第24話


 塗装の剥げたブランコに座り込み、彼女は空を仰いでいた。

 靴の先で地面を蹴り、わずかに揺れるブランコはキーキーと錆びれた金属音を鳴らしていた。

 いつか僕達が出会った時と同じような状況が、目の前で再現されているようだった。

 

 姿を確認して、僕は自転車から飛び降りユリナの元へと全速力で走っていく。

 ガシャンッと自転車のこける音がしたが、気にすることなく走り続ける。

 その音でユリナはこちらに気付き、向かってくる僕を見て驚いたようにブランコから腰を上げた。

 え?と疑問符が頭の上に浮かんでいるようで、きょとんとしてこちらを見ていた。


「ユリナ!」


 叫びながら走るスピードを徐々に落とし彼女の前で急ブレーキする。

 それでも完全に止まり切れずそのまま彼女を抱きしめる形で飛び込んでいった。

 互いの体が衝突し、彼女の背中に手を回したまま地面に転げた。

 咄嗟に地面の下に回り込み彼女の体を受け止めたが、小さくなった体に衝撃を緩和する筋肉や脂肪は備わっておらずもろに衝撃が加わり骨の節々に響いた。


「痛い・・・」


 彼女は弱った声で言う。

 目を開けると視界一杯に青空が広がっていた。

 仰向けに寝っ転がった状態で、彼女の頭が鼻先に触れていた。


「大丈夫か?ユリ・・・」


 言い終える前に、彼女は上体を起こし瞬時に僕の頬を平手で引っ叩いてきた。

 バチンッという痛快な音と共に僕の頬は地面に触れていた。


「急に何するのよ!バカ!」


 彼女は信じられない!と言わんばかりに叫んだ。

 本来なら謝らなくてはいけないんだろうけど、この時の僕は何がおかしいのか笑いだしてしまった。

 そんな僕を見て「何で笑ってるのよ!ありえないんだけど!」と彼女は再び吠える。

 何で笑ってるかって、そんなの僕にも分からない。

 ただ、いつも通りだなって、安堵の思いが込み上げてそうさせたのだろう。


「ごめんって」


 笑いから生まれた涙を拭い、彼女の顔を確認する。

 声は尖っていたものの、表情には喧嘩別れした出来事が尾を引いているのか、よそよそしそうに僕を見ていた。


「本当に、色々ごめん」


 色々には、例の喧嘩した出来事から、元の世界で君の境遇に気付いてあげられなかったこと、恋人だったのに何の助けにもなれず、君の前から姿を消してしまったこと、そんな複数の意味が含まれていた。

 今僕の目の前にいる彼女に、どこまでそれが伝わるのかは分からない。

 記憶をどこまで失くして保持しているのか、その線引きが分からないからだ。

 衝突したあの時、本当に彼女は手紙の意味について何も分からなかったのかもしれない。

 だとしたらただ単に彼女を傷つけ、追い込んでしまっただけだったことになる。

 彼女はきょとんとして、「色々って何のこと?」と聞いてくる。


「元の世界で僕達が恋人同士だった時の話だよ」


「えっ?恋人?何の話をしているの!」


 彼女は跳ねあがって僕から離れる。

 その反応からして、彼女は何も知らないのだろう。

 なら、僕にできることは一つだけだった。


「冗談だよ」


 僕も上体を起こし、彼女が馬乗りになり向き合う形になる。

 右手を彼女の頭の上に乗せ、髪を解くように指先で撫でる。

 そこで僕は笑って見せた。

 いつものぎこちない愛想笑いではなく、本心から生まれた屈託のない笑みを。


「リョウ君・・・一体どうしたの?」


 彼女は頬を赤らめ困惑していたが、頭に乗せられた僕の手を振り払うことなく撫でさせてくれた。

 僕が彼女に唯一できること、それは傍にいてあげる事だ。

 元の世界で僕ができなかった、傷ついた彼女の心を少しでも救うことができたかもしれない唯一の手段。

 僕にできる事なんて、その程度しかないのだから。

 例え元の彼女がここにいなくても、僕の事を忘れていたとしても、今目の前にいる少女だって紛れもない木村ユリナなのだから。


「最後まで一緒にいよう」


 それが僕の出した答えだった。

 人が消え、愛した人の記憶を失い、時間の概念が無くなった永遠の世界に閉じ込められていたのだとしても、僕は君を変わらず愛し続けよう。

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