから」


「確かに、そうかもしれないですけど・・・。わざわざ日記の一部を本の隙間やクローゼットに隠れたごみ箱の中に入れなくても。

 結構手間だったでしょう」


 そうすれば、ユリナとの衝突も避けられたかもしれない。

 回りくどいにも程があると思った。

 しかし彼の反応は鈍かった。

 眉を顰め、訝し気に僕を見つめる。


「日記の一部?何の話だ?」


「・・・えっ?」


 知らないのか?

 じゃあ一体誰がページを破って部屋に潜ませたというのだ。

 彼はジーパンのポケットから煙草の箱とライターを取り出す。

 一本取り、僕に渡す。

 受け取り口に咥えた時ライターで火を点けてくれた。

 咽るのが目に見えていたので、煙を一瞬含むとすぐに煙草を口から離す。

 あまり煙を胃に入れずすぐに煙を吹きだしたが、それでもゴホゴホと拒否反応を起こし咽た。


「やっぱり、小学生の姿じゃ無理か」


 彼は笑いながら煙草を咥え、火を点けて胃に煙を盛大に入れ気持ちよさそうにゆっくりと吐き出した。


「彼女は・・・どうなるんですか?」


 煙が染みた目に涙を浮かべながら僕は掠れた声で聞く。

 彼はまた煙を吸い、時間をかけてゆっくりと吐き出す。

 視線は前方のまま、僕の方を見てくれなかった。


「死ぬよ」


 指に挟んだ煙草の灰が地面にポトリと落ちた。

 粉々に砕け、タイルが黒ずみ、そこから煙が立つことはもうなかった。

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