4 飛ぶ理由

〈ノシュカ1、目標発見。二時の方向〉


 イルファの声がキリナを回想から現実へ引き戻す。


 彼女が報告した通り、レーダーディスプレイに作戦目標を表す光点が現れる。小型の無人機が八機、雲の下から高速で接近してくる。


 事前のブリーフィングでキリナは無人機が無線操縦型の偵察機であると聞かされていた。無人機を撃墜し、偵察活動を阻止するのが今回の任務だ。


〈ノシュカ隊、攻撃を許可する。対空戦闘用意!〉

「ノシュカ2、了解」


 キリナはイルファの指示に従って武装の安全装置を解除した。火器管制レーダーを起動し、無人機に攻撃照準波を照射する。


 キャノピーの外には相変わらず空と雲しか見えない。だが、キリナの機体に搭載されたパルスドップラー・レーダーはその先に高速で飛行する敵機を捉えている。


〈ノシュカ1、エンゲージ。FOX3〉


 イルファの機体が長距離ミサイルを発射する。両機に続いてキリナも四発のミサイルを発射し、八本の光の筋が空と雲の境界へと伸びていく。


「三、二、一……ミサイル到達。全弾命中。八機全てを撃墜しました」


 キリナの報告にイルファが〈確認した〉と答える。


〈ノシュカ隊、敵機の撤退を確認。これより帰投する〉


 管制塔とのやり取りが終わると、イルファは〈上出来じゃん〉と声をかける。


〈まぁ、この間の格闘戦に比べたら余裕だったでしょ?〉

「あ、はい……そうですね……」


 おだてられるのに慣れてないキリナは、上官の言葉にどう反応していいか解らなかった。目の前に相手がいる訳でもないのに、昔の癖で目を逸らそうとしてしまう。


 キリナの目線が泳いでいった先には、雲の切れ間から覗く大地があった。もっとよく見ようと、キリナは無意識に機体を傾ける。


〈どうしたの?〉

「いや、何でもありません」


 キリナは機体を水平に戻して、基地の方へ進路を向けた。


〈また地形を見ようとしてたの?〉


 基地に帰る途中でイルファが訊いてきた。


「はい。ごめんなさい……」

〈何で謝るの? 別に責めてないよ〉


 キリナをなだめるようにイルファの機体が翼を振る。


〈今までキリナちゃんみたいに異世界から来た子を部下に持ったけど、みんなしきりに地面を見るんだよね。やっぱり、元の世界と地形とか違うの?〉


 イルファを始め、キリナが務める民間軍事会社・バッカニア社の人間は異世界の存在を認知していた。元々、バッカニア社が異世界転移に巻き込まれた人間の受け皿ということもあり、キリナが転移者であるということは公然の秘密となっている。


「他の子が私と同じ世界から来たかは解りませんが、私が元いた世界とは確かに違いますね」

〈そっか。じゃあ、やっぱり元の世界と違う地形を確かめたくって、パイロットになったの?〉

「それもあります。けど、それだけじゃないんです……」

〈へぇ。じゃあ他の理由は何?〉


 イルファの問いにキリナは「似てたからです」と答える。


〈似てたから?〉

「はい。似てたんです。元の世界で見た戦闘機に、この機体は似てたんです……」


 キリナは操縦桿とスロットルレバーの感触を確かめる。


 バッカニア社に入社したきっかけは、この会社が保有する戦闘機・RW-15「アスベル」のエンジン音があの日見たアメリカ軍の戦闘機に似ていたからだった。アズサに似ているあの機体に……


 こんな話をしても、イルファは理解してくれないだろう。だから、キリナはアズサの代わりにこの機体を求めたということは黙っていた。


 この世界でも、キリナとアズサの関係は秘密だ。


「イルファさん?」

〈どうしたの?〉

「まだ燃料に余裕があるんで、少しだけ寄り道していいですか?」


 却下されることを予想したが、イルファは〈いいよ〉と言った。


〈哨戒飛行ってことで許可してあげる。で、どこ行くの?〉

「そこら辺をぐるっと、ちょっとだけ遠回りしてみたいんです」


 キリナは帰投コースを外れる。レーダー上では、イルファの機体が見守るように一定の距離を保って追ってきた。


 操縦桿を倒し、螺旋を描くようにロール。三回転して機体が水平に戻ると、今度は急上昇。翼端から発生した航跡雲で大きな円を描く。


〈ノシュカ2、何をやっている? コースに戻れ〉


 通信から怪訝そうな管制官の声が聞こえるが、イルファは〈好きにさせてやりましょうよ〉と笑った。


 大人たちを蚊帳の外に追い出して、キリナは愛機と二人きりの時間を過ごす。言葉にはできないが、やはりアスベルの雰囲気はアズサに似ていた。


 非合理だが、操縦桿を握っていると確かにそう感じるのだ。


――終――

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蒼きエリュシオン〈短編版〉 赤木フランカ(旧・赤木律夫) @writerakagi

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