夜行

「このユニットは多分僕らにとって、どん底から救ってどこかへ連れていってくれるものになりますから。」


そう言った僕は思い浮かべる。どこかへ連れていってくれる夜行列車が僕にとっての憧れだった。記憶の中に偶に現れる夜行列車の情景が好きだった。ずっと遠くに行けるような気がして。救ってくれるような気がして。でも、それが叶うことはないような気がして。


「いいね。夜行ってなんか懐かしいや」


遠い目をして呟いた結夏さんが小さく僕に微笑んだ。何を思い出していたのだろう。遠い記憶の奥底を見ているような表情だった。


「いいですよね。響きがきれいで懐かしくて」


そうだねと言って悲しそうな表情になった結夏さんを僕は見て見ぬふりをした。これ以上口に出すのはいけない気がした。


「じゃあ僕はAkitoって名前で活動しますね。結夏さんはどうします?」


「じゃあ私もYukaでいいや。揃ってたほうがいいしね」


「でも秋翔くんはそれでいいの?白虹ってしたほうが話題性あるんじゃない?」


否定しきれないところが僕の心をさしてくる。僕だってそう思う。でもそれを許したら僕はいつまでもあの頃から前に進めない。


「嫌ですよ。せっかく辞めたんですから絶対戻りません。白虹は」


「そっか……でもまあ、頑張るしかないね。生きていくためにもね」


生きていくためにという言葉に結夏さんの冷静さを見た気がした。意外と現実的なところがあるらしい。


「そうですね。じゃあ曲創りますか」


「ここで?」


「はい。そうですけど?」


「できるの?!」


「どこでもできますよ。形があれば場所なんて別に関係ないので」


驚いた様子の結夏さんに僕は作業しながら言った。このほうが若干都合がいい。人と目を合わせることをあんまりしていなかったせいでもう疲れてしまったというのが本音だ。


「そっかー。あのさ?敬語やめてほしいな」


「なんでですか?」


「違和感がすごくする。似合ってないよ、敬語」


結夏さんが言った刹那、瞬がふきだした。何が面白いんだよ。瞬って奴は……。ただ、同時に思い出したのは、昔部活の先輩に言われた「お前、敬語似合わないな」という言葉だった。やっぱやめたほうがいいのかな…。


「そっか。じゃあやめる」


「で、最初の曲ってどんな感じなの?」


「それを今から決めようとしてたんだけど。何がいい?」


「んー……ノスタルジックなやつ」


「へー意外。そういうの好きなんだ」


「うん。だって白虹さんの曲好きだし」


「僕のせいか」


「そうともいうね」


両手で頬杖をつきながらおどけたように笑って肩をすくめた結夏さんの姿が少し気障に見えた。それに好感を持った僕も大概そういう人間だってことだ。


「じゃあいつも通りでいいのか」


「そうだね」


「よし…了解っ……」


僕は小さくつぶやいて作業を始めた。


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思い出の中の君をずっと探している 雨空 凪 @n35

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