第22話


 何も考えたくなくて、しばらく自室のベッドで横になっていた。

 目を閉じると案外瞬間的に意識を失っていて、目が覚めた後はしばらく頭がボーとしていた。

 気持ちが沈んだ後でも、空は憎たらしいほどの晴天を維持していた。

 彼女は、やっぱり戻ってきていなかった。

 

 アパートの裏側に回り、煙草を吸いに行った。

 彼女のいない今こそこそする必要もなくなったのだが、まだ煙草とライターは水道メーターの中に隠しているままだ。

 回収したらまた堂々と部屋の中で吸うことができる、そう思っても気分が優れることはなかった。

 地面に埋め込められた水色の蓋に指を掛け、それを開ける。

 

 そこにはまた、白い封筒が新しく入れられていた。

 案外僕はこの手紙の続きを期待してここにきたのかもしれない。

 封筒を取り中身を取り出すと、以前と同じように二つに折られたA4のサイズの紙が出てきた。

 紙を開き、そこに書かれた内容に目を通す。


〈彼女の本当の思いに気付け。彼女が無意味に君を閉じ込めたりするはずがないだろう〉

 

 二行に分けられてそう書かれていた。

 下の方には長方形が複数描かれ、その内の一つが矢印で指されていた。


〈絵心はないが、お前の部屋の畳を書いたつもりだ。矢印で指している畳を捲れば床下点検口がある。それを開けてみろ〉


 床下点検口?そんな場所にあるなんて知らなかった。

 しかしこの中に一体何があるというのだ。

 僕は手紙を折って封筒に戻し、足早に部屋の中に戻っていく。

 もう煙草を吸う気は失せていた。

 手紙に書かれている内容を、早く確かめたいと思った。


 自室に入って畳の位置を確認し、「ここだよな」とその部分を踏んで確認してみる。特段たわんだり違和感があるという事は無かった。

 とりあえず開けてみるか。

 押入れを開け、工具箱の中から使用頻度の少ないマイナスドライバーを取り畳の隙間に差し込む。

 てこの原理で思いっきり押し上げると畳が浮いてそのまま手で押し上げていく。

 体が大きければこれくらい難無くこなせるのだが、今の僕はこれだけの作業でも息がゼエゼエと上がった。

 中には下地板が一部四角に切り取られ、丸い手掛けが二つあった。

 ここを開けると床下に潜れるのだろう。

 手紙に書かれている位置どおりの場所だ。

 

 この手紙主は僕の事をどこまで知っているのだろうか?

 部屋の配置なんて、一体どうやって分かったんだ?

 点検口を開けてみると、そこには赤い箱が一つ置いてあった。

 両手でそれを引っ張り上げると埃が舞い軽く咳き込んだ。


「こんな箱・・・入れた覚えはないぞ」


 手紙の差出人がこっそり潜ませたのだろうか?

 でもどうやって・・・。

 箱の蓋を開け、中を覗いて見る。


 そこには水色のカラーアルバムが三つと、首に赤いリボンをしたクマのぬいぐるみが入っていた。

 リボンの中心にユリナと金色の糸で刺繍が施されているのを見て、僕はこれらの品が何を意味するのかをなんとなく理解した。

 カラーアルバムには案の定、大人姿の僕とユリナが映っていた。


 二人共とびっきりの笑顔をしていて、自分の笑顔がまるで別人の様に輝いていた。

 スマートフォンで写真を簡単に撮ることのできるこの時代で、わざわざ写真版に印刷してアルバムにまとめるなんてめんどくさい事をするんだなとも思うが。

 写真の多さから、彼女と過ごした時間が想像以上に長かったことが分かった。

 観光地で自撮りをして笑い合う姿から、パジャマの格好でふざけ合っている姿、彼女の無防備な寝顔など、様々だった。


 そんな楽し気な二人の写真を見て、それらが床下に隠されている所を見て、僕はそこに違和感を感じた。

 現役で恋人同士だったとしたら、わざわざそれを床下に隠したりするだろうか。

 僕達は、別れていたのかもしれない。

 それでも彼女との思い出を捨てきれず、目に見えない場所に彼女との品を隠していた。

 自分で言うのもなんだが、僕はそんな女々しい事をする奴なのだ。


 それでも、さっきの写真に写る二人は世界で一番幸せなカップルに見えた。

 喧嘩することはあったとしても、別れるまで話が陥ってしまうものなのだろうか。

 きっと、そこにはどうしようもない理由があったに違いない。

 もしこんな幸福な時間の中にいて、永遠に続くものと信じていて、急にそれらが音を立てながら崩れ落ちてしまったのだとしたら。

 僕があそこまで堕落してしまった理由が、少し分かったような気がした。


 残りのアルバムをすべて箱から取り出していき、最後にクマのぬいぐるみを手に持った。

 ゲームセンターでユリナに取ってあげたクマによく似ていた。

 いくつになっても、こういう類のぬいぐるみは好きだったのかもしれない。

 彼女らしいとは思うが。

 僕は再びポケットに入れた二通目の手紙を開き、内容を読み返してみる。


〈彼女の本当の思いに気付け。彼女が無意味に君を閉じ込めたりするはずないだろう〉


 書かれた内容から、彼女が僕をこの世界に閉じ込めたことは間違いなさそうだ。

 でも、それは意味があってのことだった。

 その意味が何なのか、想像もつかない。


 でも僕は、重要な何かを見落としていたのかもしれない。

 僕には話すことのできなかった、彼女なりの理由があって、それがこの世界を作り出した動機に繋っているのだろう。

 まだあの部屋には、僕の知らない秘密がある。

 僕は再び立ち上がり、玄関から飛び出していった。

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