元殺人鬼の落とし物

keithia

プロローグ

「……ッ………ァ……」


 とある街、とある広場。日は沈み、中央にある一つの街灯のみが周囲の視界を保証する。


「助け……ッ……」


 その明かりが僅かに届かない裏路地で、一人の女性が虐げられていた。

 彼女には多数の痣。そして、引き裂かれた衣服の片々。声を上げようとすると殴打の嵐に見舞われ、立ち上がろうとすると踏みつけられる。複数人の男に囲まれ、もはや抵抗する事など不可能となっていた。

 ただ、その時が早く終わって欲しい。彼女の中にはそれしか無かった。


「お前、自分が何やったか分かってんのか?」

「俺達の所で薬売ったらどうなるかなんて、ガキでも知ってんぜ」


 縄張りに足を踏み入れ、かつ無許可で薬を売りさばいた。

 彼女は後悔していた。ギャングに目を付けられた時点で警察に行くべきだったと。確かな後ろ盾も無く、連中の取りこぼしを拾って食いつなごうとしていた。

 しかし、それは叶わなかった。


「待って下さい。娘が……娘がいるんで……」

「あん? そんなもん娼婦やってたら当たり前だろ? それで捨てられたガキなんてそこら中にいるだろうが!」


 彼女はそうではなかった。真っ当に生きて、それでは生きていけなかった。ただ、それだけの事なのだ。だから、手を出した。どこまで深いかもろくに調べず、ただ目の前の避難場所に駆け込んだ。

 そのつけがこれである。


「お前ら……適当に遊んで売るか捨てるかして来い」

「「はい」」


 男集団の長と覚しき人間がその場から去ろうとする。

 体格の良い大男。コートの下には鉈。そして、少しだがを使えるようだ。そして、今戻ろうとしているのは娼館。そこで盛っていた最中に命令を受けたのだろう。


 裏路地を形成している建物の屋上から、その男を観察する一つの影。全員殺してもいい。影はそう判断した。


「待って…… いやっ! 助けて!」


 声は虚しく響く。住人は気付かず、気付いても決して関わろうとはしない。


「誰も来ねぇよ。いいから大人しくしてろって」


 彼らが女に手を出そうとした時、風を切る音がした。その数秒後、何かが着地する音と共に一つの影が現れる。

 黒いシルクハットに黒いロングコート。そして、白い仮面。一目でギャングの仲間で無いことが理解出来た。


「誰だ!?」


 女を囲んでいた内の一人が反射的に叫ぶ。しかし、仮面の人物は何も答えない。

 その影は、去ろうとしていた大男の後ろに立っていた。


「なんだお前? 聞かれたら答えるのが礼儀ってもん――」


 振り返り、小柄な黒い影の肩に手を置こうとする。

 しかし影は、その手を引っ張り、もう片方の手で大男の首を掴んだ。


「……ガッ……」


 小柄な影は、男を掴んで跪かせる。


「野郎!」


 部下の一人、一番最初に反応した男が懐からナイフを取り出して影に襲いかかる。

 しかし、影の人物はあいている手でその攻撃をいなし、尋常では無い力を使い攻撃してきた男を投げ飛ばす。


 それを受け止めた他の男たちが皆一様にナイフを取り出し、攻撃する構えを見せた。

 すると、影の人物は逆手にナイフを取り出す。そして、視線を左手で掴んでいる男に向けた。

 押さえつけられている大男は、体内の魔力を使ってそれを振り解こうとしている。しかし、小柄な影の力はそれを上回っており、大男は立つことすら出来なかった。


「……っ! くっ…… この……や……ろ…」


 絞殺しようとする意図は感じられなかった。それにしては力が弱かったのである。大男は仮面の真意を読み取る事が出来なかった。


 しかし、その答えは寸秒で知れ渡る。影は取り出された刃渡り二十センチ程のナイフを少し振りかぶって、それを男の顔面に突き刺したのだ。


「――ひっ!」


 男達のうち、まだ入ったばかりで後ろに隠れていた青年が恐怖を露わにする。その恐怖は伝染したが、古参のギャング達はそれでもまだ引き下がる事が出来なかった。


「……ぶっ殺してやる!!」


 まだ逃走の判断が出来なかった男が仮面の人物に襲い掛かる。しかしその突進は、仮面の人物が大男を持ち上げ盾にした事で止められた。


 盾にされた男はまだ少し動いている。ナイフは少しだけしか入っておらず、男の両手は仮面の左手を取ろうと必死に抵抗していた。


 それを見た男達は再び襲い掛かろうとする。裏路地ではあるが、三人が満足して攻撃出来るだけの幅があった。

 だが、その攻撃は実行されなかった。なぜならば、刺さったナイフを抜いた仮面の人物が、今度はそれを大男の脇腹に突き刺したからである。何度も何度も、腹にも顔にも、刺し方を変え抜き方を変え、大男の臓物を撒き散らしていく。


 ある者は逃げ、ある者は腰が抜けた。女は引きつった顔で叫んでいる。

 その声がギャングによるものなのか、別のものなのか、街の住人には分からなかった。


 仮面の人物は最後に頭部を切り落とし、腰が抜けて動かなくなっていたギャングの男にそれを投げ付けた。


「持って行け」


 仮面越しに放たれた声。それは女性の声だった。それも、随分と冷たい弱った少女の声。


 仮面の少女は動かなくなったギャングを横目に女に近づく。


「あ………ありが……」


 その女は助けて貰ったと思ったのだろう。近づいて来た仮面の少女に向かって感謝の意を伝えようとしていた。

 しかし、それを言い終わる前に、その口を少女によって掴まれた。顎の下から、口が動かないように頬に指が伸びる。


「その娘をスコットランドヤードの警部補の家に連れて行け。分かったな?」


 小さく頷く女。それを確認した後、切り裂き魔は暗闇に消えていった。



「やぁ 君が三人目かな? 呼び名は……ジャックだったっけ?」


 暗い空間。

 ついさっきまで多数の警官と対峙していたはず……


「死んだんだよ。撃たれた後、出血多量でね」


 そうか、私は死んだのか。当然と言えば当然かな。


「それで、何であんな事してた訳?」


 どこからか語り掛けて来る幼い声。


「理由? 簡単な事だよ。全て失ったから、いっぱい奪いたかった。それだけだ」

「そうか……」


 幼い声は、何か困ったように思案を始める。


「君は僕の管轄じゃないんだけどさ…… まぁ色々あってね。ちょっとこのまま地獄、というか煉獄に行かれるのは不味いんだよね」

「地獄でもどこへでも落とすといいよ。それだけの事をしたんだから」

「いやちょっとねぇ 今来られると本当に不味いというかマジでカオスになるからさ。それに後味悪いし、僕に責任来ちゃうし……」


 随分と自分勝手な事を言っているな。私の言えた事では無いが。


「そういうわけで君には転生してもらう。もう一度人生やり直しのチャンスだ!」

「論理の飛躍が激しいよ…… どうして殺人鬼にチャンスを与えようと思ったの?」

「保険かな…… 次の世界も厳しいと思うけど、君ならたぶん大丈夫。じゃ」

「あのさ。極東に行った時に読んだんだけど、転生する時に何か貰えたりしないの?」


 まだ私が幸せだった頃、両親も兄も妹も生きていた時に極東へ行った。その時、翻訳してあった本を冒頭だけ読んでみたのである。


「チートだとかスキルだとかって話? んなもんあるわけ…… 世界は誰にでも平等に理不尽なんだよ!」


 その悲痛な叫びを聞いた途端、世界は光に包まれた。



■◆■


今書いてる長編が終わったらこれの続き書きます……(たぶん)

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