第20話
「はい!どーぞ!」
洋室のローテーブルの上に料理が並べられ、僕はそれらを見てわっと声を上げそうになった。
和模様の茶碗には白い湯気を立てたご飯が入れられ、花型の三つ仕切り皿にはほうれん草のお浸しと卵焼き二つ、レンコンと人参のきんぴらがそれぞれ添えられていた。
温かそうな味噌汁にはワカメと豆腐が浸され浮いていた。
胃に優しそうな和食だった。
料理のクオリティよりも、ユリナがこんなに家庭的な料理が作れることが以外で声を失っていた。
「何ボーとしてるの?早く食べようよ!」
彼女は両手をすり合わせ、早くしてと言わんばかりにこちらを見ていた。
倣って両手を合わせると、彼女はにこりと笑う。
「いただきます!」
元気な声が部屋に響いて、小学生の頃にした給食の合掌を思い起こされるようだった。
僕は箸を持って卵焼きに手を伸ばす。
切り込みを入れて口に入れるとふんわりとした感触とほのかな甘みを感じた。
「どう?」
彼女はニヤニヤしながらこちらを見る。
先程僕の表情から読み取ったのだろう、おいしいでしょ?と言わんばかりの自信満々な言いぶりだ。
実際その卵焼きは形も整っていて焦げもなく、触感と味はスイーツのようで食べやすかった。
「おいしい、これ全部一人で作ったの?」
「もちろんっていうか私しかいないし!前のスーパーで食材を調達して、作ってみたんだ!」
彼女の言っているのはアパートから道路を挟んだ先にある地元のスーパーの事だろう。
わざわざ一人で買いに行ってくれたのか。
「すごいね。ユリナはいいお嫁さんになれそうだ」
「えへへ、褒めすぎだよぉ」
彼女は照れたように頭の後ろをわざとらしく掻いた。
時間は流れなくてもお腹は空く。
僕は食欲を満たす為並べられた料理に吸い寄せられるように次々と箸を伸ばして口に入れていく。
彼女はゆっくりと食べながら、時折僕の方を見て笑みを浮かべ、「焦らずにゆっくり食べてね」と可笑しそうに言った。
あっという間に食べ終わって、僕は胃に溜まった料理を消化されるのを待つためにソファに座って項垂れていた。
キッチンからは水栓の流水音とカチャカチャと食器の当たる音が聞こえてくる。
彼女が洗い物をしてくれて、手伝うよと言ったが、私がやっておくよと言ってくれたのだ。
僕がおいしそうに料理を平らげ、それを見た彼女は上機嫌になっていた。
そんな無邪気な様子が微笑ましくて、僕は例の話を持ち出すタイミングを失っていた。
ここで切り出せば、彼女の機嫌を台無しにしてしまうだろう。
しかしそんなことを気にしていたらいつまでたっても聞けないままだ。
何故ここまで躊躇してしまうのか、このまま何も聞き出せないままだと話は前に進まないというのに。
そこで僕は気づいた。
単純に、怖いのだ。
ここで真意を知ることができれば、自分の抱える疑問に落としどころを見つけることができるかもしれない。
しかしその反動で、もしかしたら彼女を失ってしまうかもしれない。
具体的にどんな経緯を辿ってそんな結末に行きつくのかは分からないが、なんとなくそんな悪い予感を覚えてしまうのだ。
真相の見えない、何が出てくるかが分からない場所に踏み込み問いを投げかけるのだ、何のお咎めもなしに答えが得られるとは思えない。
僕はあの部屋で何も見なかった。
そうして出来事を忘れることで、まだ道を引き返すことが今の時点ではできるかもしれない。
いや、知ってしまった今、引き返すことなんて到底できそうにない。
急ブレーキを踏んでもぶつからざるを得ない場所まで、もう来てしまったのだから。
彼女は後ろに立った僕の方に振り返り、首を傾げる。
僕は呼吸を整えて、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「ユリナ・・・いや、木村ユリナ。君に聞きたいことがある」
水栓から流れる水の音が、強くなった気がした。
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