何かが始まるのはあと少し先

「あ、知ってました?」


「当たり前でしょ!うちのバンドはそこ目指してたんだから!」


その言葉に僕はどう反応すればいい?自分が書いた曲が認められていた。それで目指されていた。ため息しかない。なんでこんなもの目指すんだ?目指すのは別にいいとしても僕はどう反応すればいいのか...。困惑に近い何かを感じていた。嬉しくもあり、わからなくもあり、と言えばいいだろうか。


「なんでそんなに高評価なのか分からないんですけど」


「なんで?」


「なんでって、こんな何にもなれてないような曲なんかどうでも...」


「どうでも良くない!」


また食ってかかって彼女は言った。その真面目で真っ直ぐな視線を信じてみたかった。


「そうだったらいいですけどね」


僕が自嘲的に笑うと、


「秋翔は昔っから自分を信じないもんなー」


瞬が悩ましいとでも言うような様子でそう言った。僕は驚く。自分を信じない...か。確かに。上手くまとめたな。


「その自己肯定感の低さはどこから来るんですかね。秋翔さんの親族にそんな人いませんけど」


光哉の言葉に僕は確かになと思う。同居家族だけでなく祖父や祖母、従兄弟に至るまで僕の家系には自信家が多かった。そこでふと思う。僕以上にこの2人は僕のことを知っているのではないだろうか...。


「まぁ...父さんは才能人、母さんは努力家、兄さんは母さん似で努力家、で、秋翔は父さん似か。みんなどこかで自信があるんだろうなって雰囲気だったよな。」


瞬が思い出したのか笑いそうになっている。というか笑っている。僕も懐かしい父のことを思い出して笑顔になった。


「そうでしたねー。お父さんは特に」


光哉が少し苦笑いで言葉を濁す。


「あれはもうなんというか...な」


僕もあの形容しがたい雰囲気を思い出した。


「例えるとどんな感じ?」


結夏さんの問いの答えを僕は考え始める。なんと言えば正解だろうか。そして僕は一つの答えにたどり着いた。決断力が高く、生きるために自由に移動する。それはもう......。


「遊牧民みたいな人」


僕のつぶやきは的をいていたようで2人は頷いている。彼女は、なるほどねと言って考える素振りをした。そして僕は子供の頃のことを思い出した。


父はいつも笑っていた。笑っていなくても楽しそうだった。例えば怒ってる時も、泣いている時も、ほぼ全ての時で。理由は本人もわかっていなかった。全てを楽しむ姿勢というものは意外と難しい。なぜなら、生きてさえいれば言い様もない辛さが襲う時間があるからだ。だから父はそれすらなかった本当の楽天家なのか、本当のことを隠した演技の上手い人物だったということになる。僕にはそんなことできない。


「あのさ、純粋に疑問なんだけどいつになったら2人は活動について話し合い始めるの?」


瞬が不思議そうに僕らを見る。水を差すようでもあり、大切なことでもありといった感じで結局何もピンとこない。ぼんやりとそういう話もあったかな…という位だ。


「あー確かに。……どうします?」


僕は結夏さんを見る。彼女も今思い出したというような顔をしている。


「じゃあ私が歌うから伴奏お願いしてもいい?」


さっきの顔のまま彼女はそう言った。窓から差す朝日が柔らかく彼女の前にあるコーヒーを照らしていた。


「いいですよ」


「なら私が秋翔くんが弾いてるところにお邪魔すればいいかな」


話はこのままトントン拍子で決まっていくようで、結夏さんの決断力には驚かされる。


「了解です」


「で?なんでユニット名みたいなの決めないの?」


またまた瞬がそんなことを言い出した。考えてすらいなかった。


「あー……。秋翔くん決めていいよ」


目を逸らして結夏さんが言う。多分こういうのが苦手なのだろう。僕も得意じゃない。


moonlight flit(夜逃げ)とかどうですか?」


「英語かー」


結夏さんはどうやら英語が嫌なようだった。何かあったのだろうか。英語が嫌いな僕が個人的にすごく好きな単語だったのだけれど。


「じゃあ夜行列車とか」


どうしても「夜」の要素を入れたかった。出会ったのが夜だったからかもしれない。


「なんで?」

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