12 和解
「……ろう、桃太郎!」
赤ずきんの声がする。桃太郎はゆっくりと目を開いた。
「無事なの?」
赤ずきんは、今にも泣きそうな顔をしている。こんなに取り乱すなんて、珍しい。
「大丈夫だよ、まあなんとか」
桃太郎は微笑んだ。
「俺、どうしてここに……」
「見て」
赤ずきんが真横を指さした。
首だけ捻ってその方向を見ると、がっしりした赤鬼が一匹、浜の上で仰向けに寝ていた。分厚い胸が、小刻みに上下している。
「えっ?」
桃太郎は目を丸くした。
「海の様子がおかしかったから、助けに来てくれたの」
「そんな、なんで……」
「鬼達は、乙姫に利用されていただけだったの。貧しくて、食べるものが足りなかったみたい。そんなことより、桃太郎はもっと休んだ方がいい」
赤ずきんが優しい声で言う。桃太郎は言われた通り目を閉じた。
乙姫と戦って、渦潮に巻き込まれて、あの女の人に会って……
桃太郎はがばっと身を起こした。
「そうだ、乙姫は!?」
赤ずきんは、厳しい顔をして、さっきと反対側を指さした。
浜に、乙姫が倒れている。その傍に、浦島が座っていた。
「目が覚めたかの?」
浦島が声をかける。その響きは、驚くほど柔らかい。
「なんで、あんたがいるの?」
乙姫は、か細い声で言って、顔を背けた。
「わしは、結局あなたを傷つけてしまっておったな」
浦島は質問に答えずに続けた。
「すまなかったのう、あなたの気持ちも知らないで」
「……謝って、何になるの」
乙姫の声が震えている。
「今更謝って、どうしようっていうの? この、お人好しが」
「許してもらおうなんて思っていない。事情を知っていたとしても、いつかは村へ帰っただろう。ただ、無自覚に傷つけてしまって申し訳なく思っていると伝えたくて……」
「そういうところよ!」
乙姫が声を荒上げた。
「そういうところが、腹立つの。私はあんたに優しくしてあげられないのに、あんたは優しくしてくれるのが、腹立つの。なんだか、哀れになるじゃない」
乙姫の声に嗚咽が混じっていた。
桃太郎は、よろよろと立ち上がった。
「ちょっと、まだゆっくりしてる方が……」
「平気だよ。それより、きび団子ある?」
赤ずきんはスカートのポケットから、きび団子が入った袋を取り出して、桃太郎に渡した。
「楽しみにしてたのに、忘れちゃうところだったよ」
桃太郎は袋を持ったまま、浦島の隣に座った。
浦島が、ぽかんとしてこっちを見る。
「桃太郎……」
「心配かけちゃったな」
桃太郎は浦島に笑いかけた。
乙姫は、ぶすっとした顔でそっぽを巻いていた。目が真っ赤になっていて、せっかくの整った顔も台無しである。
「全く、世話かけるなよ」
桃太郎は袋に手を突っ込んで、団子を一つ取り出した。
「それは?」
「きび団子だよ。そっか、浦島も知らないんだな」
団子をぽんと浦島の手に置く。
黄色っぽい砂糖がたっぷりかけられたきび団子。ほんのりと甘い香りがする。
「ほら、乙姫も」
「私も?」
「もちろん。赤ずきんもおいでよ」
遠巻きで見ていた赤ずきんは、びくっと体を震わせた。目を見張って、こちらを見ている。
「なんだよ、お団子食べるだけじゃん」
桃太郎が手招きすると、赤ずきんは腑に落ちない顔でこちらに歩いてきた。
みんなが、横になった乙姫の周りに集まってくる。鬼達や狼も、こちらにやってきた。
桃太郎は、気前よくきび団子を配り切った。長旅に備えるために多めに入れてくれたのだろうが、袋の中は既に空っぽだ。
「いただきまーす」
桃太郎は一口きび団子をかじった。
疲れた体に、甘い味が染みわたっていく。桃太郎の頬が、思わず緩んだ。
「やっぱり、ばあちゃんのきび団子は最高だなあ」
「本当だ、こんな美味しいもの、今まで食べてこなかったなんて」
「美味しいのう」
浦島と赤ずきんも、口々に言う。鬼も、小さな団子をちまちま食べて、目を潤ませていた。
乙姫も、体を起こしてきび団子を一口食べた。
とたんに、乙姫の大きな目から、大粒の涙が流れ出した。
「美味しい……」
「だろ? やっぱ、こういうのはみんなで食べたほうが美味しいよね」
乙姫が周りを見回す。
今まで敵同士だった者たちが、集まって同じものを食べている。奇妙ではあるが、不思議な暖かさがあった。
「食べたことない、こんな美味しいもの」
「竜宮城だと、食事も一人っきりだろうからな」
乙姫は、のこりの団子を頬張っだ。
「本当に、ごめんなさい……」
乙姫がうつむく。
桃太郎は、口元を緩めた。
「まあ、色々迷惑はかけられたけどな。とにかく、深くは気にしないことにするよ」
桃太郎も、きび団子を口の中に放り込んだ。最後の一口まで美味しい。
「このあとどうしようかの」
「え?」
「桃太郎は、乙姫や鬼達を懲らしめる気はもうないのじゃろ? このまま帰るのか?」
「……それはだめだ」
桃太郎が厳しい顔をする。
「このまま帰っても、何も解決しない。乙姫は、また他の村を襲わないといけないことになる」
「それじゃ、意味がないのね」
赤ずきんの言葉に、桃太郎がうなずいた。
乙姫の孤独も、鬼達の飢えも、どっちも解決できる方法が必要だ。
桃太郎は、しばらく考え込んだ。が、しばらくして桃太郎は顔を上げた。
「ねえ、こんなのどう?」
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