二章 

Sileo

「改めまして、あなたの曲を歌いたいです!」


僕は今、日向結夏さんとやらに楽曲提供を求められている。それはいいのだが、隣でにやにやしながら聞いている瞬の顔がものすごく邪魔だった。あいつにとってこれはどうでもいいことのはずだから黙っていて欲しい。口じゃなくて表情を。


「別にいいって言いませんでしたっけ。」


僕の苛立ちが口調に表れ始める。まぁいいか。この人と会うのも今日で最後だし。


「あっ......ありがとうございます!」


目を輝かせた彼女のことなど無視をして、僕はリュックから紺色のファイルを取り出す。上と下だけ止まっている書き込めるタイプのやつだ。


「これ、曲です。楽譜読めますか?」


「えっ......あっ。も、もちろん!」


何か戸惑ったようだったが、この会話のスピードにということにしておこう。深い意味を考え出したらどうせ止まらない。


「じゃあ、勝手に歌ったりなんでもしてください。そうすれば曲も喜ぶと思うので。あ、でもちゃんと僕が創ったっていうことにして下さいね」


そう言って僕は席を立った。なんだかどうしようもなく家に帰りたい気分だった。


「えっ?一緒に歌ってくれるんじゃないんですか?」


目の前の少女がとんでもないことを言い始めた。僕はそんなはず全くなかったのだが......。思わず愛想笑いが浮かんだ。この愛想笑いがこの世で1番嫌いだというのに。変に大人になった自分を見つめたくないから。


「......違いますよね?」


「えっ......でも私、一緒にやってくれるんだとばかり思って」


暫く時間が止まる。静寂の中に光哉が皿を拭く音が響いた。そして僕はIfの世界を考える。もしかしてだ。もしかして彼女は僕と演奏するということも込で僕に曲が欲しいと言ったんじゃないか?またしばらく僕が立ち上がりかけたまま悶々とし固まっていると、


「秋翔さん席に座ってください。ちゃんと話し合ってはどうでしょう?」


光哉がコーヒーを僕らの前においてそう言った。僕は光哉の言う通り大人しく席につく。彼女の目がまっすぐ僕を射抜くように向いていた。その瞳は昨日の彼女の瞳に重なった。ただ、何もないから僕は強い。失うものが何もないから。


「結夏ちゃんってさ、バンド組んでなかったっけ?」


不意に瞬が彼女に聞いた。その言葉を聞いて僕は思い出す。そういえばこいつ、そんな客がいるって言ってたな。しかしその言葉に彼女の顔が曇った。


「あー......解散っていうか......その、追い出されちゃって」


彼女は力なく笑った。何かしら事情がありそうだった。


「えっ! 結夏ちゃんいなくて成り立つの?あのバンド」


「みんなはスゴいからきっと何とかなりますよ!」


彼女が立ち上がった拍子に倒れた椅子の音が虚しく響く。瞬の言葉にむきになった彼女は困惑したようにごめんなさいと呟いて椅子にまた座り直した。


「つまりこういうことですか?バンドのメンバーに裏切られ追い出されて傷心中に僕のあのくだらない暗い曲を聞いて、響いてしまったと?」


「そういうこと言わないでくださいよ。くだらないわけないじゃないですか。」


悲しいのか寂しいのか彼女は俯いて僕に向かって呟いた。


「認めてくれるのはありがたいけどそれだけじゃ生きていけないんですよ。貴女だけが良いと思ったところでどうにもならない。わかりますか?」


「わかります。でも.....きっと何とかなります!だから私と一緒に演奏してください!」


この人は......なんと言えば良いだろう。人の気持ちがわからないというか、自己中心的というか。でもその奥ではきっと自分がそうだということを理解している人だ。面白いかもしれない。乗ってやろうか。いや......でもそれで本当に目標を達成することができるのか?


「僕にはなりたい人がいます。ずっと憧れている人です。僕の思想はその人の影響をすごく受けてます。だからその人のいう、自分のための創作がしたくて今こうしているわけです。もし貴女と組んだとしてそれが達成できると断言できますか?」


「できます!っていうかできるようにします!だからお願いします!」


僕は彼女の必死な顔を見て、この人は信じても良いかもしれないと思った。なんて簡単な人間なんだろう、僕は。裏切られることを知った人間はきっと誰かを裏切ることを嫌うはずだ。彼女の言葉はとても頼りない言葉だけれど不思議と力を持っていた。こんな人間早々いない。


「じゃあいいですよ」


彼女の目が輝いた。少々オーバーリアクション気味だが跳び跳ねて喜ぶ彼女を見ると少し嬉しくなった。僕の曲がここまで誰かに愛されていると僕も嬉しい。


「おめでとう秋翔と結夏ちゃん。応援してるから頑張れよ」


瞬が僕の肩に腕を回して言う。この幼馴染みはいつまでたっても僕を応援してくれる。ある意味、腐れ縁なのかもしれない。


「本当に良かったですよ。これで秋翔さんが自殺せずにすみますね。安心です」


光哉の皮肉に僕は釈然としないような顔をして明後日の方を向く。黙ってろ。


「へっ?自殺?」


案の定驚いた彼女が目を白黒させ始める。瞬がそれを見てニヤリと笑った。僕は「これはまずい」と思いつつ窓の方を向き続ける。恥ずかしい。


「昨日こいつね、自殺しようとしてたみたいでさ。帰ろうとしてたら結夏ちゃんが明日って言ったから律儀に一日ずらしたんだよ」


瞬が面白そうにチラチラとこっちを見ながら言うから心底不愉快だ。例えばそう。思わず舌打ちが出るくらいには。......事実か。


「私じゃあ秋翔さんにとってヒーローですねっ」


彼女が満面の笑みでそういったのを見て小さい子を見てるみたいだなと思いつつ、


「どうですかね」


と笑った。本当のところどうなのかは僕にはわからない。いや、正確には僕にわからない、か。ただ、この時間は平和だなということはわかった。


「あの、年齢っていくつですか?」


だから彼女のそういった質問にも答えていった。


「23です。」


「じゃあ私のが年上ですねー。」


さらっと告げられた事実に僕は驚く。すっかり年下なもんだとばかり思っていた。


「......いくつですか」


「24です」


「なんだ、たいして僕と変わらないじゃないですか」


「じゃあ仕事は?」


結夏さんのその質問に僕はどう答えるべきか悩む。この間やめてしまったんだよな。


「前は曲つくって稼いでました。今は無職です。」


「前?大学生じゃないの?去年まで」


「そうですけど」


「調べよ。名前は?」


「名前ってペンネームのことですか?」


「もちろん」


「あー......白虹です」


「......えっ!」







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