魔剣となった剣
しろきち
第1話
かつて、名工の中の名工と呼ばれた刀鍛冶がいた。
この男の打つ剣は、それは美しく、見る者を魅了した。
どんな物を切ろうとも、折れることはなく、
また切れ味も鋭く、切れぬ物なしと評判だった。
さらに、この刀鍛冶の打った剣は、
使用者に不思議な力を与えると噂が立つようになる。
曰く、正しき力を与える。
曰く、その力たるや、いかなる力にも屈しない。
曰く、この剣を持てば誰にも負けぬ。
真相を尋ねる者もいたが、刀鍛冶は終ぞ、それに答えることはなかった。
ただ一言、「正しきは論ずるに及ばず」と
以降、この刀鍛冶の打った剣は「正論の剣」と呼ばれるようになる。
噂が広まるにつれ、「正論の剣」を求める者が増えたが、
この刀鍛冶の作る鞘だけは、評判が悪かった。
「正論の剣」を買い求めた者のほとんどが、
「抜きにくい」と不満をこぼしていた。
これを聞きつけた一人の男が、
「正論の剣を抜きやすくする鞘」を売り出した。
「正論の剣」の所有者の多くが、この男の鞘を購入する。
抜きやすくなった「正論の剣」を持つ者たちは、
己の野心と、剣から与えられる力とで、
瞬く間に強者となっていく。
剣から与えられた力と、己が強くなった高揚感は、
やがて万能感となり、他者の正しさを認められなくなっていく。
ある者は、肌の色の違いを理由に他国を攻撃し、
ある者は、盗賊の類を家族ごと根絶やしにし、
ある者は、女に乱暴を働く男を徹底的に斬り捨て、
ある者は、皆平等を掲げ、富の独占を許さず、富める者を襲い、
ある者は、己の考えを認めない者を「正しくない」と切り捨てた。
己の正論を信じる者たちは、相争うようになっていく。
無関係の他者を巻き込みながら。
「正論の剣」を振りかざす者が、恐れられ、嫌われるのに、
そう時間はかからなかった。
己の悪評を聞いた幾人かの剣の所持者は、
己が悪いのではなく、この剣が悪いのだと自己弁護をした。
ついには、「この剣は魔剣だ」と。
この言葉は一気に広まり、「正論の剣」と呼ばれた剣は、
「正論の魔剣」と呼ばれるようになる。
製作者の刀鍛冶はすでにこの世になく、
彼の残した言葉だけが、墓碑に刻まれていた。
「正しきは論ずるに及ばず。剣にて切れぬものこそが美しい」
魔剣となった剣 しろきち @sirokichi
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