幸せな日々

 今日は藤川さんと雪穂の結婚式だ。天気も清々しい快晴で、祝福するにはぴったりの日和だった。周りにはおなじみの面々も揃っている。


「咲良、撮るよー」


 声をかけると、咲良はスマホの画面越しに微笑んだ。その瞬間を逃さないよう素早く画面をタッチする。咲良のよそ行き姿を自分へ送るようにお兄さんから言われているのもあるけれど、私自身も見返す用に欲しかった。

 撮れた写真を眺めてニヤニヤしていると、沙綾の呆れた声が近づいてくる。


「全く……相変わらずだね、菜瑠美」


「それはこっちが言いたいよ」


 沙綾の隣には遥香ちゃんがいて、二人とも隠さず恋人然としてくっついていた。

 それぞれ別々の大学に行ったから二人が恋人としてどんな過程を辿ってきたかは想像するしかないけれど、それにしても公然とぴったりくっついている様子は目のやり場に困る。というか、私だって咲良とくっつきたい。今日は雪穂のおめでたい式だから我慢していたというのに。

 そして、それよりも何よりも驚いたのは、美澄さんと藤川さんの妹である鈴ちゃんがいつの間にか仲良くなっていたことだ。聞けば、偶然本屋で出会ったのがきっかけで、それから親しくしているらしい。

 美澄さんは明言してはいなかったけれど、なんとなくただの友達以上の雰囲気を二人から感じる。美澄さんのことを私より知っているであろう咲良に言えば、咲良も「そうだと思う」と頷いた。

 時の流れを感じてしみじみとしていると、咲良が突然私の腕にくっついてきた。


「どうしたの、咲良」


「みんな見てたら、こうしたくなって」


 突然可愛いことを言い出す咲良に心の中で悶絶する。

 何も知らない人達からすると、私達はただの友達同士の戯れに見えるのだろうか。仲良く話す鈴ちゃんと美澄さん、人目を気にすることなく寄り添い合う沙綾と遥香ちゃん……そして、私と咲良。

 

 やがて、挙式も終わり静かだった場が一つの大きな歓声に包まれた。雪穂が藤川さんの隣で幸せそうに笑っているだけで、目頭が熱くなってしまう。

 沙綾も雪穂のお母さんと同じぐらい涙ぐんでいた。

 その様子を見ていると、沙綾と雪穂と私の三人でたくさんの時を過ごした高校時代の記憶が勝手に頭の中に流れる。涙腺が決壊しそうな私に、咲良はそっとハンカチをくれた。

 ブーケトスが行われるため、ぞろぞろと皆が移動する波に私達も混じる。雪穂が手に持った花束が宙を舞い、受け取ったのは沙綾だった。

 沙綾は自分が手にすると思っていなかったのか、ぽかんとした表情で遥香ちゃんと顔を見合わせた後、何故か私達を一カ所に集めた。

 

「みんな、手出して」


 沙綾に言われるがまま、私、咲良、遥香ちゃん、美澄さん、鈴ちゃんは沙綾を含め輪になるように立ち、手を差し出す。そこに、沙綾は自分が受け取ったブーケを全員の手に触れるように載せた。


「これは、私だけじゃなくてみんなで受け取ったことにしよう」


「でも……いいの?沙綾」


「だって、ここにいるみんな同志みたいなものじゃん。簡単には結婚式は挙げられないかもしれないけど、お互いのパートナーのこと大切に思ってる」


 沙綾の言葉に、躊躇っていたみんなの手がしっかりとブーケを支え持つ。他の人達には何を話しているのか聞こえていないだろうけれど、そのタイミングでパラパラと拍手が起こった。

 私達のことまで考えてくれているのが沙綾らしいなと思いながら雪穂の方を見たら、雪穂もこちらの様子を見守ってくれていて目が合った。言葉はなくとも、二人とも思っていることは同じみたいで微笑み合う。


「咲良、咲良のことは私が絶対幸せにするからね」


 披露宴会場に移動しながら思ったそのままを口にすると、咲良ははにかみながら言う。


「それは、こっちのセリフだよ。……それに」


「それに?」


 一旦言葉を句切る咲良の言葉を待っていると、咲良は私の耳元で囁いた。


「菜瑠美といれば、私はいつでも幸せ」


 相変わらず咲良は私を一瞬、たったの一言で喜ばせてしまう。いつでも幸せにしてもらっているのは、むしろ私の方だ。


 それからしばらくが経って、私はそれなりに良い会社で働く新しい生活が、咲良もこれから動物病院の看護師さんとしての生活が始まる、そんなある日のこと。


「プレゼントって、一体何なんだろうね」


 お兄さんから渡された住所のメモを見ながら尋ねる私に、咲良はどこか楽しそうに笑う。お兄さんから私達へのプレゼントがなんなのか、咲良はもう聞かされているみたいだ。

 何故私にだけサプライズなんだろう。しかも、指定されたのはセキュリティが厳重なマンション。

 ここに一体、何があるんだろう。

 首を傾げながら咲良と共に辿り着くと、もらっていた鍵で扉を開ける。入ってすぐの靴棚の上に住所が書かれたものと同じメモ用紙があった。


『ここで咲良と一緒に暮らしなさい。これは妹達へ兄からのプレゼントだ。追伸・咲良を泣かせたら即刻追い出しに行くから忘れないように』


 細い達筆で相変わらずお兄さんらしいことが書いてあるけれど『妹達へ』と書かれていることが何だか嬉しい。普段は咲良の可愛い写真を共有する時ぐらいしか連絡を取ることがないから、ちゃんと咲良の恋人だと認められているのだなと改めて実感する。

 荷物は整理しきれていないけれど、早速次の日、私達は猫を迎えた。保護猫カフェで私も咲良も満場一致でこの子に決めたのだ。

 鳴き声を聞くと、たろまると出会った頃を思い出して懐かしい。

 見た目は似ていないけれど、私達二人がくっついているときは遠くにいて近づいてこないのに、それぞれ一人でいるときにはすり寄ってきてくれる……そんな、どこか悟っているところが似ている。

 こうして、二人と一匹の新しい生活が始まった。

 

「咲良、行ってきます」


「菜瑠美、行ってきます」


 どちらからともなく唇を重ねると微笑み合う。リビングの奥の方からも「にゃー」と聞こえてきて、それにも二人で「行ってきます」と返事をする。

 これからきっと、これが当たり前の日々になっていく……そう思うだけで、心が温かい幸せの温度で包まれた。

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いつかのどこかで猫が鳴いた 星乃 @0817hosihosi

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