推しが死ぬ!

狭倉朏

推しが死んだ

 ラーメン貴子@本誌派さんがツイートしました。

『推しが三週連続で死にました。もう駄目です。低浮上になります』


◇◇◇


 ラーメン貴子は二次元オタクである。

 とある少年漫画誌を定期購読し、バトルからスポーツ物、ラブコメに新人作家の読み切りと隅々まで読んでいたが、特に推しがいる三つのマンガにどハマリしていた。その連載漫画が三つとも重要局面を迎えた結果、ラーメン貴子の推しは、一週ごとに三つの漫画の中で別々に死んだ。


 一人目は主人公の師匠であった。主人公を一話から支えていた彼は、主人公たちを前に進ませるため敵の壁となり散った。気高き最期だった。

 二人目は敵の幹部だった。ラスボスの元へ向かう主人公たちに立ちふさがり死闘を繰り広げ、敗れた。主人公を成長させた良い戦いだった。

 三人目は半モブだった。非戦闘員でサポート役。名前はあるが、キャラブックなどで誕生日が明かされないタイプ。敵の大技の犠牲になった。あっけない死であった。


 地獄のような死のラッシュは、推しているファン以外も巻き込み、ネットは阿鼻叫喚、もはや発売日にSNSのトレンドを見れば、誰が死んだかわかってしまうという惨状であった。


『あああああ! 何この推し死に地獄!』

『なんかもうお疲れ……』

 ラーメン貴子にはオタ友がいる。ネットで知り合ったわたあめ☆さんだ。主戦場は舞台俳優、つまり三次元なのだが、幼い頃から兄の影響で少年漫画に親しんでいた彼女はネタバレを一切気にしないタイプの単行本派だった。

 元々はラーメン貴子の漫画のファンアートに感想を送ってくれていたのだが、好きな漫画が舞台化されたとき、不慣れなラーメン貴子に代わってチケットを取ってくれ、帰りにオフ会をして以来、たまに通話をする仲だ。

『近藤師匠とヴォルフはまだわかるんだよ〜! 師匠枠とか覚悟して推す枠だし、あの漫画敵は基本、死ぬタイプだったし〜! まさかジョンさんが死ぬと思わないじゃん!?』

『あそこは安全圏だと私も思ってましたよー』

『ジョンさん、まさか……あんな……ううっ……』

 通話の向こうでラーメン貴子が泣くのをわたあめ☆さんはただ無言で見守った、いや、聞き守った。

『ごめんね……今日は次回の舞台遠征の打ち合わせの予定だったのに、私ばっかこんな……』

『まあ、何の因果かその舞台がまさにジョンさん初出演のやつですしねー』

『どんな顔してジョンさん見ればいいの……』

 ラーメン貴子が泣いている。シクシクと泣いている。

『私の推し、なんでいつも死んでしまうん……』

『貴子さんの推しってそんなに死ぬんですか?』

『死ぬね、最初に好きになった漫画のキャラはルートありゲーム化でどのルートでも死ぬ始末さ』

『救いはないんですか……』

『あるよ。ファンの二次創作ゲーム』

『……ええと、あれですよ、スポーツ物とか推してみません?』

『推したら二話で事故死した』

『…………うわあ』

 死神じゃん、という言葉をわたあめ☆さんは飲み込んだ。世の中には言っていいことと悪いことがある。

『あ、じゃ、じゃあ、あれですよ。誰も死ななかった完結したスポーツ漫画教えましょうか?』

『うう……』

 ラーメン貴子はネタバレが苦手である。できるだけ前評判を聞かずに作品を味わいたい派だ。

 しかし、わたあめ☆さんの好意を無碍にもできなくて、その漫画を教えてもらい、しばらく追悼をしてから、その日の通話は終わった。


『推しの選手生命が死んだんですが!』

『ああ、まさかのあいつに行っちゃいましたか……』

『辛いよぉ……』

 数日後の通話でラーメン貴子は叫んだ。

 スポーツ漫画の好きになったキャラが途中で怪我で離脱し、最終回まで出番がなかった。辛い。

『もうやだよぉ……幼女向けアニメの敵幹部もそろそろ死ぬ季節だよぉ……』

 ラーメン貴子は少年漫画が一番好きだが、他のジャンルもたしなんでいる。

 悲しいことに、他のジャンルでもだいたい推しは死ぬ。

『強く生きて』

『はい……。……こういうこと言うのちょっと不謹慎かもしれないけどさ、三次元オタクって怖くないの? 推しの死』

『怖いこと言わないでください。……んー、若い人が多い業界ってのもありますけど、死よりはスキャンダルが怖いですね。私は熱愛報道も気にしないタイプですけど、犯罪とかしちゃうと下手すると出演作の円盤が出荷停止ですからね……』

『あー』

 ニュースでそういうのはよく見る。ラーメン貴子はなるほどとうなずいた。

『新規映像が容疑者としての姿しか見られなくなりますからね……』

『それ回想とかある推しの死よりしんどいのでは……?』

『健全に生きてほしいですね、推し……』

 わたあめ☆さんは遠い目をした。

『貴子さん』

『はい』

『もはや推さないという選択肢はないんですか』

『ないよ。先々週の新連載のシャドウくんを推しそうな勢いだよ』

『敵! 殺伐とした世界観で、世界崩壊のきっかけを作った組織の一員という純然たる敵!』

 わたあめ☆さんは頭を抱えた。

 わたあめ☆さんは単行本派だが、最近の漫画はネットで公式から1話が上がることもよくあるので、ラーメン貴子が好きだと言っていたその漫画の1話だけはチェックしていた。

『約束された死じゃん! もはや死に引き寄せられてるじゃん!』

『えへへ』

『えへへ、じゃないよ!』

『シャドウくんが死ぬのが先か、連載が死ぬのが先か、打ち切りバトルだよ!』

『確かに若干打ち切り漫画の香りもしたけれど! 失礼でしょうが!』

 ぜえはあ……と互いの息切れを聞いて何を激論しているのだろうか自分たちは、とちょっとむなしく思ったりしたのだった。

『……もう、絶対死なない推しを産み出すしかないのでは?』

『ほう』

『貴子さん、ストーリー漫画もいけるんですから、一次創作やってみれば?』

『えっ』

 二次創作者と一次創作者の間には高い壁が、あるいは大きな溝がある。

 平気でそこを反復横跳びしているタイプの創作者ももちろんいるが、ラーメン貴子は完全に尻込みするタイプだった。

『いやー、そんな一次創作なんて……私なんぞの発想力じゃ、とてもとても……』

『発想なんて性癖を一キャラに押し込めばいいだけですよー』

 ちなみに、わたあめ☆さんは一次創作を細々とやっている。

『いけます! 貴子さんならいけます!』

『え、ええ……』


 そうして半年が経った。

 その間、ふたりはジョンさんが初出演する舞台を見に行った。

 もちろんジョンさんが死ぬところまではいかないのだが、ジョンさんの出番で原作ファンからすすり泣きが聞こえるちょっと葬儀みたいな舞台だった。

 舞台後は地元のお土産なんかを交換して、一次創作についてしみじみと語り合ったりした。


 シャドウくんの漫画は打ち切られたが、シャドウくんはきっちり最終回で死んだ。


 そして、ラーメン貴子は一次創作用の新アカウントを作った。


◇◇◇


 ラーメン貴子@一次創作用さんがツイートしました。

『……推しを殺してしまいました(懺悔)』


『なんでですか! なんでですか、貴子さん!』

『うわーん!』

『絶対死なない推しにするんじゃなかったんですか!? なんで自らの手で死を下してるんですか!?』

『考えたんですよ……必死に考えて……。このキャラの一番光り輝く生き様って何かなって……そしたら死に様になってましたね!』

『貴子さーん!』

『今ならわかる……彼らを殺した先生達の気持ちが……』

『開けてはいけない蓋を開けてしまった気がする!?』

『うふふふ……』


 こうしてラーメン貴子の推し死に地獄は延々と続くのだった。

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推しが死ぬ! 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki

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