第12話
屋上のガーデンテーブルに着きようやく腰を下ろすことができた。
雲一つない憎たらしいくらいの晴天で、太陽の光は髪の毛をじりじりと焼いてくるようだった。
この世界に来て結構時間は経っているはずだが、太陽は依然として僕達の真上にあり沈む気配を見せなかった。
「リョウ君、アイス溶けるよ?」
目の前ではユリナがカップに入ったアイスクリームをプラスチックのスプーンで掬い口の中に運んでいる。
イチゴ味のアイスは薄ピンク色で、彼女の口につくと口紅を塗ったように違和感なく馴染んでいた。
僕は手に持った自身のカップに目を落とし、チョコレート味のアイスは既に上端の部分が解け始めていた。
「君はほんとに元気だね。もうヘトヘトだよ・・・」
「そんなことないよ。リョウ君が体力なさすぎなだけ。あと、私はユリナ。君なんて子ども扱いしないで!」
「はいはい」
「はい、は一回!」
お母さんみたいな物言いに君こそ僕を子ども扱いしているんじゃないかと心の中で呟く。
ゲームセンターでクマを取った後、彼女のテンションはヒートアップして太鼓のリズムゲームや穴から飛び出してくるワニをソフトハンマーで叩いていくパニックゲームなど、とにかく体力を消耗するものばかりをせがまれ一緒にさせられた。
体力的にはそれらが効いたが、最後に撮らされたプリクラは精神を著しく消耗させた。
モデルポーズをノリノリで決めていく彼女に対して僕は画面の指示するポーズの一切を無視した。
でも不愛想な真顔で映れば後から出てくる写真を彼女が見て「リョウ君楽しくなかったの?」と悲しそうに聞かれるかもしれないから、愛想笑いはなるべく浮かべる様に意識していた。
実際に印刷された写真を見ると、愛想笑いというよりは苦いものをかみ砕き堪えているような、そんな苦悶な表情を浮かべる僕が写っていた。
肌は美白に、唇は真っ赤に、目は金目鯛のように大きくされているものだから余計に気持ち悪かった。
SF映画のエイリアンの方がよっぽど可愛げがある。
「何この顔!?おかしいっ!」
プリクラ写真を見た彼女は腹を抱えて爆笑していた。
無理やり撮らせておいてそれはないだろう。
子供というのは正直過ぎて傷つく。
「もう!だから溶けるって!」
彼女は僕のカップアイスに自分のスプーンを突っ込み掬う。
ゲル状になったアイスは掬い上げられるととろみがついて一部が下に滴る。
そのスプーンが、僕の口元まで運ばれてくる。
「ん!」
口をへの字にしてこちらをジーと見ている。
口を開けろっということだろう。
小さく開くと、その隙間にスプーンが突っ込まれた。
チョコレートが頬を刺激してくるような甘みを感じながら、強制的であったものの間接的に彼女と接触してしまった事に対する背徳感を覚えた。
「自分で、食べられるよ・・・」
スプーンから口を離し、椅子を引いて彼女と距離を取る。
気になることがあれば正さないと気が済まない質なのだろうが、食事くらい自分のペースで食べさせてほしい。
なによもう、と彼女はそっぽを向き、気を紛らわせるようにアイスをお茶漬けのように掻き込んでいく。
いたーい!とすぐにアイスクリーム症候群を引き起こし机に突っ伏して悶絶していた。
痛そうだなーとその光景を眺めながら僕は少量のアイスを救って食べていく。
彼女がうぅーと悶えている間、出会ってから気になっていた質問がいくつか蘇ってくる。
今までは彼女のその場のテンションに振り回され聞く機会を得られずにいたことだ。
「ユリナは、ここに来る前の事をどこまで覚えているの?」
「うぅ・・・え?」
「ここに来る前にいた世界のことだよ。普通に小学生やっていたとか、家族は父と母と妹がいたとかさ」
数時間前それに似た質問をした、その時は君の家はどこにあるの?だった。
彼女は家がどこにあったのか覚えていないと答えた。
僕はこの時彼女の記憶が一部損失しているのかもしれないと思った。
そう思う動機は僕自身の記憶にあった。
元の世界にいた頃を思い出そうとすると、真っ先に思いつくのはアパートの自室でどうしようもない位の引き籠り生活をしていたことだ。
以前は中小企業の会社に勤め、その前はごく普通の学生生活を送っていたことも思い出せる。
生まれてから就職するまでの間は可もなく不可もない人生を送っていたはずだ。
しかし何故そこから引き籠りをするまでに陥ってしまったかを思い出そうとすると、記憶に靄がかかったように何一つ思い出すことができないのだ。
ここで一つの仮説が浮かび上がる。
このほぼ無人の世界に迷い込む際、記憶の一部が欠落してしまうということだ。元の世界で得た記憶の全てはここには持ち込めない。
データを他の端末に移設する際、バックアップを取っていなかったデータが引き継ぎできないのと同様の事がこの世界でも起きているのではないかと感じたのだ。
何の裏付けもないあくまで個人的な予想に過ぎないが、実際僕の記憶が鮮明でないことは確かだ。だからこそ彼女のことを知りたいと思った。
彼女がどこまで覚えていて忘れているのか。
その線引きの様なものを知りたいと思った。
「何で、そんなこと聞くの・・・?」
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