第11話

 休憩を小刻みに取りつつ、一時間程漕いで来ただろうか。

 すっかり住宅街を抜けアーケード街に入り、様々なセレクトショップやカフェといった娯楽施設が通り沿いに展開されていた。

 地元では屈指の繁華街で、深夜まで営業している店も多く普段は大勢の若者が集っている。

 そんな面影も今はなく、シャッターは開き電気は点いているのに誰もいない、違和感故の不気味さが漂っていた。

 これがただのシャッター街なら何も感じなかっただろう。

 

 タイル調の通りを二人乗りしている小学生が堂々と進んでいき、端まで進み終えると大きなショッピングモールにぶつかった。

 全国展開されている大規模なモールで、今目の前にあるのは本館と新館と二つ館が分かれどちらも十階建てと県内最大規模のデパートだ。

 入口の前でブレーキを引き、自転車は徐々にスピードを落として停止する。


「すごくおっきい建物だね。何階建てなのかな?」


 アーケードに入ってから物珍しそうに周りをきょろきょろしていたユリナは呟くように聞いてきた。

「十階建てだよ」と答えると「すごい、こんな所があったなんて」と目をぱちくりさせながら言う。


「リョウ君は来たことあるの?」


「うん、地元だからね。何回かは」


 それこそ学生時代の話になるのだが、よく友達と来ていたのはこのアーケード街だ。

 この場所が好きだから来ていたわけではなく、暇を潰せそうな場所が他にないから仕方なく訪れていたのだ。

 社会人になり友人とも疎遠になってからは、わざわざ人混みに身を晒す必要性を感じられず行こうとも思わなくなった。

 こうしてこの建物を見上げると、当時の記憶が蘇ってくるようで懐かしい気持ちになった。

 あの時は考えもしなかったが、今思えば楽しかったのかもな。


「早く行こうよ!何があるのかなぁー楽しみ!」


 僕が上を仰いでボーとしている間に彼女はいつの間にか両開きの重たそうな扉を押し始めていた。

 走って扉の前に近づき、取っ手を掴んで押すのを手伝う。

 大人の時でも重たいと感じていた扉だ。

 ひ弱な小学生二人では尚更そう感じる。


「よいしょ!」


 開いたわずかな隙間から僕達は室内へ飛び込む。

 冷やされた空気が室内に満たされており、熱気を帯びた体に浸透していくように冷ましてくれた。

 中に入ってまず目に入ったのがレディースファッションのアパレルショップだった。

 暖色のダウンライトが一定の間隔を刻んで一つ一つ設置され、それに照らされた白いタイルが光を反射して一帯が明るく輝いていた。

 マネキンには流行りのコーデなのか、カーキーワイドパンツと黒色のパンプスが着させられ腰に手を当ててモデルポーズをとっている。

 他の箇所も見渡してみるも、ほとんどが女性服や美容関係のお店が多く設けられていた。

 ここはレディースフロアなのだろう。


 我先に走っていったユリナはエスカレーターに乗って早く!とこちらに手を振っている。

 まだこういうファッション関係には興味がないのだろう。

 僕も彼女を追ってエスカレーターに乗り、めぼしい場所がないか上昇する度周りを見渡しながら探していく。

 上がる先にあるのはほとんどがファッション関係で、こんなにあっても仕方がないのではと思わずにはいられなかった。

 これだけ大きな建物を構えて、中にあるのは同じような類ばかりで味気がないように感じる。

 彼女も「あーあ、私にはまだ早い場所なのかな」と意外と遊べる場所が見つからなくて残念そうにしている。

 期待外れもいいところだろう。


 ようやく彼女の目を引く場所を見つけたのは六階に到達した時だった。

 やかましい位の電子音が聞こえてきて、そこで降りると案の定ゲームセンターが広い範囲で設けられていた。

「遊園地みたい!」と少女は走り出してゲームセンターの中に駆け込んでいく。

 遠ざかっていく彼女の背中を見てさすがに同じ速度で付いて行けなかった。

 本当に元気だな、出会ってからぶっ通しで遊んでいるのに、まだまだ有り余っているように見える。

 同じ小学生の格好をしていても、同じようなパフォーマンスをするには難しいほど僕の精神は廃れていた。


「早くー!走ってー!」


 彼女はクレーンゲームのパネルに両手をついて足をジタバタさせている。

 全く、彼女の遊びに付き合うのは体力がいくらあっても足りなさそうだ。

 夢なら早く覚めてくれ。

 走ってという言葉を無視して僕はゆっくりとした足取りで彼女の元へと歩く。

 追い付いた時には咎められると思ったが、彼女は僕の後ろに回って両手を腹部に回してきた。

 二人乗りをしたときと同じような形になり、「お疲れだね」と彼女は僕のシャツに顔を埋めくぐもった声で言う。

 そう分かってるなら休ませてくれ・・・。


「あれ、欲しいなぁー。でもお金ないからリョウ君取ってよ!」


 小さな指先が指す方向にはクレーンゲーム内に寝転がっている大きなクマのぬいぐるみがあった。

 クレーンアームの爪も対象に合わせて大きな形をしていたが、僕はこのゲームの一連の流れと落ちを知っている。

 アームは前後左右自由に動かせ、ボタンを押したらアームが下がっていき、狙った場所がよければ景品をしっかりと掴んでくれる。

 そのまま持ち上げてくれるところまではいいものの、途中でアームの握力が激減し景品を上げきる前に落としてしまう。

 落下した景品はバウンドしあらぬ方向に移動するという、そんな落ちだ。

 ゲームセンターに通い詰めていた時期があったが、この類のクレーンで成功した試しは一度もない。


「これは難しいよ。他のゲームにしようよ」


「えー!これがいいっ!取ってよー!おーねーがーい!」


 今度は両肩を掴んできて前後に激しく揺さぶってくる。

 どうやらあのクマに一目惚れした様だ。


「分かった、分かったよ。じゃあお金出すから、やってみるといい」


 実際にやらせてどれだけ無謀なのかを分からせた方が話は早い。

 四、五回やって駄目ならきっと拗ねて違うゲームをすると言い出すだろう。


「やったー!ありがとー!」


 両手を掲げてはしゃぐ彼女、一頻り喜び終わったら現実を思い知る番だ。

 僕は黒の長財布から五百円玉を取り出し、ゲーム機に投入する。

 愉快な電子音が流れ始め、六十秒という制限時間が操作パネルの横に表示される。

 彼女は張り切ってクレーンの前についた。


「よーし!やるぞー!」


 アームを自由自在に動かし、「ここだっ!」と思いっきりボタンを叩くと景品に向けて下がっていき、クマの首から足を覆うようにアームは落ちた。

 いい位置だ。

 だが案の定、景品を上部へ引き上げている途中にアームはクマを離してしまい落下してしまう。


「えー!なんでよ!でも今度は失敗しないんだから!」


 しかしその後立て続けに四回失敗してしまう。

 もう一回、もう一回とねだられ僕は千円札を両替した五百円玉をその都度渡していく。

 彼女はすっかりのめり込んでいて、一歩も引く気がないように思えた。

 このままでは僕の財布が枯渇してしまう。


「な、難しいだろ?違う所にいこう」


「やだやだ!これがいいのっ!リョウ君やって!」


「えー・・・」


 背中を押され、僕は無理やり操作盤の前に立たされる。

 こうなったら逃がしてくれないだろう。仕方がない。

 あまり長くやりたくないので今度は百円玉を一枚入れ、入金した際流れる電子音を確認した後アームを動かしていく。

 操作する人がユリナだろうと僕だろうと、結局結果は変わらないだろう。

 彼女と同じようにクマの首と足の隙間を狙ってボタンを下げる。

 どうせダメだろう、アームががっしりとクマを掴み上へ引き上げていき、やっぱりアームは途中でわずかに開いてしまう。


「ほら、やっぱり無理だよ・・・あれ?」


 クマは落下していなかった。

 アームは完全にクマを手放しているのに、まだ空中に浮いているのだ。

 なんでだ?と目を凝らすとクマのしっぽについているタグがアームの先端に引っかかっていたのだ。

 そのままアームは穴の方へと移動していき、途中振動でタグが外れクマが落下するものの穴の中に入るには十分すぎる距離だった。

 クマは穴の中にストンと落ち、取り出し口にゴトンッと音を立てて落ちてきた。

 なるほど、こうやって取るのか。

 しかし次にやれと言われてできる確率はほぼないだろう、奇跡だな。


「すごい!どうやったの!?ミラクルプレーだよ!」と彼女は目を見開いて両手で口を覆い、その場で何回も飛び跳ねている。

 僕は苦笑いしながら取り出し口からクマを引っ張り出す。

 両手で抱えて振り返った時、ユリナが物欲しそうにこちらを上目遣いに見ていた。


「あげるよ」


 クマをお姫様抱っこしている形で彼女に近づける。


「いいの!?」


「うん、欲しいんでしょ?」


「ありがとー!リョウ君大好き!」


 クマに飛びつくように両手で受け取り、ギュッと力強く抱きしめていた。

 その時クマが幸せそうに笑っているように見えた。


「嬉しいなぁ」


 目を細めて言う彼女に、思わずドキッとした。可愛い子だ。

 わがままで意地っ張りで気分の移り変わりが激しい子だけど、それら全てが素敵に思えてしまうくらい、ユリナは可愛い子だと思った。

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