13 大団円

 浜辺の一角に、村人たちが集まっている。その中心には、桃太郎と浦島がいた。「日本一の海中の旅」と書かれたのぼりが、海風に煽られて激しく揺れている。


 「なんじゃい、その『海中の旅』っちゅうのは?」


 漁師の一人が、首をかしげる。

 桃太郎は、よくぞ聞いてくれました、とばかりに胸を張った。


 「みんな、知ってるかい? 海の中には、立派なお城があるんだぜ。しかも、そこにはすっごく綺麗なお姫様が住んでいるんだ」


 漁師たちが、ざわざわしてお互いを見合う。まだ信じてはいないらしい。


 「落ち着いてってば。そりゃ、信じられないだろうさ。でも、この浦島は、その目で見ているんだから」

 「本当じゃ。遊び惚けて、年をとってしまったんじゃ」


 笑いながら言う浦島太郎。

 冗談とも言い切れない話に、村人たちがいっそう騒がしくなる。


 「今日は、その海の中のお城にみんなを招待しようと思って来てもらったんだ。手間賃はとるけど大した額じゃないし、行きたくないならそれでもいい。でも、すごく綺麗でいいところだから、ぜひ来てもらいたいんだ。お姫様も、すごく喜ぶよ」

 「お姫様か……」


 最前列の漁師がうっとりした顔でつぶやく。隣にいた彼の妻が、夫の頭を思い切りはたいた。


 「そんなこと言って、あたしらもおばあさんにされちゃったらどうするのよ」

 「それは問題ないぞ」


 浦島が答えた。


 「海の中では、時の流れが少し違うんじゃ。でも、わしらがきちんと帰れるように、管理するから安心してほしい。帰ってきてから後悔することもない」

 「でも……」


 不安をぬぐい切れない様子の妻。同じように、怖がっているような表情の人もちらほら見受けられた。


 「じゃあ、とっておきのこと教えよう」


 桃太郎がにやっと笑う。


 「払ってもらったお金を使って、俺達は鬼を懲らしめに行く」

 「鬼を!?」

 「そう、お金を払えばもう鬼に困らせられることもない。今まで通り、平和に付き合っていけるようにするよ。俺達が保証する。なっ」

 「ああ」


 桃太郎と浦島が顔を見合わせた。


 「そうなの? じゃあ、行ってみたいわ」

 「俺も行きたい!」

 「あっ、ずるいぞ、俺だって」


 村人達が、また騒がしくなる。それでも、彼らの顔は明るかった。


 「よっしゃ。それじゃ、少ししたらまた集まってくれ」


 桃太郎の声を合図に、村人達はばらばらに歩き出した。


 「これで、いいんじゃろな」


 浦島がぽつりと言う。

 無論、払ってくれたお金で鬼退治に行くわけではない。売り上げはそのまま鬼達に横流しになる。しかし、そう説明しては村人達がお金を出してくれないだろう。


 「嘘も方便だよ」


 桃太郎も顔を曇らせている。


 竜宮城への日帰り旅行を企画し、村人達からお金を集め、そのお金は鬼ヶ島に寄付をする。竜宮城には人が集まり、鬼達は飢えから救われる。それが桃太郎の計画だった。

 もちろん、これが完璧な計画とは思わない。村人達には嘘を吐いているし、鬼や乙姫への対策だってその場しのぎにしかならないかもしれない。でも、やっつけておしまいには、したくなかったのだ。


 「桃太郎らしい、いい考えだと思うよ」


 赤ずきんが優しくほほえむ。


 「そう言ってもらえると、安心する」


 桃太郎がつられて笑った。


 「私、この仕事が一段落ついたら、家に帰ろうと思う」


 赤ずきんの声が少し低くなる。

 桃太郎と浦島は、はっとして赤ずきんを見た。


 「狼達を追い払うのは無理だけど、私、おばあちゃんのそばにいてあげたい。あいつらはもう帰ったしね」


 赤ずきんの横顔がいつもより凛々しく見える。


 「そうした方がいいよ」

 「じゃな」


 二人がうなずくと、赤ずきんは満面の笑みを浮かべた。


 「ありがとう」


 花が咲いたような、優しい笑顔。桃太郎は、自分の顔が熱くなるのを感じて、頭を振った。


 「そうだ、浦島は?」

 「わしか?」


 浦島が少し上を向く。

 乙姫は手を尽くしてくれたが、結局浦島の呪いは解けなかった。これから浦島がどうなるかは、乙姫も分からないらしい。


 「そう生い先も長くないだろうからのう。死ぬまでこの仕事を続けようかの」

 「縁起でもないこと言うなよ」

 「だって、わし、地上の暦だと、もう二百歳くらいじゃよ?」

 「心はの若者でも?」


 桃太郎と浦島が、声をそろえて笑う。本来の年齢でいえば、二人は同い年くらいなのだ。桃太郎にとって、浦島は一番の友達だった。


 「頼むね、浦島」

 「おう、もちろん」


 浦島と赤ずきんが笑いあう。


 「桃太郎はどうするんじゃ?」

 「俺もしばらく続けるつもりだけど……でも、分からないや。他にやりたいこととか、やらなくちゃいけないこととか、できるかもしれないし」

 「魔を除ける運命なんだもんね」


 赤ずきんの言葉に、桃太郎がうなずいた。


 鬼や乙姫のように、困っているのに助けてもらえず、悪事に走るしかない人がいるかもしれない。その悪事によって、さらに困る人が増えては、キリがない。みんなが幸せに暮らせるような世の中を作ることこそ、桃から生まれた自分の使命だと思うのだ。


 「まあ、とにかく、今はこの仕事を頑張ろうよ。きっともうすぐみんな来るよ」


 その言葉が終わるか終わらないかといううちに、「おーい!」という村人の声が聞こえてきた。


 「ほら来た」


 赤ずきんが一人微笑む。

 桃太郎は、駆け寄ってくる村人達に手を振った。


                 [完]

 

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むかしむかし、あるところに チバ トウガ @chibakaho

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