第5話 ”田中、外野で励むの巻”
4時限目、体育の時間だ。体操服に着替えたクラス全員が体育館に集合している。中には寒さからジャージを着込む者もいるが、半袖の方が多数派だ。
今日は女子の担当である教員が病欠で、何時もは分かれている男女が共同で授業を受けている。男子に怠けた雰囲気は全く見られず、全員がやる気に満ち溢れていた。女子共に良いところを見せようと必死だ。醜い生き物たちだな。
「今日はドッジボールを行うぞ」
本日はボールの投げ合いが授業内容の様だ。確かに、バラバラでやるより一か所に集めておいた方が管理もしやすいか。人数も通常の授業よりも多いわけだしな。
ここで気になるのがチーム分けだ。どう分別するかでチームの勝敗が決まる。可愛い女子が要れば男子のやる気は向上するし、野球部等のボールの扱いが得意な部活動所属の人材が要れば勝率は遥かに上昇する。
「ここから半分に別れてくれ」
結果、教師は面倒臭がって中心で二手に分けた。おい待て、向こうに運動部多くないか? いや、こっちには1年生にしてサッカー部次期エースのチャラ男がいる。こいつは絶対に運動神経良いから若しかしたら勝ったかも。
「南さん、頑張ろうね」
「……えぇ」
「絶対勝つぞ……」
「南さんに勝利の杯を……」
チャラ男が南に話かけた。こっちのチームには“月”の南がいると言うことで、男子の勝気は爆上がりだ。変な噂が立っている現在でも、可愛い女子には良いところを見せたいらしい。寧ろ、男子からすれば拒絶するよりも南を身近に感じられる噂なのかもしれない。守ってあげたくなる的な感情でな。
「せんせー、私今日お腹痛くて―」
「私は頭痛ですぅ」
「そうか、じゃあ見学していなさい」
「「はーい」」
相反するように女子は冷めてゲームへの意欲を失っている。体調不良という仮病により戦場から去る女兵も現れた。体育教師も女子学生には強く出られないのだろう、明らかな仮病でも軽く受け入れている。ここで男子の原動力を失うのは大幅な戦力ダウンに繋がるだろう。
「よっしゃあ! 気合い入れていくぞぉ!」
「「「おお!!」」」
一方、向こうのチームを指揮しているのは野球部期待の新人である竹中で、忽ち出来合いのチームを一つの団体へ仕立て上げた。奴の扇動力は計り知れないものがある。自陣営のリーダー的存在であるチャラ男は、人を率先して率いるタイプではないので竹中の様に振舞うのは厳しいだろう。
「頑張ろうね!」
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
加えて、“太陽”の原が相手にいる。敵陣営男子共のやる気は燃え上がる様に熱く、此方にまで熱気が及んだ。女子連中も上手く原がまとめているので、団結力はこちらよりも格段に高い。
この戦い、厳しいものになるだろう。
ふっ、燃えてきたぜ。
「それじゃあ、外野を決めようか。やりたい人いる?」
代表して、チャラ男が仕切る。
勿論、ここは立候補しよう。
何故かって?
ボールは当たると痛いからだよ。
僕は人を傷つけることに躊躇い一つ抱かない男だが、自分が傷つくのは絶対に御免だ。相手が取りこぼしたボールを摂取し、攻撃のされない安全な外から一方的にぶつけるに限る。最低だと言うなよ、ルールに則った行動だ。
「5人か……。それじゃあ、じゃんけんで決めてくれ」
来た! じゃんけんだ!
正に僕のためにあると言っても過言でないゲームだ。なんたって、僕は未来を予知できる。未来が見えれば、相手の出す手の形もまる判りだ。これは買ったも同然だな。
「いくぞ……じゃーんけーん」
こい、未来予知!
今がその能力を発揮する時だ!
待ち望んだ瞬間だ!
未来を映せ!
「ポン!」
未来予知、発動せず!
ゴミ能力だ!
……。
あ、あれ。
勝った。
未来予知なしで勝ったぞ。
「それじゃあ、三人が決まったから外野は頼むね」
やったー!!
誰だよ、未来予知とかいう最弱能力に頼み事をしている馬鹿は。結局は自分が持つ人間としての能力が全てなんだよね。超能力何てマジでくそくらえだぜ。邪魔なだけだから早く返還してくれ。
*
「ピィー」
体育教師の吹いたホイッスルによって、試合は開始された。初期ボール位置は女子人口の減少によって人数の少なくなってしまった自陣営の内野からだ。チャラ男が投球権を握り、ボールを振りかぶって狙いを定める。
「よッ!」
「甘いッ!」
筋肉質な腕から投げられた鋭い直球を野球部の竹中が受け止めた。余裕を持ったキャッチで、全く軸がブレていない。
「オラぁ!!」
「いでっ」
竹中の投げた球が自陣営に属する男の足にヒットする。ボールは床でバウンドし、敵陣営の外野に流れた。
外野に渡ったボールは直ぐに自陣営への攻撃に使われ、一気に二人が落とされる。更にもう一人持っていこうとした相手チームであったが、そこで黙っていないのがチャラ男だ。味方の肩で弾かれたボールを上手く空中でキャッチし、敵に投げ返して一人を落とした。
「やるなぁ」
「竹中君もね」
運動部によるハイレベルな戦闘が繰り広げられる。
やばい、ボールを目で追うのがやっとだ。
「キャー! 木村くーん!」
チャラ男への黄色い声援が飛ぶ。
てかチャラ男って木村が苗字だっけ。
完全に忘却の彼方だった。
「オラぁッ!!」
反撃に出るため、竹中が全力でボールを投げる。
「……やべッ!?」
しかし、チャラ男へ行く筈の軌道は逸れて、有ろう事か南の顔面へと直行した。
南は棒立ちで避ける素振りも見せない。
「……ッ!」
あわや大惨事かというところで、手を伸ばしたチャラ男によって直撃は阻止される。チャラ男はボールを片手に爽やかフェイスで南に振り向くと、輝く白い歯を見せつけ甘いボイスで語りかけた。
「大丈夫?」
「……あ、ありがとう」
チャラ男が心配の言葉を述べると、南は頬を染めてそっぽを向く。
え、何その反応。
絶対惚れてもうてるやん。
チャラ男は一瞬で、学校の2大美少女である一人を落としてしまった。
なんだよ、イケメンかよ。
「……調子乗んなよ」
「……きっも」
試合を見学している集団の中。そこから密かに話し声が聞こえてきた。ピッチの高さから女子であることに想像つくが、発言元が誰なのかは特定できない。だが、南に対するものであろう悪口が成立している時点で、あそこの集団全員が怪しいな。
一応、全員の顔を記憶しておこう。見学中の団体は5人で形成されており、全員が女子だ。ジロジロ見ると流石に気付かれるので、流し見するに留める。
すると、連中の顔ぶれから所属しているグループが何となくわかった。あれは……。
あ、ボールだ。
僕の足元に転がってきた。
ゲット。
ボールはキャッチ&リリースが基本だ。
そこの君、背後がガラ空きやで!?
オレェエイ!!
「あだっ」
あた、当たったぁ!
「ハ、ハハ……」
やってやったぜぇ!
ざまぁみやがれ!
……ん?
待て、当ててしまった相手をよく見るんだ。
ま、まずい。
あの化粧飾った後ろ姿は。
“太陽”の原だ。
途端、相手女子からだけでなく、自陣営の女子からも冷たい視線を浴びる。
「さ、最悪だぁ……」
考え事をしている場合ではなかった。
陰の超能力者!~未来が予知できれば女性にもモテるよな!?~ 楯石イージス @Nakano3
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