復讐は合わせ鏡のように─『私』を殺してでも絶対に許しませんわ!

naturalsoft

復讐は合わせ鏡のように─

どうしてこうなったのだろう?

どうしてもっとお止めしなかったのだろうか?

どうしてその場に『私』はいなかったのだろうか?


許さない…………

お前達にはあの御方の何十倍もの苦しみをあじあわせてやる!


必ず………

必ずだ!

必ず寝首を掻いてやるからな!!!!!



はぁはぁ………『私』を表に出すのはこれが最後だ。私は『あの御方』になる。今までのように…………そして、『私』を死んだ事にするのだ。


さぁ、決別しよう。


『私』は、『あの御方』の人生を歩むのだから…………



はぁ、と深いため息を付くのはシオン・ローゼンクロイツ公爵令嬢だった。


シオン公爵令嬢は、この国の王太子であるジーク・サザンクロス王子と婚約関係にあった。

お互いの関係は良好と呼べるものであり、今まではそれほど困ったことは無かった。


そう、今までは………だ。


最近、転入してきたマリア男爵令嬢が婚約者であるジーク王子に関わってきたことで二人の関係にヒビが入り、険悪な空気になってしまっているのだ。


「お嬢様、あまりため息を付きますと幸せが逃げるといいますよ?」

「ため息も付きたくもなるわよ。【イオン】、私ってそんなに変な苦言を言ったかしら?」


イオンと呼ばれた者はシオン公爵令嬢の『専属のメイド』であった。ローゼンクロイツ公爵家を裏で支える暗部の者であり、シオンの護衛も兼ねていた。

シオンとは同い年で、二人は姉妹のように育った。無論、主と従者の関係ではあったが、シオン自身が親しみを持って接していた。それは、1番の信頼できる者として心を許していたのだ。


「いえ、お嬢様は当たり前のことを仰っていました」


シオンは普通に、婚約者のいる殿方にくっつくものではないなど、当たりさわりのない注意を言っただけなのだが、その言葉にジーク王子は激怒して大声で反論したのは記憶に新しい出来事であった。


「昔はあんな人ではなかったのに…………」


いくら家同士の戦略的な婚約でも関係が良好だったのもあり寂しさを覚えても仕方がなかった。

しかし、シオン公爵令嬢はただ泣き寝入りするような気弱な令嬢でも無かった。


「こんなに簡単にハニートラップに掛かる愚か者だったなんてね………イオン、調査はどうなっているのかしら?」


イオンは淡々と答えた。


「はい。残念ながら、他国からのスパイの線はありません。マリア男爵令嬢の周辺を洗いましたが、他国の間者との接触などありませんでした」

「あら?そうなの?他国がサザンクロス王国を混乱させるための工作だと思っていたのだけれどね?」


「そうですね。私もそう思っていましたが、今回はマリア男爵令嬢がジーク王子の婚約者に成りたいが為に、色々と画策したというのが、我々暗部の調査結果です」


シオンは目の前の紅茶に口を付けて、少し考えた。これからどうするべきかを。


「………それと、言い辛い情報が入ってきました」

「あら?何かしら?」


珍しく感情を表に出しているイオンが報告書を読み上げた。


「ジーク王子がシオンお嬢様との婚約を破棄しようと動き始めたようです」


!?


「………そう、そこまで絆されてしまっていたのね」


シオンは顔を曇らせた。


「国王様に提案して、かなり怒られたようですね。そのせいで、今度ある王族主催のパーティーで、大勢の貴族の前で婚約破棄を言うつもりのようです」

「なるほど。国王様に断られたから、大勢の前で婚約破棄を宣言して、既成事実を作るつもりなのね?」


シオンは肩を震わせて笑った。


「フフフッ、そこまで愚かな者だったとは思ってませんでしたわ」

「お嬢様、どうなさいますか?」


シオンは再度、紅茶に口を付けて言った。


「逆にパーティーではジーク王子の不貞の証拠を揃えて叩き付けてやりましょう!ローゼンクロイツ公爵家をバカにした事を思い知らせて上げるわ!」


「しかしお嬢様、危険ではありませんか?」

「王族主催のパーティーには国王様も来られるから、近衛騎士団も警備に配置されるし大丈夫よ。ジーク王子が何か喚いても国王様が騎士に命令して止めるわよ。それよりは公爵家に傷が付かないよう動かないとね」


こうしてシオンは当主である父と母に相談するのだった。


「なるほどな。わかった。国王様には早目に出席して貰うよう伝えておく。ジーク王子が何かするかもと言えば心当たりがあるから言うことを聞いてくれるだろう」

「シオンは本当に良いの?そのマリア令嬢が現れるまでは良好な関係だったと思うけど?」


シオンは首を振って答えた。


「確かに少し悲しいですが、この私をありもしない罪で断罪して、大勢の前で恥じを掻かせようとするのです。もう情など残ってませんわ」


シオンの母レイラはソッとシオンを抱き締めるのだった。


『まったく、このようなお優しいお嬢様やその御家族を悲しめるなど愚かとしか思えませんね。パーティーで逆に恥じを晒して廃嫡にでもなって下さい』


イオンはこの御家族を生涯護り抜こうと心に誓うのであった。



王族主催のパーティー当日─


「まったく、ふざけていますね!エスコートもしないとは!」


イオンは憤っていた。本来、パーティーには婚約者がエスコートするものだからだ。病気や婚約者のいない者は父親がエスコートする場合もあるが、相手が別の女性をエスコートしていれば、どうなっているんだ?と他家からの視線は厳しいものになるだろう。


「まぁまぁ、イオンも落ち着いて。いつもの冷静なあなたはどこに行ってしまったの?」

「お嬢様こそ、もっと怒っても良いと思いますが!」

「イオンが私の分まで怒ってくれたからね。逆に私は冷静になれたわ。………ありがとう」

「い、いえ……私の方こそ出過ぎた事を……すみません」


パーティー会場に向かう馬車の中で、『シオン』は『イオン』の手をソッと握った。


「本当にいつもありがとう。イオンが居てくれるから頑張れるし、安心して勉強に打ち込めるのよ。これからもよろしくね?」

「シオン………お姉様……」


「あら?久しぶりにお姉様と呼んでくれたわね♪」


はっ!?


「す、すみません!」

「いいのよ♪嬉しかったの」


シオンとイオンは本当の姉妹ではない。同い年で一緒に過ごしてきた二人は、早生まれであるシオンを慕ってお姉様と昔は呼んでいたのだ。まぁ、それも成長していく過程で、恥ずかしく思うようになり言わなくなったのだが。


そうこうしている間に、馬車はパーティー会場に着いた。


「じゃ、イオンは予定通りに後から来て、ジークの不貞行為の証拠を持って登場してね」

「あの、本当に一緒に居なくて大丈夫ですか?私、なんだか胸騒ぎがして………」


「大丈夫よ。お父様達も居ますから。それに、異変を感じたら飛んで駆け付けてくれるでしょ?」

「はい!もちろんです!」


ようやくイオンも落ち着きを取り戻し、シオンはパーティー会場へと入っていった。

人が集まりパーティーの開始時刻となった。


王族であるジーク王子が入場した事で音楽が鳴り響きパーティーが始まった。


「…………ありえませんわ」


シオンは呆れて呟いた。

ジーク王子とマリア男爵令嬢が王族専用の入口から入場したのだ。本来は婚約者でもあり王家の血筋を引いている準王族であるローゼンクロイツ家であれば問題ないのであるが、その入口から入ってくると言うことは王族として見られると言うことであり、男爵家がそれを担うなどあり得ないのである。


王族主催のパーティーは高位貴族が多く集まり、下級貴族でも当主が出席している。その事に気付いた周囲の貴族がざわめき出した。


ざわざわ

ざわざわ


『おかしいわ?お父様が国王様に早目に来る様に伝えてくれたはず…………』


ジーク王子とマリア令嬢だけ先に来たことでシオンは最悪のシナリオも視野に入れた。


『まさか国王様まで籠絡させたというの!?』


シオンは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。そしてジーク王子が高らかに叫んだ!


「私は今、ここでシオン・ローゼンクロイツ公爵令嬢との婚約破棄を宣言する!」


!?


やりやがりましたわ!あのお馬鹿が!?

それからは、シオンがマリアに嫌がらせをしただの、殺そうとしただのと、やってもいない事を証拠(笑)があるなどと言って糾弾し始めた。


『お父様とお母様もジーク王子の息の掛かった騎士団に止められて動けないわね』


流石の高位貴族の家系である。酷いことはされていないが、騎士達に羽交い締めにされていた。


『この状況でもイオンさえ入ってきていない。扉の前で騎士団に止められているのね』


ジーク王子に騎士団全てに命令できる権利はない。ならば国王の命令がくだっているのだろう。


…………甘くみておりましたわ。

これはこのまま国外追放か牢獄行きのコースかしら?

ここは私の敗けを認めましょう!

よく、ただ1人でここまでの根回しを行ったものです。貴方が他国の間者であれば、我が王国は滅んでいたでしょうね。しかし、私の愛した国を貴女の物にはさせませんわ!


マリア令嬢を見据えて言った。

マリアはその視線に怯えてジークの影に隠れた。


「貴様!まだマリアを脅すつもりか!」

「………ジーク様、私との婚約破棄はご承知しましたわ。それより、その『マリア男爵令嬢』をどうなさるおつもりですか?」


シオンは扇を閉じてビシッとマリアを指した。


「無論、私の新しい婚約者とする!」


ビシッ…………


会場の空気が凍った。

ここまでなら私の悪質な嫌がらせの罪を暴き、その理由から婚約破棄するということで終わったが、自ら新しい婚約者を立てると言ったことで、この場にいる者達は感じただろう。


新しい『愛人』を正式な婚約者にした為にこの茶番劇を企てたのだと。


「フフフッ………」

「何がおかしい!」


シオンは扇を開き、口元を隠しながら言った。


「たかだか男爵令嬢ごときに王妃が務まるとでも?」

「お前の身分を下にみる醜悪さにはうんざりだ!マリアは優秀だ!王妃教育だって完璧にこなせるさ!」


「マリアさんは学園でも成績が下から数えた方が早いほど落ちこぼれでしてよ?それに男遊びも酷いので、誰の子供を身籠るかわかりませんでしてよ?」


ジークは顔を真っ赤にして怒った。


「黙れ!男遊びが酷いのは貴様の方だろう!マリアから聞いているぞ!この売女め!!!」


この言葉に周囲の貴族の目が変わった。マリアの学園での行動は周知の事実であり、シオンは学園の勉学の他に王妃教育で忙しく、常に他の人と行動を共にしていたからだ。


「なんだ!貴様!?お前らもそこの女を庇うのか!」


流石の王子も、パーティーに集まった貴族達の目が冷めているのに気付いたらしい。


「お止め下さい。そのように王権を乱用しては己を貶めましてよ?そんなに私が気に入らないのであれば御前を失礼致します。もし私を罪に問われるのであれば、追って沙汰をお待ちしておりますわ」


シオンは綺麗なカテーシーをして扉へと優雅にあるいて行った。


『これで外にでたらイオンと合流して、急いで馬車で帰りましょう。追っては影に任せて姿を隠さなければ』


流石にお父様達は罪に問われることはないと思うけど………ここにはお父様と仲のよい上位貴族も多いし大丈夫でしょう。


そう考えて居たところで後ろから声が聞こえた。


「ジーク様、ここでシオン様を逃がしてはダメです!扉の向こうにはシオン様の手の者が待ち構えています!」


!?


「なんだと!?おのれ!!!」


シオンは反射的に後ろを向くと、儀礼用の剣を抜いて振りかぶっているジーク王子が見えた。


ヤられた!!!


「お父様!後は予定通りにっ──」


シオンは最後まで言えなかった。ジークの儀礼用とはいえ、刃の付いている剣(つるぎ)がシオンの首を刎ねたからだ。


一拍子置いて、シオンの首が転がると同時に血が噴水のように吹き出した。


「シオーーーーーーン!!!!!!」


父親の公爵の叫びの後に悲鳴が上がった。


「「「いやっーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」


パーティー会場の貴族達は王子が乱心したと思い、騎士押し退け扉を内側から開けて逃げ出した。父親を押さえていた騎士達も王子の所業に茫然として公爵を自由にしてしまった。


「な、なんてことだ…………」


そこにタイミングよく王様が入ってきた。


シオンの父親と母親は亡骸にすがり慟哭していた。そしてイオンも─


「な、なにが…………?」


ようやく中に入れたと思ったら、シオンの亡骸を見つけて、よろよろとその場に座り込んで茫然としていた。


シオンを殺した当の本人でもあるジーク王子もシオンの亡骸を見て茫然としていた。


『ジークがシオン令嬢を殺した………?なんて事なの!国王の体調が悪くて、出席が遅くなったばかりに……』


後ろから王妃様が冷静にこの場をどうにかしようと指示を出した。王妃は公爵から早く出席する旨を聞いていたが、理由までは聞かされていなく、国王が『何故か』頭がぼーとすると言ってジークにパーティーの主催を仕切るように全権を預ける許可を出した所までしか、聞かされていなかったのだ。


まさか、王族の入口から愛人であるマリア男爵令嬢をエスコートして入り、さらにシオン令嬢の婚約破棄から殺害までするなど、だれが予想できようか?

そもそも、ジークからシオン令嬢をエスコートすると聞いていたので疑いもしなかったのも悪い。国王にも側室もいるのでジークもマリア令嬢を側室にすると考えていた。


それがまさかこんな結果を産もうとは─


王妃の命令で、ジークを連行して取り敢えず自室の謹慎を命じ、マリア令嬢も連行した。


ローゼンクロイツ公爵は有無を言わさぬ怒りの表情で、シオンの亡骸を抱き抱えて馬車で帰宅した。血だらけの姿でだ。


茫然として使い物にならぬ国王と罪を犯した王子を置いて、深く頭を下げて後日、必ずお詫びをすると頭を下げた。


こうして後に、『血塗られた王家のパーティー』と言われる事件の夜は終わったのだった。



そして、その日を境に事態は大きく動いていく事となる─


翌日、ローゼンクロイツ公爵は国王に呼び出された。無論、シオンが殺された翌日ではあったが、シオンを殺したジーク王子の罪に付いて話さないといけないので、怒りを殺して出頭した。


「………もし、私が戻らなければシオンの予定通りに動きなさい」

「あなた………」


公爵の勘は当たっていた。


呼び出された公爵は、耳を疑う事を打診されたのだ。


「国王よ、もう一度お聞きしても?」

「うむ、この度のジークの罪のお詫びと補償として、マリア男爵令嬢を養女として受け入れ、ジークと結婚させる」


公爵は怒りを通り越して呆れるしかなかった。シオンを死に追いやったアバズレをどうして養女として迎えいれなければならない?

それよりジークの罪はどうなった?


「………なぜそのような話になったのですか?」

「ジークは犯した罪で1ヶ月間の謹慎処分を与えた。しかしそれだけでは納得できぬであろう?ならば、マリア令嬢を養女として迎え、ジークと結婚させれば、ローゼンクロイツ家は王家と婚姻を結んだ事実ができ、王妃を輩出したと、今後の家の権力も維持できよう?」


国王は名案と思って満足そうに話している。

これは誰だ?国王はこんな愚か者であったか?


公爵は目の前の者が国王とは思えず、声を上げた!


「ふざけるな!何故、我が一族でもない者を養女にせねばならぬ!それに、ジーク王子には毒杯を賜るか、廃嫡、もしくは離れの棟に監禁するかが、妥当であろう!なぜ、たかだか1ヶ月の謹慎だけ済ますというのだ!」


公爵は国王を強く掴んだ!


「貴様こそ何を言っている!たかだか、1人の令嬢を『事故』で亡くした程度で!?」

「事故だと!殺したの間違いではないか!大勢の貴族の前で我が愛する娘を殺しただろうが!」


この騒ぎで部屋に飛び込んできた護衛の近衛騎士に国王は公爵が乱心したといって殺害してしまう。


そして、王妃は現状を把握できて居なかった。


『なぜ、私が自室謹慎になっているの!?』


いつの間にか、1ヶ月の謹慎処分のジークは実質的に一週間で自由となり、連行されたマリア男爵令嬢と一緒に過ごしていた。


一部の王妃付きの侍女達は命令を聞くが、国王やジークからの騎士達によって王妃は身動きが取れなくなっていた。


「なんて事なの。まさかシオン令嬢の殺害だけでも大事なのに、その父親であるローゼンクロイツ公爵の当主まで殺してしまうなんて………」


この時点で王妃はこの国の、いや、王家がこの先がどうなるかわかってしまった。


そして、いずれは自分の義娘になるはずだったシオンに両手を握って懺悔するように祈るのだった。


「…………そう、あの人が予感していたように殺されたのね」


公爵夫人レイラは覚悟を決めて涙を飲んだ。


「この屋敷を放棄します!予定通りに、国境の付近にある森の中の隠れ屋敷に身を隠します!」


レイラはイオンと影の1人に命令を下した。


「シオンの計画通りに、貴女達には死んでもらいます。………いいわね?」


影の1人が答えた。


「はっ!身に余る光栄でございます!」

「ごめんなさい。貴女の家族には十分な援助をすると約束します」


「いいえ、私の犠牲でお嬢様の仇が取れるなら喜んでこの身を差し出します!必ず、公爵様とお嬢様の仇を取って下さい!」

「貴女の忠義は金貨100枚以上の価値があります。必ずやり遂げます」


影の者は公爵夫人に【変装】して、誰も居なくなった屋敷で王族の騎士団が捕えにくるのを待つのだった。


「あの、レイラ様………本当に私がシオンお嬢様の代わりを務めるのですか?」


隠れ家に向かう馬車の中で、イオンは公爵夫人に尋ねた。


「ええ、貴女の本来の姿に戻る事を許します」


イオンは【変装】を解くと、死んだシオンと瓜二つの容姿になった。

元々、イオンはシオンの『影』として育った。容姿は元々似ていたが、年月を掛けて容姿をシオンとそっくりに変えていったのだ。


シオンが体調を崩したときなどは、シオンの代わりにイオンが茶会に出席したりしていたのだ。


「あのパーティーで死んだのは【影】の方であったと協力者達に伝えます。今日から貴女がシオンとなるのです」


それはイオンに取って途方もない事であった。イオンにはローゼンクロイツ家に忠誠を誓っているのであって、御家乗っ取りとも言える行為に戸惑いがあったからだ。


「貴女は我がローゼンクロイツ家の遠縁であり血縁者でもあります。貴女が婿養子を迎えてローゼンクロイツ家を継ぐことに問題はありません」


いえ、そういう問題ではないのですが………

イオンはその言葉を飲み込んだ。


「貴女の為に、影の者が1人犠牲になったことを忘れてはいけません。イオンはあのパーティーで死んだのです!今いる貴女がシオンなのですから」


これは公爵夫人自身が自分で言い聞かせる為にいった言葉であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『計画』はこうだ。


公爵夫人の偽物を連行させて自害させる。

その後、パーティーで殺されたシオンも偽物だったと公表する。


これには公爵夫人の亡骸を王家が調べれば偽物だとわかるので、シオンも偽物だった?と、『疑惑』を与えることができるのが狙いだ。

本物のシオンの亡骸はこちらで埋葬しているのだから調べることはできない。


そして、シオンとほぼ同じ知識のあるイオンが堂々とシオンを演じれば、偽物と気付く者は皆無であろう。


こうして【本物を偽物】に。【偽物を本物】にする事で王家に反する旗頭とするのだ。


こうしてローゼンクロイツ家は王家に反旗を翻す為に地下で行動を開始するのだった。


まずは、同じく隣に隣接する領地を持つ辺境伯が協力を申込んできた。


「まずは、我が友とその娘さんであるシオン令嬢を救えず申し訳なかった!」


極秘にお会いした辺境伯は驚くべきことに、だいたいの事情を知っていた。


「あのバカが………ローゼンクロイツ公爵が死に際に送ってきたのだ。国王とのやり取りの『映像』をな………」


ローゼンクロイツ家の固有魔法『ヴィジョン』である。


本来であれば緊急時の情報伝達に使われる魔法であるが、公爵は信用できる家の当主達に国王のやり取りの映像を飛ばしていたそうなのだ。


「あのやり取りはあり得ぬ!そして、愚息が迷惑をお掛けした事も重ね重ね、深くお詫び致します」


辺境伯の御子息はジーク王子の側近であり、マリアに夢中になっていた1人である。


「それで御子息は?」


辺境伯は歯切れの悪そうに説明した。


「あのパーティーから王子も謹慎となったので、無理矢理領地へと連れ帰りました。しばらくは王都へ戻せと手の付けられない有り様で、一目で通常の状態ではないと感じました。ダメ元で解毒作用のある飲み物を飲ませて、数日間は放置しておりました。すると、少しずつですが正気に戻っていき、今では自分のした過ちに自己嫌悪に陥り、部屋に閉じ籠っています」


「そうですか………」


「しかし、息子から興味深い情報を得る事ができました。学園でマリア令嬢が手作りお菓子を王子に差し入れに持ってきたそうです。いくら学園でも、見ず知らずの作った物を食べさせる訳にはいかず、毒味を兼ねて息子達がお菓子を食べたそうなのです。それから何度も繰り返しお菓子を持ってきて、息子達も王子に大丈夫だと勧めたそうです。その頃から息子達はおかしくなっていったそうです。マリア令嬢の言う事は全て正しいと思うようになったとか………」


「お菓子に微量の薬が入れられていたと?」


「恐らくは、それと同時に精神系の魔法も使われていたと思われます。王族には『魔除けの指輪』など身に付けてるはずですが、薬で少しずつ正気を失くしていれば精神系の魔法にも掛かると思われます」


「そういうことね。マリアという令嬢はこちらでも調べたのだけれど、他国の間者との繋がりはなかったの。マリア令嬢の狙いは王妃となり、この国を自分の思い通りに動かすことなのかしら……ね?」


「男爵令嬢が身に余る野望を夢見たものですな」


「辺境伯のお陰で、マリアと引き離し解毒作用の薬を与えれば正気に戻ることがわかったのが大きいわ!各家に伝えて同じ事をするように伝えてくれないかしら?」


公爵夫人の言葉に辺境伯は頭を下げて行動を開始するのだった。


「お母様、王子や王様が薬と魔法でおかしくなったとして、許すのですか?」


イオンは……いや、シオンは聞いてきた。


「………まさか、愛する娘と夫を殺されて許すわけないわ。この身が地獄に堕ちようとも、現在の王家は潰すわよ!」


シオンは公爵夫人の言葉にホッとした。

何故なら自分自身も、許す気などないのだから…………



それから1年もの時間を掛けてシオン達は味方を増やしていった。マリアはあれから図々しくも王城で寝泊まりしているらしい。


まだ学生であるジーク王子とマリアは学園を卒業を期に結婚するようで御触れが下った。


私達の狙いは卒業記念パーティーである。


「学園の生徒達で、高位貴族はすでに休学届けをだしてあります。今、学園にいるのは下級貴族と平民の特待生が大半です」

「平民の特待生を増員したのがよかったわね。マリアも悔しがっているでしょう。国を担う高位貴族が軒並み居なくなったのだから」


それでも、マリアは強かであった。王城に寝泊まりしているのには訳があり、コックを洗脳して、薬入り料理を食べさせ、執事や侍女達を洗脳して味方に付けていった。


すでに王城はマリアの手中にあると言ってもいいのだ。


明らかにおかしくなった同僚に恐怖を感じて、王城を去った者も少数ながらいた。そんな者から極秘に王妃様から密書が届けられた。


「王妃様はずっと監禁されているのね」


王妃の部屋にある王族専用の秘密通路から脱出することは可能だったが、可能な限り王城の情報を外部へ伝えるために王妃専属の侍女数名を使い、外部へ情報を伝えていたのだ。その通路を使って食糧調達もしていた。王城の厨房の料理は薬が入っているので食べられないのだから。


この1年で薬の解毒剤は完成している。何せ子供達が薬漬けにされていたのだ。各貴族達は情報を共有して、必死に解毒しようと医者を動員して治したのである。


故に、子供達に薬を盛ったマリアに対する怨みは強いのだ。


私達の狙いは王族とマリアだけである。兵を上げて王城を制圧してもいいが、それでは国に混乱を招いて他国への侵攻の手助けをしてしまう。

故に、王族が出席するパーティーで怨みを晴らすのだ!



ついに卒業記念パーティーの日になった。


この日だけは休学届けを出していた高位貴族の子息達出席する事になっている。

多くの貴族が卒業して、貴族社会一員になるということで、学園での卒業式の後、王城で盛大なパーティーが催しされるのだ。


「さぁ!皆の者!卒業おめでとう!そして、私はマリアと結婚する事となる!」


ジーク王子の挨拶に周囲から拍手が起こった。王様も出席しているが、王妃様は欠席していた。


「ありがとう!皆の忠義に報いる為に、悪女であるシオンを成敗した甲斐があったというものだ!」


ビシッ…………


ジーク王子の言葉に1年前と同じく周囲の空気が凍った。


「皆様、1年前の事を気にされている方もいると思いますが、ジーク様は国を滅ぼそうとした魔女を成敗したのです。そんな些末な出来事は忘れて本日はパーティーを楽しみましょう!」


マリアがそう言った所で、パーティー会場の扉が勢いよく開いた。ジーク王子とマリアは扉の方を見て固まった。


周囲の貴族達はあらかじめ知っていたのか、扉の前に整列して道を作り、貴族として最敬礼である膝を付いて右手を胸に当てて、その人物が前を通るのを出迎えた。


カツカツカツッ!


扉から入ってきたのはシオンと公爵夫人であった。


「懐かしいですわね。お久しぶりですわジーク王子様?」


マリアは震える指を差して叫んだ!


「貴女は死んだはずでしょ!?」


シオンはその顔が見たかったとばかりに、微笑んで言い返した。


「あら?私はいつ死んだのかしら?足はあるわよ?」


ドレスを少し摘まんで足を見せた。


「こらシオン、はしたないですわよ?」

「ごめんなさい。お母様」


そこには仲の良い親子が存在していた。


「ど、どういうことだ!?」


ジーク王子も混乱して茫然としていた。


「あら、簡単なことですわ。そこにいる騎士団達から報告は受けていないのかしら?」


王子は騎士達から説明を求めた。


「王子と王様に報告したはずです!ローゼンクロイツ家で捕まえた公爵夫人が王城にて自害したと」

「その報告は聞いている!どうして生きているのだ!」


騎士は逆に何を言っているだ?という表情で答えた。


「その後も報告したではありませんか!自害した公爵夫人は偽物だったと!?」


!?


「な─!?そんな話は聞いていないぞ!」

「いいえ、お伝えしました!公爵夫人が偽物だったと言う事で、捜索命令を出したのはジーク王子ではありませぬか!」


!?


「そ、そういえば…………」


薬と魅了の魔法により、深く物事を考えられなくなっていたジーク王子は公爵夫人が偽物と報告があったものの、その後の可能を考えれなくなっていたのだ。そして公爵夫人が偽物という話が、マリアには届いていなかったのが幸いした。マリアにはシオンの家族が全員死んだという事しか伝わっていなかったのだ。


これには魅了されてマリアに良いところ見せたいが為に、失態を隠してしまったジーク王子のせいである。


「さて、自害したお母様が偽物だったという事は周知の事実でした。ならば、もう1つの可能性も思い当たりませんか?」

「もう1つの可能性だと!?」


シオンは優雅にその場で周囲を見渡した。


「1年前、私はあなたが婚約破棄を大勢の目の前で宣言する情報を掴んでおりました。だからあなたの不貞の証拠や証言をここにいる皆さんにお願いしておりました」


「なに………!?」


シオンはにっこりと微笑むとわかりやすく伝えた。


「故に、1年前の私は影武者を用意していたのです」


!?


「とはいえ、悲しかったですわ。私の忠実な影武者が殺されたのですもの」


シオンはハンカチを目元へ当てて泣いたマネをして同情を誘った。


「う、嘘だ!そんな訳が─」

「私が殺された時、最後になんと叫んだか覚えていますか?」


ジーク王子は首を振ったが、周囲の貴族が代わりに答えた。


「シオン令嬢はあの時、『予定通りに!』と、叫んでおられましたな。殺される直前に、あのような言葉がでるなど、最初からわかっていないとあり得ませんな。正直、その忠誠心には感服致します」


そう答えたのは辺境伯であった。


「そんなバカなことが………」

「あら?『私』を殺していなくてホッとしましたか?それとも残念だと思いました?」


シオンの言葉に顔をしかめてジーク王子は叫んだ。


「ならば、今度こそ殺してやる!騎士団よ!この悪女………いや、国を貶める『魔女』を切り捨てよ!」


警備していた騎士団が動いた。

しかし─



「何をしている!早くその魔女を殺せ!」


騎士達はシオンと貴族達の前に列を成して並んだ。そう、シオン達を守る壁となるように………


「残念ながらこの王国に潜む本当の魔女はジーク王子の隣にいらっしゃいますので」


ジーク王子はマリアと騎士達を交互に見てふざけるな!と叫んだ。そして残りの騎士達は国王と王子、マリアを捕えたのだった。


「貴様ら!何をする!?」

「魔女に魅了された王族の方々を救っているのです!」


縛られて床に組伏せられている王子達にシオンは冷たい目で見下ろした。


「まず、マリア。すでにコック達を入れ替えて薬入りの料理を出さないようにしていたの。そして代わりに、貴女の薬の解毒剤を混ぜた料理を出していたのよ?」


!?


「なんですって!?」

「薬が切れても、貴女の魅了魔法があるから、体調不良を理由に、執事や侍女も正常な人物に替えていったのよ?無論、魔術に耐性を持つ道具を持たせてね」


マリアはワナワナと怒りに震えた。


「無様ね?一時とはいえ、国のトップに立った気分は良かったかしら?」


「ふざけないで!悪女令嬢の癖に!!!!」


「悪女令嬢?だったら貴女は何?国を滅ぼす魔女でしょう?薬と魅了の魔法で人々を操って…………」


シオンは冷たい目でマリアを見下ろして言った。


「最後に言いたい事はあるかしら?言うだけなら聞いてあげるわよ?」


マリアは歯を食い縛り、歪んだ顔で噛みつくように言い放った。


「うるさい!私はヒロインよ!この世界で王子様と結婚して幸せになるのよ!それにあの薬は好感度アップの素材に過ぎないわよ!」

「好感度アップとは?」


「ふんっ、教えてあげるわ。この世界は私が主人公のゲームの世界なのよ!手作りクッキーをただ渡すより、あの素材を混ぜて送った方が好感度アップの幅が大きかったから使っていたに過ぎないのよ!」


シオンはマリアの言葉を理解出来なかったが、何となく言いたい事はわかった。


「貴女はこの世界が小説か何かの世界で、自分が好き勝手にしても良いと思っているのね?」

「貴女はゲームの世界の悪役よ!NPCなら予定通り行動して死になさいよ!」


なるほど、このマリア令嬢を調べた時、幼少の頃から妄想癖があると報告があった。しかし、ただの妄想ではなく、その空想からリバーシーなどの玩具を生み出し、巨万の富を得て貴族の学園に編入してきたのだ。


シオンは床に押さえられているマリアの肩をヒールの靴で思いっきり踏んでやった。


「ぎゃっ!?」

「どう?痛い?これはゲームではないわ。現実よ?貴女に殺されたシオンやお父様、そして薬漬けにされたみんなは生きている人間だったのよ?貴女は妄想癖で、この世界がゲームの世界と誤認した。だから良心も痛まず、平然と悪魔の諸行を繰り返した。…………許さないわ」


シオンは手に持っていた扇を畳んで、マリアを打ち付けた!何度も何度も何度も………


マリアは悲鳴を上げて許しを乞いたが、シオンは無言で叩いた。ドレスが破けて背中から血が出て赤く染まった所でシオンは、肩で息をしながらようやく叩くのを止めた。


「はぁはぁ、この痛みがゲームだとでも思うの!ふざけるな!!!!お前に殺された者達はどんな気持ちだったか思い知るがいい!!!!」


叫ぶシオンを、母親であるレイラは優しく抱き締めた。

そこに、王妃様が監禁されていた部屋からやってきた。


「シオン令嬢………レイラ公爵夫人、お久しぶりです。我々王家が不甲斐ないばかりに苦労を掛けてしまい、大変申し訳ありませんでした」


1年前に見掛けた時より、やつれていた王妃様だったが、しっかりとした口調で深く頭を下げた。


「王妃様、私の要望は聞いていますね?」

「ええ、魔女に支配されていたなど末代までの恥じです。国王は離塔に生涯幽閉し、息子のジークは………魔女のせいとはいえやり過ぎました。シオン令嬢の要望通り、国を傾けた責任を取って『斬首刑』とします」


「母上!何を言っているのですか!?」


騒ぎ立てるジーク王子に猿ぐつわをさせて、地下牢へ連行させた。


シオンはここまで聞いてようやく溜飲が下がる思いがした。


そして魔女は─


「魔女も離塔で隔離しなさい。全ての歯を抜き両手両足を切り落とし、人間豚として死ぬまで飼い殺しにします。斬首刑などの一瞬の苦しみで終わらせるものですか!」


マリアの刑罰に付いては誰も反対しなかった。

死なせないように、栄養のあるスープを1日に2回与えることで長生きさせて、長く苦しませることで話が付いた。



こうして長いパーティーの夜が終わった。

シオンは翌日になり、とある丘に来ていた。


「…………シオンお姉様、全てが終わりました。これで良かったのでしょうか?」


シオンは1年前の時に、トラブルがあった場合に備えて手紙を残していた。そこには、今回の計画通り、イオンがシオンになり復讐する旨が書かれていたが、最後にシオンとして幸せになって欲しいと書かれていた。



『──以上です。そしてイオン、私の代わりに幸せになって下さい。私の運命を背負わせてごめんなさい。そのかわり貴女は自分自身を幸せに暮らして下さい。それが私への最大の御礼となります。間違っても、全てが終わってから自害などしないように。いいわね!』



「あの魔女といい、シオンお姉様もこの世界がゲームの世界と思っていたのでしょうか?どうして未来がわかっているのですか……?」


本物のシオンも、時々未来がわかっていたような行動をしていたからだ。


今となっては確かめるすべはないのだが………



ローゼンクロイツ公爵家は、今後婿養子を取り、シオンを当主として立て直して行くことになる。


王家はただ1人の王子が処刑されたことで、王弟の子供が王位を継ぐことになった。

すでに王位継承権を破棄して、辺境の小さな領地で暮らしていた方だったので反対の声が少なかった。


シオンを女王にする声もあったが、シオンは国の乗っ取りをしたかった訳ではなかったので、頑なに拒否したので消去法でそうなったのだ。


国を混乱させて他国に付け入らせない為に今まで通り、王族が政権を振るうのが良いとシオンが貴族達を説得した。


王妃様は何年も王弟に現在の政務を引き継ぎを指導して、全ての引き続きを終えると、離塔で正気に戻って後悔にさいなまれていた国王様と一緒に毒杯を賜り、生涯を終えた。


これは王妃様に対する恩情であった。



この騒動は『毒の魔女の乱』として歴史書に載せて、長く教訓として語り継がれる事となる。


「私は自分を殺してシオンお姉様として生きていきます。どうか見守って下さい」


イオンはシオンの元へ行くのは何十年も先になるだろうと予感していた。


イオンは去り際に、一筋の涙を流してその場を後にするのだった。


こうして、イオンはシオンとしてシオンの名声を高めつつ、隣国の第三王子を婿養子に迎えて、子宝に恵まれつつ幸せに暮らしたそうです。




これが、歴史の裏で画策された秘密のお話です。



【END】

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復讐は合わせ鏡のように─『私』を殺してでも絶対に許しませんわ! naturalsoft @naturalsoft

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