第23話


 そして僕はまた彼女の部屋を訪れていた。

 以前よりも細かく、念入りに手掛かりがないか探した。

 触りにくかった衣類の入った衣装ケースの引き出しをすべて開け、中を取り出して紙か写真でも挟まっていないか見たり、クローゼットに入っていたコート類のポケットを探ったりしたが何も見つからなかった。

 

 クローゼットには何もなさそうだなと折れ戸を閉めようとした時、奥の方に丸い筒の様なものが置かれていることに気付いた。

 潜り込んでそれを手繰り寄せると、それはゴミ箱だった。

 中にはティッシュや紙くずが容量の半分ほど埋まっていた。

 盲点だった、この部屋に入ってからゴミ箱がないことに気付かなかった。

 まさかクローゼットの中にあるなんて、彼女はゴミ箱を見える場所に置きたくなかったのかもしれない。

 綺麗好きな人だとありそうな話だ。

 

 ゴミ箱をひっくり返し、紙類を中心に集めて広げ、中身を確認していった。ほとんどがお店のレシートや領収書ばかりだ。

 紙を広げた時、A4の日記帳ページを破いたような紙が見つかった。

 その中に数行に渡って文字が綴られていた。


「見つけた」


 ボールペンで書かれた丸みを帯びた小さな字、目を通すと以前見つけたメモの続きのようなことが書かれていた。

 リョウへ、の書き出しから始まる。


〈私はもうすぐ死ぬ。だから彼の傍にはいられない。

 残された時間が短い事を伝えても、彼は私を変わらず愛し続けてくれるだろう。でも私がいなくなった後、彼はどうなる?

 きっと優しい彼は、私を忘れてくれないだろう。

 もちろんそれはすごく嬉しい事だけど、彼は今後新しい恋人を作ることに躊躇してしまうかもしれない。

 私の人生はあと数年で終わりを告げる。

 でも彼はこれから何十年も生きて行かなくてはいけない。

 彼に十字架を背負わせ、幸せへの足枷になりたくない。

 幸せになって欲しい、私ではない、他の誰かと。

 それが私にとっての、幸せでもあるから。

 どうか私の事は、もう忘れて下さい〉




 僕はペダルをひたすら回し続けた。

 自分の息遣いも、抵抗するように当たる風も、変わる町並みも、何も気にならなかった。

 ただ前だけを見て漕ぎ続け、頭の中はユリナの事でいっぱいだった。


 もうすぐ死ぬ?残された時間が短い?他の誰かと幸せになってくれ?

 わけが分からない!一体どういう事なんだよ!

 捨てられていた彼女のメモを見る限り、僕達が恋人同士だということは間違いないだろう。


 途中別れてしまった理由は、恐らく彼女の死が近い事に深く関係があるのだろう。

 だとしたら、元の世界の僕は何をやっていたんだ?

 彼女の死を悟ったのち別れ、何もせず思い出をあの畳の底にしまっていたのか?

 違う、手紙の中で彼女は自分が今後どうなるかを伝えるわけにはいかないと書いていた。

 僕は彼女の事を何も知らないまま、別れてしまった。

 恐らく彼女から別れ話を切り出されて、納得できないまま関係を断ち切られたのだろう。


 彼女という支えを無くした僕はあっという間に転落していき、それからは僕自身がよく知っているどうしようもない人間へと堕落していったのだ。

 実際彼女がどれだけ苦しんでいたのか、自分の幸せを捨て僕に前を向かせるために目の前から姿を消した、その決心を知らないまま塞ぎ込んでいたのだ。

 バカだ、どうしようもないくらい・・・バカ野郎だ!

 お互い一緒にいたかったはずなのに、肝心な時に本当の思いを押し殺してしまうなんて。

 僕もユリナも一体何をやっているんだ!


「このままじゃいけない!絶対に、終わらせてはいけないんだ!」


 額から汗が滴り目に染みた。

 気づけばシャツの中がベタベタしていて、張り付いてくる感触が気持ち悪かった。

 彼女が今どこにいるのか。見当は一つしかない。

 きっとそこにいることを信じて、僕はさらに自転車を漕ぐスピードを上げた。

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