第4話


 そして僕は外の路地を歩いていた。

 あれだけ太陽を嫌っていた男があっさりと外出している辺りおかしく思うだろうが、この状況でじっとしていられる程僕の肝は据わっていない。

 当初はコンビニを目指していたが、すぐに取りやめた。

 この姿でお酒と煙草をレジに持っていっても売ってくれるわけがない。


 似た目は小学生で、それも上下のスウェットはぶかぶかで裾を引きずりながら歩く有様だ。

 靴はサイズが合わないので、仕方なくサンダルをつっかけている。

 警察に連絡され保護される未来が容易に想像できた。

 その時この状況をどう説明すればいいのだろう。

 考えるだけでも途方に暮れそうだ。

 結局僕が向かった先は近所にある洋服屋だった。

 先ずはぎこちないこの格好をなんとかしよう。

 ただでさえ人目が苦手なのに、視線を引くような服装は恥ずかしくて仕方がなかった。

 子供用の服を適当に数点選んで購入することができれば一つの問題は解消できる。

 レジに向かうまでは不審がられるだろうが、大丈夫。

 すっと入って即座に購入し着替えることができればこっちのものだと委縮する気持ちに言い聞かせた。


 もう少しで住宅街の路地を抜け県道が見える。

 すぐにある横断歩道を渡れば洋服屋は見えてくる。

 横断歩道を渡る際、車に乗っている人達から送られる冷ややかな視線を想像した。

 渡る途中、恥ずかしさにやられ道路の真ん中で吐いてしまうのではないかと思うほど痛々しい光景だった。

 視線恐怖症の僕からすればやりかねない結末だ。

 道路が近づいてくるたび身震いした。

 逃げたい、やっぱり外に出るんじゃなかった。

 そんな僕の気持ちとは裏腹に足は自然に一歩一歩踏み出していく。

 家を囲うブロック塀を抜け歩道に出た時だった。


「・・・え?」


 そこには誰もいなかった。

 歩道を行き交う人達も、視界を遮るように走る車も、建物を縫うように通ったモノレールも。

 人の動きを感じさせてくれるもの全てがこの場に通っていなかったのだ。

 世界から人が消え、自分一人がこの場に取り残されてしまったような、そんな感覚を覚えた。

 先ずは驚きが訪れ、少しすると心の底から込み上げてくる高揚感を覚えた。

 いつかの映画でこんな世界に行ってみたいという願望が今目の前で実現したような気がしたのだ。

 小さな夢が叶った、そんな子供じみた考えはそんなわけがないだろうという言葉一つですぐに冷めた。

 きっとたまたま人が歩道を歩いていなくて、車も走っていなくて、モノレールも走る時間帯とずれていただけだ。

 様々な偶然が重なった結果このような状況が生まれたのだ。

 本当にこの世界から人が消えればどれだけ平穏だろうと正直思うが、そんな都合のいい状況が起きるはずもない。

 世界は僕なんかの願望を叶えてくれるほど生易しい場所じゃない。


「でも、ラッキーだな」


 幸い懸念していた人目を避けて県道を超えることができそうだ。

 歩道の縁石に立ち左右を見渡し、今がチャンスだと僕はズボンを両手で抱えながらダッシュで車道を横断した。




 衣服屋に来ても人はいなかった。

 客も、店員も、誰一人として。

 店に入る前は閉まっているものかと思ったが、窓から映る店内は明るく、入り口に近づくと当たり前の様に両開きの自動ドアは開いた。

 一応営業はしているのだろう、そう思い子供服が寄せ集められたコーナーへと向かう。

 そこでサイズが合いそうな黒いシャツにジーパン、下着類などを適当に籠に詰めレジに行くもやはり店員は出てこなかった。

 どんなに待っても来る気配もない。

 周囲を見渡すも僕以外の客は見当たらなかった。

 そこで考えていた仮説に真実味が帯びていく。

 やはり、人が消えたのだ。

 今この世界には僕一人しかいない。

 県道に出た辺りから、いや、自室で目覚めた時から全てがおかしかった。

 似た目は小学生に戻り、外に出れば誰一人として他の人とすれ違うこともなかった。

 幸い街のライフラインだけが生き残っているらしく、現に今真上の照明は明るく点灯し、スピーカーからはお洒落な洋楽が店全体に響き渡っている。


 何故こうなってしまったのかはもちろん分からない。

 情報が無い今知る由もないし考えるだけ無駄だ。

 どうしようもないが、この状況を受け入れざるを得ないと思った。

 抵抗しようにもその矛先をどこに向ければいいのか分からないのだから。

 これら全てに落としどころをつけようというなら、この状況全てが僕の見ている妄想か、夢の類だということだ。

 いや、実際の所そうなのだろう。

 でないと説明がつかない点があまりにも多すぎる。

 まるで現実の様にリアルで見分けがつかないが、案外夢を見ているときはこんな感じなのかもしれない。

 夢から覚めた時、実際その夢で自分が何をしていたのか、何を思ったのかを鮮明に思い出すことはできないのだから。

 人は見た夢の九十パーセントを五分以内に忘れると誰かがテレビで言っていた言葉をふと思い出す。


「そうか、夢か」


 そう思うと今この異常な状況下が楽観的なものへと認識が変わっていった。

 結局はただの夢なのだ。

 少々SF染みた類の、頭の中で広がる妄想の一つに過ぎない。

 体が小さくなった点は不便極まりないが、僕の毛嫌いする他人はいない、街のライフラインは使い放題、今のお店に並ぶ商品を堂々と盗んでも誰にも咎められない。

 まさにやりたい放題、一種の楽園の様に思えた。

 こうなった以上、ここからは欲望のあるがまま好き放題やらせてもらおう。

 僕は籠に入った服のタグをレジに置かれたハサミで切り落としていき、その場でスウェットを脱ぎ捨て新しい服に着替えた。

 大きさは適当に選んだ割にピッタリで、束縛から解放されたように手足が自由に軽々と動かせるようになった。

 残りの服が入った籠を持ち僕はお店を後にした。

 脱いだスウェットはお店に捨ててきた。

 どんなに罪を重ねようとも目覚めた時には無かったことになる。

 だから気に病む必要性は全くなかった。

 

 どうせこの瞬間も、夢の一幕に過ぎないのだから。

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