第5話


 当初の目的通り僕はコンビニに向かう。

 足取りは足枷が外れたように軽くなり、ルンルン拍子で店内へ入っていった。

 籠を取りお酒と煙草といった快楽中枢を刺激するものばかりを選んでいく。

 発泡酒なんて論外、ビールにハイボールと日本酒を好き放題手に取っていき、レジの後ろにある煙草類をお店の箒で叩き落していきフロアに落ちたおこぼれを夢中でかき集めた。

 籠に入るだけ詰め込み、後は生ハムやチーズなどお酒似合いそうなつまみを適当に選んで入れると籠はあっという間に満杯になった。

 これだけあれば夢で過ごす間はまず不足しないだろう。

 店内を散々荒らした挙句僕は右手にコンビニの籠、左手に先程の服屋で取ってきた服を詰めたビニール袋を持ちお店を出た。


 やっていることは強盗と大差ない。

 しかし罪悪感は微塵も湧いてこなかった。

 誰にも消費される当てのない製品をもらっただけ。

 賞味期限が切れ破棄寸前の食品を譲り受けたようなものだ。

 悪びれる必要性はないしむしろ感謝してほしい位だ。

 歩道を緊張感無く進んでいき口笛を吹く余裕さえあった。

 ここまで周囲を気にせず堂々と外を歩けたのはいつぶりだろう。

 今の僕に怖いものなんて一つもなかった。

 世界を支配したといっても過言ではない。

 外部要因の大本、即ち人がいなくなってくれたことで僕に映る世界はクリアなものへと変貌していた。

 安心安全に包まれた空間、自分と言う自我が真の意味で生きられる場所。

 ずっと嫌いと思っていたけど、ただ一つの問題を解決することで世界がここまで楽しい場所になるなんて知らなかったな。

 部屋に引き籠っていた時は影の生活を続ける弊害で太陽を浴びると溶かされるような感覚を覚えると考えていたけど、今思えば外に出たくない自分自身への言い訳に過ぎなかったわけだ。

 現に今、太陽を体全体に浴びているけどむしろ清々しい気持ちになれた。


 結局世界は綺麗で、それを汚しているのは人間で、歪めている根本を絶つことでありのままの情景を知ることができる。

 それを感じるのも僕という一人の人間だからそこは何とも言えないけど。

 多勢の有象無象がいなければ法も秩序も存在しないし、社会と言う歪んだ形の見えない怪物を作り出すこともなかった。

 人が増え過ぎたんだよ、元の世界は。




 帰路を進んであと二百メートル程でアパートに着く時だった。

 僕の袋と籠を抱えた両手はプルプルと震え始め、足も一歩踏み出す度脹脛が腫れるような痛みが走るようになった。

 歩きっぱなしでさすがに疲れた。

 体の消耗も小学生並みに戻っているようだ。

 少し歩いた先に公園が見えた。

 塗装が剥がれかかっている遊具がここからでも確認できる。

 本来帰る方向とは違うが、休憩がてら寄り道することにした。

 一歩一歩ゆっくりとした足取りで公園へと近づいていく。

 囲われたフェンスが目の前まできたとき、キーキーと錆びれた金属音が公園内に鳴り響いていた。

 音の正体をここからでは特定できなかった。

 施錠されていない金網フェンスが風に煽られ音を立てているのだろうかと想像を巡らせたが、この時僕の思考回路はまともではなかった。

 公園内で聞こえてきたのだ、誰かいるのかと考えるのが普通だっただろう。


 しかし僕の脳内にはこの世界には自分以外誰もいないという自らが立てた前提条件がある。

 その前提を揺るがせたくないという思いが自然に働いたのかもしれない。

 入口に立ち公園内を見渡すと、僕は音の正体に気付いて呆気にとられる。

 

 僕の他にもう一人、この世界に存在していたからだ。

 

 パキパキに塗装の剥げたハンガーに錆びたチェーンが吊るされ、それらが前後に金属音を立てながら揺れている。

 ブランコに乗っているのは小学四、五年生位の少女だった。

 肩先まで伸びたサラサラな黒髪は動きに合わせて靡き、薄手のニットウェアとテニス選手が着ていそうな短いフレアスカートからは健康的な白い肌が露出していた。

 遠目から表情までは読み取ることはできないが、とても近づいて確かめようとする気にはなれなかった。

 むしろ一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

 ずっと夢だと思っていた世界に知らない少女が目の前にいる。

 夢でも何でもなかったのかもしれない。

 僕以外誰もいない世界なんて、いくらなんでも都合が良すぎたんだ。

 公園から背を向けようとした、その時だった。


「ねぇ!君!」


 陽気な声で呼び止められ、僕は動こうにも動けなくなった。

 無視して走り去ろうかと迷っている間、少女はブランコから飛び降り僕の元へと全速力で駆けてきた。

 この時点で逃げるべきだったのかもしれない。

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