第19話
玄関ドアを開け、僕は盗みたてのスニーカーを土間の上で脱ぐ。
その瞬間足に針が刺さったように鋭い痛みを感じた。
靴下を脱いで確かめると、案の定かかとが擦り剝けていた。
サイズが若干合っていなかったのか、靴擦れを起こしてしまったようだった。
間違いがないよう念入りに選べばよかったな。
玄関に座り込み、もう片方の靴下を脱ぐと同じように擦り剝けていた。
痛い、二度と歩きたくないと思った。
傍から見れば小さな傷だが、見た目よりも重たい痛みだ。
先程の玄関ドアが閉まる音で気付いたのか、ユリナは「おかえりー!」とリビングの開き戸を勢いよく開けて僕の元へ駆け寄ってきた。
僕はその方向を見ずに「ただいま」と言葉だけ返した。
ユリナは近づいて僕の足傷を見るなりわっ!と大袈裟なくらい驚いた。
「どうしたの!?靴擦れ!?痛そう・・・サイズが合ってなかったのかな?大変!」
ドタドタと音を立てて廊下を走っていき、ゴトッゴトッと押入れをひっくり返すような音が聞こえてきた。
中身は大人だというのに、靴擦れ位で蹲るなんて。
いくつになっても子供のままだなと苦笑した。
キッチンから流水音が聞こえ、彼女は慌てた様子でこちらに戻ってきた。
「まずは傷口を洗わなくちゃ!染みるよ!?」
僕の足首を持ち、濡れたウエスを傷口に当てた。
分散され広がっていくような痛みを感じ、思わず顔を歪める。
丁寧にウエスを動かし、汚れを拭き取っていく。
反対の足も同じように傷口とその周りを拭いてくれた。
彼女はかかと全てを覆う程の大きな絆創膏を手に取り、裏紙を一部剥がして足の傷の位置に合わせて粘着させる。
「この大きさしか見当たらなかったから、我慢してね」
しっかりと密着させるよう指先で圧をかけ引き伸ばすようにして貼ってくれた。
保護膜を得た傷口からは棘が抜けていくように痛みが引いていった。
両方の擦り傷を応急処置した後、彼女は「はぁ、よかった・・・」と一息ついた後すぐにキッと僕の方を睨んできた。
「全くもう!どこをほっつき歩いていたの!?自転車はないし、帰ったと思えば怪我はしてるし!一人で寂しかったんだよ!?」
キャンキャンと吠え不満を勢いよくぶつけてきた。
若干見慣れてきた毎度の流れだ。
「ちょっと散歩に行ってきただけだよ、悪かったって・・・」
平謝りをし、反撃を抑えるために両手を前に出して空気を何回も押すような動作をした。
彼女は頬を膨らませてプイッと顔を背けた。
「そんな子には私の手料理食べさせてあげないんだから!ふんっだ!」
「え?手料理?」
彼女は目線だけをこちらに向けて窺うように見る。
「お腹空いてるかなって。作ってあげたんだよ。でもいつまでたっても帰って来ないから」
そう言う彼女の声は小さくなっていった。
そういえばキッチンの方から香ばしい匂いが漂ってきている気がする。
徐々に表情が陰りを見せ始め、沈んでいくように下に項垂れた。
「そんなに寂しかったのか?」
「寂しくなんて、ないもん」
さっき寂しいって言ってたじゃないか。
「悪かったって」
僕は彼女の頭に手をポンと置き、髪の流れに沿って解くように撫でた。
ひんやりとした感触が心地よかった。
まんざらでもなかったのか、彼女は顔を少し上げ上目づかいにこちらを見た。
「また、子ども扱いしてる・・・」
拗ねたように言う彼女に、僕は笑いながら返す。
「お互い子供だろ?」
それが気に入ったのか、彼女は「そうだね」と籠った声で言った。
撫でる手を止めて、自分のお腹の上に置く。
「お腹空いたなー」
そう言うと彼女は「待ってて、すぐ用意するから!」と張り切った様子でキッチンの方へ走っていった。
元気になってよかったと思うのと同時に、もし彼女がこの世界の全てを知っていて、これらが全て演技だったのかもしれないと思えば思うほど、胸が締め付けられるような苦しみを覚えた。
きっと何かを知っているはずなんだ。
いつその話を切り出すべきなのか、タイミングを見定めなければならない。
僕はポケットに手を突っ込み、部屋から持ってきた例のメモを確かめる様に触った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます